死ぬまでに見ておきたいカルト映画25選!

2017年8月24日更新

一部の人を惹きつけてやまないカルト映画。名作やヒット作とは違う魅力を持つカルト映画とは、一体どういうものなのでしょうか。今回は死ぬまでに見ておきたい25本のカルト映画を紹介します。

カルト映画とはどんな映画なのか

カルト映画とはなにか?というのはいい質問です。

オックスフォード英語辞典によれば、「カルト」という単語は「宗教的な崇拝システム」、「人や物に対する深い愛情や尊敬」そして「一部の特定の集団から支持される流行」と定義されています。

ですから、もしあなたが特定の人物に対する強迫じみた情熱が込められている映画を見てこの言葉を使うなら、それは正解です。また、ほとんどの人が見たことがなくても、それを見て映画監督になると決心した人がいる映画もカルト映画と言えます。

端的に言えば「カルト」とは広く解釈すると、深夜上映でない限りシネコンで上映するには不気味すぎる映画のことです。

1970年代に映画館が深夜上映を始めたころは、それがメインストリームから外れた違法な映画を見るただひとつのチャンスでした。昼の上映では、チャールトン・ヘストンが爆撃された旅客機を救ったり、ロサンゼルスを地震から救ったりしていたかもしてませんが、夜はエド・ウッドやジョン・ウォーターズ、そしてジョージ・ロメロの時間でした。

家庭へビデオが普及し、映画館での深夜上映は減っていきましたが、まだ各地で行われています。そして深夜上映は伝統通り、その上映作品が少数派の観客の興味をかき立てています。これから紹介する映画が近所で上映されているなら、いますぐ予定をキャンセルして見に行くべきです。

25.『Big Meat Eater』(邦題未定/1982)

カナダのSFはミュージカルシーンや人肉食、ロボットの宇宙人やゾンビの市長、そして精肉店を営む主人公を見つけることが難しい狭いジャンルです。

カナダでもっと真面目な制作会社に合わせて『プラン9・フロム・アウタースペース』を全てパロディにし、単独で監督をしたクリス・ウィンゾーの努力は『ホビット』シリーズなどの監督、ピーター・ジャクソンの『バッド・テイスト』(1987)に先行していただけでなく、ウィンゾーもジャクソンと同じようなキャリアを築けていたのでは、と思わされます。

あらすじには、ねじまき式のおもちゃの宇宙人たちが、架空の元素バロニウムを盗むため死人を生き返らせたり、革命的な燃料の原料が地元の精肉店の汚水浄化槽でなぜか発生したりという内容が盛り込まれていますが、それだけでなくウィンゾーはボイラー室のシーンにダンスナンバー”Baghdad Boogie”をいきなり入れています。バスルームで宇宙船を作っているマイケル・ケイン似のオタクや、娘がモンスターにしょっちゅう襲われている移民の家族などもいます。

24.『Satan’s Sadists』(邦題未定/1969)

他に類を見ない薄っぺらいバイカー映画、それが『Satan’s Sadists』です。この映画では「サタンズ」と呼ばれるギャングが特に理由もなくレストランを襲い、中にいた人たちを全員殺すことにし、ウェイトレス一人と、海兵隊員一人だけが逃げることに成功します。

その後はバイカーが逃げた人をじりじりと追いかけるストーリーで、他にも多くのひどい映画を監督してきたアル・アダムソンにしては、驚くほどよくできています。首尾一貫していて、5つの違う話をつなぎ合わせたものでもなく、退屈しません。

映画公開直後に、女優のシャロン・テイトが狂信的なカルト集団、マンソン・ファミリーに殺害されたことを受けて、アダムソンのプロダクション・パートナーであったサム・シャーマンは、この悲劇と映画を無理やり関連付けて宣伝することにしました。多方面に渡って映画に関わっていた、ハリーと映画批評家のマイケル・メドブド兄弟によれば、映画館の館長たちは「カリフォルニアで起こった、テイトとマンソン・カルト集団の悲劇の実話」として宣伝するよう勧められたそうです。5万ドルの予算で作った映画が、1,000万ドルの収益をあげました。

23.『Kung Fu Cannibals』(邦題未定/1982)

”バーバンク・カラテ・クラブ”の金髪トリオがビキニを着たキックボクサーたちに出会い、何も知らずにウォリアーズ・アイランドという場所にボートで行くと、そこにはナタを振り回すゾンビや頭のおかしい僧侶たち、ヒトラーのようなヒゲの奴隷商人などがいました。ボートがヴィレッジ・ピープルのような海賊(建設作業員と、インド人、それにナチスのヘルメットをかぶったバイカー)に襲われ、主人公たちはなんとか目的地に着く前に彼らを倒す、という物語です。

最初に浜辺で、バズーカで武装し子分に囲まれたヒトラーに襲われたとき、彼らはパニックになって逃げます。島の僧侶たちに助けを求めると、主人公たちがゾンビ集団を相手に”優れた戦闘技術”を示すことができれば、手助けをすると告げられます。

