『冷たい熱帯魚』はどこまで実話?ネタバレありでトラウマ級グロホラーを徹底解説
『冷たい熱帯魚』のあらすじ・ネタバレ
①善人の皮をかぶった化け物
前妻の娘・美津子(梶原ひかり)と後妻の妙子(神楽坂恵)の3人で暮らす社本信行(吹越満)は、「社本熱帯魚店」を経営する気弱な店主。娘と妻の折り合いが悪い家庭の中で、波風を立てないよう見て見ぬフリをして過ごしていました。 そんなある日、娘の美津子がスーパーで万引きを働いたため、社本は店主から呼び出しをくらいます。そこにちょうど居合わせたのが、熱帯魚店の店長・村田(でんでん)。店主と話をつけて場を穏便に済ませてくれました。村田はさらに美津子を村田の店でバイトとして雇ってくれます。 これをきっかけに社本一家は、村田とその妻・愛子(黒沢あすか)と家族ぐるみで親しくなっていきました。親切で人の良い村田に、社本はすっかり魅了されていきます。
②遺体なき殺人
しかししばらくすると社本は、村田が行う違法なビジネスの場に立ち会わされるようになります。それは高級魚の売買取引でした。その極悪非道さに気付いたときにはもう遅く、社本はそこから抜け出せなくなっていきます。 結局村田の裏ビジネスに加担していくようになった社本は、やがてより恐ろしい現場を目にします。それは村田と愛子が人間を殺害して切り刻み、焼却している姿でした。 なんと村田は「遺体なき殺人」を繰り返していた連続殺人鬼だったのです。2人はトラブルを起こした人間を殺して、醤油をかけて焼くことで消していたのでした。
③救いのない凄惨なラスト
殺人事件の共犯にさせられ、村田の妻・愛子を抱くことも強要された社本はついに狂い、村田を刺します。愛子を洗脳し、村田の死体を解体させました。 社本は自分の家族も暴力で支配しようと、村田の店で働いていた美津子を殴りつけて引っ張り出します。帰宅すると娘をまた殴って気絶させ、妻に村田との不倫を吐かせて無理やり犯しました。 やがて現場に戻った社本は今度は愛子を殴った末に殺し、妙子も刺し殺してしまいます。 美津子にも刃を向けますが結局娘のことは殺さず、「人生ってのは痛いんだよ」と言って自分の首を切りました。そんな父親を見て美津子は、「やっと死にやがったな、クソジジイ!」と叫ぶのでした。
『冷たい熱帯魚』は実話!?元ネタの事件は
『冷たい熱帯魚』のベースとなったのは、1993年に実際に起きた「埼玉愛犬家連続殺人事件」。 埼玉県でペットショップ「アフリカケンネル」を経営する元夫婦が、詐欺商売で顧客とトラブルを起こし、彼らをストリキニーネで毒殺して遺体を跡形もなく処分していた凶悪事件です。 劇中では、この事件の加害者が行なっていた殺害方法がそのまま再現されています。村田が言い放つ「ボディを透明にする」という台詞も、加害者の言葉をそのまま使用。ただし実際の事件ではペットショップだった舞台が、映画では熱帯魚店に変更されました。 この事件の大きな特色は「遺体なき殺人」と呼ばれた残忍な遺体処理方法。加害者は3件の連続殺人で起訴されましたが、物的証拠があまりにも乏しく、公判も難航したといいます。 また社本のモデルとなった共犯者が全面自供したことで元夫婦が裁かれることになった点も、映画の結末とは大きく異なる部分です。
4つの“なぜ”を解説!醤油やラストの真意は
①なぜ醤油をかけたのか?
村田が言う「ボディを透明にする」というのは、遺体を完璧に「処理」すること。 実際の事件では、遺体は共犯者の自宅の風呂場で解体されましたが、劇中では村田が幼いころに狂った父親に閉じ込められたという、山奥にある家の風呂場が解体場となりました。 村田と愛子はまるで料理をしているかのように遺体を骨と肉と内臓に切り分けますが、その異様な光景を初めて目にした社本は吐き気をもよおします。さらに外にあるドラム缶の中に骨を入れ、醤油をかけて燃やし始める村田。 なぜ醤油をかけて焼くのでしょうか?そもそも骨を完全な灰になるまで焼く理由は、ただ埋めるだけでは地中に残ってしまうからでした。 しかしただ燃やすと異臭がするので、バーベキューのような匂いにカモフラージュするため醤油をかけていたよう。醤油は消臭効果もあるといいます。 これは実際の事件でも行われた、完全犯罪のための冷酷無比な所業だったのです。
②なぜ不倫をバラしたのか?
