2017年8月24日更新

死ぬまでに見ておきたいカルト映画30選!

『ピンクフラミンゴ』

一部の人を惹きつけてやまないカルト映画。名作やヒット作とは違う魅力を持つカルト映画とは、一体どういうものなのでしょうか。今回は死ぬまでに見ておきたい30本のカルト映画を紹介します。

カルト映画とはどんな映画なのか

カルト映画とはなにか?というのはいい質問です。 オックスフォード英語辞典によれば、「カルト」という単語は「宗教的な崇拝システム」、「人や物に対する深い愛情や尊敬」そして「一部の特定の集団から支持される流行」と定義されています。 ですから、もしあなたが特定の人物に対する強迫じみた情熱が込められている映画を見てこの言葉を使うなら、それは正解です。また、ほとんどの人が見たことがなくても、それを見て映画監督になると決心した人がいる映画もカルト映画と言えます。 端的に言えば「カルト」とは広く解釈すると、深夜上映でない限りシネコンで上映するには不気味すぎる映画のことです。 1970年代に映画館が深夜上映を始めたころは、それがメインストリームから外れた違法な映画を見るただひとつのチャンスでした。昼の上映では、チャールトン・ヘストンが爆撃された旅客機を救ったり、ロサンゼルスを地震から救ったりしていたかもしてませんが、夜はエド・ウッドやジョン・ウォーターズ、そしてジョージ・ロメロの時間でした。 家庭へビデオが普及し、映画館での深夜上映は減っていきましたが、まだ各地で行われています。そして深夜上映は伝統通り、その上映作品が少数派の観客の興味をかき立てています。これから紹介する映画が近所で上映されているなら、いますぐ予定をキャンセルして見に行くべきです。

1.『狂い咲きサンダーロード』(1980)

『狂い咲きサンダーロード』(1980)は、『爆裂都市 BURST CITY』(1982)、『逆噴射家族』(1984)などの監督、石井聰亙(現・石井岳龍)が卒業制作として撮った、自主製作映画。大学生の作った映画であるにもかかわらず、全国で公開され、カルト的人気を博しました。 小林稔侍が出演していたり、泉谷しげるやPANTA&HALの楽曲が使用されているなど、卒業制作としてはかなり豪華。 ストーリーは近未来の架空都市、サンダーロードで繰り広げられる暴走族同士の抗争が描かれます。内容的に『マッドマックス』(1979)に酷似していますが、製作は本作が微妙に先なのです!

2.『マジカル・ガール』(2014)

日本のテレビアニメ「魔法少女ユキコ」にあこがれる白血病の少女とその家族の行動が、思わぬ事態を巻き起こす様を描いた、2014年のスペイン映画です。予想不可能な展開や、独特のブラックユーモアが話題を呼び、サンセバスチャン国際映画祭でグランプリと観客賞を受賞するなど、高い評価を得ました。 監督は本作が長編映画デビューとなったカルロス・ベルムト。『バスルーム 裸の2日間』のホセ・サクリスタン、『フリア よみがえり少女』のバルバラ・レニーらが出演しています。 長山洋子のデビュー曲『春はSA・RA・SA・RA』が劇中および予告編に使用され、スペイン映画らしい展開とのギャップが、なんとも不思議な雰囲気を醸し出しています。

3.『スクリーム』(1996)

この映画が公開されたのは1996年。お決まりの展開になりがちなスプラッター映画は既に飽きられつつあった時代です。クレイヴン監督は、観客の「慣れ」と「飽き」を逆手に取りました。 まずは登場人物に先の展開を予測させ、「お決まりの展開」をとことん貶させることで観客を混乱させます。そして時には意外な展開、時にはベタな展開で、登場人物たちがバタバタと殺されていくのです。お決まりのパターンという「常識」を叩き壊される、あるいは分かっていても結局逃れられないという理不尽さは、スリルをより大きくしました。むろん、監督はそこまで計算していたでしょう。 ストーリーの全体像としてはかなりギャグに寄っているのですが(お面もどこか滑稽ですよね)、そこで起こる事件の一つ一つはかなり残酷。このギャップがいい具合に心を削ります。『スクリーム』とは悲鳴、絶叫といった意味。皮肉に見えてしっかりと原点に回帰している作品と言えるでしょう。

