2021年2月2日更新

【連載#19】今、観たい!カルトを産む映画たち『サイレント・ランニング』時代を越え愛されるSF映画【毎日20時更新】

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『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

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連載第19回「今、観たい!カルトを産む映画たち」

『パフューム ある人殺しの物語』
©DreamWorks/Photofest/zetaimage

有名ではないかもしれないけれど、なぜか引き込まれる……。その不思議な魅力で、熱狂的ファンを産む映画を紹介する連載「今、観たい!カルトを産む映画たち」。 ciatr編集部おすすめのカルト映画を1作ずつ取り上げ、ライターが愛をもって解説する記事が、毎日20時に公開されています。緊急事態宣言の再発令により、おうち時間がたっぷりある時期だからこそ、カルト映画の奥深さに触れてみませんか? 第18回は『パフューム ある人殺しの物語』(2007年)に続き、第19回は『サイレント・ランニング』(1986年)を紹介します!

時代を越え幅広い層から愛されている映画『サイレント・ランニング』【ネタバレ注意】

『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

映画に限らず多くの創作物は、クリエイターが愛した過去の作品から多くの影響を受けているものです。そして鑑賞する側がそれに気づいて興味を持ち、過去の作品に触れることで時代を越えて支持を広げていく……そんなカルト映画も存在します。 今回はその代表というべき、SF映画でありながらジャンルを越え今もファンを増やしている映画、ダグラス・トランブル監督作品『サイレント・ランニング』を紹介します。 ※本記事では映画の展開について、ネタバレありで触れています。まっさらな状態で映画を楽しみたい人は、視聴後に記事を読むことをおすすめします。

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特殊効果技術のパイオニア、ダグラス・トランブル

『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

このSF映画『サイレント・ランニング』の監督はダグラス・トランブル(画像右)。映画の特殊効果に興味のある人ならば、その名を1度ならずと聞いた人物でしょう。 彼は名作映画『オズの魔法使』(1939年製作)の特殊撮影スタッフであった父(後に親子で仕事をしています)を持ち、その影響か同じ分野で働き始めます。 1964年、NY万国博覧会にIBMから出展された短編映画『To the Moon and Beyond(月とその彼方への旅)』の特殊効果を担当。この作品がスタンリー・キューブリック監督の目にとまり、『2001年宇宙の旅』(1968年)の製作スタッフに招かれたのです。

2001年宇宙の旅
©MGM

トランブルは当初、同作のためにコンセプト・アートなどを描いていましたが、モーション・コントロール・システムなど特殊効果に関する様々な技術を考案。最終的には作中のほとんどの特撮シーンに関わることになりました。 『2001年宇宙の旅』は1968年にアカデミー視覚効果賞を受賞しますが、アカデミー協会の「(ひとつの賞に)ノミネートは4人まで」という主張により、キューブリックのみ受賞。これを機に、視覚効果や映画全体を監督する立場からSF映画を製作するようになりました。

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ユニバーサル・スタジオに期待された5つの映画プロジェクト

『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

さて、本作の公開時はアメリカン・ニューシネマが人気を博していた時代。ユニバーサル・スタジオは『イージー・ライダー』(1970年)の成功を見て、低予算な代わりに製作に多く口出しを行わない、半ばインディペンデントな環境で5本の映画を製作することを決定。 その中の1本として、『サイレント・ランニング』の製作がスタートします。 ちなみに他の4本は、ピーター・フォンダ監督の『さすらいのカウボーイ』(1972年)、デニス・ホッパー監督の『ラスト・ムービー』(1988年)、ミロス・フォアマン監督の『パパ/ずれてるゥ!』(1972年)、そしてジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』(1974年)。今から見れば、実に素晴らしいラインナップですね。 本作を製作するにあたり、足りない資金の調達に『2001年宇宙の旅』で使用できなかった特殊効果の導入、そして初の監督業……と苦労の絶えなかったダグラス・トランブル。彼は製作費を抑えるために大学生のスタッフを募ります。その中の1人に、『スター・ウォーズ』(1977年)などで知られるジョン・ダイクストラがいました。

『サイレント・ランニング』とはどんな映画?

