2018年10月4日更新

元祖サイコキラー、映画『狩人の夜』の殺人鬼ハリー・パウエルの魅力に迫る!

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狩人の夜
THE NIGHT OF THE HUNTER © 1955 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Package Design © 2018 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

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殺人鬼の映画史に輝く存在、ハリー・パウエル

映画の歴史において、世界で一番有名なサイコキラーは?やはり『羊たちの沈黙』(1991年)でアンソニー・ホプキンスが演じた、ハンニバル・レクター博士の名を挙げて間違い無いでしょう。キャラクターの魅力も然る事ながら、映画もアンソニー・ホプキンスもアカデミー賞を受賞、このジャンルとキャラクターを世界に広めた影響力も、大いに評価されるべきでしょう。

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ではレクター博士以前に映画に登場したサイコキラーは?古くはフリッツ・ラングのドイツ映画『M』(1932年)でピーター・ローレが演じた連続少女殺人犯、ハンス・ベッケルトまでさかのぼる事が出来ますが、レクター博士に負けない知名度を持つのはアルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』(1960年)で、アンソニー・パーキンスが演じたノーマン・ベイツと言って間違いないでしょう。 しかし『サイコ』以前に、1955年に米で公開されたチャールズ・ロートン唯一の監督作品『狩人の夜』で、ロバート・ミッチャムが演じたサイコキラー、ハリー・パウエルがいる事をご存知でしょうか?しかも彼はサイコなだけでなく、移動しながら連続殺人を犯すシリアルキラーでもあり、現在のミステリー作品にも通じる異常性を持つキャラクターとして描かれているのです。

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しかも偽伝道師でもあるハリー・パウエルは、周囲の人々に聖書を引用して語り掛け、言葉巧みに魅了するカルスマ性を持つ人物。また両手の指に1文字ずつ、右手に「L-O-V-E」左手に「H-A-T-E」と入れたタトゥー……ビジュアル的にも際立った特徴を持つキャラクターなのです。 実に悪の魅力に満ちた殺人鬼、ハリー・パウエルは後の映画に多大な影響を与えた存在でもあるのです。では『狩人の夜』が産みだした、この映画史に残るキャラクターについて解説していきましょう。

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ハリー・パウエルを演じた、名優ロバート・ミッチャム

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ハリウッド映画の歴史に名を残すロバート・ミッチャムですが、意外にその出演作を挙げるのが難しい人物ではないでしょうか?没後20年を過ぎた今、ハリー・パウエルを演じた彼について改めて説明いたしましょう。 1917年に生まれた彼は幼くして父親を亡くし、家庭環境に恵まれず14歳で家を飛び出し、肉体労働をしながら各地を回る青春時代を過ごしました。その間浮浪者として逮捕されたり、不良グループの一員となったり、ボクサーとして試合を闘ったりと荒れた生活を送っています。 彼の特徴“スリーピング・アイ”(眠そうな目)は、ボクサー時代に顔面を殴られた事で生まれました。ちなみにロバート・ミッチャムは自身の顔の事を「トカゲの目、アリクイの鼻」と語っています。自分がいわゆる二枚目のハンサムスターではない、と自覚していたのでしょうね。 1936年にショージビネスの世界で働く姉の元に身を寄せ、落ち着いた生活を取り戻したロバート・ミッチャム。1940年には安定した職を得て結婚し身を固めますが、同時に地元の劇団で演劇活動を始めます。やがて姉のマネージャーの紹介で映画界に入り1942年映画デビュー、米で1945年公開の戦争映画『G・I・ジョー』で、アカデミー助演男優賞にノミネートされました。

映画ではタフガイを演じ順風満帆にキャリアを重ねた彼でしたが、1948年にマリファナ所持で逮捕、43日間を刑務所で過ごすというスキャンダルに見舞われます。実はこの事件はスターの移籍阻止をめぐる捏造であったようで、2年後に彼は裁判で無罪を勝ち取りましたが、当時は彼は自分のキャリアは終わってしまった、と思ったそうです。 しかし逮捕後に公開された映画もヒット、映画会社はこの件を利用して彼を“バット・ボーイ”のイメージで売り出し、かえって人気が高まる結果となりました。以降演じる役も悪役など幅が広がり、ロバート・ミッチャムは演技派としての実績を積み重ねていく事になるのです。

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映画的に完成された、知性と狂気に満ちた殺人犯

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そんな“バット・ボーイ”、ロバート・ミッチャムが『狩人の夜』で演じたハリー・パウエルは、従来の映画には無い悪人像でした。殺意を秘めながらも人々の中に紛れ込み、言葉巧みに話しかけて他人を魅了して近づき、そして性的・宗教的なものに根差した狂気をむき出しにして凶行に及ぶ、実に現代的なサイコキラーだったのです。 これ以前の映画における狂気に満ちた犯人像といえば、『M』の犯罪者ハンス・ベッケルトの様な人目を忍ぶ怪しげな人物、あるいは『白熱』(1952年)でジェームズ・キャグニーが演じたマザコンのギャング、コーディ・ジャレットのように激情を爆発させる人物といった、ある意味演劇的な描かれ方をしていたのです。