4.『ウィッカーマン』(1973)

「ウィッカーマン」とはキリスト教以前の異教の地で生け贄となる家畜や人間を燃やす祭儀の名称であり、それに使用される巨大な人型の檻の名称です。 スコットランドの警察官、ニール・ハウイー(エドワード・ウッドウォード)は、行方不明になった少女ローワンの足取りを求めて、サマーアイルという孤島にやって来ます。そこの住民はキリスト教徒ではなく、古いドルイド教を信仰している異教徒だったのです。 ローワンが島民たちによって人身御供として殺されたのではないかと疑ったハウイーは、単身で捜査を続けます。ところが、そこには恐るべき陰謀が……。 2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクされていますが、圧倒的にオリジナルの恐怖やスリルには到底及びません。

5.『エルム街の悪夢』(1984)

ホラー映画の悪役は時に人気者となります。『エルム街の悪夢』のフレディは、とてつもなく恐ろしいキャラクターでありながら評価が高く、『13日の金曜日』のジェイソンとは対決するなど、多方面に進出しています。フィギュア化もされており、造形の面でも愛されているようです。 本作の恐ろしいところは事件が夢のなかで起きるということ。夢の世界はすべてフレディの思うがまま、手の打ちようがありません。単に凶暴だとか不死身だとかというのとは次元が違います。物語の終盤でフレディの弱点が解き明かされ、打倒の道筋が立つのですが… 随所に笑いどころが仕込まれているのもホラー映画の定石ですが、クレイヴン監督のそれは自然に入ってくるので怖いと思いつつ最後まで見てしまう作品です。

6.『燃えよNINJA』(1981)

この映画のクレジットロールを見れば、何が起こるかわかります。手裏剣やヌンチャク、吹き矢などの腕前を見せた後、ショー・コスギ演じる黒い忍者は、フランコ・ネロ演じる白い忍者のドロップ・キックに、当たってもいないのに倒されてしまいます。オープニングのネロのシーンで、アクションの信頼性は風に飛ばされてしまいます。彼の武闘家としての説得力は、コメディ映画『ビバリーヒルズ・ニンジャ』のクリス・ファーレイと同じ程度ですが、たった一人で赤い忍者の軍団をやっつけてしまいます(忍者が全員同じ見た目では人生はつまらないのではないでしょうか?)。 その後ネロは、豪邸に住み、スーザン・ジョージ演じる妻がいるのにうまくいっていない”昔の相棒”を訪ねます。しかし、彼はミスター・ベナリウスに雇われたフックの手をしたならず者に、自分の敷地から追い出されてしまいます。特徴的な笑い声のミスター・ベラリウスは『地獄の門』のクリストファー・ジョージが演じています。 ネロがこれに気づいたとき、私たちにはもう展開がわかっていますが、彼はミスター・ベラリウスに”メッセージ”を送ります。彼はジョージの手下を情け容赦なく打ち負かしますが、彼らはひどい訓練を受けていて、ただ立って殴られるのを待っています。打つ手のなくなったジョージは、コスギを雇います。その後はどうなるかわかるでしょう。

7.『ロッキー・ホラー・ショー』(1976)

ロック・ミュージカルのカルト映画として名高い一作。原作はリチャード・オブライエンの舞台劇で、本人も出演しています。 物語は、古城に若いカップルが迷い込むと、そこでパーティーをしていた異形の人々に翻弄される、という古いホラー映画をオマージュしたものです。デビューしたばかりのスーザン・サランドンがヒロイン役。 ゲイ、バイセクシュアル、女装趣味といったアブノーマルなものがテーマになっているのも特徴です。映画館での上映時にはキャラクターと同じ衣装のコスプレをしたファンたちで埋め尽くされます。

8.『デッドリー・フレンド』(1986)

