2021年1月24日更新

【連載#10】今、観たい!カルトを産む映画たち『ひなぎく』チェコ・ヌーヴェルヴァーグの代表作【毎日20時更新】

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ひなぎく
©State Cinematography Fund

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連載第10回「今、観たい!カルトを産む映画たち」

有名ではないかもしれないけれど、なぜか引き込まれる……。その不思議な魅力で、熱狂的ファンを産む映画を紹介する連載「今、観たい!カルトを産む映画たち」。 ciatr編集部おすすめのカルト映画を1作ずつ取り上げ、ライターが愛をもって解説する記事が、毎日20時に公開されています。緊急事態宣言の再発令により、おうち時間がたっぷりある時期だからこそ、カルト映画の奥深さに触れてみませんか? 第9回の『柔らかい殻』(1992年)に続き、第10回は『ひなぎく』(1966年製作)を紹介します!

“かわいい”カルト映画『ひなぎく』を紹介

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「カルト映画」というと不気味で不可解、不条理で悪趣味ともいえるクセのある映画を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。これまでこの連載でご紹介してきたのも、そのような作品が多かったように思います。 しかし観客を強烈に惹きつけるのは、気味の悪いサイコパスやマッド・サイエンティストが登場する映画だけではありません。 今回紹介する『ひなぎく』は、日本でも「60年代女の子映画の決定版」といわれ、今なお多くのファンの心をとらえて離さない作品です。 これまでも、全国のミニシアターで度々アンコール上映されている本作。その魅力や見どころ、日本での影響などを紹介します。

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チェコ・ヌーヴェルヴァーグの代表作『ひなぎく』のあらすじは?

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ここで『ひなぎく』のあらすじをご紹介したいところですが、本作には明確なあらすじ、物語というものはありません。強いて言えば、2人の女の子が全編を通しておかしないたずらをしまくる映画です。 自分たちの人生が悪くなる一方なら、好き勝手に生きようと決めたマリエ1とマリエ2。彼女たちはおめかしをして出かけ、いわゆる「パパ」に食事をおごらせたり、高級レストランで酔っ払って他の客にちょっかいを出し、大騒ぎしたりとやりたい放題。 しかしそんな毎日にも飽きて、また新たにどんないたずらをしてやろうかと考える2人。忍び込んだ宴会場で、ご馳走を食い散らかして遊んでいた彼女たちの行く末とは……?

もともと女優ではなかった『ひなぎく』のキャスト

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マリエ1役:イトカ・ツェルホヴァー

マリエ1を演じたイトカ・ツェルホヴァーは、もともとは帽子店で働いていました。 脚本が完成し、製作陣はオーディションを何度も行なったものの、主人公たちのイメージに合う女優が見つからず悩んでいたとか。 そんな時、監督のヴェラ・ヒティロヴァは映画館で彼女のおしゃべりを聞き、顔よりも先にその声を気に入ってマリエ1にキャスティングしました。 その後、イトカ・ツェルホヴァーは女優になり、『Zabil jsem Einsteina, panove (邦題:アインシュタイン暗殺指令)』(1970年)や『Svatá hrísnice (原題)』(1970年)などに出演しています。

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マリエ2役:イヴァナ・カルバノヴァー

マリエ2を演じたイヴァナ・カルバノヴァーも当時は演技経験がまったくなく、まだ学生だったそうです。 イヴァナは1965年当時、共産主義国だったチェコスロバキア(現・チェコ共和国)で、全国の若者が集まる国のイベントに参加した際、本作のオーディションがあることを知って参加することに。 本作への出演後、彼女も女優として活動を続け、『Svatba jako remen (原題)』(1967年)や『Pension pro svobodné pány (原題)』(1968年)などに出演しています。