エドワード・D・マーフィーという立派な名前の監督のデビュー作は、しっかりと舵が握られておらず、でたらめにコメディやスリラー、性的な要素が入れられていますが、確かに典型的なカンフー・ゾンビ映画とは違います。

22.『燃えよNINJA』(1981)

この映画のクレジットロールを見れば、何が起こるかわかります。手裏剣やヌンチャク、吹き矢などの腕前を見せた後、ショー・コスギ演じる黒い忍者は、フランコ・ネロ演じる白い忍者のドロップ・キックに、当たってもいないのに倒されてしまいます。オープニングのネロのシーンで、アクションの信頼性は風に飛ばされてしまいます。彼の武闘家としての説得力は、コメディ映画『ビバリーヒルズ・ニンジャ』のクリス・ファーレイと同じ程度ですが、たった一人で赤い忍者の軍団をやっつけてしまいます(忍者が全員同じ見た目では人生はつまらないのではないでしょうか?)。

その後ネロは、豪邸に住み、スーザン・ジョージ演じる妻がいるのにうまくいっていない”昔の相棒”を訪ねます。しかし、彼はミスター・ベナリウスに雇われたフックの手をしたならず者に、自分の敷地から追い出されてしまいます。特徴的な笑い声のミスター・ベラリウスは『地獄の門』のクリストファー・ジョージが演じています。

ネロがこれに気づいたとき、私たちにはもう展開がわかっていますが、彼はミスター・ベラリウスに”メッセージ”を送ります。彼はジョージの手下を情け容赦なく打ち負かしますが、彼らはひどい訓練を受けていて、ただ立って殴られるのを待っています。打つ手のなくなったジョージは、コスギを雇います。その後はどうなるかわかるでしょう。

21.『エル・ゾンピⅠ死霊騎士団の覚醒』(1971)

もしあなたが今、イタリアの中世の都市ベルザノに行ったならとても驚くでしょう。悪魔崇拝をし(巨乳の若い女性不健全な興味を抱いてい)たため、カトリック教会から破門されたテンプル騎士団が、骸骨の姿で墓から蘇り、馬に乗って、日が落ちてからも外にいるバカな人間を探して歩き回るのです。

この安っぽい70年代のヨーロッパ・ホラー映画の被害者のほとんどは、服を着ていることが苦手な美しい女性で、一番いい防衛手段は部屋の角に逃げ込んで叫ぶことだと思っています。そのような乙女がベルザノの大聖堂で夜を過ごしていたところを襲われ死んでしまいますが、彼女は不気味な死体安置所から蘇り、そこのアシスタントを襲います。今度はそのアシスタントが他のキャストを襲い、それがずっと続きます。

アマンド・デ・オッソリオ監督による『死霊騎士団』四部作の第一作目です。この作品では、ゾンビの生みの親、ジョージ・ロメロの黙示録のような視覚効果よりも、フランスの映画監督ジャン・ローランのエロティックな技法との共通点が見られます。デ・オッサリオの評価を上げた作品で、続く『Return Of The Evil Dead』では手の付けられない状態になっていきます。

20.『スペースハンター』(1983)

カナダで最初の3DのSF大河、『スペースハンター』はもうひとつの『スターウォーズ』や『マッド・マックス』のコピーですが、その独自の設定はそれなりに楽しめます。

『トリプルX ネクスト・レベル』などに出演していたピーター・ストラウス演じるウルフはハン・ソロには全く似ていませんが、銀河を旅している彼は、テラ11に墜落した3人の女性を救出すれば報酬をもらえるということになります。不毛の惑星、テラ11は青白い顔のミュータント、オーバードッグに支配されていました。

離婚扶養費を払う必要があり、家賃を滞納し、165の駐車違反の罰金を払わなければいけなかったウルフは申し出を受け入れ、すぐにワシントンとニキのところに向かいます。ワシントンは『スターウォーズ』のランド・カルリシアン、ニキはレイア姫を真似したものでしょうが、全く似ていません。特にニキはチューバッカのような声で、彼女が口を開くたびに耳を塞ぎたくなります。

クライマックスでオーバードックと対決するシーンで、主人公たちはアマゾネスや、火炎瓶を持ったミュータントの子供を含むテラ11の住民と戦います。『スペースハンター』にはジェダイは登場しませんが、イウォークも登場しません。

オーバードッグを演じたマイケル・アイアンサイドは『マシニスト』などに、ワシントンを演じたアーニー・ハドソンは『ゴースト・バスターズ』などに出演しており、『ブレックファスト・クラブ』、『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』などに出演しているモリー・リングウォルドが、ニキを演じています。

19.『Black Samurai』(邦題未定/1977)

ジム・ケリーがウォーリックに誘拐された大使の娘を救出するスパイを演じ、最強の悪役が『燃えよドラゴン』でのケリーのセリフ「あんた、コミックから出てきたみたいだな」を彼の脳裏に思い起こさせます。

