2021年1月23日更新

【連載#9】今、観たい!カルトを産む映画たち『柔らかい殻』性と罪の目覚めを幻想的に描いた名作【毎日20時更新】

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連載第9回「今、観たい!カルトを産む映画たち」

有名ではないかもしれないけれど、なぜか引き込まれる……。その不思議な魅力で、熱狂的ファンを産む映画を紹介する連載「今、観たい!カルトを産む映画たち」。 ciatr編集部おすすめのカルト映画を1作ずつ取り上げ、ライターが愛をもって解説する記事が、毎日20時に公開されています。緊急事態宣言の再発令により、おうち時間がたっぷりある時期だからこそ、カルト映画の奥深さに触れてみませんか? 第8回の『道化死てるぜ!』(2013年)に続き、第9回は『柔らかい殻』(1992年)を紹介します!

少年の性と罪の目覚めを幻想的に描いた、知られざる名作【ネタバレ注意】

1990年にイギリスで製作された『柔らかい殻』は、いわゆる「カルト映画」と言われる映画の中でも一際知名度の低い一本です。 画家や小説家として知られ、監督としてはのちに『聖なる狂気』(1995年)や『ハートレス』(2013年)を発表するフィリップ・リドリーが、本作で長編映画の監督としてデビューしました。 本作の主人公は子ども(ジェレミー・クーパー)ですが、彼の兄を演じているのは「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのアラゴルン役で知られるヴィゴ・モーテンセン。当時32歳のモーテンセンはまだあまり知られていませんでしたが、本作で見せる怪演には目を見張るものがあります。 イギリス映画にもかかわらず、舞台は1950年代のアメリカの片田舎、しかし撮影場所はカナダという点でもちょっと異色の映画。しかし実際に観てみたらわかることでしょう。本作がいかにとんでもない映画か、が。 ※本記事では映画の展開について、ネタバレありで触れています。まっさらな状態で映画を楽しみたい人は、視聴後に記事を読むことをおすすめします。

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映画『柔らかい殻』のあらすじ

美しくもトラウマ必至な冒頭

一面の小麦畑に、大きなカエルを持った8歳の少年セスが現れる場面から、映画は幕をあけます。 セスは、友達のイーブン、キムと一緒にカエルを膨らませました。そこへイギリス人女性のドルフィンが現れ、カエルを見つけます。彼らは遠くからパチンコで石を投げてカエルを破裂させ、返り血を浴びたドルフィンはパニックを起こしてしまいます。 セスの家はガソリンスタンドを経営しています。家に帰ると、そこへ黒い車に乗った4人の男が。車にガソリンを入れるセスに男は愛想よく振る舞い、「また会おう」といって去っていきました。 セスたちがドルフィンに悪戯をした事を知った母・ルースは息子を叱りつけ、セスはドルフィンのもとへ謝りに行きます。

ドルフィンは吸血鬼?

ドルフィンの家には動物の骨や錆びた銛があり、どこか陰気です。ドルフィンはセスを許しますが、かつて自殺してしまった彼女の夫の歯や髪の毛をセスに見せたことから、セスは彼女が吸血鬼なのではないかと疑い始めます。 そしてその翌日、イーブンの死体が井戸から見つかるのでした。

兄・キャメロンの帰還

柔らかい殻
(c)MCMXC National Film Trustee Limited All Rights Reserved.

セスはイーブンを殺したのはドルフィンだと考えますが、警察はあろうことか、かつて少年愛の疑惑を持たれたセスの父・ルークを疑います。ルークはもともと気が弱く、絶望のあまり自ら経営しているガソリンスタンドのガソリンを浴びて火を放ち、セスたちの前で焼身自殺を遂げてしまいます。 ルークが死んだショックからか、ルースはすっかり無口に。そこへ父の死を聞いて年の離れたセスの兄・キャメロンが帰還。キャメロンは最初こそセスに対して優しく接するのですが、なぜかドルフィンと惹かれあっていきます。それと並行して、キャメロンは徐々に衰弱していくことに。 ドルフィンの家で裸で横たわるキャメロンを見てしまったセスは、キャメロンがドルフィンによって血を吸われていると考えます。ドルフィンに近付かないようキャメロンに警告するセスですが、キャメロンは彼を暴力的にあしらい、ますますドルフィンに魅せられていくのでした。

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キャストとスタッフを紹介

キャメロン/ヴィゴ・モーテンセン

ヴィゴ・モーテンセン
©Anthony Behar/Sipa USA/Newscom/Zeta Image

主人公であるセスの兄キャメロンを演じるのは、ヴィゴ・モーテンセンです。 1958年にニューヨークの北欧系の家庭で生まれたモーテンセンは、少年時代はベネズエラやアルゼンチンで育ち、カウボーイに憧れていたとのこと。その後、往年の名画やアートフィルムに感化されて俳優になることを決意。1985年の『刑事ジョン・ブック 目撃者』で映画デビューを果たします。 1991年のショーン・ペンの監督デビュー作『インディアン・ランナー』で演技派として注目されますが、彼が一躍スターになった映画といえば、何といっても2001年から2003年の「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでのアラゴルン役でしょう。 その後、デヴィッド・クローネンバーグ監督と知り合い、以降、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(2007年)や『イースタン・プロミス』(2008年)などの同監督作に出演。体当たりの演技を見せました。 2015年公開の映画『約束の地』では主演・製作・音楽を手がけ、第91回アカデミー賞で作品賞を受賞した『グリーンブック』(2019年)での演技も高い評価を得ました。

