2019年6月30日更新

映画『祈りの幕が下りる時』の8つの謎をわかりやすく解説 相関図でモヤモヤする事件を整理【ネタバレあり】

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阿部寛『祈りの幕が下りる時』
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

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映画『祈りの幕が下りる時』を最後まで解説【ネタバレあり】

「新参者」シリーズのフィナーレはこの作品

2010年に放映されたテレビドラマ『新参者』に始まり、スペシャルドラマ『赤い指』と『眠りの森』、映画『麒麟の翼』が生み出された東野圭吾原作の「新参者」シリーズ。日本橋署刑事の加賀恭一郎を主人公としたこのシリーズのフィナーレを飾ったのが、映画『祈りの幕が下りる時』です。 加賀の母親に大きな関わりを持つ事件が発生し、母親が失踪した謎や父親との関係性などが明らかになるなど、シリーズファン必見の作品となっています。しかし、人間関係が複雑で、事件の時系列が分かりづらい、という人も多いのでは。 そこで今回は事件の謎を整理して解明しつつ、複雑に絡み合った人物関係を紐解くヒントとして人物相関図を挿入して解説していきます。 ※本記事はネタバレ情報を含めた作品解説記事となります。十分に気を付けて読み進めてください。

シリーズの流れを掴みたい人はこちら

冒頭の字幕に注目!事件の発端と失踪した母

物語序盤で押さえるべきポイント

まずは本作の特徴であり、評価されたポイントでもある映画冒頭の字幕の内容をまとめ、物語への導入部分を確認していきます。 本作は「仙台に田島百合子が、たどり着いたのは1983年の冬だった」という字幕とともに、物語の幕が上がります。 加賀恭一郎(阿部寛)の母・田島百合子(伊藤蘭)が家族を残して家を出て、たどり着いたのは彼女がたった一度旅行で行ったことがあるだけで縁のない土地・仙台でした。街のスナック「セブン」で働き始め、以後2001年に心不全で亡くなるまでの18年間、一人で海沿いのアパートに暮らしていたようです。彼女はこの間に、客の一人である綿部俊一と知り合い、深い仲になります。 百合子が亡くなると、スナックのママ・宮本(烏丸せつこ)は綿部に連絡。連絡を受けた綿部は百合子の葬式に顔を出さなかったものの、息子である加賀恭一郎を見つけ出し、宮本に伝えます。加賀は仙台へ行き宮本から母親の遺骨を受け取りますが、綿部はすでに消息不明になっていました。 加賀は母の事を聞き出すべく綿部の行方を追いますが、「母親の恋人 綿部俊一の消息をつかめぬまま16年の月日が流れた」という字幕が出ます。そして物語は現代へと舞台を移すのです。

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事件の発端は

溝端淳平、阿部寛『祈りの幕が下りる時』
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

そして場面は現在に移ります。東京都葛飾区で起こった事件が映し出され、事件の概要も字幕に詳しく記されます。 「荒川沿いのアパートで、異臭を放つ液体が滴り落ちてくるという階下の住人の通報で死後20日の腐乱死体が発見される」 「死体は痛みが酷く、顔や年齢は認識不可。衣服以外所持品もなく、判明したのは性別が女性、死因が絞殺である事だけだった」 その後の捜査により、加害者はアパートの住人・越川睦夫、被害者は滋賀県在住の押谷道子(中島ひろ子)という40歳の女性と身元が判明し、捜査一課の松宮(溝端淳平)は滋賀県へ向かいます。 「何故、押谷道子は東京に向かったのか?交友関係に越川睦夫の影があったのか?友人、職場、親族に徹底的な聞き込みをするため、押谷道子が暮らしていた彦根の街を訪れた」 松宮は押谷の勤務先や営業先に足を運びますが、なかなか有力な情報は得られずにいました。 しかし老人ホーム「有楽園」で、大きな手がかりをつかみます。押谷は有楽園で、中学の同級生で舞台演出家の浅居博美(松嶋菜々子)の母親・厚子(キムラ緑子)に偶然出会ったのです。厚子は、中学時代に夜逃げしており、長い間消息不明でした。押谷は博美に厚子の現在を知らせるために東京へ向かったのです。

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謎1.博美と母との確執とは?

