音楽と車で語らない『ベイビー・ドライバー』論【southpumpkin】

2017年9月4日更新

2017年夏『ベイビー・ドライバー』は最も注目された映画と言っても過言ではありません。目につくのは素晴らしい音楽とカーアクション。この記事ではライターのsouthpumpkinがあえてそれらに触れず論考します。

『ベイビー・ドライバー』を観てくれ!最高だから!

こんにちは。ペーパードライバー(AT限定)のsouthpumpkinです。皆さんは映画『ベイビー・ドライバー』を鑑賞しましたか? 未鑑賞の方は大変羨ましい。今すぐこの記事を読むのをやめて映画館に向かってください。握りしめた1800円は映画チケットに代わり、そして二時間後にはこの夏最高の映画体験に代わっているはずです。もし書いた通りになったらこの記事に戻ってきてください。 そして『ベイビー・ドライバー』を生み出したエドガー・ライト監督、さらに傑作をおすすめしたこの記事の筆者とciatrに感謝し、お好きな音楽をガンガンに流しながらこの記事を読んでください。

音楽とカーアクションが凄いのは観りゃわかる

『ベイビー・ドライバー』の言わずもがなに素晴らしい音楽とカーアクションについては、この記事であえて触れていません。並んだ御託を眺めるよりも劇場で確かめるべきです。理屈抜きで楽しめます。 本記事では、過去の映画からの引用から始め、少々理屈が必要な脚本の面白さから『ベイビー・ドライバー』を論じます。映画を観た人向けのネタバレ多めな記事なので、ご注意ください。

監督が影響を受けた作品とは

米映画メディア「cinemablend.com」でのインタビューにてエドガー・ライトが『ベイビー・ドライバー』を撮る上で影響を受けた映画を5つ挙げています。 『ザ・ドライバー』『レザボア・ドックス』『ハート・ブルー』『ヒート』『ブルース・ブラザーズ』です。 その中でも私はウォルター・ヒル監督の『ザ・ドライバー』が最も影響を与えていると思います。 実は『ベイビー・ドライバー』ラスト5分でウォルター・ヒルが声のみで出演を果たしており、クレジットにもしっかりと載っています。見聞き逃した方は公式HPの最下部にもしっかりと書かれているので要チェック。

映画『ザ・ドライバー』って?

『ザ・ドライバー』はライアン・オニール演じるゲッタウェイ・ドライバー(逃がし屋)が活躍するカーアクション映画です。こちらにも最高のアクションシーンがありますが、『ベイビー・ドライバー』とは真逆でブレーキ音が響くだけでBGMはありません。とっても無骨で渋い映画です。

『ベイビー・ドライバー』と『ザ・ドライバー』

ベイビー・ドライバー
© 2016 CTMG, Inc. All Rights Reserved. **ALL IMAGES ARE PROPERTY OF SONY PICTURES ENTERTAINMENT INC. FOR PROMOTIONAL USE ONLY.

『ベイビー・ドライバー』と『ザ・ドライバー』はどちらも逃がし屋が登場するカーアクション映画です。ここからは似て非なる二作品を比較しながら『ベイビー・ドライバー』の主人公像に迫ります。

とてもよく似た主人公

主人公は『ベイビー・ドライバー』と『ザ・ドライバー』の最も似ている点と言えるでしょう。 二人とも天才的なドライビングテクニックを持ち、無愛想で、サングラスを掛けています。カーアクション中にBGMのない『ザ・ドライバー』ですが、主人公のドライバー(以下ザ・ドライバー)はカウボーイ音楽を好んで聴くいています。しかし両者には決定的な違いがある。 それは「成長しているか否か」です。

『ザ・ドライバー』との相違点から考察する『ベイビー・ドライバー』

ザ・ドライバーは警察を翻弄するハードボイルドなダークヒーロといったイメージです。彼が物語の顛末を通じて学んだことは少ないでしょう。対してベイビーは恋をし、甘く見ていた大人たちに痛い目に遭わされ、さらに贖罪をもする。

未熟なベイビー

序盤のベイビーはザ・ドライバーそのものでしたが、幼さ故の綻びが徐々に露呈してくる。 しかしその伏線はしっかりと張られていました。育ての親であるジョセフ(車椅子の老人)の前ではとても子どもっぽい一面を見せているのです。あのシーンはベイビーの精神的な未熟さをそれとなく伝えており、ザ・ドライバーのようにならないことを暗に示していました。

『ベイビー・ドライバー』にとっての『ザ・ドライバー』とは

やや論理は飛躍しますが、ベイビーは『ザ・ドライバー』を鑑賞していたのではないでしょうか。もちろん『ザ・ドライバー』の存在は『ベイビー・ドライバー』の劇中で示されません。しかしザ・ドライバーに憧れて彼の所作を真似したとするととてもすっきりとします。ベイビーの厨二病的なキャラクターとも合致です。 ザ・ドライバーはカウボーイに憧れ、そしてベイビーはザ・ドライバーに憧れる。車好きはいつだって憧れる生き物なのかもしれません。