ブルース・ダーン
©︎Admedia, Inc/Byron Purvis/AdMedia/Sipa USA/Newscom/Zeta Image

改めて本作の紹介を。『サイレント・ランニング』はダグラス・トランブルの原案を、マイケル・チミノを含む3名が脚本化しました。 登場人物は実質4名しか存在せず、主演は後に『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2014年)でカンヌ国際映画祭男優賞を獲得するブルース・ダーン(画像)。主人公の3人の同僚の1人を、ドラマ「エイリアス」シリーズの悪役で知られるロン・リフキンが演じました。

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漂う巨大宇宙船ヴァリー・フォージ号【ネタバレ注意】

『サイレント・ランニング』
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地球上のすべての植物が絶滅し、わずかに残された標本が「植物保存計画」のために、巨大な宇宙船に接続された温室ドームで守られている未来。その宇宙船の1隻、ヴァリー・フォージ号の乗組員ローウェル(ブルース・ダーン)は、植物を守ることに大きな意義を感じます。 しかし、他の乗組員3人は退屈な日々に飽き、地球に帰還できる日を心待ちにしていました。 計画開始から8年、彼らにドームを爆破して地球に帰還せよとの命令が下されます。大喜びする3人に対し、大切に育てた植物が失われる事に耐えかねたローウェルは、ついに3人を殺害。事故による遭難を装って、ただ1人植物を守るために逃亡します。

『サイレント・ランニング』
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この宇宙船ヴァリー・フォージ号は、ロケに使われた米海軍の退役空母「ヴァリー・フォージ」にあやかって名づけられています。無骨な外観に巨大なドームを持つ、未来性と実用性を感じさせるデザインは多くのSFファンを魅了し、後のSF映画に登場する宇宙船に大きな影響を与えました。

語らずとも表情豊かな3体のドローン

『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

1人で植物を守ると決意したローウェルですが、彼には頼りになる“相棒たち”がいました。3体の宇宙船保守用の小型ロボット、ドローンです。2足歩行で黙々と作業をこなす彼らは、プログラムカセットを差し替えれば、様々な業務をこなすことができるように作られました。 このドローンたちが、ローウェルの孤独な航海(タイトルの『サイレント・ランニング』の意味は、潜水艦が敵に見つからないよう無音航行すること)を支えていきます。 3体のうち1体が事故で失われた後、ローウェルは彼らを「ヒューイ」と「デューイ」そして失われたドローンには「ルーイ」(ドナルド・ダックの甥っ子の名前)と名付けました。プログラムを変えながら、孤独を癒すように彼らと生活を共にすることに。この物言わぬ3体との交流が、実に胸にせまる描写になっています。 ドローンの動きは、ベトナム戦争や事故で体の一部を失った俳優が演じました。それによって生み出された親しみやすい動きに、メカニカルなアームの無機質な動きを加えることで、とても印象に残るキャラクターとなりました。 人間をサポートしたり、機械音を発したりジョークをとばしたり、様々な形状で後のSF映画に登場するロボットたちの原型となったことは言うまでもありません。

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孤独な航海の終わり。そして、始まり【ネタバレ注意】

『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

ローウェルはある時、多くの犠牲をはらってまで守り続けてきた、巨大ドーム内の植物が枯れかかっていることに気付きました。彼は対策を取りますが、枯れ始めるまでそれに気付かなかったとは、植物学者と呼ばれる人物にしてはちょっとお粗末な気もします。 逆にそこまで植物に対する関心・知識が失われたデストピアの物語、と見るべきなんでしょうね。 危機を乗り越え可能な限り続けられるかに思えた旅路に、終わりがやって来ます。遭難を装ったヴァリー・フォージ号でしたが、救援船から通信が入りました。救出は巨大ドーム内の植物を、そこに生息する生き物を全て爆破する事を意味します。かくしてローウェルは決断を迫られるのです。 ラストシーン。ジョーン・バエズが歌う主題歌「Rejoice in the Sun」が流れる中、宇宙を漂う巨大ドーム……。そこは緑あふれる自然と機械が共存する、人間のいない楽園でした。 宇宙を舞台にしたSF映画は数多くありますが、その中でももっとも感動的なラストシーンではないでしょうか。

