【ネタバレ考察】映画『ミッドサマー』の伏線を完全解説!あらすじから儀式の解説まで
映画『ミッドサマー』の概要・あらすじ
タイトル | 『ミッドサマー』 |
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公開日 | 2020年2月21日 |
上映時間 | 通常版:147分 ディレクターズカット版:170分 |
監督 | アリ・アスター |
キャスト | フローレンス・ピュー , ジャック・レイナー , ヴィルヘルム・ブロングレン |
長編監督作1作目である『ヘレディタリー/継承』(2018年)で、ホラー映画界にその名を轟かせたアリ・アスター。彼の長編2作目となったのが、『ミッドサマー』です。 本作は「恐怖は暗闇のなかで起こる」という定説を覆し、白昼の恐怖を描く新たな試みが盛り込まれています。謎めいた村での不気味な儀式、寛容そうに見える村人たちは、一方で村の掟を破るよそ者に容赦がありません。そんななか、家族を失った主人公ダニーは、この村に新たな居場所を見出していきます。 「失恋映画」とも言われる本作は、恋人と一緒に見ることは絶対におすすめできない一作。白昼堂々と起こる不気味な出来事から、それに影響を受ける人間関係の危うさを描き出します。
『ミッドサマー』のあらすじ
破局寸前のダニーとクリスチャンのカップル。しかしダニーが不慮の事故で家族を失ったことにより、2人の関係は改善します。 そんな中、クリスチャンが友人のジョッシュ、マークとスウェーデンからの留学生ペレの故郷へ旅行に行くと聞かされたダニー。そこで“90年に1度の祝祭(夏至祭)が行われる”と聞いた彼女は、彼らについて行くことに。 そしてたどり着いたペレの故郷・ホルガは、花々が咲き乱れ、優しい住人たちが陽気に歌い踊る楽園のように思えました。しかし不気味な出来事が立て続けに起き、ダニーの心はかき乱されていきます……。
『ミッドサマー』の結末までのネタバレあらすじ
【起】家族の死と90年に1度の夏至祭
不慮の事故で家族を失った大学生のダニーは、彼氏のクリスチャンに依存しながらも何とか精神を保っていました。そんな中クリスチャンが大学の友人と、スウェーデンからの留学生・ペレの故郷に行くと知り、彼女も付いていくことにします。 90年に1度、9日間行われる夏至祭を見学するため、ペレの故郷である小さな村・ホルガを訪れたダニーたち。そこは美しい花々が咲き乱れ、陽気な村人たちが歌い踊る楽園のような場所でした。
【承】老人たちの飛び降りによって始まった狂気
夏至祭に招かれていたのはダニーたち4人に加え、イギリス人カップルのサイモンとコニー。村人たちの歓迎を受けた彼らは、早速夏至祭のとある儀式に参加します。 村人たちとともに高い崖がそびえる場所に集められたダニーたち。すると突然、崖の上から村人の老女が身投げをしたのです。止める間もなくさらにもう1人の老人が飛び降り、ダニーたちはパニックに陥ります。 ホルガには72歳を迎えた老人は自ら命を断つ風習があったのです。そしてこの儀式をきっかけに、ダニーたちの周りで次々と不可思議な現象が起こり始めます。
【転】メイクイーンの誕生の裏で行われたマヤの儀式
夏至祭が進んでいくにつれ、次々と姿を消していく招待客たち。いつの間にか残っていたのはダニーとクリスチャンの2人になっていました。 村の異様な空気を感じながらも、村人たちに進められるままダンスの競争に参加し、見事メイクイーンに選ばれたダニー。その一方で、クリスチャンは村人たちの画策で村の娘・マヤと性交をすることになってしまいます。 そしてダニーは不運にも2人が性交する現場を目撃してしまうのでした。
【結末】熊と一体化し焼かれたクリスチャン、その後ダニーは……