ホラー映画でしばしば引き合いに出されるのがマッドサイエンティスト。1986年公開の『デッドリー・フレンド』でマッドサイエンティストとなるのは15才の少年です。 趣味の機械いじりが講じて小型ロボット「ビービー」を創りだすほどの頭脳の持ち主であるポールはまさに小さな科学者。隣人の少女サマンサに恋をするなど甘酸っぱい流れから一転、不幸な事故によりビービーは破壊され、サマンサは虐待により死亡…。そこで閃いたポール少年。残されたビービーの基盤とサマンサの亡骸を組み合わせて双方を復活させることにしたのです。はじめは指すら自由に動かせなかったサマンサでしたが…。 自由に動けるようになるほど人間性を失っていくサマンサとそれを見つめるポールがなんとも切ない。しかし、そんな切なさは吹っ飛ぶ程のエグい展開がすぐ後ろに控えています。

9.『壁の中に誰かがいる』(1991)

「親の心子知らず」。大人になればその有り難みがわかるとはいえ、子供の頃には意味もなく怒っているだけにしか見えなかったりするものです。 ただし、本作に登場する夫婦と思しき男女は完全にイカレているかもしれません。子供が欲しかったという理由で少年少女をさらって監禁、虐待しているのです。本人たちの中ではそれが正しいと思っているので余計に恐ろしいです。 彼らを倒すのはスラム育ちの少年フール。両親を知らない生い立ちと「愚者」を意味する名前は実に象徴的ですね。彼はすばらしい身のこなしで腹立たしい「とーちゃん、かーちゃん」(実際には違うのですが)の手をかいくぐり、少年少女を助けます。この対戦の仕方が、少年らしく全く手加減がないのがポイント。エグさではイカれた男女に負けていません。最終的には被害者たちの助けも借り…。 コミカルでスピード感溢れるアクションと、ホラー映画としては珍しい大団円に近いエンディング。少し変わったウェス・クレイヴン作品はいかがでしょうか。公開は1991年ですが、いま見ても新鮮さを味わえる映画です。

10.『サランドラ』(1977)

「田舎街の外れの荒野で車が故障し、殺戮者に襲われる」という定番の展開ですが、ちょっと変わっているのは殺戮者が「家族」あるいは「部族」単位で行動していることでしょう。この設定のおかげで、彼らに妙な人間臭さが生まれています。これを善しとするかどうかで評価が別れる映画かもしれません。 とは言え、圧倒的な殺戮者が所帯持ち、しかもいきなり大げんかを始めるという展開はなかなか見られません。後述のリメイク版と見比べるのもアリでしょう。

11.『ミュージック・オブ・ハート』

荒れたクラスを立て直し、子どもたちに希望を与えるために音楽の授業をする主人公。これは『レッスン!』や『天使にラブソングを』にも見られる、音楽と子供をモチーフにした作品では定番のテーマでしょう。本作は他の作品以上に、とても穏やかでじっくりと物語が紡がれていく、味わい深い作品となっているのです。 この作風だけでも十分に成功できたであろうと言うクオリティの映画です。

12.『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』(1992)

デジタルでいんちきのできる時代になり、キャラクターたちは日常的に重力に逆らい、素晴らしいスタントが実際に行われなくても、ワンテイクで撮影することができるようになりました。 『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』は、ジョン・ウーの最高の香港映画ではありませんが(その称号は『狼/男たちの挽歌・最終章』に譲りましょう)、彼の熟練したバレエのような殺戮シーンを酷評するのは難しいことです。そこには白い鳩はいませんが、ウーの視覚的なトレードマークはしっかりと存在しています。キャラクターたちは空中を飛び、片目の手下が煙の中からスローモーションで現れ、誰もが2丁の拳銃を同時に撃ちます。 もともと台本はなく、チョウ・ユンファ演じる警察官テキーラが、ギャングの密輸業者を追うアクションシーンを連続して撮影しました。密輸業者のうちの一人は潜入捜査官です。ここから数々の銃撃戦をし、最終的に悪人が密輸した武器を隠している病院で突拍子もないフィナーレを迎えます。

13.『ザ・チルド』(1985)

治療あるいは蘇生の術がない人を凍結状態で保存する「コールドスリープ」。SF好きなら一度は耳にしたことのある技術でしょう。現代では解決できない問題を「未来の技術」が解決してくれることに賭けるわけで、いわば希望が根拠となっているサービスとも言えます。 コールドスリープが実用化された近未来。人々の期待に反し、蘇生を果たした者は居ません。ところがマイルズだけは違いました。機械の故障によって期せずして蘇ってしまった彼を、周囲の人々は歓迎します。しかし、それは果たして彼自身なのでしょうか?彼の振る舞いは人々を失望させ、恐怖に陥れます。彼は何を思い、周囲の人々はどう受け止めたのか…。 未来はそんなに都合のいいものなんだろうか?1985年公開の『ザ・チルド』はそういった疑問や不安をはっきりと見せつけます。全体的な構成はB級臭漂うホラーかもしれませんが、なぜか心に棘を残す。そんな作品です。

