【連載#2】今、観たい!カルトを産む映画たち『ポリエステル』30年以上前に匂いのする映画が存在した?【毎日20時更新】
連載第2回「今、観たい!カルトを産む映画たち」
有名ではないかもしれないけれど、なぜか引き込まれる……。その不思議な魅力で、熱狂的ファンを産む映画を紹介する連載「今、観たい!カルトを産む映画たち」。 ciatr編集部おすすめのカルト映画を1作ずつ取り上げ、ライターが愛をもって解説する記事が、毎日20時に公開されています。緊急事態宣言の再発令により、おうち時間がたっぷりある時期だからこそ、カルト映画の奥深さに触れてみませんか? 第1回の『Mr.タスク』(2015年)に続き、第2回は『ポリエステル』(1986年)を紹介します!
史上初4DX映画!?忘れられたカルト映画【ネタバレ注意】
4DX上映の普及により、今となっては匂いが出る映画は珍しくありません。しかし、実は30年以上も前に“匂いがする”映画が存在したのです。タイトルはその名も『ポリエステル』。 本作は「オドラマ」と呼ばれる上映方式で上映され、各国で話題騒然となりました。日本では1度VHSになったきりで、映画の存在自体忘れられているようです。一体どんな仕組みで、どんな内容で、どんな匂いがしたのでしょうか? ここからは、知られざるカルト映画『ポリエステル』について解説していきます。 ※本記事では映画の展開について、ネタバレありで触れています。まっさらな状態で映画を楽しみたい人は、視聴後に記事を読むことをおすすめします。
映画『ポリエステル』とは
『ポリエステル』は、悪趣味映画と名高い『ピンク・フラミンゴ』(1986年)を発表し、一世を風靡したジョン・ウォーターズ監督作。本作は史上初の“匂いの出る映画”として、1981年にアメリカを皮切りに公開されたブラック・コメディです。 「バッド・テイスト(悪趣味)」文化に影響を与えたと言われるウォーターズ監督らしい、下品で悪趣味なドタバタ劇の中にも、優しさが溢れています。壮絶な悲喜劇と見世物的な面白さが融合した、稀有な傑作です。 匂いが出るギミックを抜きにしても、ぜひ観ておきたい作品ではないでしょうか。
『ポリエステル』のあらすじ
ボルチモアに住む超肥満の主婦フランシーヌは、不倫する夫やシンナー中毒の息子、成績不振で男遊びを繰り返す娘の問題に頭を悩ませていました。 家族全員からないがしろにされながらも、なんとか一家団欒を保とうとするフランシーヌ。その努力は実ることなく、家族はバラバラになってしまいます。実の母にも相変わらずいじめられ、1日として悩みが絶える日はありませんでした。 家に1人取り残されたフランシーヌはストレスで酒浸りになり自殺を図りますが、あと一歩のところを友人のカドルスが発見。一命は取り留めたものの、さらなる不幸がフランシーヌを襲います。果たして彼女は、幸せを取り戻すことができるのでしょうか?
匂いのする映画、「オドラマ」方式って!?
『ポリエステル』は公開時、“映画史上初のオドラマ上映”だと宣伝されました。「オドラマ」とは、匂いを意味する「odor」と物語を意味する「drama」を合体させた、ジョン・ウォーターズ監督オリジナルの造語です。 匂いがすると言っても、4DX上映のように劇場内に香りが放出されるわけではありません。 上映前に10個の数字が割り振られたカードが配られ、観客はスクリーン上に現れる数字を確認し、その数字を爪やコインで削ります。すると、映画の場面に合わせてカードから匂いがするという、大変アナログかつチープな代物だったのでした。
一体どんな匂いがするの?
匂いカードに書かれた数字は全部で10個。「どんな匂いがするのかなあ」と考える観客たちに時折フェイントをかけながら、存分に楽しませてくれました。 香りについては、オープニングで登場する1番が「バラ」なので油断してしまいますが、残り9つはウォーターズ監督らしい不愉快なものばかり!おならにシンナー、スカンク、ガソリンと見世物根性丸出しで、怖いもの見たさをくすぐるチョイスがたまりません。
音楽担当はニューウェイブ・バンド!
