2018年9月16日更新

【連載】カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち#19『サイレント・ランニング』【日曜更新】

カルト映画といえばホラー映画や過激な映画、いかがわしい映画……というイメージがあるかもしれません。しかし中には心優しい映画、女性ファンからも支持を集める映画もあるのです。そんな作品である『サイレント・ランニング』を紹介いたします。

「カルトを産む映画たち」とは?

「カルト(少数の熱烈な信奉)を産む映画たち」とは、有名ではないかもしれないけれど、一部の人には熱烈に愛される映画を紹介していく連載です(毎週日曜更新)。

時代を越え幅広い層から愛されている映画、『サイレント・ランニング』

映画に限らず多くの創作物は、クリエイターが愛した過去の作品から多くの影響を受けているものです。そして鑑賞する側がそれに気づいて興味を持ち、その過去の作品に触れることで時代を越えて支持を広げていくカルト映画が存在します。 今回はそんなカルト映画の代表というべき、SF映画でありながらそのジャンルを越え今もファンを増やしている映画、ダグラス・トランブル監督作品『サイレント・ランニング』についてご紹介します。

特殊効果技術のパイオニア、ダグラス・トランブル

このSF映画『サイレント・ランニング』(1986年)の監督はダグラス・トランブル。映画の特殊効果に興味のある方ならその名を一度ならずと聞いた人物でしょう。あの名作映画『オズの魔法使』(1939年)の特殊効果スタッフであった父(後に親子で仕事をする事にもなります)を持ち、その影響か同じ分野で働き始めます。 1964年、NY万国博覧会にIBMから出展された短編映画『To the Moon and Beyond(月とその彼方への旅)』の特殊効果を担当しましたが、この作品がスタンリー・キューブリックの目にとまり『2001年宇宙の旅』(1968年)の製作に参加する事になりました。

当初は映画のためにコンセプト・アートなどを描いていましたが、モーション・コントロール・システムなど特殊効果に関する様々な技術を考案、最終的にダグラス・トランブルは本作のほとんどの特撮シーンに関わる事となりました。 そして『2001年宇宙の旅』はアカデミー視覚効果賞を受賞する事になりますが、アカデミー協会の主張により受賞したのはキューブリック1人のみ。これを機に彼は視覚効果や映画全体を監督する立場で、映画製作に関わっていこうと決意します。

ユニバーサル・スタジオに期待された、5つの映画プロジェクト

さて、当時はアメリカン・ニューシネマが人気を博していた時代。『イージー・ライダー』(1970年)の成功を見たユニバーサル・スタジオは、低予算だが製作に多く口出しを行わない、半ばインディペンデントな環境で5本の映画を製作する事を決定。その中の1本として『サイレント・ランニング』の制作がスタートします。 ちなみに他の4本はピーター・フォンダの『さすらいのカーボーイ』(1972年)、デニス・ホッパーの『ラスト・ムービー』(1988年)、ミロス・フォアマンの『パパ ずれてるゥ!』(1972年)、そしてジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフィティ』(1974年)という、今から見れば実に素晴らしいラインナップなのですが。 『サイレント・ランニング』を製作するにあたり足りない資金の調達、『2001年宇宙の旅』で使用できなかった特殊効果の導入、そして初の監督業……と苦労の絶えないダグラス・トランブル。製作費を抑えるために大学生のスタッフを募ります。その中の一人に、ジョン・ダイクストラがいました。

『サイレント・ランニング』とは、どんな映画?

では本作の紹介を。この映画はダグラス・トランブルの原案を、マイケル・チミノを含む3名が脚本化。主演は後に『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2014年)でカンヌ国際映画祭男優賞を獲得するブルース・ダーン、彼の3人の同僚(実質この4名しか登場人物はいません)の1人に、ドラマ『エイリアス』(2003年〜日本放送)シリーズで悪役として活躍するロン・リフキンがいます。

漂う巨大宇宙船、ヴァリー・フォージ号

地球上のすべての植物が絶滅し、わずかに残された植物は巨大な宇宙船のドームの中で守られている未来。そんな宇宙船の1隻、ヴァリー・フォージ号の乗組員ローウェル(ブルース・ダーン)は植物を守る事に大きな意義を感じていますが、他の乗組員3人は退屈な日々に飽き、地球に帰還できる日を心待ちにしていました。

ある日、彼らにドームを爆破して地球に帰還せよとの命令が下されます。大喜びする3人に対し、大切に育てた植物が失われる事に耐えかねたローウェルは、ついに3人を殺害し、事故による遭難を装ってただ1人植物を守る事を決意します。

