2018年6月10日更新

【連載】カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち⑦『時計じかけのオレンジ』【日曜更新】

アンソニー・バージェスのディストピア小説をスタンリー・キューブリックが映画化した超問題作とは?いまだカルト的人気を誇っている、超暴力と管理社会の極端な対比でその両方を風刺した『時計じかけのオレンジ』をご紹介します。

「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」とは?

「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」とは、有名ではないかもしれないけれど、一部の人には熱烈に愛される映画を紹介していく週刊連載です。

奇妙な果実と機械的な社会の絶妙なバランスを味わう

奇妙なタイトル『時計じかけのオレンジ』には作家バージェスのシニカルな風刺が効いています。すなわち、瑞々しいオレンジが機械的な物質になってしまうという暗喩。これは主人公アレックスのことを指しています。 しかしアレックスは一筋縄にはいかない、超暴力=ウルトラバイオレンスを愛する問題児。いわゆるダークヒーローのような存在です。このアレックスをめぐる管理社会と政治世界を風刺したのが、『時計じかけのオレンジ』という作品なのです。 公開当時はX指定、模倣犯が現れ上映禁止といった衝撃を生んだのも事実ですが、単純に「犯罪を呼ぶ危険な映画」として片付けられない名作であることもまた真実。近未来ロンドンを舞台にした機械的な社会、そしてアレックスという奇妙な果実を絶妙なバランスで描き切った本作の不思議な魅力とは何でしょうか?

『時計じかけのオレンジ』の気になるあらすじは?

『時計じかけのオレンジ』
© Warner Bros.

荒れ果てた郊外の市営団地に両親と住むアレックスは、毎夜仲間たちと連れ立って暴力の限りを尽くしている町の不良少年。ボス的存在でしたが、仲間の裏切りで警察に逮捕され、殺人罪で14年間刑務所に入れられることに。 2年間模範囚として努めてきたアレックスは、ある日「ルドヴィコ式心理療法」を受ければすぐ出所できるという噂を聞き志願します。しかしこの療法は暴力性を強制的に排除する荒療治でした。 思惑通り出所したものの、あらゆる暴力に無抵抗に矯正させられたアレックス。町のホームレスや昔の仲間からもひどい仕返しを受けますが、暴力を目の当たりにするだけで吐き気がするようになっていました。

主演のマクダウェルはアレックス役を憎んでいた?!

アレックス/マルコム・マクダウェル

『時計じかけのオレンジ』
© Warner Bros.

暴力の権化のような悪童で、部屋には蛇を飼い、ベートーベンの音楽を敬愛する主人公アレックスを演じたのは、1943年生まれのイギリス人俳優マルコム・マクダウェルです。 1967年にケン・ローチ監督の『夜空に星のあるように』で映画デビューし、翌年にはリンゼイ・アンダーソン監督の『If もしも…』に出演。1971年に『時計じかけのオレンジ』のアレックス役に抜擢されました。 体当たりで演じたアレックス役でしたが、出演後10年間はこの役を嫌い、作品も観ようと思わなかったとか。衝撃的でカリスマ性の強いアレックスという役柄は、その後の俳優人生にも影響を与えていたようです。

ミスター・フランク/パトリック・マギー

アレックスたちに家を襲撃され下半身不随となった作家フランクを演じたのはパトリック・マギーです。1922年生まれ、北アイルランド出身の俳優で、1964年にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに加入し、1960年から亡くなる1982年まで映画やテレビで活躍しました。 キューブリック監督の作品には『時計じかけのオレンジ』の他に、1975年の『バリー・リンドン』にも出演しています。 フランクは反体制の作家。アレックスが行った悪行で妻を亡くしたため強い恨みを抱いており、出所後にボロボロになったアレックスが再び家に訪れた時には、恐ろしい復讐とアレックスの政治利用を企てます。

原作と映画の奇跡的な化学反応が起きた作品

バージェス版『時計じかけのオレンジ』の最終章が削られていた?