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しかしハリー・パウエルというシリアルキラーは、我々の隣にいる狡猾な人物として描かれました。しかも人を魅了する知性とカリスマ性を見せながらも、時には滑稽なほど小心者である姿を晒すことで、今見てもリアリティを感じさせる新たな殺人鬼像をスクリーンに登場させたのでした。

この犯人像は同名の原作小説の著者、ディヴィス・グラッブが描いたものですが、実はこの小説は1932年に処刑された実在の連続殺人犯、ハーマン・ドレンス(使用したハリー・パワーズという偽名の方が有名だそうです)が犯した事件を基に書かれたものだったのです。リアルな犯人像の裏には、世を震撼させた恐るべき事件があったことをお忘れなく……。

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カッコ良すぎてマネたくなります!指に入れたタトゥー

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ハリー・パウエルは時代を先取りしたサイコキラーである!と強調しても、それだけでは後世の記憶に残るキャラクターとは言えません。やはり映画は見た目が大事。レクター博士と言えばマスクを付け拘束された姿、ノーマン・ベイツと言えばカツラを付け包丁を持って迫る姿を誰もが思い浮かべるでしょう……後のコメディ映画で、パロディのネタになる程の知名度ですから。 ハリー・パウエルの伝道師姿で聖書の言葉を引用する、カリスマ性を持つ姿は後の映画や小説、コミックのサイコキラー像に大きな影響を与えています。しかそれ以上に印象的で、誰の目にも印象的なトレードマークといえば、やはり指に入れたタトゥーでしょう。

この姿に数多く映画人が魅了され、後の多くの映画で登場する事になります。スパイク・リーは『ドゥー・ザ・ライト・シング』(1990年)で趣味の悪い指輪によって登場させています。指にタトゥーを入れる姿を真似た作品は数知れず……最近では『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』(2013年)でライアン・ゴズリングがその姿を披露しています。

しかし一番有名な『狩人の夜』のタトゥーへのオマージュに満ちた作品と言えば、マーティン・スコセッシの『ケープ・フィアー』(1991年)でしょう。そもそもグレゴリー・ペック演じる弁護士の一家を、執拗につけ狙う異常な犯罪者マックス・ケイディを、ロバート・ミッチャムが演じた映画『恐怖の岬』(1962年)のリメイク作品なのですから。

『恐怖の岬』でロバート・ミッチャムが演じたマックス・ケイディを、『ケープ・フィアー』ではロバート・デ・ニーロがタトゥーを全身に入れ、『狩人の夜』のハリー・パウエルをよりパワーアップさせた姿で演じています。『ケープ・フィアー』はロバート・ミッチャム、グレゴリー・ペックがカメオで出演、『恐怖の岬』と異なる役柄を演じた事でも話題となった映画です。

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米映画協会も認めた、魅力ある悪役像

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米映画協会(AFI)は2004年に「アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100」を発表し、過去映画に登場したヒーローと悪役それぞれのベスト50を発表しています。悪役第1位はレクター博士、第2位にノーマン・ベイツが堂々のランクイン。ちなみに第3位はダース・ベイダーです……。 『白熱』のコディ・ジャレットは26位、そして『狩人の夜』のハリー・パウエルは29位でランクイン。なお28位には『恐怖の岬』のマックス・ケイディが登場、ロバート・ミッチャムの演じた悪役が並んで紹介されているのです。

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ちなみにヒーローの第1位は『アラバマ物語』(1963年)の、人種差別と闘う誠実で良心的な弁護士アティカス・フィンチ。演じたのはグレゴリー・ペックです。彼とロバート・ミッチャムの名優2人が『恐怖の岬』で共演し、各々を代表する役柄を演じ対決していると考えると面白いですね。 このように『狩人の夜』のハリー・パウエルは米映画を代表する悪役として、またロバート・ミッチャムが演じた人物を代表する存在として高く評価されているのです。多くの映画人がその姿に憧れているのも当然といえるでしょう。

すべてのシリアルキラー作品は、ここから始まった

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犯罪学、精神医学の進歩と共に連続殺人犯像が身近なものとなり、『羊たちの沈黙』でプロファイリングという犯罪捜査手法も広く知れ渡った現在、映画やドラマなどあらゆるメディアにサイコキラーが、実に身近な存在として活躍する時代となりました。 しかし今から60年以上も前に、その犯人像の原型といえるキャラクターが映画『狩人の夜』で、ハリー・パウエルという姿で描かれていたのです。そしてその姿……内面も外観も、後の映画に大きな影響を与えている事がお判りいただけたでしょうか。

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現在の映画やドラマで殺人鬼の猟奇的な所業は、生々しい描写で見せる事が主流となっていますが、『狩人の夜』それらと異なりは牧歌的で、おとぎ話の様な表現で描いています。ゆえにハリー・パウエルもリアルな犯罪者像でありながら、同時に寓話的な悪として存在している事が、他の映画の殺人鬼には無い魅力にもなっているのです。ぜひ映画を見てその姿をご確認ください。