今こそ観たい!?『どですかでん』は黒澤明最大の謎映画【犬ヶ島にもオマージュが】
山本周五郎の小説『季節のない街』を映画化した異色作!
映画『どですかでん』は、山本周五郎原作の小説『季節のない街』を黒澤明監督が映画化したもの。黒澤作品初のカラー作品で、画家でもある黒澤監督が色彩にこだわって描いた異色作です。 このタイトルにもなっている「どですかでん」とは、作品中に登場する少年が電車ごっこをする時に、電車が動いている音を真似て口ずさむ言葉なのです。 これは、『季節のない街』の原作者でもある山本周五郎が作りだした造語だと言われています。今回は、この映画『どですかでん』のあらすじやキャスト、そして話題の映画『犬ヶ島』への影響などについて、詳しく紹介していきます!
映画『どですかでん』のあらすじ
郊外のとある場所、そこはゴミの山の中にあり貧しい人々が肩寄せ合って暮らしている集落です。そこに住む六ちゃんと呼ばれている少年は大の電車好きで、朝早くから夕暮れまで彼にしか見えない空想の電車の運転手として過ごしています。 六ちゃん以外にも、ここに住む人たちは一風変わった人ばかり。姪に内職をさせ一日中飲んだくれている男、誰の子供かわからない子供を何人も養っている父親、誰とも口を聞かず心を閉ざしている男、皆のよき相談役をしている老人、旦那を取り換えてしまった肉体労働者の2組の夫婦、廃車を家代わりにしている乞食の父子など……。 そんな彼らの日常生活を淡々と描く群像劇になっているのが本作。残酷でありながら幻想的でもあり、なんとも不思議な感覚の作品なのです。
主役に大抜擢された頭師佳孝(ずしよしたか)
六ちゃん/頭師佳孝
皆に電車バカと言われる程の電車好きの少年・六ちゃん。毎日、架空の電車の運転手をして過ごしています。 そんな六ちゃんを演じるのが、頭師佳孝です。新藤兼人監督の映画『母』での好演が黒澤監督の目に留まり、まずは映画『赤ひげ』に出演を果たします。 その演技力は三船敏郎も太鼓判を押す程で、その後『どですかでん』で主役に大抜擢。頭師の持つ独特な憂いのある表情と細かい演技が、観るものに切なさを誘います。
涙を流しながら強く生きる母に実力派・菅井きん
六ちゃんの母/菅井きん
旦那を亡くし女手一つで六ちゃんを育てている母親は、六ちゃんのことを不憫に思いながら大切にしています。そんな母親を演じるのは菅井きんです。 OL生活を経て、東映映画『風にそよぐ葦』で映画デビュー。その後も映画にテレビドラマに活躍し、テレビドラマ「必殺」シリーズにて姑役で全作品に出演。主人公・中村主水を「ムコ殿!」といびる姿が人気を呼びました。 1984年、映画『お葬式』で日本アカデミー賞助演女優賞、報知映画賞助演女優賞を受賞しました。
昭和が生んだ喜劇俳優・三波伸介
沢上良太郎/三波伸介
自分の子供かどうかわからない子供を何人も育てている気の優しい父親。子供たちは父親が大好きです。 そんな沢上良太郎を演じるのは三波伸介です。三波伸介は、伊東四朗、戸塚睦夫との「てんぷくトリオ」を結成し、三波自身の“びっくりしたなぁ、もう”というギャグがお茶の間で人気を博しました。 やがて個人で活動を始めると、喜劇俳優、司会者として幅広く活躍。病気のため、52歳という若さでこの世を去りました。
声優としても活躍の楠侑子
沢上みさお/楠侑子
自由奔放な女性で誰の子かわからないような子供を何人も産み、さらにもう一人産もうとしている母親。子供たちの世話も父親に任せっぱなしです。 そんな沢上みさおを演じるのは楠侑子です。夫は劇作家や童話作家の別役実、娘はイラストレーターのべつやくれい。 楠侑子は劇団を中心に活動しながら、テレビドラマや映画に出演し、洋画の吹替えでは、ジャンヌ・モローを担当していました。
「バンジュン」と親しまれた喜劇俳優の伴淳三郎
島悠吉/伴淳三郎
片足を引きずり、顔面神経痛でたびたび顔が引きつってしまうのにも関わらず、誰にでも明るく挨拶を交わしてくれる島悠吉。彼の人によさは、近所の人々から会社の同僚までが認める程です。 そんな島悠吉を演じるのが、伴淳三郎です。日活の大部屋などでの長い下積み生活の中、映画『吃七(どもしち)捕物帖・一番手柄』の劇中のセリフ「アジャパー」が流行し、コメディアンとして人気を得ます。 その後はシリアスな役柄も演じ、名脇役として活躍することに。73歳でこの世を去りました。
ドラマ『北の国から』の名優・田中邦衛
河口初太郎/田中邦衛
肉体労働者で妻と二人暮らしの河口初太郎は、毎日飲み歩いていては奥さんに怒られる始末。家の真向いには、兄ぃと慕う井川比佐志演じる増田益夫が住んでいます。 そんな初太郎を演じるのは田中邦衛。俳優座養成所に3度目の試験でようやく受かり、その時の同期に井川比佐志もいました。 映画「若大将」シリーズ、「網走番外地」シリーズ、「仁義なき戦い」シリーズと次々とレギュラーの座を獲得し、テレビドラマ「北の国から」シリーズの父親役で全国的に知られることに。2010年公開の映画『最後の忠臣蔵』を最後に表舞台から去っています。
その他のキャスト
増田益夫/井川比佐志
初太郎同様、肉体労働で稼ぎを得て妻と暮らしている増田益夫を演じているのが井川比佐志。俳優座養成所では田中邦衛と同期でした。 勅使河原宏監督の映画『おとし穴』で注目され、その後は『どですかでん』『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』など、黒澤明監督作品の常連となりました。