気を失っていたクリスチャンが目を覚ますと、村では生贄の儀式が始まっていました。生贄に必要なのは9人。既に8人が決まっていて、最後の1人はメイクイーンであるダニーに決定権があります。生贄の中には姿を消した招待客たちの変わり果てた姿もありました。 ダニーは迷わずクリスチャンを選択。その後クリスチャンは熊の生皮を体に縫いつけられ、他の生贄とともに小屋に運ばれました。 小屋に火がつけられ、生きたまま焼かれていくクリスチャン。そしてその様子を眺めながら、ダニーはどこか清々しい表情を浮かべるのでした。
トラウマ級の2つの儀式をネタバレ解説
飛び降りの儀式「アッテストゥパン」に見るホルガ村の死生観
衝撃的な儀式「アッテストゥパン」にはホルガ村の死生観が色濃く出ています。 作中の会話で「18歳までの子供が「春」。18歳から36歳までが巡礼の旅「夏」。36歳から54歳は労働。季節は「秋」。そして54歳から72歳は人々の師」というセリフが登場します。人生のサイクルを四季とともに表わしていました。 72歳までを「冬」とした場合その後は……、そう「アッテストゥパン」によってサイクルを終えるのです。そして老い朽ちる前に自ら命を断ったものの名前は村の新生児に与えられ再び命のサイクルが始まります。 さらに『ミッドサマー』という題名、夏至祭という意味のほかこの死生観に照らし合わせた主人公の年齢にもなっているのはお気づきでしたか?主人公のダニーは大学生なので、「夏」の時期にいるのです。
圧倒的トラウマシーン「性の儀式」
村の長老・シヴはクリスチャンへ彼に思いを寄せるマヤとの性交を一方的に許可します。 拒否したクリスチャンですが幻覚作用のある飲み物と謎の煙を嗅ぎ意識は朦朧。寺院の扉が開いた先には十数人の全裸の女性と花で彩られたベッドに横たわる全裸のマヤが待っていました。 クリスチャンはマヤに合わせて周囲の女性も喘ぎ声を上げる異様な光景の中、性交してしまいます。外で祭典に参加していたダニーは声を頼りに小屋を発見。そして鍵穴から性の儀式を目撃してしまいました。 儀式の目的は「外部の種を村の中に入れるため」。近親者の間に子供を授かることは障害のある子孫が生まれてしまう可能性が高まるためこのような儀式を行っていたのです。
奇形の子供と近親婚
ホルガ村の聖書である「ルビ・ラダー」を書くことが許された唯一の存在「ルビン」。彼は近親相姦によって生まれた障害児であるといわれています。 ではなぜ「性の儀式」をしてまで外部の種を入れようとするホルガ村でルビンのような子供が生まれるのでしょうか。その有力な説は「ルビ・ラダー」の後継者を生むためです。 外部の血が入っていない子供を授かるため、あえて近親相姦を行っており膨大な「ルビ・ラダー」があることからもルビン役は代々受け継がれていると考えられます。
『ミッドサマー』6つの伏線・メタファーを考察
『へレディタリー 継承』と同様に、本作も画面に映るもの全てが伏線といっても過言ではありません。 ダニーの両親が眠るベッドサイドの写真には花冠があったり、ダニーの背後の木々が妹の死ぬ姿を暗示していたり、ラストで焼死するクリスチャンのライターが付かないなどゾッとするような伏線は本作も健在。 ホルガ村に到着してすぐペレの言った「ここでは全てが機械的に役割を果たす」という意味深な言葉も、命のサイクルや生贄のために外部の人を連れてきた一連の行動を示唆する言葉とわかります。 きっと結末を知ってから思い返してみると「そういう意味だったのか!」という衝撃を受けるセリフや行動も多いはず。一度見ただけでは把握しきれない細かなこだわりも、アリ・アスター監督の作品が多くの観客を魅了する理由でしょう。
9人の生贄たちはなぜ殺された?凄惨な最期を解説