興行的には失敗したが特殊効果は評判となった映画

『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

先述のとおり、ユニバーサル・スタジオがインディペンデントな環境で製作した5本の映画ですが、完成した当時の評判は思わしくありませんでした。特に『ラスト・ムービー』は製作時のゴタゴタが伝説の域に達した作品だけに、関係者も大いに頭を抱えたことでしょう。 先に公開された3本の作品が興行的に不入りであったこともあり、『サイレント・ランニング』はあまり宣伝もされずに1972年にアメリカで公開。早々に打ち切られ、ダグラス・トランブル自身も負債を抱えたようです。 ちなみに5本目の映画『アメリカン・グラフィティ』ですが、これも社内試写では散々な評判で、単館公開扱いで封切られます。しかしその予想をはるかに超え、社会現象となる大ヒットを記録!ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1978年)製作への大きな原動力となり、本作とは対照的な結果でした。 その後ダグラス・トランブルは監督業を離れ、いくつかのSF映画の特殊効果に参加しました。また1973年には、カナダのSFテレビ番組『スターロスト宇宙船アーク』(日本では1975年にNHKで放送)の製作・特殊効果に参加。なおこの番組には多数の巨大ドームを持つ、ヴァリー・フォージ号をスケールアップしたかのような宇宙船が登場します。

『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』
©20th Century Fox / Photofest/zetaimage

ダグラス・トランブルが本作で駆使した特殊効果は業界内で評判を呼び、1975年にジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ」への参加を求めました。しかし彼は他の仕事のためこれを断り、代わりに『サイレント・ランニング』以来、彼の元で働いていたジョン・ダイクストラを紹介。 結局『スター・ウォーズ』の特殊効果はジョン・ダイクストラが手掛けることになり、視覚効果で第50回アカデミー賞を受賞しました。 ダグラス・トランブルはその後、『未知との遭遇』(1978年)や『スター・トレック』(1980年)、そして『ブレードランナー』(1982年)の特殊効果でその地位を不動のものに。念願の監督第2作として、これもカルト映画と言っていい作品『ブレインストーム』(1984年)を製作しました。

『ブレインストーム』
©MGM/Photofest/zetaimage

『ブレインストーム』では、バーチャル・リアリティやインターネットの世界を他に先駆けて映像化。撮影には革新的な映像技術「ショースキャン」が使用され、特殊効果にこだわるあまり興行的に失敗した作品ですが、後の映像表現に大きな影響を与えた作品です。 ショースキャンが示した映像技術の方向性は、デジタル時代の到来と共に大きく花開くことになりました。 このように特殊効果、映像技術の発展に尽力し続けたダグラス・トランブルは現在も、映画業界のみならず多くの分野で広く尊敬されている人物なのです。

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日本で熱い注目を集めた『サイレント・ランニング』

『サイレント・ランニング』
©Universal Pictures/Photofest/zetaimage

全米公開から遅れること1年、1978年に「スター・ウォーズ」が日本でも公開されると、たちまちSF映画ブームが巻き起こりました。映画の特殊効果を表す言葉も従来の「特撮」ではなく、ハリウッド映画の特殊効果を意味する「SFX」が浸透。その第一人者として、ダグラス・トランブルの名が広く知られるようになったのです。 しかし『サイレント・ランニング』は米公開時に日本では上映されず、初のお目見えは1979年のテレビ放送でした。それをビデオ録画したり、再放送を観たりした人の間で本作のSFXが話題を呼び、1986年にミニシアターで劇場初公開されました。 こうして日本の、世界のSF・SFX映画ファンの支持を集めた本作。エコロジー運動の先駆けと言うべきテーマ、美しい映像とジョーン・バエズの主題歌、登場したドローンのキャラクター性などが、やがて一般映画ファンにも伝わります。 さらにカルト映画としては珍しく女性ファンの支持も集め、幅広い層から愛される作品に成長していきました。2021年現在、1,000円~2,000円前後(Amazon参考)でDVDとBlu-rayが発売されているので、気になった人はぜひ! VODでは残念ながら見放題配信されていないため、Amazonプライムビデオにてレンタル、あるいは購入しなければなりません。