ドルフィン/リンゼイ・ダンカン

ミステリアスな未亡人ドルフィンを演じるのは、スコットランド出身の女優リンゼイ・ダンカン。本作の演技で、シッチェス・カタロニア国際映画祭の最優秀女優賞を受賞しています。 主に舞台で活躍することで知られ、ローレンス・オリヴィエ賞を2度受賞した名優ですが、もちろん映画にも活躍の幅を広げています。 『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999年)でのドロイド・TC-14の声、『アリス・イン・ワンダーランド』(2016年)でのアリスの母親、そして『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2015年)で主人公を貶す辛辣な演劇批評家を演じたのは、彼女です。

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撮影:ディック・ポープ

本作の撮影を手がけたのは、イギリスの撮影監督ディック・ポープ。2006年の『幻影師アイゼンハイム』や2015年の『レジェンド 狂気の美学』などの撮影を担当しました。 しかし最も特筆すべきは、『秘密と嘘』(1996年)や『ヴェラ・ドレイク』(2005年)などで著名なイギリスの名匠マイク・リー監督との一連の仕事でしょう。 彼はマイク・リー監督のほとんどの映画でカメラを回していますが、とりわけ18世紀イギリスの画家ウィリアム・ターナーを題材にした『ターナー、光に愛を求めて』(2015年)での文字通り絵画のような映像は、非常に高い評価を得ました。 本作でも絵画的な映像を打ち出しており、シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀撮影賞を受賞しています。

【ネタバレ注意】『柔らかい殻』のあまりに残酷な結末とは?

柔らかい殻
(c)MCMXC National Film Trustee Limited All Rights Reserved.

ある日、セスは数日前にガソリンスタンドに現れた黒い車にキムが乗せられるところを目撃します。間もなくキムは死体となって見つかりますが、それでもセスはドルフィンを疑い続けます。 そしてその後、街に向かう途中のドルフィンに遭遇。そこへタイミングよくやってくる黒い車。男たちはドルフィンに声をかけ、街まで送ると言います。セスは何も言わず、それを見送ってしまいました。 夕方、セスがキャメロン、ルースとともに家の前で座っていると、向こうから保安官の車が。何かを察したキャメロンが走っていき、セスがそれを追います。 そこにあったのは、ドルフィンの変わり果てた姿でした。愛する人の体を抱き、打ちひしがれるキャメロン。 突然走り出したセスは、独り麦畑を抜け、沈みゆく夕陽に向かって跪きます。そしてすべてを理解したかのように、いつまでも泣き叫ぶのでした。

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なぜキャメロンは衰弱していったのか?

柔らかい殻
(c)MCMXC National Film Trustee Limited All Rights Reserved.

セスは最後に至るまでドルフィンが吸血鬼だと信じ続けますが、もちろん実際にはそうではありません。しかし、キャメロンは実際に衰弱し始めます。これはなぜなのでしょうか? ヒントは、キャメロンがセスに写真を見せる場面にあります。彼がセスに見せたのは、銀色の鏡のようになった、日本の赤ちゃんの写真。 このことから推測できるのは、キャメロンが原爆投下後の日本に降り立ち、その影響で放射線障害(いわゆる原爆症)にかかっていること。髪が抜け、痩せ衰え、歯茎から出血する、というキャメロンの症状は、原爆症の症状と一致します。 この映画は終始、一見平穏なアメリカの田舎風景を描いていますが、同時に少しだけ、戦争を引き起こした大人の狂気を描いているのです。

『柔らかい殻』で描かれたテーマとは?

連続殺人の話にもかかわらず、犯人探しの要素はない

本作は実に不可解な映画です。連続殺人が描かれていますが、犯人探しの要素は一切ありません。犯人が誰なのかは観客にはすぐにわかるようになっているのです。しかし、なぜ彼らが凶行に及ぶのかは一切説明されません。 一連の出来事は、終始一貫して8歳の少年であるセスの視点で描かれていました。そしてよく見ると、彼が学校に通っている場面はなく、街の教会は朽ち果てています。つまり、この世界では子どもたちに対する「教育」がまったく行われていないのです。 大人による教育があるがゆえに、人は生と死、あるいは性や罪といったことを学びます。特にキリスト教の世界では、人は生まれながらに「罪」を背負っているという「原罪」という考え方があります。

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おどろおどろしいけど、実は誰もが体験していたこと

しかし、この映画の子どもたちはそれを一切知ることのないまま生きています。その結果、一切大人の手が介入していない8歳の少年の心の世界が展開されるのです。 父が自らに火を放ち、焼け死んでいるにも関わらず、セスはそれを嬉々とした表情で見つめていることからもわかるように、彼は人が死ぬこと、あるいは愛する者と生きる歓びやそれを失う悲しみをまったく知らないのです。 この映画で描かれているのは、死や性といった事物を人が初めて知った時の恐ろしさと、それを超えた時にもたらされる成長に他なりません。一見するとおどろおどろしい映画ですが、実は誰もが辿る普遍的な物語なのです。

映画『柔らかい殻』を観るには?

今回紹介した映画『柔らかい殻』は、残念ながら2021年1月現在はどの動画配信サービスでも配信されていません。 日本でもDVD化はされましたが、知名度の低さからか、新品では高価な状況にあります。とはいえ、Amazonで中古での販売もあり、TSUTAYAなどのDVDショップでのレンタルならお手軽に鑑賞できるでしょう。

次回の「今、観たい!カルトを産む映画たち」は?

ひなぎく
©State Cinematography Fund

連載第9回は、フィリップ・リドリー監督の映画『柔らかい殻』を紹介しました!閉鎖的なアメリカの片田舎で展開する「非日常」を、少年の視点から美しい映像で描いた異色作でした。 次回の連載では、チェコ発の60年代ガーリー映画『ひなぎく』(1966年製作)を紹介します。それでは次回、「今、観たい!カルトを産む映画たち」第10回もお楽しみください。