アリ・アスター監督は「『ミッドサマー』は変態のための『オズの魔法使い』」とインタビューで答えています。 『オズの魔法使い』のメインキャラクターは4人。主人公でオズ王国に飛ばされ家に帰りたいドロシー、脳がほしいという藁でできたカカシ、心がほしいというブリキの木こり、そして勇気がほしいという臆病なライオンです。 この4人を本作にあてはめるとドロシーはホルガ村から帰りたいダニーです。そしてカカシは何も考えず「神聖な木」におしっこをしてしまうようなマーク、彼の死体は藁が口からはみ出していました。 ブリキの木こりは研究のためならルールすら破るジョシュ。そしてライオンはダニーとの別れを決められない優柔不断なクリスチャン、彼はラストで『オズの魔法使い』に登場するライオンそっくりな熊の姿にされてしまいます。 結局男性陣は自らの必要な要素に気づけなかったため『オズの魔法使い』とは違い「生贄」という最後を迎えたのかもしれません。
イルヴァ、ダン
72歳となった村の老人、イルヴァとダン。厳かな雰囲気で執り行われた朝食会のあと、2人は椅子ごと担ぎ上げられます。そして飛び降りの儀式「アッテストゥパン」が開始されました。 イルヴァが地面と平行に飛び降り即死。しかしダンは足から飛び降り、生き延びてしまいます。村人たちも苦しみの声を上げる中、頭を3回ハンマーで叩き潰され命を落としました。
マーク、コニー
スウェーデンの女性とセックスすることを目的の1つとしていたマークは、女性に誘われ付いていき皮を剥がされ三角の家で焼かれました。道化師の格好にさせられていたのは、「先祖の木」におしっこをかけたため「愚か者」という意味がこめられています。 そしてコニーは終盤に水で膨れ上がった死体として登場します。死亡するシーンはありませんが、ディレクターズ・カット版に登場した「川の儀式」で沈められた事を暗示しています。
ジョシュ
文化人類学博士課程のジョシュは、論文のために取材を試みる真面目な青年。しかしその探究心故にホルガ村の聖書「ルビ・ラダー」を隠し撮りしてしまいました。その最中に背後から頭を木槌で叩かれ死亡、地面に埋められます。 ちなみにジョシュが亡くなる時に現れた「マークの皮」をかぶった男は村人ウルフであるとアリ・アスター監督は明かしました。このウルフとは「先祖の木」の事件でマークに激怒した人物だったのです。
サイモン
コニーの婚約者であったサイモンは、序盤で姿を消しています。その後「性の儀式」を終えたクリスチャンが逃げ込んだ鶏小屋で目に黄色い花を刺され吊るされている姿で発見されました。 その姿は昔実際に行われていた「血の鷲」という拷問そのもの。生きたまま背中の皮が剥がされ、肋骨を翼のように広げた痛々しい姿でした。肺が動いていたことから鶏小屋では生きていたことがわかります。 どのタイミングで亡くなったかは不明ですが、その後生贄となっています。
ウルフ、イングマール
ウルフはジョシュ死亡時にマークの皮をかぶっていた村人、イングマールはコニーとサイモンをイギリスから連れてきた村人です。彼らはボランティアで生贄に選ばれたと語られました。 しかし劇中では描かれていないコニーとサイモンの死がイングマールによるものであった場合、ウルフもジョシュ殺害に加担していることから「新たな外部の人間を殺した者が生贄になる」といった規則があるのかもしれません。2人は三角の家で生贄として焼死しました。
クリスチャン
クリスチャンは「性の儀式」のあと鶏小屋に逃げ込みます。対面した「血の鷲」に驚愕する中、粉薬で失神。 メイ・クイーンに選ばれたダニーにクリスチャンの生死が委ねられました。そして彼女は「死」を選んだのです。 クリスチャンは熊の毛皮を被せられ、三角の家で生きながら焼かれていきました。熊の皮は「性の儀式」を終えた強さの象徴や冬眠して冬から春にかけて消える動物から「死からの再生」など、さまざまな考察がありますが、公式見解は発表されていません。
9と13という数字が意味するもの