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多くの制作者に影響を与え、オマージュを捧げられる作品

特殊効果が生みだした印象的な映像やそのストーリーなど、『サイレント・ランニング』は後の作品に実に多くの形で影響を与えています。 直接的に関係する例としては、1978年から全米で放送された「宇宙空母ギャラクティカ」シリーズ(特殊効果はダグラス・トランブル)にヴァリー・フォージ号がゲスト出演。後のリブートシリーズにも、オマージュ的に登場しました。

『天空の城ラピュタ』

ジブリ映画『天空の城ラピュタ』(1986年)では、空中に浮かぶ緑の楽園で動物と共にたたずむロボット兵の姿、自然と機械が共存する人間のいない楽園が描かれました。 そうしたシーンに多くの人が『サイレント・ランニング』のラストシーンを思い浮かべ、映画評論家の町山智浩も、本作の影響が見られると指摘しています。このように本作は、多くのクリエイターのイメージの源泉にもなっているのです。

『ウォーリー』
©Disney/Photofest/zetaimage

ピクサーCGアニメ映画『ウォーリー』(2008年)の主人公であるロボットのウォーリー。その全体のフォルムは、『ショート・サーキット』(1986年)に登場するロボット「ジョニー5」を思わせます。 その一方で、ボディの色と正面のデザイン、そして何といっても無人の地で黙々と働く……その心優しき姿は本作のドローンに重なるでしょう。3体が持っていた性格を強く受け継いだキャラクターなのです。 近年の作品では、『レディ・プレイヤー1』(2018年)の主人公の相棒、エイチが持つコレクションとしてヴァリー・フォージ号が登場しました。あの『未知との遭遇』の特殊効果を手掛けたダグラス・タランブルに対する、スティーヴン・スピルバーグからのオマージュ以上のメッセージが込められているのでしょう。

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映画『ブリグズビー・ベア』(2018年)にも影響を?

『ブリグズビー・ベア』
© 2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.

斬新かつ心温まる設定で、映画ファンから熱い支持を集めた『ブリグズビー・ベア』(2018年)。この作品の原案と主演を務めたカイル・ムーニーは、1980年代に自分がTVで見た子供番組に大きな影響を受けてこの映画を思い付いた、と語っています。 彼に影響を与えた番組のひとつに、ダグラス・トランブルがカナダで製作した『サイレント・ランニング』の影響が強い番組、先に紹介した『スターロスト宇宙船アーク』があるのではと筆者は見ていますが、どうでしょうか? 作中で主人公を監禁した義父、マーク・ハミルはニセ番組『ブリグズビー・ベア』を「カナダで放送されている作品」と偽って製作していることも、それを示しているものと思われます。

主人公が監禁されている時に、マーク・ハミルと共に隔離されたドームの中から外を見つめるシーンが描かれます。実は『スローター・ハウス5』(1975年)という、『サイレント・ランニング』と同時期に同じくユニバーサル・スタジオが製作した映画にも、同様のシーンがあるのですが……。 映画の背景など全体を含めて考えると、このドームのシーンは『スターロスト宇宙船アーク』の影響が強い、と言えるのではないでしょうか。そして、その原点である『サイレント・ランニング』と同様、主人公の孤独と彼の持つ純粋性を感じさせる名シーンです。

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次回の「今、観たい!カルトを産む映画たち」は?

『ダーク・スター』
©Bryanston Distributing Company/P/zetaimage

連載第19回は、多くの映画ファン、そして映画に関わるクリエーターの心に刻まれたカルトSF映画『サイレント・ランニング』を紹介しました。 地球がディストピアとなった未来を描きながらも、ロボットとの交流に心温まる本作。孤独と美しさ、そして優しさを秘めた映画として、後世にまで影響を与えているのです。次回はまた一味違う、ジョン・カーペンター監督の脱力系SF映画『ダーク・スター』(1981年)を紹介します。 それでは、第20回「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」でお会いしましょう!