原作となったアンソニー・バージェスの『時計じかけのオレンジ』は1962年に発表されたSF小説で、ディストピアやジュブナイルのジャンルでも取り上げられる作品です。 近未来の高度な管理社会を風刺した作品で、機械的な日常に飽き飽きした若者たちが夜な夜な暴力に気晴らしを求めるうち犯罪者という現実に突き当たり、国家の策略に取り込まれていく様子を描いています。 実は小説は21章まであり、その最終章が削除されたバージョンを元に映画化されたため、結末が異なっています。ここであえてネタバレはしませんが、この違いを知ってもなお、個人的には映画版の結末のほうがよりシニカルさが強調されて風刺作品としては格別の出来ではないかと思っています。

稀代の映像作家スタンリー・キューブリックの代表作の一つ!

スタンリー・キューブリック (ゼータ)
©Mirrorpix/Newscom/Zeta Image

1951年の初監督作『拳闘試合の日』から遺作となった1999年の『アイズ ワイド シャット』まで、どれも代表作といっていいほど有名な作品が並ぶキューブリック監督。SF大作『2001年宇宙の旅』やホラー『シャイニング』、戦争映画『フルメタル・ジャケット』など多岐にわたるジャンルでその名を知らしめてきました。 完全主義者であったキューブリック監督は『時計じかけのオレンジ』でも監督・脚本・製作を兼ね、全体を掌握しようとしていたようです。この姿勢こそ映像作家たる所以!そのおかげでキューブリックならではの奇抜なデザインや映像センスが活きる作品になったことは間違いないでしょう。

超暴力とナッドサット言葉の不思議な魅力

『時計じかけのオレンジ』
© 1971 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

本作を特徴付けるのはアレックスが操るウルトラバイオレンスと「ナッドサット」言葉。超暴力は暴力に対する自己防衛なのか否か。そしてナッドサット言葉とは、一体何か? 「暴力は暴力を生む」というセリフが劇中で登場しますが、実際これは名言です。アレックスが好むウルトラバイオレンスとは人間の奥底にある破壊衝動に違いないのですが、実はアレックスがルドヴィコ療法で受けたのも人格破壊という「暴力」。つまり、組織や国家の暴力についても言及しているわけです。 ナッドサット言葉とはいわゆる若者言葉で、バージェスが創り出した造語。1970年代はまだ社会主義国家だったソ連のロシア語が元になっているそう。例えばデボチカ=女、ミリセント=警察、ホラーショー=素晴らしい/ひどい、ガリバー=頭、ビディー=見る/会うなど頻繁に会話に出てきて、思わず使ってみたくなる不思議な魅力があります。

バイオレンスとクラシックの奇妙な融合

『時計じかけのオレンジ』
© Warner Bros.

『時計じかけのオレンジ』のサントラにはアレックスが敬愛するベートーベンの音楽をはじめ、クラシックが全編に印象的に使用されています。しかし暴力的なシーンとクラシックの奇妙な融合には、全く違和感がないことに驚きます。 レコード店でナンパした女の子たちを部屋に招くシーンは「ウィリアム・テル」序曲でコマを早回ししてコミカルに。ホームレスを襲ったり仲間を暴力で支配しようとするシーンにもクラシックが満載! アレックスがミュージカルの名曲「雨に唄えば」を歌いながら作家とその妻を襲うシーンは、この奇妙な融合が恐ろしいまでマッチしてしまった稀有な例。そして、アレックスはベートーベンの第九を聴きながらルドヴィコ療法を受けたため、大好きな第九を聴くと吐き気に襲われるように。このジレンマにも、本作のシニカルな視点が十二分に発揮されています。

いまやオリジナル無修正版が安価なDVDで観れる!

2018年2月17日にワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメントから「WB COLLECTION」シリーズのAmazonDVDコレクションとして、1,000円という低価格で再発売されています。Blu-rayでも1,500円! 前述したように1971年公開当時はアメリカではX指定(17未満の鑑賞禁止)、1972年に同じくオリジナル版がイギリスで公開され、1973年にはキューブリック監督の自主的な差し替えバージョンがR指定で公開されました。しかし模倣犯問題が起こり、同年に監督の要望で上映禁止になっています。 イギリスでの再上映が決まったのはキューブリックが亡くなった後の1999年、ビデオが発売された後でした。とはいえ、現在では風刺作品として高評価・カルト的人気ともに歴然としており、過激な暴力描写のみが注目されることもなくなり、作品の本意が伝わりつつあるのではないでしょうか。

次回の「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」は?

次回は2018年6月17日に更新を予定していましたが、1週間お休みを挟んでの、6月24日に更新! 次は一体どんなカルト映画が取り上げられるのでしょうか?お楽しみに!