映画の中では「9」と「13」という数字が多用されています。例えば「90年に1度開かれる9日間の夏至祭」や物語後半に登場する13人の女性たちなど。北欧神話において9という数字は最高神オーディンに関係する重要な数字だといわれています。 またキリスト教には9日間の祈りの期間「ノベナ」というものがあり、9は肯定的な象徴として扱われます。そして逆に「不吉」の象徴といわれているのが13です。 ただし異教徒を認めないホルガの中では、ふたつの数字は逆の意味を持つのかもしれません。実際に作中で13はポールダンスや交配の儀式といったプラスの意味を持つシーンで用いられていました。 さらに9がキリスト、つまり男性の象徴として使われる数字であれば、作中の描写から見ても13は女性的な意味を持つと考えられます。 そしてラストにはメイクイーンとなり13人の侍女を従えたダニーが、9人目の生贄としてクリスチャンを指名しました。ダニーとクリスチャンの力関係が完全に逆転した印象的なシーンです。
物語の結末を示すタペストリー
映画の中には先の展開を暗示したタペストリーやルーン文字が数多く登場しています。実は映画冒頭で出てきたタペストリーに物語の全体像がすでに描かれていたのです。 また「ラブストーリーのタペストリー」はマヤが行ったまじないと儀式、燃える熊の絵はクリスチャンの最期といったように、全ての出来事はあらかじめ絵によって示されていました。 大きなタペストリーには、右側に太陽が描かれた「春」から左に向かって「夏」「秋」と進んでいき、最後にはドクロが浮かぶ「冬」の絵が描かれています。 興味のある人は、『ミッドサマー』の公式Instagramで、タペストリーの全体を確認できるので、見てみると良いかもしれません。
度々登場するルーン文字の意味
さらにポールダンスの時にダニーが着ていた衣装には「旅・進化・成長」といった意味を持つ「ᚱ」のルーン文字がほどこされています。 また、村人全員とダニーたちが食事をする場面では、テーブルの配置が「ᚱ」の形になっていたり、メイポールの丸の中にも同じルーン文字が記されています。このルーン文字はそのほかにも多くのシーンに映り込んでいるので、本作のテーマを示す重要なものになっていることがわかります。 これはダニーが肉体的、精神的な「旅」を通して生まれ変わることを暗示していたのでしょう。
すべての元凶であるペレ
ペレはクリスチャンたちの大学にやってきたスウェーデン人の留学生であり、彼らをホルガに招いた張本人です。言い換えれば、この惨劇を招いた諸悪の根源。 作中にて彼は自分の両親が炎の中で焼け死んだと告白しています。映画のラストのように、彼の両親もホルガで行われた儀式の犠牲になったと考えてよいでしょう。 またペレはクリスチャン以上にダニーを気にかけていて、彼女に好意を寄せていることがわかる描写がいくつもありました。もしかするとダニーの家族の死も全てペレの画策で、彼女がホルガと自分に依存するよう仕向けたのかもしれません。
メイクイーンとなったラストのダニーのその後は?
メイクイーンとなりホルガに受け入れられたダニー。映画は生贄の儀式のラストに彼女が清々しい表情を浮かべたシーンで終了となりました。儀式が終わった後、果たしてダニーはどうなったのでしょうか? ペレが彼女に好意を寄せていることは明らかなので、もしかしたら彼の嫁としてホルガに留まるのかもしれません。 その一方で、実は作中では過去にメイクイーンに選ばれた女性たちは写真の中でしか登場していないため、ホルガを出たか既に亡くなっている可能性が高いです。 さらに夏至祭は9日間といわれていましたが、作中では多く見積もっても6日間しか時間が経過していません。そうなるとまだ夏至祭は終わっておらず、最後にはメイクイーンであるダニーが犠牲となって祭を締めくくる可能性も考えられます。
『ミッドサマー』はなぜ怖くて気持ち悪いのか?
