2018年12月22日更新

『誰も知らない』の魅力を徹底解説 世界を突き刺したネグレクトの現実とは?

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誰も知らない 柳楽優弥
©︎ IFC FILMS

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映画『誰も知らない』の魅力とは【是枝裕和、柳楽優弥の出世作】

映画『万引き家族』で第71回カンヌ国際映画祭のパルムドールに輝いた是枝裕和監督の代表作の一つ、『誰も知らない』。 『誰も知らない』で主演を務めた柳楽優弥の評価も高く、カンヌ国際映画祭では男優賞を受賞。柳楽が日本人として初めてかつ史上最年少の受賞者となったことでも大変話題となりました。 この記事では『誰も知らない』のモチーフになった実際のネグレクト(育児放棄)事件や、本編のストーリーなどを振り返りながら、改めて作品の魅力に迫っていきます。 (一部に作品のネタバレも含みますので、ご注意ください。)

映画『誰も知らない』のあらすじ

誰も知らない
©︎IFC FILMS

映画『誰も知らない』は、出生届も出されておらず、それぞれ父親も違う幼い四兄弟を中心とした物語です。 彼らの母けい子は、子供4人の大所帯だとわかるとアパートから追い出されかねないとして長男の明以外の外出を禁じながら、子供たちと暮らしていました。 そんな中、新しい恋人ができたけい子は家を空けることが多くなっていきます。 はじめのうちはそれでも家に帰ってきていたけい子でしたが、相手の男と同棲をはじめると、子供たちに現金書留で生活費を送るだけで、まったく家に帰ってこなくなってしまうのです。 周囲の人が「誰も知らない」子供たちは、ひっそりと自分たちだけで生活をはじめることになるのですが……。

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映画のモチーフとなった実在の事件、「巣鴨子供置き去り事件」とは?

本作のモチーフとなったのは、1988年に東京都豊島区で実際に発生した「巣鴨子供置き去り事件」です。 映画同様、この事件でも子供たちが母親に育児放棄をされてはいるのですが、映画より事実のほうがより陰惨な結末となっています。 まず映画では4人兄弟となっていましたが、「巣鴨子供置き去り事件」では兄弟は5人いました。しかし、巣鴨事件の方は次男が生後間もなく死亡してしまったため、結果として兄弟は4人になったのでした…… さらに、映画でも小さな少女が亡くなってしまう展開はありますが、実際の事件とは死因が違います。実際の事件では、当時2歳だった三女が長男の友人に暴行され、死亡してしまっているのです。 実際の事件ではその後、母親は逮捕・起訴されて「懲役3年・執行猶予4年」で有罪判決を受けました。長女と次女は児童養護施設へと送られています。 また長男は三女の死亡に深く関わっていたとされ、東京家庭裁判所に送致された後、養護施設に送られました。最終的に長女と次女は母親とともに暮らすことになりますが、長男は行方不明になっています。 映画版も悲しい展開が目立ちましたが、実際の事件はもっと悲惨なものだったようです。

タランティーノ絶賛!カンヌに認められた柳楽優弥の圧巻の演技力

誰も知らない 柳楽優弥
©︎ IFC FILMS

「巣鴨子供置き去り事件」をモチーフに映画化した『誰も知らない』。その見所としてまず挙げられるのは、若き日の柳楽優弥の名演でしょう。本作における彼の演技は、先述の通りカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞。審査委員長だったクエンティン・タランティーノも絶賛しています。 その名演を導き出したのは、是枝監督の徹底した演出にあります。「明」という役名を柳楽自身に考えさせたり、「明」として柳楽に自己紹介をさせたり、子供たちと本当の兄弟にように遊ばせたり……。 柳楽と是枝監督が「明」を生み出していく様子は、本作のメイキングを収録した『「誰も知らない」ができるまで』にしっかりと記録されています。

なお、『「誰も知らない」ができるまで』は、当初は引っ込み思案だった柳楽が1年にわたる撮影を通して徐々に劇中の明と同じように兄弟たちをリードするようになっていくなど、それ自体が感動的な作品となっています。

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いかにもネグレクトしそう?YOUがもたらす絶妙な緊張と緩和

誰も知らない
© IFC Films

『誰も知らない』の印象的なキャラクターとして、YOUが演じる母親・けい子を挙げる人も多いと思います。 「4人の子供を捨て、他所の男に走った母親」とだけ聞くと本当にひどい母のようですが、YOUが演じることで、いつまでたっても恋することをやめられないだけの愛らしい女性にも見えてきます。けい子から感じられる独特の可愛らしさと憎らしさは、YOUだからこそ体現できたものでしょう。 とはいえ、YOUもけい子を演じる上での創意工夫があったように思います。 メイキングを見ると、撮影中のYOUは子供たちと積極的に話しており、彼らと笑顔で談笑するなど、大変良い関係を築いていました。 これもYOUによるある種の役作りだったのか、劇中で子供たちが母けい子を慕う様子もとても自然なものとなっています。 また、是枝監督がYOUにオファーしたのは、バラエティ番組に出演している彼女を見て「いかにも育児放棄しそうなキャラクター」だと感じたからだとか。育児放棄はともかく、50才を超えてもなお「テラスハウス」で恋愛に対して熱く語る彼女の姿は、どこかけい子にも通じるかもしれませんね。