この宇宙船ヴァリー・フォージ号は、ロケに使われた米海軍の退役空母ヴァリー・フォージにあやかって名づけられました。無骨な外観に巨大なドームを持つ、未来性と実用性を感じさせるデザインは多くのSFファンを魅了し、後のSF映画に登場する宇宙船に大きな影響を与えました。

語らずとも表情豊かな、3体のドローン

1人植物を守る事を決意したローウェルですが、彼には頼りになる“相棒たち”がいました。3体の宇宙船保守用の小型ロボット、ドローンです。2足歩行で黙々と作業をこなす彼らは、プログラムカセットを交換する事で様々な業務を果たす事ができるように作られています。 このドローンたちがローウェルの孤独な航海(タイトルの『サイレント・ランニング』の意味は、潜水艦が敵に見つからないよう無音航行する事)を支えていきます。

ドローンの1体が事故で失われた後、ローウェルは彼らを“ヒューイ”“デューイ”そして失われたドローンには“ルーイ”と名付け(ドナルド・ダックの甥っ子の名前)、プログラムを変えて孤独を癒すように彼らと生活を共にすることに。この物言わぬ彼らとの交流が実に胸にせまる描写になっています。 このドローンはベトナム戦争や事故で体の一部を失った俳優によって演じられています。それによって生み出された親しみやすい動きに、メカニカルなアームの無機質な動きを加える事で印象に残るキャラクターとなりました。 このドローンが後のSF映画で人間をサポートするロボット、機械音を発したりジョークをとばしたり、様々な形状で現れるロボットたちの原型となった事は言うまでもありません。

孤独な航海の終わり。そして、始まり……

ローウェルは多くの犠牲をはらってまで守り続けてきた、巨大ドーム内の植物が枯れかかっていることに気付きます。彼は対策をとりますが……枯れ始めるまでそれに気付かなかったとは、植物を保護しようとする人物にしてはちょっとお粗末な気もしますが、逆にそこまで植物に対する関心・知識が失われたデストピアの物語、と見るべきなんでしょうね。 危機を乗り越え可能な限り続けられるかに思えた旅路に、終わりがやって来ます。遭難を装った宇宙船ヴァリー・フォージ号でしたが、仲間の宇宙船が救出のために接近してきたのです。救出は巨大ドーム内の植物を、そこに生息する生き物を全て爆破する事を意味します。かくしてローウェルは決断を迫られます。

ラストシーン。ジョーン・バエズが歌う主題歌「Rejoice in the Sun」が流れる中、宇宙を漂う巨大ドーム……そこは緑あふれる自然と機械が共存する、人間のいない楽園……宇宙を舞台にしたSF映画は数多くありますが、その中でももっとも感動的なラストシーンではないでしょうか。

興行的には失敗、特殊効果は評判となる映画

さてユニバーサル・スタジオがインディペンデントな環境で製作した5本の映画ですが、完成した当時の評判は思わしくありませんでした。特に『ラスト・ムービー』は制作時のゴタゴタが伝説の域に達した作品だけに、関係者も大いに頭を抱えていたことでしょう。 先に公開された3本の作品が興行的に不入りであった事もあり、『サイレント・ランニング』はあまり宣伝もされずに1972年に公開、早々に打ち切られダグラス・トランブル自身も大きな負債を抱える事になります。 ちなみにその後に公開された5本目の映画『アメリカン・グラフィティ』ですが、これも社内試写では散々な評判で、単館公開扱いで封切ったところ予想をはるかに超え社会現象となる大ヒット、ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』(1978年)製作への、大きな原動力となった事とは対照的な結果になりました。 その後ダグラス・トランブルは監督業を離れ、いくつかのSF映画の特殊効果に参加します。また1973年にはカナダのSFテレビ番組『スターロスト宇宙船アーク』(日本では1975年にNHKで放送)の製作・特殊効果に参加。なおこの番組には多数の巨大ドームを持つ、ヴァリー・フォージ号をスケールアップしたかのような宇宙船が登場します。

しかしダグラス・トランブルが本作で駆使した特殊効果は業界の評判を呼び、1975年にジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』への参加を求めましたが、彼は他の仕事のためこれを断り、かわりに『サイレント・ランニング』以来彼の元で働いていたジョン・ダイクストラを紹介します。 結局『スター・ウォーズ』特殊効果はジョン・ダイクストラが手掛ける事になり、視覚効果でアカデミー賞を受賞しました。 ダグラス・トランブルはその後『未知との遭遇』(1978年)、『スター・トレック』(1980年)そして『ブレードランナー』(1982年)の特殊効果でその地位を不動のものとし念願の監督第2作、これもカルト映画と言っていい作品『ブレインストーム』(1984年)を製作します。