ホラーの固定概念を覆す白昼の恐怖
これまでのホラー映画では、惨劇は暗闇で起こるものであり、明るい場所は“安全地帯”として描かれてきました。しかし本作の舞台は、太陽が沈まない夏の北欧。白夜によって夜中まで明るいこの土地で、アメリカからやって来た4人の学生は、不思議な感覚に陥っていきます。 白夜の村、明るい村人の笑顔、華やかな草木の彩りからは想像もつかない「アッテストゥパン」や「性の儀式」などの凄惨な出来事が続く居心地の悪さが話題となりました。 まるで「安全な場所はない」とでもいうかのように、太陽の元で惨劇が起こっていく演出はまさに新感覚。アリ・アスター監督によってホラーの固定概念が覆されたのです。
グロさと映像美のギャップ
『ミッドサマー』は底しれぬ気持ち悪さを感じる人も多いと思いますが、劇中ではその感情を煽るような仕掛けが沢山散りばめられています。 例えばダニーがダンスに勝利して担がれるシーン。背景がゆらゆらと揺れ続け、食事時には蔦や花が生き物のようにかすかに動きます。さらにクリスチャンが「性の儀式」が行われる寺院に招待されるシーンでは、道中に花が敷き詰められますがよく見ると敷き詰められた花が徐々に増えていました。 言い知れぬ気持ち悪さは気づかぬ間にこのようなトリックにハマっているのかも知れません。
ディレクターズカット版の追加シーンをネタバレ解説
劇場公開された『ミッドサマー』は148分ですが、ディレクターズ・カット版は171分と約23分のシーンが追加されています。 例えば序盤のスウェーデン行きを知らなかったことによる口論のシーンでクリスチャンがさらに言い訳をする様子があったり、実はクリスチャンがダニーの誕生日を忘れていたりとダメ男っぷりが強調された内容に……。 各シーンが長く細かく描写されているため、登場人物の内心や人間関係をより深くまで理解できる内容になっています。
川の儀式
1番重要な追加シーンは「川の儀式」です。 「アッテストゥパン」と同じ日の夜、水の女神に感謝を捧げるため「川の儀式」が執り行われました。装飾した木を投げ入れていた村人ですが「まだ女神は空腹だ」と演劇風に語ります。そして少年が贈り物として立候補しました。 投げ入れられる直前、ダニーが声を上げます。しかし同時に村の女性も声を上げたのです。結局少年は助けられました。しかし映画終盤、少年の装飾と同じ姿をしたコニーの死体が運ばれてきました。
修正なしの性交場面
「性の儀式」で通常版は股間部にモザイクがかかっていますが、ディレクターズ・カット版はモザイク処理がありません。 実はモザイクがなくなり判明した事実があります。寺院から飛び出したクリスチャンの股間に血が付いているため、マヤは処女であったことが判明したのです。 ちなみに性の儀式後、マヤは真っ赤な口紅を塗って祭に戻ってきます。この口紅の描写も処女喪失によるものと言われています。
『ミッドサマー』のモデルは?実在する?