14.『フランケンフッカー』(1990)

『バスケット・ケース2』の撮影で予算が足りなくなってしまったフランク・ヘネンロッター監督は、現場でミーティングをして1963年の映画『死なない頭脳』からの引用で『フランケンフッカー』のあらすじを作り、90年代に復活させました。主人公のニュージャージー電力に勤める男は、パワーアップし、コントロールの効かなくなった芝刈り機で愛する人を失ってしまいます。 ジェームス・ロリンツ演じる主人公のジェフリー・フランケンは”趣味で外科的なことをして”いたので、研究室に彼女の遺体を隠し、首を切断して新しい体を探しに行きました。彼はタイムズスクエアで新しい女性の材料になる売春婦を物色しており、そのシーンはヘネンロッターの『バスケット・ケース』(1982)と同じように、ニューヨークの嫌な部分を浮き彫りにしています。 同監督の『ブレインダメージ』(1987)よりも軽く、マンガのようなトーンの『フランケンフッカー』はスラッシャー映画の続編でないことを美点として目立っていましたが、ホラーやコメディ、不気味な要素をつなぎ合わせて『バスケット・ケース2』よりも良いものになっています。それに、誰が「尻軽女と稲妻の恐ろしい物語」などというキャッチコピーを嫌いになれるでしょうか。

15.『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)

本作もロック・ミュージカルとして名高く、所謂「名画座」で『ロッキー・ホラー・ショー』と併映されることが多かった作品。監督はブライアン・デ・パルマです。 内容は『オペラ座の怪人』を下敷きにしたもので、ロックの殿堂、パラダイスに出没する怪人(ファントム)が主人公。音楽はカーペンターズの『愛のプレリュード』などの作曲で有名なポール・ウィリアムズで、ロカビリー風、ビーチ・ボーイズ風、ハード・ロック風、カントリー風など様々な楽曲を提供しています。 ポール・ウィリアムズは悪魔と契約したプロデューサー役で出演もしており、『サスペリア』(1977)のジェシカ・ハーパーがヒロイン役です。 近田春夫や手塚眞など、この映画に影響を受けたアーティストは多く、『科学忍者隊ガッチャマン』のコスチュームは、明らかに本作でファントムが着る衣裳にインスパイアされています。

16.『鮮血の美学』(1972)

スプラッターホラーにチェーンソーとくればジェイソンでおなじみの『13日の金曜日』を思い浮かべる方も多いかと思います。しかし、ホラー映画においてチェーンソーが凶器として活躍したのはもっと早く、1972年の『鮮血の美学』がその元祖だというのはご存知でしょうか。 弄ばれた挙句無残に殺された娘、殺人者が腹を満たすために忍び込んだのはなんと被害者の両親の家だった!というところから血みどろの惨劇が始まります。チェーンソーの遣い手は被害者の父親であり、復讐に燃える殺戮者でもあるコリンウッド。用意された殺人ではないために、ガレージに転がっていたチェーンソーを持ち出したというわけなのですが、そのリアリティが恐ろしいです。

17.『TNT ジャクソン』(1974)

元プレイメイトのジーン・ベルが、女優パム・グリアの代わりに出演し、フィリピンで撮影したアクション映画で、黒人のステレオタイプな描写が多くあります。ベルはストリートで育った、賢く若い女性で、行方不明の兄弟を探す間、5分ごとに戦いに巻き込まれます。 しかしベルはパム・グリアではありませんし、武闘家でもなかったので、彼女のアクションシーンはとても笑えるものになっています。スタントが入り、背骨に強烈なカンフーキックを食らわせると、大量虐殺のために集められたチームはアップで映すこともできなかったようです。 それでも、ベルも確かに印象的な戦闘シーンを演じています。ギャングたちと直面し、ベルは暗い部屋の中へ突入し、服を脱ぎます(”暗い中で黒なら目立たないわ!”)。そして敵を一人ずつ倒していきました。 ロジャー・コーマンがプロデュースし、ディック・ミラーを共同脚本に迎えたとなれば、カルト映画としてはそれだけでお墨付きですが、信じられないような戦闘シーンやいきいきとした会話がこの映画を見るべきものにしています。