京太/松村達雄
妻と姪っ子に内職をさせ、自分は働かず一日中飲んだくれている亭主・京太を演じるのは松村達雄です。 法政大学卒業後、俳優の道を目指します。テレビドラマや映画などで活躍し、その独特な声とセリフ回しでバイプレイヤーとして数多くの作品に出演。 インテリ役にも定評があり、黒澤映画『まあだだよ』で主役の内田百閒を演じ、自身初の主演となりました。NHKのキャラクター、うさじいのモデルでありスポットCMの声を担当したことでも知られています。 2005年に心不全のために死去。享年90。多くの人々に愛された俳優の一人です。
平さん/芥川比呂志
近所の住人とも決して挨拶など交わさない孤独な男・平さんを演じたのは、芥川比呂志です。父親は、小説家・芥川龍之介。芥川龍之介は、黒澤明監督映画『羅生門』の原作『藪の中』の作者でもありますね。 大学卒業後は演劇の道を目指します。類まれな容姿と知性で文学座などでも主演を演じ、舞台を中心に活躍します。 その後、演出も手掛け岸田今日子らとともに演劇集団「円」を創設しましたが、1981年に61歳でこの世を去りました。
お蝶/奈良岡朋子
平さんの元妻で不義をはたらいたために家を出されていたお蝶を演じたのは奈良岡朋子。奈良岡は、2018年現在劇団民藝の共同代表を務めます。 舞台を中心に活動するも、多くのテレビドラマや映画でも活躍。女優のみならず、ナレーターや声優としても活動しています。2008年にはアニメ映画『崖の上のポニョ』にて声の出演を、2016年公開の映画『たたら侍』にも出演し未だ現役です。
「世界のクロサワ」と呼ばれた黒澤明監督
1910年生まれ。東京都出身。 最初は学生時代から目指していた画家になりますが、1936年にP.C.L.映画製作所(現在の東宝)に入社し、まずは助監督から始め次第に脚本を書くようになります。1943年に映画『姿三四郎』で監督デビューを果たしました。 それ以降、国内の映画賞も多く受賞する中、1950年には映画『羅生門』でベネチア映画祭にて金獅子賞を受賞。1980年には映画『影武者』でカンヌ映画祭にてパルム・ドールを受賞するなど国際的にその名を轟かせ、「世界のクロサワ」と呼ばれるようになりました。 その完全主義的な姿勢で生み出された映画の数々は、スティーブン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラや手塚治虫など映画監督のみならず幅広い分野の作り手に影響を与えています。1998年脳卒中のため88歳にて亡くなりました。
日本映画復興を目指した「四騎の会」
ハリウッドからのオファーから始まった映画『暴走機関車』や総監督を務めることになっていた日米合作映画『トラ・トラ・トラ』の企画がいずれも流れてしまった黒澤明。この出来事により、日本で映画を作ることを改めて決意し、映画業界の復興を目指すことにしたといいます。 低予算で映画を作ることから始めようと声をかけたのが、木下恵介、市川崑、小林正樹らでした。この4人で「四騎の会」を発足。その第一弾作品として製作されたのが、『どですかでん』なのでした。 その後は、小林正樹監督の映画『化石』を製作し、結局その2作品の製作のみに止まりました。
映画『犬ヶ島』とはどんな関係が?
犬ヶ島は、映画『グランド・ブタペスト・ホテル』のウェス・アンダーソン監督の2018年最新作です。全編ストップモーション・アニメの本作は、ベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞しました。 日本をこよなく愛するアンダーソン監督が、黒澤明をはじめとする日本の巨匠たちから強いインスピレーションを受けて作った作品が本作。特に影響を受けたのが、黒澤監督の都市部を舞台にした映画だそうです。 今回紹介している『どですかでん』もその一つですね。犬ヶ島に登場するゴミ島は『どですかでん』の中に登場するゴミの山に非常に類似し、色彩溢れる世界観もどこか共通しているように見受けられます。 また音楽に関しても黒澤作品へのオマージュが随所にあり、映画『七人の侍』での音源をそのまま使用し、映画『酔いどれ天使』劇中の歌謡曲『小雨の丘』をギター演奏で完コピするなど黒澤作品への愛を感じますよね。
黒澤監督にとっての『どですかどん』とは?
『どですかでん』は、黒澤監督が新たな一歩を踏み出すために製作した作品だったのにも関わらず、興行成績としてはイマイチでした。黒澤プロダクションは多額の赤字を抱え、四騎の会も思ったように成功せず、メンバーもテレビドラマの世界へと移行していきました。 負債を抱え孤独となった黒澤監督は1971年自殺を図ります。結局未遂に終わりましたが、天才と言われる黒澤監督にもそんな一面があることに驚くとともに、絶望し孤独を感じることのできる監督だからこそ、『どですかでん』のような悲しい救いようのない映画を暖かく見守りながら作ることができるのではないだろうかと思えてなりません。 ラスト近くで、お蝶が呟きます。これは何の木かしら。枯れてしまえば、何の木でもないんだわ、と。 どんな状況にいても、すべての人間に平等に死は訪れる。最後はみな同じだと。この物語の本質がそこにあるような余韻の残る言葉でした。