監督のヴェラ・ヒティロヴァはチェコでもっとも偉大な女性映画監督

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『ひなぎく』の監督ヴェラ・ヒティロヴァは、時代の最先端をいく前衛映画の監督として知られ、チェコ映画の先駆者であり、最も偉大な女性監督といわれる人物です。 チェコスロバキアのオストラヴァに生まれたヒティロヴァーは、哲学と建築学を学んだ後、工業製図者、ファッションモデル、デザイナーなどの職を経て、首都プラハのバランドフ撮影所で脚本家、女優、助監督として働き始めました。 その後、プラハのフィルム・アカデミー(FAMU)に入学。卒業制作の『天井』(1961年製作)で早くも注目を集め、卒業後は他の同級生らとともに「チェコ・ヌーヴェルバーグ」の担い手となります。 1966年にチェコで公開された『ひなぎく』は、1970年からのいわゆる「正常化」後、本国では上映禁止となり、ヒティロヴァーは1976年まで活動停止となってしまいました。 しかしその名声は欧米にも広がり、活動再開以降は晩年まで精力的に活動。2006年に製作した『保証のないすばらしい瞬間』が遺作となっています。2014年に、長い闘病生活の末、85歳で死去しました。

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日本のガーリーカルチャーの源流となった作品

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1966年に製作された本作が日本で公開されたのは、1991年になってからでした。 当時、漫画家の岡崎京子をはじめ、女優で歌手の小泉今日子、歌手の野宮真貴やカヒミ・カリィら「渋谷系」と呼ばれる文化人などアーティストらが『ひなぎく』を絶賛し、本作は「60年代女の子映画の決定版」として若者に熱狂的に支持されるようになります。 おしゃれでかわいいガーリーな感覚や実験的な映像、そして「かわいければなんでも許される」とばかりに破壊の限りを尽くす主人公たちの姿は、“女の子である”という反乱を後押しするものとなったのです。

かわいいだけじゃない!?『ひなぎく』の痛烈な社会批判

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『ひなぎく』は、そのレトロガーリーな衣装や美術、前衛的な映像だけでも楽しむことができますが、実はかわいいだけの映画ではありません。 本作に込められた反逆精神は、当時のチェコスロバキアの情勢やチェコ語に精通していないとすべてを理解することは難しいといわれています。ここでは、その一部を紐解いてみましょう。 本作がチェコで公開されたのは1966年ですが、2年後の1968年には社会主義国家に対する改革運動「プラハの春」が起こりました。女の子2人が大人の築いた権威を破壊してまわる『ひなぎく』の製作・公開は、国家による検閲が緩くなっていた証拠といえます。 また、最後に現れる「踏みにじられたサラダだけを可哀想だと思う人に捧げる (直訳)」という字幕は、本作を見て「料理がもったいない」としか思わない人、つまり検閲官や当局に対する痛烈な皮肉です。

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ガーリー映画の決定版『ひなぎく』はDVD、Blu-rayで観られる!

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1991年に劇場公開された後にも何度もアンコール上映が行われ、VHSやDVDも販売。2015年にはHDニューマスターのBlu-rayも発売されました。 2021年1月現在動画配信サービスでの配信はなく、気軽に視聴することは難しいかもしれませんが、DVDショップでのレンタルや円盤の購入で本作を鑑賞することができます。 「女の子」という存在のはかなさ、美しさを描いた作品は数え切れないほどありますが、『ひなぎく』はそれらの多くとは一線を画しています。本作で描かれる彼女たちの破壊力、悪さ、ずる賢さ、怖いものなしの生き方はパンクであり、ハードボイルドでさえあります。 とにかくかわいい衣装やセットを見るのも楽しく、主人公2人の暴れっぷりも痛快な本作は、甘い砂糖菓子で包んだ劇薬。一度は観てみて損はないでしょう。

次回の「今、観たい!カルトを産む映画たち」は?

連載第10回は、1960年代のチェコスロバキアを映し出したポップなガーリー映画『ひなぎく』を紹介しました! 斬新で実験的な手法を数々使用し、日本のガーリーカルチャーを後押しした“かわいい”カルト作の人気は今なお健在なようです。 次回の連載では、スペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督の長編デビュー作『ペピ、ルシ、ボンとその他大勢の娘たち』(1980年製作)を紹介します。 それでは次回、「今、観たい!カルトを産む映画たち」第11回もお楽しみください。