捜査の結果、押谷が殺害されたのは5月14日とみられることが分かります。そしてその前日の5月13日、博美が演出した公演初日の前日に、押谷が博美に会いに来ていました。松宮は任意で話を聞くため、博美の事務所を訪れます。 そこで、博美と母・厚子(キムラ緑子)の確執が明らかになるのです。

彼女の口から語られたのは26年前、14歳の時の博美に起こった出来事でした。 博美の母・厚子(キムラ緑子)は父・忠雄(小日向文世)のほかに男を作り、店の金も持ち逃げした挙句に多額の借金をしたのです。忠雄は取り立てを苦に、ビルから飛び降り自殺してしまいました。 後に父の自殺は嘘だったことが判明するものの、彼女が語った母への恨みは本当でした。厚子が家族に借金を押し付けたことが発端となり、忠雄と博美の人生が狂い始めたからです。 捜査が進み、自分の逮捕が目前であることを感じた博美は、母がいる施設へ向かいます。博美は肉体的な危害を与えなかったものの、厚子が正気を失うほどの言葉をかけて部屋を出ました。

謎2.博美と加賀の接点は?

松嶋菜々子、阿部寛『祈りの幕が下りる時』
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

事件前日に押谷に会っていた博美。松宮は博美に事情を聞くため、彼女の事務所を訪れます。そこで加賀と博美が映っている写真を目撃した松宮は、加賀に対して、博美との関係を問い詰めることに。

事件前日に押谷に会っていた博美。松宮は博美に事情を聞くため、彼女の事務所を訪れます。そこで加賀と博美が映っている写真を目撃した松宮は、加賀に対して、博美との関係を問い詰めることに。 実は博美は、加賀が講師を務めていた剣道教室に彼女の事務所の子役たちを連れて来たことがあり、加賀とはそこで知り合っていたのです。 加賀はその時に博美から「子どもを堕したことがある」という告白を受けていたことを思い出します。「私、人殺しなんですよ」と言い、「母性というバトン」を母から受け取らなかったために自分には母性がない、と語った博美。 なぜ博美は2、3回しか会ったことのない加賀にそんなことを打ち明けたのか?不思議に思っていた彼は、のちに事件の相関図を見ながら再考することになります。自分こそが、この事件の謎の鍵だ、と。なぜ博美が自分に会いに来たのか、自分と彼女の立場を逆転して考えたときにその答えが出ます。 博美は、身元を偽りながら離れて暮らす父の恋人である百合子がどんな人だったのか気になっていました。そして彼女の息子である加賀の存在を知り、子役の指導という名目で、彼に会いに来ていたのです。

謎3.加賀の母親・百合子が失踪した理由とは?

加賀が10歳の時、剣道の夏稽古から帰ると「探さないでください」という手紙を置いて百合子はいなくなっていました。2001年に彼女が亡くなったと連絡が来てからは、家を出た後の百合子の恋人であった綿部を探し続けていたのです。 加賀が綿部に会って聞きたかったのは、なぜ家を出たのか、そして最後まで自分に会いたいとは思わなかったのか。また、生前の百合子が幸せだったのかを気にかけていました。

物語の最後に、家を出ていったあとの百合子のことが、綿部の手紙の内容によって明かされます。 百合子が家を出たのは、精神を病んでいたから。水商売で働いていた彼女は、夫・加賀隆正(山崎努)の親族に嫌われ、悩んでいましたが、それを誰にも相談できず一人で抱え込んでいました。そしてある夜、気が付くと彼女は手に包丁を握っていたのです。 自殺しようとしていたのか、息子を手にかけようとしていたのか、それすらも分からず自分自身の行動に錯乱した彼女は、家を出ることを決意したのです。 百合子は仙台で暮らしていた時も、息子の事を片時も忘れていませんでした。恋人の渡部が加賀の写っている雑誌を見せたときには、思わずその雑誌を抱き寄せます。しかし、すぐに家族を捨てた過ちを思い出し、私にはその雑誌を持っている資格がない、と綿部に返すのです。 それでも彼女は、窓の外の海を眺めながら、これからの恭一郎の活躍と幸せを願うのでした。

謎4.加賀と父親にはなぜ確執があるのか?

