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【連載】カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち⑨『柔らかい殻』【日曜更新】

2018年6月24日更新

「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズで知られるヴィゴ・モーテンセン。彼がまだ有名になる前に出演していた『柔らかい殻』という作品をご存知でしょうか?今回は、幻の名作『柔らかい殻』の美しくも残酷な世界をご紹介します。

「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」とは?

「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」とは、有名ではないかもしれないけれど、一部の人には熱烈に愛される映画を紹介していく毎週日曜更新の連載です。

少年の性と罪の目覚めを幻想的に描いた、知られざる名作

1990年にイギリスで制作された『柔らかい殻』は、いわゆる「カルト映画」と言われる映画の中でも一際知名度の低い一本です。 監督は、画家や小説家として知られ、監督としてはのちに『聖なる狂気』(1995)や『ハートレス』(2009)を発表する、フィリップ・リドリー。本作で長編映画の監督としてデビューしました。 本作の主人公は子供(ジェレミー・クーパー)ですが、彼の兄を演じているのは、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのアラゴルン役で知られるヴィゴ・モーテンセン。当時32歳のモーテンセンはまだあまり知られていませんでしたが、本作で見せる怪演には、目を見張るものがあります。 イギリス映画ではありますが、舞台は1950年代のアメリカの片田舎、しかし撮影場所はカナダ、という点でもちょっと異色の映画ですが、実際に観てみたらわかることでしょう。本作がいかにとんでもない映画か、が。

映画『柔らかい殻』のあらすじ

美しくもトラウマ必至な冒頭

一面の小麦畑に、大きなカエルを持った8歳の少年・セスが現れる場面から、映画は幕をあけます。 セスは、友達のイーブン、キムと一緒にカエルを膨らませました。そこへイギリス人女性のドルフィンが現れ、カエルを見つけます。彼らは遠くからパチンコで石を投げてカエルを破裂させ、返り血を浴びたドルフィンはパニックを起こしてしまいます。 セスの家はガソリンスタンドを経営しています。家に帰ると、そこへ黒い車に乗った4人の男が。車にガソリンを入れるセスに男は愛想よく振る舞い、「また会おう」といって去っていきました。 セスたちがドルフィンに悪戯をした事を知った母・ルースは息子を叱りつけ、セスはドルフィンのもとへ謝りに行きます。

ドルフィンは吸血鬼?

ドルフィンの家には動物の骨や錆びた銛があり、どこか陰気です。ドルフィンはセスを許しますが、彼女がかつて自殺してしまった彼女の夫の歯や髪の毛をセスに見せたことから、セスは彼女が吸血鬼なのではないかと疑い始めます。 そしてその翌日、イーブンの死体が井戸から見つかるのでした。

兄・キャメロンの帰還

柔らかい殻
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セスはイーブンを殺したのはドルフィンだと考えますが、警察はあろうことか、かつて少年愛の疑惑を持たれたセスの父・ルークを疑います。ルークはもともと気が弱く、絶望のあまり自ら経営しているガソリンスタンドのガソリンを浴びて火を放ち、セスたちの前で焼身自殺を遂げてしまいます。 ルークが死んだショックからか、ルースはすっかり無口に。そこへ父の死を聞いて年の離れたセスの兄・キャメロンが帰還。キャメロンは最初こそセスに対して優しく接するのですが、あろうことかドルフィンと惹かれあってしまいます。そしてそれと並行して、キャメロンは徐々に衰弱してゆきます。 ドルフィンの家で裸で横たわるキャメロンを見てしまったセスは、キャメロンがドルフィンによって血を吸われていると考えます。ドルフィンに近付かないようキャメロンに警告するセスですが、キャメロンは彼を暴力的にあしらい、ますますドルフィンに魅せられてゆくのでした。

キャストとスタッフを紹介

キャメロン/ヴィゴ・モーテンセン

ヴィゴ・モーテンセン
©Anthony Behar/Sipa USA/Newscom/Zeta Image

主人公・セスの兄・キャメロンを演じるのは、ヴィゴ・モーテンセンです。 1958年にニューヨークの北欧系の家庭で生まれたモーテンセンは、少年時代はベネズエラやアルゼンチンで育ち、カウボーイに憧れていたとのこと。その後、往年の名画やアートフィルムに感化されて俳優になることを決意。1985年の『刑事ジョン・ブック 目撃者』で映画デビューを果たします。 1991年のショーン・ペンの監督デビュー作『インディアン・ランナー』で演技派として注目されますが、彼が一躍スターになった映画といえば、何といっても2001年から2003年の「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでのアラゴルン役でしょう。 その後、デヴィッド・クローネンバーグ監督と知り合い、以降、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』や『イースタン・プロミス』などの同監督作に出演。体当たりの演技を見せました。 その他、『ザ・ロード』や『約束の地』といった映画でも高い評価を得ています。