ホルガの村のモデルは日本だった
監督のアリ・アスターは、本作を作るにあたって今村昌平監督作の『楢山節考(ならやまぶしこう)』という作品を参考にしたとインタビューで語っています。 『楢山節考』は口減らしのために老人を山に捨てる姥捨て山伝説をモチーフにした作品です。映画の中で主人公は、貧しい村の掟に従って年老いた母親を真冬の山へ捨てに行きます。 『ミッドサマー』においては、特に日本人の“風習や儀式に対するこだわりの強さ”が反映されているようです。儀式や形式を重んじる文化が根付いている日本人にとって、本作は余計に生々しく感じられる作品といえるでしょう。
“夏至祭(ミッドサマー)”とは?スウェーデンの歴史的背景
本作の舞台はスウェーデンのホルガという小さな村ですが、現在でも“夏至祭”は北欧諸国で重要なお祭りのひとつです。映画にも登場したように、メイポール(五月柱)の周りを手をつないで踊り、歌い、大勢で食事をするという行事も行われています。 スウェーデンはキリスト教が普及する12世紀ごろまで、映画に登場したホルガの村のように、荒くれ者のバイキングの土着信仰が根強く残っていたようです。 クリスチャンが発見したサイモンの遺体は、不気味な形で吊るされていました。これは、「ブラッド・イーグル(血まみれの鷹)」と呼ばれるバイキングの拷問です。受刑者を生かしたまま背中を切り開き、肋骨を背中側に折って翼を広げた鷹のようにするという非常に残酷なものです。 ホルガの村でダニーたちが最初に衝撃を受けた「アッテストゥパン(民族の崖)」と呼ばれる姥捨崖(うばすてがけ)や、好きな男の食べ物に陰毛を入れるおまじないも北欧に土着のものだそうです。 本作では、部外者である若者たちは、そうした民俗の土着信仰を都会の価値観で“野蛮なもの”と決めつけていました。そして、村のしきたりを守らなかった罰として殺されていったのです。
『ミッドサマー』制作の裏話!監督の意図とは?
『へレディタリー 継承』が、今世紀最恐のホラー映画と絶賛され、注目を浴びたアリ・アスター監督。『ミッドサマー』にも、前作同様に身も凍るような恐怖を期待した人も多かったのではないでしょうか。 しかし本作は、「へレディタリー」のようなわかりやすいゴア描写や、いかにも“怖いもの“はあまり登場していないように思います。 監督自身、本作のジャンル分けにはあまり頓着していないと語っています。実際に、ひとつのジャンルにすっぽりとおさまる作品ではないので、6つの側面から本作を読み解いていきましょう。
①監督自身の経験から生まれた失恋映画?
アリ・アスター監督は、本作は自分のひどい失恋から着想を得て製作したと語っています。『ミッドサマー』は、共依存の関係と、それを抜け出した後に訪れる別の共依存を描いているといってよいでしょう。 手痛い失恋と、それを癒やすために大きな犠牲を払うこと。そして新たな依存先を見つけること。すでに多くの人が言っていることですが、本作は絶対に恋人と観に行ってはいけない作品です。
②女性のエンパワメント映画? “共鳴”が与えてくれるもの
本作冒頭、家族を失ったダニーがクリスチャンの膝に頭を預けて泣くシーンがあります。画面が暗く、ふたりの様子がよくわからないなか、轟音ともいえるようなダニーの強烈な泣き声が響き渡り、クリスチャンはなすすべもなく彼女に膝を貸しています。
その後ホルガの村で、ダニーはクリスチャンが他の女性と交わっているところを目撃し、もう彼に寄りかかることはできないと悟りました。このときもダニーは崩れ落ち悲痛な泣き声を上げるのですが、冒頭のシーンとは大きく違うところがあります。 それは、ホルガの女性たちが彼女と一緒に声を上げ、文字通り“共鳴“していること。そしてダニーは次第に落ち着きを取り戻していくのです。この“共鳴“は、ダニーに力を与え、彼女がこれまでの自分を捨て立ち直るきっかけとなりました。ラストシーンでの彼女の清々しい表情が、なによりもそれを物語っています。 その他の場面でも、死期を迎えた老人たちが崖から飛び降りようとするとき、クリスチャンが村の娘マジャと交わっているとき、ホルガの人々はたびたび“共鳴“しています。村全体がひとつの“家族“であると考える彼らは、一緒に声を上げることで一体感を得ているのでしょう。