田中麗奈、阿部寛『祈りの幕が下りる時』
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

加賀と、彼の父・隆正には確執がありました。それは......。

母・百合子のうつ病の前兆を知りながらも何もせず、家庭を顧みなかった父・隆正に対して加賀は、家族を不幸にした責任があると思っていました。 しかし加賀が百合子の遺骨を持って帰った時、隆正は「悪いのは俺だ」と認めます。水商売をしていた百合子に隆正の親戚はつらく当たりましたが、百合子は仕事ばかりで家にいなかった隆正に相談もできず、子育てと親戚のいじめに悩んで精神を病んだのです。 そして、隆正は加賀に「看取らなくていい。一人で逝く」と語りました。それ故、加賀が父を看取らなかったことも明らかに。 ところが、最期を看取った看護師の金森(田中麗奈)に隆正が語ったことが、加賀に大きなヒントを与え、また父への気持ちに変化を生みます。それは「ずっと子どもの成長を見ていられるなら、肉体なんか滅んだっていい」というもの。加賀は、博美の父も同じことを考えたのではないか?とひらめいて、これが事件を解き明かすヒントとなりました。 最終的に加賀が父に対してどう思っていたのか、ハッキリとは描かれていません。しかし、隆正が加賀の事を陰ながら想っていたことを知り、彼の表情は少し穏やかになりました。 父はすでに亡くなってしまったものの、ようやく親子のわだかまりが解けたのかもしれません。

謎5.綿部の正体は......?

亡き母の影を追っていた加賀は、彼女の恋人であった綿部の行方を16年間にわたって調べていました。それが今回の事件で、ようやく実を結びます。綿部は、博美の父・忠雄と同一人物でした。 博美の父・忠雄は、借金を苦に飛び降り自殺したとされていました。しかし能登の警察署に確認したところ、街のビルから飛び降り自殺という事件の事実はなかったのです。 加賀は、忠雄が死んだのは別の場所なのでは、と再度事故の履歴を調べることに。そして確かに彼の死亡履歴は残っていたものの、その遺体も浅居忠雄であるという確証はなかったのでした。 ここで、博美と忠雄の壮絶な過去の真実が明かされます。厚子の家出によって借金の取り立てで酷い目にあい、博美と忠雄はともに滋賀から能登へと逃げました。 博美は、逃亡先で出会った原発労働者の横山一俊(音尾琢真)から暴行されそうになり、側にあった割り箸で首を刺してしまいます。博美が人を殺してしまったことを知った忠雄は、自分が横山に成り代わって暮らしていく方法を思いつきました。 忠雄は、横山の遺体を崖から飛び降り自殺したように見せかけ、誰の死体か分からなくなった彼を自分に見せかけることに。そして自らが横山一俊として、娘と離れて生きていく事にしたのです。 横山に成り代わった忠雄は、他にも偽名を使っており、その一つが「綿部俊一」でした。つまり加賀が追い求めていた母の恋人・綿部は、博美の父・忠雄だったのです。 また、押谷殺害事件の容疑者である越川睦夫という人物も、彼の偽名です。忠雄はこの二つの偽名があったため、物語の把握は少し難解になりました。

謎6.カレンダーの謎

加賀が母・百合子の遺骨を引き取る際、遺品の中にカレンダーがありました。一見何の変哲もないカレンダーですが、そこにはある秘密があったのです。

百合子の遺品であるカレンダーには、1ヶ月ごとに東京・日本橋界隈の橋の名が書かれていました。押谷が殺害されていたアパートにも同様に橋の名が記されたカレンダーが見つかり、筆跡鑑定の結果同一人物によって書かれたものであることが分かります。 両方のカレンダーに橋の名前を書いていたのは、忠雄でした。カレンダーに書かれた日本橋界隈の12の橋の名は、忠雄の博美が密会をするために指定した場所だったのです。 博美の初舞台だった明治座が、父と娘の聖地。その明治座がある日本橋で、二人は親子の絆を確かめ合っていたのでした。

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謎7.それぞれの人物の関係性は?相関図で解説

祈りの幕が下りる時
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ここで、登場人物の相関図から、これまでの関係性を整理してみましょう。人物関係がごちゃごちゃになって内容が分からなかった方は、参考にしてください。 また、ここから時系列順に事件を整理していきます。

博美の父・忠雄は横山の遺体を崖から落とし、自分が身投げしたように偽装して成り代わりました。加賀の母・百合子と知り合ったのは、横山に成り代わった後です。 その後忠雄は、劇作家になった娘に再会。それ以来、たびたび二人は会うようになるのですが、忠雄は自分の正体を知る人物を、立て続けに殺害していくことになります。 博美の中学時代の担任であり彼女の恋人だった苗村は、博美の後をつけてたどり着いたホテルの前で、死んだはずの博美の父・忠雄と出くわします。忠雄は自分が生きているという秘密を知られたため、ネクタイで首を絞め殺害。 物語序盤に腐乱した状態で発見された被害者・押谷は、博美の舞台を見に行った時に観劇に来ていた忠雄を発見しました。またしても忠雄は秘密を守るために、彼女を絞殺するのです。 そして押谷殺害事件と同時期に起こったホームレス焼死事件。これは博美が、自殺しようとしていた父に自ら手をかけ、その後に火をつけた事件でした。

謎8.博美の行動の理由とは......?