18.『怪獣総進撃』(1968)

どうやら舞台は1999年で、1時間ごとに月に向かってロケットが発射されていて、東宝のすべての怪獣たちは”怪獣ランド”と呼ばれる小さな聖域に住んでいました。当然、彼らは脱走してやることをやります。ゴジラがニューヨークを襲い、ラドンがモスクワを破壊し、モスラが北京を侵略する、などなど。しかし、怪獣たちは自分たちの意思で動いているのではありませんでした。 彼らはキラアク星人にコントロールされていたことが分かりました。キラアク星人は偶然美しい女性に似ていて、ぴったりした服を着ていました。宇宙飛行士たちのおかげで地球が怪獣たちの支配を取り戻し、最高の怪獣映画として、ゴジラ、モスラ、ゴロザウルス、ラドン、バラゴン、バラン、アンギラス、クモンガ、マンダ、そしてミニラ(ゴジラの息子)がキングギドラとファイヤー・ドラゴンのチームと対決し、チョウゲンボウという鳥を焼いてしまいます。それは、キラアク星人のUFOでした。

19.『妖怪巨大女』(1958)

”奇妙で巨大なもの”が現れ、張りぼての手が飛び出したとき、相続人のナンシー・アーチャー(アリソン・ヘイズ演)は叫んで夫がいる家へと走りました。しかし、このアイディアは結局うまくいかず、夫のハリーは彼女に近付き二度も彼女の財産を盗もうとしていていましたが、そのとき彼女の巨大な手が彼の目に入りました。 ”驚くべき発達”を促すという放射線を浴びたとき、ナンシーの立場はさらに悪くなったので、ヘイズは屋根を吹き飛ばし、町中を暴れ回りました。”ハリー!私の夫が必要なの、ハリー!”と叫びながら、いくつものミニチュアを壊して行きました。銃弾が彼女に当たったのは明白でしたが、彼女は倒れず、ハリーを見つけ、彼とその愛人をぐちゃぐちゃに潰しました。 特殊効果にうろたえた監督のネイザン・ジュランは、”ネイザン・ハーツ”としてプログラムに名前を載せましたが、説得力はなく、中心人物を演じた俳優のうち、特にたいていの場合代表作でも良さを活かせていないヘイズの演技は、この映画ではとても良いです。どんなものかこっそり見てください。きっと楽しめると思います。

20.『SFヘルスラッシャー』(1987)

今は亡き偉大なプロレスラーのロディ・パイパーがサム・ヘル役で出演しています。サムは夢見ていた任務に就きました。それは美しい女性たちを見つけ、彼女たちを監禁している者から解放し、妊娠させることでした。 彼女たちを監禁していたチェーンソーを振るう潜水夫たちは、なかなか戻っては来れない砂漠のフロッグタウンに住んでいました。さらにやる気を上げるため、パイパーは股間に爆弾を挟み、逃げようとすれば爆発するようにしました(また、彼の相棒はサンディ・バーグマンだったのでオッズは高くなっていきました)。 『SFヘルスラッシャー』のような映画がもっとあれば、世界はよりよくなったでしょう。

21.『The Babysitter』(邦題未定/1969)

数少ない予告編よりもいい映画『The Babysitter』は、最も典型的なだらしない人が大騒ぎする映画です。人々にショックを与えたり、人につけこむことが論理やモチベーションよりも優先され、バカで騒々しい態度をとることで結果的に信じられないような強烈な風刺をしています。 ヒロインのキャンディは自由な考えの若い女性で、ただ大麻を吸ったり、裸で踊ったり、かっこいい男性を誘惑したりしたいだけです。また、彼女は年老いていく検察官に近づきます。閉塞感を慰めてくれるものを探している真面目で落ち着いた彼は、結婚生活がうまくいかないのは全て自分のせいだと責めていました。 キャンディが気付いていなかったのは、彼女の恋人には成長した娘がいて、悪い奴らにレズビアンだと宣言するよう脅されているということです。制作者が少女のセクシャリティについて、”セリフではなく映像で理解させる”アプローチを取っていると、上質な映画を見ている気になります。女優がサウナに行く前のプールサイドでの長いキスや、耳を噛むシーンは真面目な’メソッド演技法’です。