物語の終盤、村田は社本を追い詰めるように彼の妻である妙子と自身が不倫していることを告げました。 作中では、村田が弱々しい社本に自身の過去を重ねている様子が描かれています。不倫を告げたのは弱い社本を焚きつけて自分のように強くしたいという歪んだ父性、あるいはそれでも成長できない社本を見て自身の優位性を示したい自己承認欲求が隠れていたのかもしれません。
③なぜ最後、警察を呼んだのか?
社本は村田を殺害したあと、犯行現場へ警察を呼び自身もそこへ舞い戻っています。 こんなことをすれば自分が捕まってしまうのに、なぜこんな行動に出たのか。ここには娘である美津子に、人間として罪を償う父の姿を見せたいという彼なりの父性・親心があったように思えます。
④なぜ娘だけは殺さなかったのか?
社本は自分なりに正しい家族の形を取り戻したいともがいていたのでしょう。 しかしそれは失敗に終わり、家族を暴力で押さえつけることしかできませんでした。彼は最後に娘を愛せなかった妻を殺し、娘の目の前で自殺を図り、生きることに伴う「痛み」を教えてこの世を去ります。 娘を殺さなかったのは彼なりの最後の理性。自分を反面教師として真っ当に生きてほしいという、歪ながらも愛のある願いが込められていたのかもしれません。
描かれたのは歪な「父性」
食事のシーンから分かる家族関係のいびつさ
社本の後妻と、前妻の娘との関係が悪化していたことは前述の通りですが、そもそも社本家は父性の弱い家庭でした。社本は若い後妻には強く意見が言えず、娘の非行にも及び腰。冒頭に登場する社本家の食卓には、その崩壊した家族関係が顕著に現れています。 妻が面倒くさそうに作る食事は、なんとすべてが冷凍食品。妻や娘に気を遣いながらありがたそうに「美味しい」と言って食べる社本の卑屈な様子も、父性の崩壊を示しています。 社本家の食卓はもう終盤でもう1度登場しますが、その時は様子が一変。社本が父性を「暴力」として獲得し、妻と娘を力でねじ伏せるのです。
浮かび上がってくるのは「家族」のありよう
社本は村田の底抜けに明るい性格と成功者としてのパワーに惹かれ、村田に対して圧倒的な「父性」を感じていました。彼らの関係性はまるで父と息子のようです。しかし村田の所業を知っていくうちに、その関係に変化が訪れます。 父と子のような関係といっても、社本は完全に言いなりの息子でした。ところが押さえつけられていた感情が、村田に「愛子を抱け」と強要された時に暴発します。村田が父なら、愛子は母。その母を抱けと言われた社本は「息子」の役割を唐突に放棄するのです。 社本は「息子」の役割を放棄し、「父(=村田)」に成り代わって「父性」を獲得しようとします。父を殺して母と交わるというと、ギリシャ悲劇「オイディプス王」の物語を彷彿とさせますが、これも家族の崩壊を描いた悲劇です。 気弱な社本が築いてきた家庭ははじめから崩壊していましたが、村田の出現で社本の立場は根底から覆ります。本作は村田に代わって強い父性を獲得した社本が、暴力によって完全に家庭を崩壊させていく救いのない悲劇なのです。
トラウマ級のグロい映画になった理由は
でんでん演じる村田が恐ろしすぎる!身近な殺人鬼像
本作でサイコパスな連続殺人犯・村田を演じ、圧倒的な存在感を放ったでんでん。実は彼は元ピン芸人で、田所完一という名で芸能界デビューしていました。俳優に転身したのは、1981年の映画『の・ようなもの』からです。 そんなバックグラウンドのおかげもあってか、でんでんは誰にでも親しみやすい人物でありながら、裏の顔は殺人鬼という二面性を持つ役柄を、見事に演じ切っています。遺体をバラバラに解体する場面で見せる満面の笑顔は、まさに鳥肌もの。 このギャップが村田の異常性を際立たせ、観る者を恐怖に陥れています。
園子温監督が描きたかったものは「残酷な事実」だけ
園子温監督はなぜここまで徹底して救いのない悲劇を描き出したのでしょうか。この問いに対する答えは、監督自身が「MOVIE WALKER PRESS」のインタビューで語っています。 彼は『愛のむきだし』から踏ん切りをつけるための再デビューのつもりで、「嘘偽りのない映画」を撮り続ける決心をしました。埼玉愛犬家連続殺人事件を題材に選んだのは、「観客に癒しも慰めも与えなくて、残酷な事実だけを提供」するためだったといいます。 飾りを取っ払って、その「残酷な事実」を映し出すにはこれ以上ない題材だったのかもしれません。もともと監督自身は救いのない映画が好みのようで、いかにもな癒し系映画は逆に暗い気持ちになるそうです。 自分が撮りたいものを徹底的に追求していく園子温監督ならではの、初心に返った作品が『冷たい熱帯魚』でした。
R18+映画『冷たい熱帯魚』の感想や評価をチェック!