事件の中心人物・浅居博美。彼女の行動の理由とは?

押谷を殺害後に自殺を決意した忠雄でしたが、それを察した博美が止めようとします。しかし、忠雄の「逃げ続ける人生に疲れた」という言葉を聞いて、彼の心情を深く受け止めるのです。 忠雄がかつて言っていた「焼死するなんて想像しただけでゾッとする」という言葉を思い出した博美は、焼身自殺しようとする父をみていたたまれない気持ちに襲われます。彼女は父を愛するが故に、自らの手で彼を死に至らしめ、その後で火を放ちました。 博美が手がけた舞台「異聞・曽根崎心中」でも、最後に愛する人を手にかけて幕を閉じています。2人の顛末は、なんとも皮肉なものになりました。

【考察】「祈りの幕が下りる時」とは何を指しているのか

登場人物それぞれの「祈り」

本作のタイトルである「祈りの幕が下りる時」は、シリーズの終幕にふさわしいものですね。しかしこれは、ただシリーズの終わりだけを指しているのではないと思われます。ここには、登場人物たちの「祈り」が隠されているのです。

加賀は母の遺品から見つけたカレンダーに書かれた橋の名を手掛かりにして、16年間綿部を探し続けていました。それこそが加賀が日本橋署にいることにこだわっていた理由です。ただ、母のその後の人生が幸せだったのかを知りたいがために。加賀には、母が幸せであって欲しいという「祈り」があったのです。 また、博美は実の父である忠雄と離れて暮らしながら、夢を叶えて劇作家として活躍します。悲惨な人生を歩んできた彼女にとって、舞台は別の人物になることのできる場だったのでは、と加賀は推察しました。 そんな彼女は、自殺しようとする父を自ら殺めます。彼女の「祈り」は、逃亡生活に疲れた父が安らかに眠ることだったのではないでしょうか。 そして、博美の父・忠雄の「祈り」はもちろん、博美が幸せになってくれること。そして加賀の父・隆正と同じように、自身が死んだ後も彼女のことを見守っていたい、と考えていたかもしれません。 加賀の母もまた、息子の幸せを「祈り」ながら亡くなっていきました。彼を置いて出ていった後悔を抱えながらも、息子が幸せであることを誰よりも望んでいたのです。

加賀の最後のセリフに込められたメッセージとは

シリーズの終わりを飾ったのは、加賀のセリフ。「嘘は真実の影。その影に、何を見るのか。それはきっと悲劇だけではない。嘘が映すのは、人の心そのものだから」というものでした。 本作で描かれた事件の全貌は、博美と忠雄の悲劇的な人生です。2人の人生は、嘘と犯罪を重ねてしまうことになりました。しかし、それは互いの幸せを思っての結果だったのです。たしかに彼らは多くの過ちを犯してしまいましたが、親子の互いを思いやる絆が確かに存在していました。 忠雄と博美の人生は悲劇的なものであり、多くの「嘘」を抱えていました。しかし、そこには互いの幸せを思う「祈り」と、絆が隠されていたのです。 人が何か嘘をつくときにはそこに「祈り」が隠されている、つまり一面的に見れば悲劇的な事実も、裏を返せば人の心や思いが隠れている――。そんなメッセージが本作を通して伝わってきます。

映画『祈りの幕が下りる時』は、親子の深い愛に涙するヒューマン・ミステリーだった

今回は、映画『祈りの幕が下りる時』について、その事件の全貌をネタバレありで紹介してきました。 本作を一言でまとめると、「愛」が根幹にあるヒューマン・ミステリー。忠雄と博美、そして加賀と両親の深い愛に涙する、すばらしい映像化作品に仕上がっているのではないでしょうか。 本作を一度観た人も、事件の全容をきちんと理解したうえでもう一度見てみると、より楽しむことが出来るかもしれません。この機会に観直してみてはいかがでしょうか。