ブードゥー実践者の儀式は、売春婦たちがピンクフロイドのミュージックビデオで使われたマスクをかぶったダンサーの前で血まみれになったりするもので、ウォーリックのお気に入りは黒いケープです。そこには彼の手下やマリアッチバンドがおり、彼を煩わせるものの目をえぐり出すハゲワシもいます。

幸運なことに、ケリーはワイヤーで支えられたジェットパックを持っており、敵の隠れ家に侵入することができました。そして、彼はケラケラ笑うドワーフの殺し屋や上半身裸の手下と対決しますが、その動きがBGMと合わないことが何度かあります。

18.『リーファー・マッドネス』(1936)

アメリカの若者を”本当の社会の敵ナンバーワン”のマリファナから救うと決意した個人個人が、資金集めのパーティーをどのようにすればいいか全くわからず、『リーファー・マッドネス』は、悪魔の草を一吸いしてしまえば、どんなシェイクスピア好きの優等生でも殺人を犯し、レイプをしようとし、半狂乱でピアノを弾くと強く信じています。

オープニングのクレジットロールによれば、マリファナは”凶悪な麻薬”で、それを使えば”不治の精神異常”になり、家族全員を斧で殺すような”衝撃的な暴力”に走るとされています。ジョークではありません。あるシーンでキャラクターが全く同じことを言っています。

最初の公開時にはヒットしませんでしたが、70年代にアメリカ議会図書館でパブリックドメインとして発見され、深夜上映で復活し、監督のドゥエイン・エスパーの意図に反してマリファナ中毒者の間でヒットしました。

17.『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』(1992)

デジタルでいんちきのできる時代になり、キャラクターたちは日常的に重力に逆らい、素晴らしいスタントが実際に行われなくても、ワンテイクで撮影することができるようになりました。

『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』は、ジョン・ウーの最高の香港映画ではありませんが(その称号は『狼/男たちの挽歌・最終章』に譲りましょう)、彼の熟練したバレエのような殺戮シーンを酷評するのは難しいことです。そこには白い鳩はいませんが、ウーの視覚的なトレードマークはしっかりと存在しています。キャラクターたちは空中を飛び、片目の手下が煙の中からスローモーションで現れ、誰もが2丁の拳銃を同時に撃ちます。

もともと台本はなく、チョウ・ユンファ演じる警察官テキーラが、ギャングの密輸業者を追うアクションシーンを連続して撮影しました。密輸業者のうちの一人は潜入捜査官です。ここから数々の銃撃戦をし、最終的に悪人が密輸した武器を隠している病院で突拍子もないフィナーレを迎えます。

16.『サイボーグ・ハンター/ニューヨーク2019年』(1983)

うさんくさい特殊効果と、笑ってしまうような80年代ファッションが満載のイタリア製の安価な『マッド・マックス2』や『ニューヨーク1997』の盗作としてはあまり見込みはありませんが、純粋に楽しい作品です。

マイケル・ソプキがカート・ラッセルの代役として、無口な一匹狼が大惨事以後のニューヨークで人類最後の妊娠できる女性を探すというミッションを遂行する物語です。このミッションの間に、彼はかぎ爪の手を持つ教師やアイパッチをつけたサイボーグ、そしてビッグ・エイプという名前の、人間でありサルでもある醜いキャラクターなどに出会います。

彼らは一緒に、ザ・ウォリアーズという悪者と戦います。セットで敵は映画『The New Barbarians』の衣装に覆われており、他の映画では見ることのできない光景を見ることができます。2019年にはこの映画の影響を隠さず、エンターテイメント性と内なる輝きを残したまま、満員の映画館で上映できるでしょうか。

15.『Frankenhooker』(邦題未定/1990)

『バスケット・ケース2』の撮影で予算が足りなくなってしまったフランク・ヘネンロッター監督は、現場でミーティングをして1963年の映画『死なない頭脳』からの引用で『Frankenhooker』のあらすじを作り、90年代に復活させました。主人公のニュージャージー電力に勤める男は、パワーアップし、コントロールの効かなくなった芝刈り機で愛する人を失ってしまいます。

ジェームス・ロリンツ演じる主人公のジェフリー・フランケンは”趣味で外科的なことをして”いたので、研究室に彼女の遺体を隠し、首を切断して新しい体を探しに行きました。彼はタイムズスクエアで新しい女性の材料になる売春婦を物色しており、そのシーンはヘネンロッターの『バスケット・ケース』(1982)と同じように、ニューヨークの嫌な部分を浮き彫りにしています。

同監督の『ブレインダメージ』(1987)よりも軽く、マンガのようなトーンの『Frankenhooker』はスラッシャー映画の続編でないことを美点として目立っていましたが、ホラーやコメディ、不気味な要素をつなぎ合わせて『バスケット・ケース2』よりも良いものになっています。それに、誰が「尻軽女と稲妻の恐ろしい物語」などというキャッチコピーを嫌いになれるでしょうか。