ドルフィン/リンゼイ・ダンカン

ミステリアスな未亡人・ドルフィンを演じるのは、スコットランド出身の女優・リンゼイ・ダンカン。本作の演技で シッチェス・カタロニア国際映画祭の最優秀女優賞を受賞しています。 主に舞台で活躍することで知られ、ローレンス・オリヴィエ賞を二度受賞した名優ですが、もちろん映画にも活躍の幅を広げています。 『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』でのドロイド・TC-14の声、『アリス・イン・ワンダーランド』でのアリスの母親、そして『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で主人公を貶す辛辣な演劇批評家を演じたのは、彼女です。

撮影:ディック・ポープ

本作の撮影を手掛けたのは、イギリスの撮影監督・ディック・ポープです。 2006年の『幻影師アイゼンハイム』や2015年の『レジェンド 狂気の美学』などの撮影を手掛けています。 しかし、もっとも特筆すべきは、『秘密と嘘』や『ヴェラ・ドレイク』などのイギリスの名匠・マイク・リー監督との一連の仕事でしょう。 ポープはマイク・リー監督のほとんどの映画でカメラを回していますが、とりわけ18世紀イギリスの画家・ウィリアム・ターナーを題材にした『ターナー、光に愛を求めて』での文字通り絵画のような映像は、非常に高い評価を得ました。 本作でも絵画的な映像を打ち出しており、シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀撮影賞を受賞しています。

【ネタバレ注意】『柔らかい殻』のあまりに残酷な結末とは?

柔らかい殻
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ある日、セスは、数日前にガソリンスタンドに現れた黒い車にキムが乗せられるところを目撃します。間もなく、キムは死体となって見つかりますが、それでもセスはドルフィンを疑い続けます。 そしてある日、セスは街に向かう途中のドルフィンに遭遇。そこへ、タイミングよくやってくる黒い車。男達はドルフィンに声をかけ、街まで送ると言います。セスは何も言わず、それを見送ってしまいました。 夕方、セスがキャメロン、ルースとともに家の前で座っていると、向こうから保安官の車が。何かを察したキャメロンが走っていき、セスがそれを追います。 そこにあったのは、ドルフィンの変わり果てた姿でした。愛する人の体を抱き、打ちひしがれるキャメロン。 突然走り出したセスは、独り麦畑を抜け、沈みゆく夕陽に向かって跪きます。そして全てを理解したかのように、いつまでも泣き叫ぶのでした。

なぜキャメロンは衰弱していったのか?

柔らかい殻
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セスは最後に至るまでドルフィンが吸血鬼だと信じ続けますが、もちろん実際にはそうではありません。しかし、キャメロンは実際に衰弱し始めます。これはなぜなのでしょうか? ヒントは、キャメロンがセスに写真を見せる場面にあります。彼がセスに見せたのは、銀色の鏡のようになった、日本の赤ちゃんの写真。 このことから推測できるのは、キャメロンが原爆投下後の日本に降り立ち、その影響で放射線障害(いわゆる原爆症)にかかっていること。髪が抜け、痩せ衰え、歯茎から出血する、というキャメロンの症状は、原爆症の症状と一致します。 この映画は終始、一見平穏なアメリカの田舎風景を描いていますが、同時に少しだけ、戦争を引き起こした大人の狂気を描いているのです。

『柔らかい殻』で描かれたテーマとは?

連続殺人の話なのに......

本作は実に不可解な映画です。連続殺人が描かれていますが、犯人探しの要素は一切ありません。犯人が誰なのかは観客にはすぐにわかるようになっているのです。しかし、なぜ彼らが凶行に及ぶのかは一切説明されません。 一連の出来事は、終始一貫して8歳の少年であるセスの視点で描かれます。そしてよく見ると、彼が学校に通っている場面はなく、街の教会は朽ち果てています。つまり、この世界では子供達に対する「教育」が全く行われていないことがわかります。 大人による教育があるがゆえに、人は生と死、あるいは性、罪といったことを学びます。特にキリスト教の世界では、人は生まれながらに「罪」を背負っていると考えられています(原罪)。

おどろおどろしいけど、実は誰もが体験していたこと

しかし、この映画の子供達はそれを一切知ることのないまま生きています。その結果、一切大人の手が介入していない8歳の少年の心の世界が展開されるのです。 父が自らに火を放ち、焼け死んでいるにも関わらず、セスはそれを嬉々とした表情で見つめていることからもわかるように、彼は人が死ぬこと、あるいは愛する者と生きる歓びやそれを失う悲しみを全く知らないのです。 この映画で描かれているのは、死や性といった事物を人が初めて知った時の恐ろしさと、それを超えた時にもたらされる成長に他なりません。一見するとおどろおどろしい映画ですが、実は誰もが辿る普遍的な物語なのです。

映画『柔らかい殻』を観るには?

今回紹介した映画『柔らかい殻』は日本でもDVD化されましたが、知名度の低さからか、入手困難な状況にあります。 ですが、実は映像配信サービス・U-NEXTでは『柔らかい殻』が配信中。以下のリンクで観ることができます!

次回の「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」は?

次回は2018年7月1日に更新予定です。 次は一体どんなカルト映画が取り上げられるのでしょうか?お楽しみに!