『ポリエステル』の音楽を担当したのは、ニュー・ウェイブバンドの代表格として70年代後半から活躍する、デボラ・ハリー率いるブロンディです。人気絶頂での抜擢だったこともあり、カルト的インディーズ監督のジョン・ウォーターズ作品への起用は、当時でも意外だと話題になりました。 また、ラストを飾る曲「The Best Thing」を歌うのは『ゴーストバスターズ』(1984年)、『恋はデジャ・ブ』(1993年)でお馴染みのビル・マーレイ。彼は本作に出演してるわけでもないのに、無駄に豪華な布陣です。 ちなみに、監督のジョン・ウォーターズはビル・マーレイのことが大嫌いなのだそう。なぜ彼を起用したのか、全くの謎です。
匂いだけじゃない!意外と泣けるストーリー展開
どうしても匂いだけに注目が集まりそうですが、ストーリー展開も侮れません。フランシーヌに降りかかる不幸をオーバーな演出で描き、アメリカの中流階級やキリスト文化を批判しながらも、どこか優しい目線が感動を誘います。 そこでキーパーソンとなるのが、フランシーヌの友人カドルスです。演じるのはジョン・ウォーターズ監督作の常連で、歌手でもあるエディス・マッセイ。主人公が猛スピードで不幸になっていくのを、「まあ人生どうにかなるわよ」と励ます姿に、思わず目頭が熱くなるでしょう。 また、オドラマ・カードを生かしたラストは素晴らしいの一言。映画のラストを匂いで語るのは、この映画しかないのではないでしょうか?
主演を務めたのはドラァグクイーンのディヴァイン
主人公である中流階級の主婦フランシーヌを演じるのは、巨体と厚化粧で1度見たら忘れられない、ドラァグクイーンの故ディヴァインです。 ジョン・ウォーターズ監督作の常連なので、『ピンク・フラミンゴ』のポスターなどでも見たことがある人はいるのではないでしょうか。その強烈な見た目から、あまりいい役をもらえなかったようですが、本作のフランシーヌは幸せな家族の主婦という設定。 一見すると、ディヴァインが演じるにはかなり無理がありそうな役柄ながら、次第に良き妻(母)に見えてくるから不思議です。なぜか彼女を応援したくなるような魅力に溢れています。
「オドラマ」が訴訟問題に発展!
『ポリエステル』は「匂い」の物珍しさでヒットしたものの、誰も真似することなく、しばらくの間匂いのする映画は製作されませんでした。しかし、2003年に突如として公開されたのが、人気アニメの劇場版第3弾『ラグラッツのGOGOアドベンチャー』です。 この映画も『ポリエステル』同様に匂いの出るカードを配布して、「オドラマ」方式で公開したのですが、これが何と訴訟問題に発展! 実はジョン・ウォーターズ監督が、「オドラマ」を商標登録をしていたのです。そのあと、『ラグラッツのGOGOアドベンチャー』の製作者がウォーターズ監督のファンで真似したと告白。結果、「アロマ・スコープ」と名を変えることで解決したのでした。 ちなみに、『スパイ・キッズ4D:ワールドタイム・ミッション』(2011年)の公開時も、「アロマ・スコープ」という匂いカードが配布されました。
『ポリエステル』が気に入ったあなたにおすすめの作品!
もし『ポリエステル』が気に入った人は、同じくジョン・ウォーターズ監督が手がけた、彼の初長編作『モンド・トラッショ』をおすすめします。(残念ながら日本未公開、Amazonでの入手も困難ですが……。) 鶏の頭が切り落とされるオープニングから、全編オールディーズ(1950~60年代に流行したアメリカン・ポップス)が絶え間なく、まるでコラージュのように流れます。あまりにも強烈な映像体験ができるでしょう。 モノクロ映像でほぼ台詞がなく、ストーリーも難解で意味不明とされる本作。映画『オズの魔法使い』(1954年)にオマージュを捧げたラストの救いが、この映画を唯一無二のものにしているのかもしれません。
『ポリエステル』は最高で最悪な傑作!
劇場公開当時と絶版となったVHS以外では「オドラマカード」が付いていないので、今や実際に匂いを嗅ぐことはできません。2021年現在の確実な視聴方法は、Amazonでプレミア価格のついたVHSを購入することです。 しかし、“映画を観る”という行為が最高に楽しいものであるために、『ポリエステル』は全力で観客に襲いかかってきます。その志の高さは「オドラマカード」がなくとも、本編の面白さだけで充分に伝わるはずです。 下品で喧騒的な最悪の映画なのに、どこか優しい最高の世界に帰りたくなる『ポリエステル』。この不思議な魅力に溢れた本作が再び注目され、円盤化や動画配信サービスに追加される日が来ることを祈りましょう。
次回の「今、観たい!カルトを産む映画たち」は?
連載第2回は、ジョン・ウォーターズ監督の「バッド・テイスト」な世界観が存分に発揮された、映画『ポリエステル』を紹介しました! 削ると匂いが出る「オドラマカード」を取り入れ、匂いに注目した4DXの先駆け的作品として、映画ファンならば必見の1作でしょう。気になる次回は、夫を殺害された海女さんが復讐に燃え、大量殺人鬼と化す邦画『人魚伝説』(1984年)を取り上げます。 それでは、「今、観たい!カルトを産む映画たち」第3回もお楽しみください。