バーチャル・リアリティやインターネットの世界を他に先駆けて映像化し、使用された“ショースキャン“という映像技術の革新性……本作も特殊効果にこだわるあまり興行的に失敗した作品ですが、後の映像表現に大きな影響を与えた作品です。また“ショースキャン”が示した映像技術の方向性は、デジタル時代の到来と共に大きく花開くことになります。 この様に特殊効果、映像技術の発展に尽力し続けたダグラス・トランブルは現在も、映画業界のみならず多くの分野で広く尊敬されている人物なのです。

日本で熱い注目を集めた『サイレント・ランニング』

全米公開から遅れること1年、1978年に『スター・ウォーズ』日本でも公開されるとSF映画ブームが巻き起こりました。映画の特殊効果を表す言葉も従来の「特撮」から、ハリウッド映画の特殊効果を意味する「SFX」という言葉が浸透していきます。その「SFX」の第一人者として、ダグラス・トランブルの名が広く知られていきます。 しかし米公開時に日本では上映されなかった『サイレント・ランニング』、初のお目見えは1979年のテレビ放送でした。それをビデオ録画した者の間で、また再放送のたびにそ本作の「SFX」が話題となり、ついに1986年にミニシアター系で劇場公開される事となりました。 こうして日本の、世界のSF・SFX映画ファンの支持を集めた本作ですが、エコロジー運動の先駆けと言うべきテーマ、美しい映像とジョーン・バエズの主題歌、登場したドローンのキャラクター性などが、やがて一般映画ファンにも、また女性ファンにも知られる事となり、幅広い層から愛される作品に成長していきます。

多くの制作者に影響を与え、オマージュを捧げられる作品

特殊効果が生みだした印象的な映像やそのストーリーなど、『サイレント・ランニング』は後の作品に実に多くの形で影響を与えています。直接的に登場した例としては、1978年から全米で放送されたTVシリーズ『宇宙空母ギャラクティカ』(特殊効果はダグラス・トランブル)にヴァリー・フォージ号が登場、後のリプートシリーズにもオマージュ的に登場しています。

また『天空の城ラピュタ』(1986年)が公開された時、空中に浮かぶ緑の楽園で動物と共にたたずむロボット兵の姿……自然と機械が共存する人間のいない楽園……のシーンに多くの人が『サイレント・ランニング』のラストシーンを思い浮かべ、映画評論家の町山智浩氏もその影響を指摘しています。この様に本作は多くのクリエイターのイメージの源泉にもなっているのです。

ピクサーCGアニメ映画『ウォーリー』(2008年)に登場する主人公のロボット・ウォーリーですが、全体のフォルムは『ショート・サーキット』(1986年)に登場するロボット「ジョニー5」を思わせるもののボディの色と正面のデザイン、そして何といっても無人の地で黙々と働く心優しき姿……『サイレント・ランニング』に登場したドローンが持っていた性格を強く受け継ぐキャラクターなのです。 近年の作品では『レディ・プレイヤー1』(2018年)の主人公の相棒、エイチが持つコレクションとして宇宙船ヴァリー・フォージ号が登場。あの『未知との遭遇』の特殊効果を手掛けているダグラス・タランブルに対する、スティーヴン・スピルバーグのオマージュ以上のメッセージが込められているのでしょう。

あの『ブリグズビー・ベア』にも影響を?

斬新かつ心温まる設定で、多くの映画ファンから熱い支持を集めている『ブリグズビー・ベア』(2018年)ですが、この作品の原案と主演を務めたカイル・ムーニーは、1980年代に自分がTVで見た子供番組に大きな影響を受けてこの映画を思い付いた、と語っています。

カイル・ムーニーに影響を与えた番組の一つに、ダグラス・トランブルがカナダで製作した『サイレント・ランニング』の影響が強い番組、先に紹介した『スターロスト宇宙船アーク』があるのではと見ていますが、どうでしょうか? 主人公を監禁した義父、マーク・ハミルはニセ番組『ブリグズビー・ベア』を「カナダで放送されている作品」と偽って製作している事も、それを示しているものと思われます。

まだカイル・ムーニーが監禁されている時に、マーク・ハミルと共に隔離されたドームの中から外を見つめるシーン……実は『スローター・ハウス5』(1975年)という『サイレント・ランニング』と同時期に、同じユニバーサル・スタジオが製作した映画にも同様のシーンがあるのですが。 やはり映画全体を含めて考えるとこのドームのシーンは、『スターロスト宇宙船アーク』の影響が強い、そしてその原点である『サイレント・ランニング』と同様、主人公の孤独と彼の持つ純粋性を感じさせる名シーンだと思っています。 このように『サイレント・ランニング』は多くのファン、クリエーターの心に刻まれたカルトSF映画として、現在も影響を与え続けている作品なのです。孤独と美しさ、そして優しさを秘めた映画として……。

次回の「カルトを産む映画たち」は?

次回は9月23日に更新予定です!お楽しみに!