ここでは『冷たい熱帯魚』を観た人の感想を紹介。ただグロいだけでなく、人間の恐ろしさをしっかり描いているという声が多く寄せられました。 園子温監督の“残酷な事実だけを提供”するという狙いは成功したと言えそうです。
観るか迷って数年、やっと観た。今まで観た映画の中でいちばん恐い。実話ベースとのことだけど、こんな事件が実際に起きたかと思うと本当におぞましい。人間の恐ろしさを描ききった、とんでもない映画。
(20代女性)
プラネタリウムが大好きな小さな熱帯魚屋さんに訪れるショッキングな出来事。
この映画ででんでんが日本の映画賞を総なめにした理由がよくわかる。村田は妙な説得力と存在感があり、“日本版ジョーカー”と言えそう。平凡な主人公に共感してると、鼻歌交じりに精神を踏みつぶされます。本当にトラウマレベル。
かなりグロいので、苦手な方にはお勧めしませんが、できれば観てほしいです。
(30代男性)
埼玉愛犬家連続殺人事件をもとに、人を限界まで追いやり精神をぶっ壊していく、ぶっ壊されていく様子がリアルに映し出される。マインドコントロールというか、人の精神を弄び、利用する方法がうますぎる。
さすがに脚色してるだろ、と思っていたあれやこれやが、ほぼ実話通りらしいことを知って身震い。観終わった後、ものすごく疲れた。
(40代女性)
『冷たい熱帯魚』が気に入った人はこれも観て!
『恋の罪』(2011年)
『恋の罪』は『冷たい熱帯魚』と同じく園子温監督作の映画です。園子温ワールド全開の官能的なサスペンスに仕上がっており、『冷たい熱帯魚』が好きな人にはおすすめの一作。 物語は1997年渋谷のラブホテル街で実際に起きた女性の死亡事件がもとになっています。 事件を担当する女刑事(水野美紀)は仕事と家庭どちらも忙しく充実した日々を送る中で、愛人との秘密の関係に溺れつつありました。女刑事は捜査を進めるうちに2人の女性に出会います。 夜はホテル街で売春をしている大学助教授の女(冨樫真)と、ベストセラー小説家の妻として裕福でありつつも退屈な日々を送る女(神楽坂恵)。 この3人の女たちの狂気とエロスと欲望が炸裂し、物語は奇妙な展開を迎えていきます。 『冷たい熱帯魚』に比べるとエロ多め・グロ少なめといった感じ。女優陣の大胆なヌードは必見です。
家族の崩壊を描いた園子温監督のトラウマ映画『冷たい熱帯魚』
実際に起きた恐ろしい事件を題材にして、家族の崩壊を描き切った映画『冷たい熱帯魚』。本作は衝撃的なエログロシーンがたびたび話題にあがり、トラウマ映画と呼ばれています。 実際の事件とは結末が大きく異なりますが、そこにこそ監督が本当に撮りたかったものがありそうです。本作では、村田と社本の関係から「父性の喪失」が浮かび上がってきます。 父性を失った家庭=支える者がいなくなった社会が向かう先は?と考えると、また深く考えさせられる作品なのではないでしょうか。