監督が本作を女性に観てほしいと思ったのなら、そのかわいらしいビジュアルは、前作「へレディタリー」を観ていない、おしゃれな映画が好きな観客層を取り込むための罠だったようにも思えます。
③アリ・アスター監督の一貫したテーマ
アリ・アスター監督の長編デビュー作となった『へレディタリー/継承』は、事故で妹を死なせてしまった長男と、娘の死から精神を病んでいく母、そして祖母の秘密から家族が崩壊していく物語でした。しかし、アスターはこれ以前の短編映画でも、家族をモチーフにした作品を多く発表しています。 アスターが注目されるきっかけになった短編映画『ジョンソン家についての奇妙な事』(2011年)は、父と息子の奇妙な関係を描いています。また、巣立つ息子を手放したくない母親の凶行を描いた『ミュンヒハウゼン』(2013年)も同じく家族を題材としています。 『ミッドサマー』では、主人公ダニーが映画冒頭で家族を失ってしまいました。一方で、ホルガの村の人々は、ひとつの大きな家族として生活しています。「家族」はアスターにとって、常に描きつづけていかなければならないテーマなのかもしれません。 「へレディタリー」も『ミッドサマー』も、自分自身の家族や恋愛関係をもとに、自分を癒すために作ったと語るアリ・アスターは語っています。
『ミッドサマー』キャスト紹介
ダニー役/フローレンス・ピュー
主人公のダニーは、繊細で情緒不安定な人物です。さらに家族を失ったことでパニック障害のような症状が出るようになってしまいました。彼女はなんとか精神を立て直そうと、自然豊かなホルガの村に行くことにします。 ダニーを演じるのはイギリス出身の女優フローレンス・ピュー。彼女は、2014年の映画『Lady Macbeth(原題)』での演技が絶賛され、一躍注目を集めるように。2020年にはマーベル映画『ブラック・ウィドウ』にエレーナ・ベロワ役で出演しました。
クリスチャン役/ジャック・レイナー
ダニーの恋人クリスチャンは、当初彼女と別れようとしていました。しかし、悲劇に見舞われた彼女を見て、思い留まります。そして、友人たちの反対を押し切ってダニーを旅行に誘います。 クリスチャンを演じるのは、『トランスフォーマー/ラストエイジ』(2014年)や『シング・ストリート 未来へのうた』(2016年)などへの出演で知られるジャック・レイナーです。
マーク役/ウィル・ポールター
男だけで、旅行中に羽目を外すつもりでいたクリスチャンの友人マークは、ダニーが来るのを嫌がります。 マークを演じるウィル・ポールターは2007年に『リトル・ランボーズ』で子役としてデビュー。その後『レヴェナント:蘇りし者』(2015年)や「メイズ・ランナー」シリーズに出演し、知名度を上げました。
ペレ役/ヴィルヘルム・ブロングレン
スウェーデンからの交換留学生ペレは、故郷で行われる“90年に1度の夏至祭”に、ダニーたちを招きます。 ペレを演じるのはスウェーデン出身のヴィルヘルム・ブロングレン。2003年から舞台を中心に活動している彼は、HBOノルディックのテレビシリーズ『Gösta(原題)』などへの出演で知られています。
映画『ミッドサマー』のネタバレ解説を読んで物語を考察しよう
衝撃のデビューを果たした新鋭監督の第2作目として、そして恐怖の歴史を覆す作品として注目を集めた『ミッドサマー』は、その映像美や綿密に計算された展開が、あなたの度肝を抜くこと間違いなし。 ラストのダニーの笑顔に観客は爽快感を覚えると同時に、説明しづらいモヤモヤしたものを感じるのではないでしょうか。 最初は仕方なくクリスチャンとの関係にしがみついていた彼女は、ホルガの村に迎えられ自信を得ます。しかし、それは新たに村にしがみつくことを選んだだけではないのか。彼女の心の問題は、なにも解決していないのではないか……。 あなたはどのように感じましたか?