「あえて台本を渡さない」という是枝監督の演出とそれに応えた子供たち

是枝裕和
©︎ciatr

『誰も知らない』を見た多くの人が子供たちの自然な演技に感嘆すると思いますが、これは演者たちの努力はもちろん、是枝監督の入念な演出によるところが大きいでしょう。 是枝監督は兄弟役のオーディションにも数ヶ月をかけ、実際にキャスト候補が決まってからも彼らと一緒に公園に遊びに行き、キャスト同士の相性などを確認しています。 さらにその後、柳楽とヒロイン的な存在である水口紗希を演じた韓英恵との演技リハーサルで、彼らが台本の「……」と記載されている部分での演技に苦戦している様子などを見て、あえて台本をわたさず、キャラクターの心情やその時々のシチュエーションを口頭で伝える演出に切り替えています。 また、カット割りに関しても、事前に完璧に構想を練った上で、現場の判断で柔軟に変更していったそうです。 このように是枝監督は子供たち一人一人にしっかりと寄り添いつつ、作品をより良くするために様々な演出を試みているのです。 「1年間にわたる長期の撮影により、子供たちが実際に劇中で成長していく」という視覚的な説得力に加え、是枝監督のこうした数々の演出によって子供たちにリアリティが増し、本作にドキュメンタリー的な面白さを加えることにも成功しています。 これは、是枝監督がドキュメンタリー出身ということも関係しているのでしょう。俳優の演技が自然に見えるこうした演出は、以降の是枝監督の作品でも感じることができます。

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素晴らしい子供たちを支えた大人たちの功績にも注目

是枝監督の演出や子供たちの演技が高く評価されることが多い本作ですが、子供たちの名演を支えたその他の人々の功績も非常に大きかったと思います。 まず脇を固める大人のキャストたちには、加瀬亮や平泉成、木村祐一、遠藤憲一、寺島進、串田和美といった実力派を起用。彼らがしっかり脇を固めてくれていたからこそ、作品により強い説得力が生まれました。 もちろん、スタッフの功績も大きいです。 『誰も知らない』で是枝監督は「監督・脚本・編集・プロデューサー」と幅広い役職を兼任しており、スタッフには監督の過去作品の『ワンダフルライフ』、『DISTANCE』などの作品にも参加している撮影の山崎裕や美術の磯見俊裕らも参加しています。 また、『誰も知らない』以降の是枝監督の作品にたびたび参加することになる録音技師の弦巻裕や、音楽のゴンチチ、後に『万引き家族』や『そして父になる』などのプロデューサーとなる田口聖がラインプロデューサーで参加していたりと、以降の是枝作品に欠かせないスタッフも多く参加していたこともわかります。 このように、素晴らしいスタッフたちが監督や俳優陣を支えたからこそ、作品が高く評価されたのでしょう。 タテタカコが歌う挿入歌『宝石』の歌詞も、「氷のように枯れた瞳で 僕は大きくなってゆき だれも見たことのない 異臭を放った宝石」と、本作の世界観を見事に表現しています。

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海外での映画作りも!是枝監督は世界的な名監督として躍進を続ける

是枝監督 万引き家族
©︎ciatr

是枝裕和監督は『誰も知らない』以降も数々の名作・話題作を手掛けてきました。 第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞に輝いた『そして父になる』、是枝作品の常連である阿部寛が興信所に勤める売れない小説家役を演じた『海よりもまだ深く』、広瀬すずら注目の女優の共演が話題を呼んだ『海街diary』、福山雅治主演の法廷サスペンス『三度目の殺人』、そして『万引き家族』……。 高く評価されているこれらの現代劇に加えて、テレビドラマや時代劇、ファンタジーやドキュメンタリーなど様々な作品を手掛けてきた是枝監督。 海外での評価も高い彼ですが、次回作『La Vérité(仏題・仮)』はフランスで制作されます。同作には、カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークら海外の名優が数多く出演し、日本では2019年に公開される予定です。 河瀬直美監督や黒沢清監督など日本の監督が国際的に活躍する機会が増えていますが、是枝監督も今後はこれまで以上に世界を舞台に活躍していきそうですね。

『誰も知らない』は平成の日本映画を代表する傑作の一つ

誰も知らない
© ARP Sélection

『誰も知らない』はカンヌ国際映画祭での評価などから考えても、平成の日本映画を代表する一本といっても過言ではないでしょう。日本アカデミー賞ではYOUが優秀助演女優賞を受賞したのみでしたが、その他の映画祭では数々の賞に輝いています。 ただ、例えば映画『火垂るの墓』がそうであるように、『誰も知らない』も観客の心に大きな爪痕を残す作品なので、鑑賞の前にはそれなりの覚悟が必要かもしれません。 しかし、巣鴨子供置き去り事件をベースにしつつも、是枝監督は映画ではかすかな希望が感じられるラストを用意してくれているので、そうした意味では安心して鑑賞できるのではないでしょうか。