登場人物のポジションが第一印象と異なる

ベイビー・ドライバー
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私たち人間は初対面の印象を特に大事にします。個性の際立つ登場人物の多い映画だと、このキャラクターはこんなポジションだろうな、という大体の予想はできてしまうものです。 『ベイビー・ドライバー』という映画が始まってキャラクターが出揃った辺りで、「天才ドライバーとそれに翻弄される大人たちという映画」という予想をした人も多いはず。

ことごとく外れる予想

ベイビー・ドライバー

しかしそれは見事に覆されました。前述の通りベイビーの成長物語へと変化したばかりか、その他の登場人物もポジショニング予想を狙ったかのように外れてきます。これはエドガー・ライトの計算によるものでしょう。映画を掌握したかのように思ったら、実は映画の掌の上だった。これほどエキサイティングな映画体験はないでしょう。 ここからは第一印象と最終的な立ち位置とが変わった主人公以外の登場人物を紹介していきます。

組織のボス、ドク

どうせラスボスでしょ……?

裏社会で大きな権力を持つドクも、第一印象と異なる人物です。主人公のベイビーが抜けようとしている組織のボスならば、抜ける際にドンパチあるだろうなあ、となんとなく思っていました。さらにケヴィン・スペイシー程のレジェンド級俳優ならばラスボスとして映画の最後に対峙して相応しいはずなのですが……。

溢れ出す人情

では実際はどうなったか。確かにベイビーの前に立ちはだかるシーンもありましたが、最終的にベイビーとデボラのために一肌脱ぎます。ベイビーをジンクスとして使い続けたドクは、彼の人生を歪めてしまったことに対して負い目を感じていたのではないでしょうか。第一印象からは想像できない人間味溢れる人物でした。

お調子者のバッツ

よくいる脇役でしょ……?

「俺が本当のサイコパスだぜ」とベイビーに言っちゃう男バッツ。ベイビーの才能と個性を知っている私たち観客は「いやいやベイビーの方がヤバいから……」とツッコミたくなります。ベイビーもお調子者のバッツのことをナメている様子が伺えます。

実は本当にヤバい人

しかし実は仕事に抜け目なく、しかもかなりヤバいサイコパスだったことが判明する。中盤の取引以降、ベイビーからは恐怖の対象として見られます。「大人はナメてかかると危ない」と肌で感じたベイビーにとって、成長のトリガーともなっている重要なキャラクターです。 アカデミー賞受賞経験もあるジェイミー・フォックスの演技力がグッド。これはラスボスに相応しいキャラクターが登場した……、と思いきやです。

美人妻と一緒の色男、バディ

カップル枠でしょ……?

ジョン・ハムが演じるバディは相棒兼妻のダーリンとイチャイチャしていた男。オープニングのカーアクションから車に同乗していました。 ホラー映画ではカップルから死ぬ、というのが定番。この映画でも早めに退場、もしくはおもしろ枠として最後まで残るのかなと予想していました。

まさかのラスボス

ところがどっこい、コイツがラスボスになろうとは。ベイビーに裏切られ、そのせいで愛する妻を失い、明らかに脇役と思われたバディはベイビーの前に強大な敵として立ちはだかるのです。ラストのとびっきりのカーアクションでベイビーと対峙するだなんて思いもしませんでした。

悪役への成長

ヒーロー映画を思い出してください。そのほとんどで悪役は悪役として登場しているはずです。悪に染まるまでの過程は回想として描かれる程度。『ベイビー・ドライバー』ではバディが悪役になるまでの過程を映画の進行とともに描いている点が素晴らしい。このおかげでバディの幕引きがとてもドラマティックになっています。

悪役への成長を描いた映画としてすぐにイメージできるのは『スターウォーズ』エピソード1~3、あるいはサム・ライミ版『スパイダーマン』3部作です。しかし悪役への成長に映画が費やした時間は3本分。『ベイビー・ドライバー』はその作品だけで描き切ってしまうのです。なんと恐ろしい映画でしょうか。

見所だらけの『ベイビー・ドライバー』

ベイビー・ドライバー
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『ベイビー・ドライバー』はボーイ・ミーツ・ガールな恋愛映画を主軸にしています。“音楽と車で語らない『ベイビー・ドライバー』論考”と題したこの記事では論じるべきベイビーとデボラの恋愛について書きませんでした。 それは筆者の人生経験の乏しさが関係しているのではなく「恋愛を書かずとも語るべきところが多い」ということに他ならない。わざと、書かなかったんです。 音楽と車、そして恋愛を語らずともこれだけ魅力のある『ベイビー・ドライバー』は友達、恋人、家族、もちろん一人で見ても楽しめる映画です。ぜひ劇場でご覧になってください。 執筆者:southpumpkin

春日海秀 southpumpkin

1992年生まれの映画好きサラリーマン。足が速くて、とても優しい。 Twitter@southpumpkin ciatr(レビュー)@southpumpkin