22.『コフィン・ジョーのお前の魂いただくぜ!!!』(1964)

脚本家で監督のジョゼ・モジカ・マリンズが演じたコフィン・ジョーは、ブラジルで最初のホラー・アイコンです。髭を生やし、黒い服を着た墓掘り人で、トップハットとケープを身につけており、ひとつの願いを叶えようとしています。彼の願いは”血の国”を守り続けることです。妻が子供が産めなかったため、彼は妻を殺しました。そして自分に後継者を授けてくれる女性を探し、起きている間は死体の通常の道を去っていきます。 60年代初頭にモノクロで撮影されたこの作品は、驚くほどきわどい内容で、カードプレイヤーが割れた瓶で指を切断されたり、ある男はバーでのケンカで相手を打ちのめし、地元の医者はジョーが彼に酸を注ぐ前に両眼をえぐり出していました。マリンは少ない予算で、商業的な意味と芸術的な意味の両面で前衛的な作品を作りました。しかし、彼の映画の暴力シーンは同時代のアメリカ映画の暴力シーンに比べて、ずっとショッキングなものでした。 直接的な続編『コフィン・ジョーのお前の死体も乗っ取るぜ!!!』が1967年に公開され、『コフィン・ジョーの世界はちょっとすごいぜ!!!』(1968)や『コフィン・ジョーの獣が目を覚ましちまうぜ!!!』(1969)と続きましたが、『コフィン・ジョーの狂った心で夢を見てるんだよ!!!』(1978)は”コフィン・ジョー三部作”の最終章にもかかわらず、2008年まで公開されませんでした。

23.『The Room』(2003)

熱狂的な観客に迎えられた『The Room』は、ある意味で典型的な床に座ってだらだら話す体験の想像を絶するひどさは、脚本、監督、主演をしているトミー・ワイゾーに責任があると思われます。 ウィレム・デフォーとトカゲのDNAを混ぜる簡単な実験の結果生まれたようなトミー・ワイゾーは、街角のドラッグディーラーの品と魅力を兼ね備えています。昼メロに出演していない時の、彼の隠しきれない東ヨーロッパのアクセントでの会話中や、DVの話を聞いている間も。彼は重要なところでも、なんでもないところでも、定期的にクックと笑っています。また、彼はこの作品でロマンティックな役も担っていますが、これは作品を小説や演劇脚本として売れなかった彼の、うぬぼれた計画です。 これはワイゾーの自分に宛てたラブレターであることがわかるでしょう。作品中でキャラクターたちはしばしば彼がどれほど素晴らしいかを語っています(花屋の店員でさえ「あなたはお気に入りのお客さんです」と言っています)。キャストやスタッフがしょっちゅうやめたりクビになったりしていたので、キャラクターは去る前にだけ紹介され、ナレーションで穴埋めされました。 あるシーンでは、キャラクターの母親がガンと診断されたことについて、「彼らは毎日治療しているんだから」とだけ反応し、二度とその話題には触れませんでした。奇妙なことにそれは修正されませんでした。

24.『トロル2/悪魔の森』(1992)

この作品は『ゴブリンズ』というタイトルでユタ州で撮影され、『トロル2/悪魔の森』はベジタリアンのドワーフがゴムのマスクをして、麻布に人を疑わない家族を誘惑し、”ニルボッグ”という町に連れ帰り、彼らを貪り食うと、緑色のまずい野菜について議論し始めます。ウェイツ一家を救えるのは若いジョッシュと彼の亡くなった祖父だけで、祖父は時間を凍らせたり、物を動かしたり、生首として現れることもできますが、いつも部屋を間違えます。 最も心に残るシーンでは、ジョッシュが家族に汚染された食料を食べさせないための第二の方法を考え出し、テーブルの上におしっこをします。彼の父親が驚くのも当然で、永遠に忘れられない台詞を言います。「お前はもてなしには小便をかけることはできないぞ、私が許さん!」

