ルパン三世にクリント・イーストウッド……声優・山田康雄の魅力に迫る!

2017年9月19日更新

ルパン三世やクリント・イーストウッドなど、超有名アニメキャラクターや大物映画スターの吹き替えを担当し、多くの人々に親しまれた声優の山田康雄。声の演技に対して人一倍ストイックな姿勢で臨んでいたという、彼の足跡やエピソードをたどっていきます。

山田康雄、アニメ・海外ドラマ・映画を巧みな演技で彩った声優とは

1932年9月に東京に生まれた山田康雄は、早稲田大学に入学後、演劇に勤しむようになります。58年には劇団テアトル・エコーに入団、俳優活動を本格的にスタートさせました。同劇団の先輩俳優の熊倉一雄(映画監督のアルフレッド・ヒッチコックの吹き替えを担当)に誘われる形で、海外ドラマの吹き替えの仕事をするようになりました。 59年に日本で放映開始となった海外ドラマ『ローハイド』で、クリント・イーストウッドの吹き替えを担当したことで注目を集めます。そして、1971年のテレビアニメ『ルパン三世』でのルパン三世役でさらに知名度を上げることとなりました。 このルパン役は最大の当たり役となり、テレビのスペシャル版や劇場版などで長年演じ続けてましたが、惜しくも1995年3月19日に脳出血により62歳で亡くなっています。

クリント・イーストウッド、ジャン=ポール・ベルモンドの吹き替えでも人気に

山田康雄が吹き替えを担当した俳優の中で、最も有名なのはクリント・イーストウッドでしょう。前述の通り、イーストウッドの出世作となった『ローハイド』から声を担当し、『続・夕陽のガンマン』などでのシリアスさとユーモラスさを兼ね備えた山田版イーストウッドは、多くの映画ファンに親しまれました。 そのほかに、山田がフィックスとして担当した俳優にはフランスのジャン=ポール・ベルモンドがいます。『ボルサリーノ』でのマフィアや、『華麗なる大泥棒』での身体能力に優れた泥棒といった幅広い役をこなすベルモンドを山田が飄々とした演技で吹き替えて、こちらも人気を博しました。 なお、後に山田が担当するルパン三世は、『リオの男』でのベルモンドがモデルになったと云われているのも奇縁を感じます。

山田康雄と宮崎駿監督の確執(?)があった『ルパン三世 カリオストロの城』

宮崎駿が監督したルパン三世の劇場用映画第2作『ルパン三世 カリオストロの城』。彼は初期テレビシリーズから制作スタッフに名を連ねていましたが、本作で劇場用長編映画の監督デビューを果たしました。ところが、本作のアフレコ収録の際にちょっとしたトラブルがあったと、作画監督の大塚康生が明かしています。 それは収録時の宮崎の演技指導に、ルパンのキャラ造詣に自信を持っていた山田が機嫌を損ねてしまい、一時険悪な雰囲気になったというもの。しかし、アフレコ前の映像を観た山田は、そのあまりの出来の良さに感動し、非礼を詫びて収録に臨んだそうです。後に山田は、本作が大のお気に入りだと語っています。

栗田貫一が二代目ルパン役に抜擢されたのは山田康雄の強い意志から?

山田康雄が1995年に亡くなって以降、ルパン三世の声を引き継いだのはモノマネタレントの栗田貫一でした。元々山田が演じるルパンのモノマネを得意としていたことから、同年4月に公開された劇場用映画第5作『くたばれ! ノストラダムス』からルパン役を正式に担当しています。 2人は元々親交があったことから、栗田が山田本人から後継者に指名されていたといった報道が出たこともありました。しかしこれは、栗田のモノマネの上手さに「生前に自分が死んだら後任を」と冗談交じりで言われたことが誇張された、というのが真相のようです。

山田ルパンと栗田ルパン、似ているようでやはり違いはある?

栗田貫一がルパン三世役を引き受けて間もない頃こそ自分自身でも違和感を覚えてばかりで、満足いく出来とはならなかったようです。特に、山田ルパン特有の陽気な喋り口調こそモノマネできたものの、一方のクールな感じの喋り口調のマネができずに苦労したとか。視聴者からも、「山田ルパンをマネしてるだけ」といった批判も数多く受けていたそうです。 担当7年目ぐらいからようやく自信を持って演じられるようになるも、現在でもルパン役に臨む際は、山田が演じてきた作品を事前に観直して収録に臨むという栗田。そんな彼の努力を間近で見てきた次元大介役の小林清志も、「もう山田康雄のルパンの亡霊を振り払って、自分らしいルパンにしてもいいのでは」と温かい言葉を贈っています。

山田康雄の息子は演芸作家として活躍、声も父親ソックリらしい!

山田康雄の長男は、落語や漫才の台本執筆や、テレビ番組の構成を担当する作家の山田浩康です。過去には執筆した台本が落語や漫才の台本大賞で賞を獲得するなど、確かな実力を持っています。ちなみに、彼が漫才台本を書いていたコンビ、おぼん・こぼんが所属していた事務所の後輩に栗田貫一がおり、ここから生前の山田と親交が生まれています。 その栗田曰く、浩康の声質は父親とソックリだとか。栗田がルパン役を正式に引き継ぐことになった際、あまりのプレッシャーから思わず浩康に、「代わりに担当してほしい」と嘆願したこともあるそうです。

「声優」ではなく「役者」に――演技に対して厳しい性格だった山田康雄

自身が演じていたルパン三世の印象や、日本テレビの『お笑いスター誕生!!』で軽妙な司会をしていたこともあり、陽気なキャラクターの持ち主というイメージのあった山田ですが、こと演技に関しては厳格な姿勢を崩さなかったと云われています。共演者が下手な演技をすると厳しく叱ったり、収録の段取りが悪かったりすると途中で帰ってしまうといった事もあったようで、後輩俳優たちからは恐れられていたとか。 さらには「声優」という呼ばれ方を嫌い、声優志望者には「声優を目指すのではなく『役者』を目指せ」と語っていたとも云われています。演技全般に対して、人一倍ストイックに臨んでいたことが伺えます。 山田康雄自身は故人となってしまいましたが、彼が遺した作品は後世に伝えられます。ルパンやイーストウッド以外にも、セリフ回しが楽しいコメディ『モンティ・パイソン』のような、彼の演技が堪能できる作品もあるので、これを機に触れてみるのはいかがでしょうか。