25.『バーバレラ』(1968)

本作はフランスのSFコミックを原作としています。メガホンをとったのは、『血とバラ』(1960)などのロジェ・ヴァディム。 舞台は遠い未来で、地球大統領から命令を受けたエージェント、バーバレラ(ジェーン・フォンダ)が、様々なエロチックな冒険をするという内容です。セックス拷問機が登場してバーバレラを苛むなど、クスリと笑ってしまいます。 バーバレラが着るセクシーなコスチュームや、ゴージャスな美術は非常にオシャレでキッチュなものばかり。ロック・バンドのデュラン・デュランは本作の登場人物の名前からとられました。

26.『ピンク・フラミンゴ』(1973)

この映画がトレーラーハウスのシーンで始まるのは、これから見るものにトーンを合わせるのにふさわしいです。その後の90分は、ドラッグクィーン・ディヴァインが彼/彼女の息子に与える”母親しか与えられない贈り物”に備えてください。パーティーの写真には、彼の括約筋と間近で契約したゲストや、誘拐され精子の入ったピペットで妊娠させられたヒッチハイカー、もちろん「ワン・ワン・ワルツ」という曲に合わせたディヴァインの激しい犬の腸の動きも写っています。 これを全てをまとめると、ディヴァインがタブロイド誌に”生きている中で最も不潔な人間”とい報道され、これはそれ以前に報道された”世界中の何よりもディヴァインを憎む、嫉妬したを二人の変態”から挑戦を受ける話です。デイヴィッド・ロッカリーとミンク・ストールがマーブル夫妻を演じ、レズビアンのカップルの元から拉致してきた子供を売り、その利益でポルノショップと街中の小学校にヘロインを売る組織を作ります。 しかし彼らはトレーラー住まいの異性装者の精神を病んだ母親との競争に負け、彼女の不良息子に女性をレイプすることを許し、マーブル家をスパイさせると息子は家に押し入り、彼らの家具にここでは書けないようなことをしました。その後、ディヴァインはアイダホのボイシに移り、ガソリンスタンドのトイレで寝ながら”男っぽいレズビアン”のような服装を始めました。

27.『ティングラー/背筋に潜む恐怖』(1959)

もし現代の観客に合わせて作り直されたギミックで『ティングラー/背筋に潜む恐怖』を見ており、映画館で見たことがないのなら、生きていると言えません。初めて上映されたときには、ランダムに設置された席に戦争で余ったモーターが備え付けられ、大事な場面で振動し観客を(計画上は)叫ばせる仕組みでした。 ホラー映画の第一人者、ヴィンセント・プライス演じるウォーレン・チャペル博士は”鉄のように固くおびえた人には、何かが潜んでいる”と確信しています。彼は浮気している妻をモルモットにしてティングラーを発見します。それは背骨についた生命体で、叫ぶことによってしか駆除することができません。もし誰かが叫ぶことができずにティングラーを駆除できなければ、その人は死んでしまい、最高の標本となります。 劇場のオーナー、マーサ・ヒギンズと彼女のろくでなしの配偶者、オリーが登場します。ろうあ者のマーサは叫ぶことができないので、オリーは博士に気づかれずに彼女を亡き者にしようとします。この計画はどうなるでしょう? この映画で最も有名なシーンは真っ白な画面が映る間、プライスが観客に語りかけるところです。「パニックにならないで……でも叫んでください!生きるために叫んでください!ティングラーがこの映画館からいなくなります!叫びつづけてください!」

28.『チキン・オブ・ザ・デッド 悪魔の毒々バリューセット』(2006)

愛と熱意と1日113リットルの血糊を使って作られた映画『チキン・オブ・ザ・デッド 悪魔の毒々バリューセット』は、チェーン店が他の食文化や自立発展性よりも重要になってしまったとき、どうなってしまうかというトロマ・エンターテイメントからの警告映画です。 インディアンの神聖な埋葬地に「アメリカン・チキン・バンカーズ」というチェーン店を出店することで、大企業は団結しアメリカ先住民とチキンを迫害する”集中的なクーデター”を起こした結果、タンドリーチキンがアメリカに紹介されたとき以来の最も致命的なインディアンとチキンの連携を生み出しました。「巨大複合企業に反対する大学生レズビアンの会(C.L.A.M.)」のおかげで、ファストフードのフランチャイズがフリーミールを始める前から反対すしていた、自信がなくブラをしていない急進的なフェミニストが、食材が汚染されており、食べた人は赤く、生で血を流す肉に変わってしまうことがわかりました。 彼女たちは店を襲撃し、胸のインプラントが引きちぎられ、睾丸は揚げて食べられ、アイルランド系の神父はメル・ギブソンのDVDを振りかざして彼らを倒そうとしました。私たちはまだ、チキンとのセックスをする田舎者でハマスという名のムスリム教徒や小さなダンサーが踊る「スロー・ファストフード・ラブ」というダンスチューンに言及していませんね。 この作品がこれほど皮肉で(可笑しく)なければ、この家畜の運動を未熟でバカなことだと一蹴することもできました。この作品はそれ自体の欠陥をそのチープさで覆い隠し、このドタバタコメディが大作映画『ピラニア リターンズ』と大して変わらないものにしています。

29.『スタークラッシュ』(1979)

ロジャー・コーマンの制作会社ニューワールド・ピクチャーズで分散されたスターウォーズのクローンでいることは、すべてのイタリアのSF映画『スタークラッシュ』の宇宙での戦闘と広範囲にわたる文明社会をステーキランチの値段に上乗せしなければいけません。本当のファンなら、面白いシーンを全て知っています。監督のルイージ・コッチをあざ笑うこともできますが、彼の映画が許せないほど面白いのは、監督のこのジャンルに対する情熱によるものです。 警察のロボットに多次元空間を追いかけられた後、理解できないほど間延びしたしゃべり方をするキャロライン・マンロー(『007 私を愛したスパイ』)演じるステラ・スターは、判決として革のビキニを着て炭鉱で重労働をするよう申し渡され、脱走して自分の宇宙船のクリストファー・プラマーのホログラフ映像に飛び込みます。彼は銀河の帝王で、時間の流れを止めることができますが、行方不明の息子(マンローよりもマスカラをたっぷりつけてデヴィッド・ハッセルホフが演じています)を見つけることも、ジョー・スピネル演じるギョロ目で不快な笑い声の悪者が注目を浴び、映画を自分のものにしてしまうことを防ぐこともできません。ですから、彼は息子を見つけ、注目を取り戻すため、ステラに彼を暗殺するよう命じます。そして、もし彼女がスピネルのデス・スターを見つけ、それが恐ろしい溶岩を爆発させる前に破壊することができたら、それもいいね、と言っていました。 もちろん『スタークラッシュ』よりも予算が多い(そして’より良い’)映画はあります。しかし、それらには誠実さや野望(や馬に乗ったアマゾネス)はありません。安っぽく未熟と言えますが、コッチはB級映画に魅力を吹き込み、それが好感を抱かせるのと同時に愉快でもあります。

30.『プラン9・フロム・アウタースペース』(1959)

素人くさい演技と安っぽい特殊効果、そして嘘のような名台詞の対話の『プラン9・フロム・アウタースペース』はバカな映画の金字塔で、『市民ケーン』やそのほか多くの作品の悪いバージョンです。また、この映画は大勢で見るとものすごく面白いのです。すばらしいエンターテイメントが全てそうであるように、尊大なエイリアンやゾンビやレスラーの不可解な物語と未編集の映像は、あなたに楽しい時間を提供したいだけですが、ほかの感受性の強い観客と一緒に見るとさらに楽しめます。 冷淡でひねくれた皮肉が込められたエド・ウッドの代表作は、後に深夜上映の人気作品となりましたが、監督本人はアルコール中毒で信頼を失ってしまいました。この人気はメドブド兄弟の目にとまり、彼らの著書『The Golden Turkey Awards』で「史上最低の映画」と呼ばれました。それが監督の全作品への興味を引き、本やドキュメンタリーが作られ、ついにティム・バートンによる伝記映画も制作されました。 ウッドはこのどれも見ることができませんでした。彼は1973年10月3日の朝に亡くなりました。ハリウッドの小さなアパートを追い出されてから3日後のことでした。

おすすめカルト映画30選でした!

以上、死ぬまでに観たいおすすめカルト映画30選でした。