2022年3月28日更新

【ネタバレ】映画『ドライブ・マイ・カー』6つのポイント&ラスト含む3つのシーンを考察。海外で評価された理由とは?

『ドライブ・マイ・カー』
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

村上春樹の短編小説を原作に、『寝ても覚めても』の濱口竜介監督が西島秀俊を主演に迎えて映画化した『ドライブ・マイ・カー』。国内外での賞レースを席巻し、2021年8月の公開から各地でロングラン上映が続いています。 最愛の妻を失った男の喪失と再生の物語を、多言語の舞台劇『ワーニャ伯父さん』と重ね合わせて描き、3時間という上映時間も長く感じさせない見事な脚本が最大の特徴です。 カンヌ国際映画祭で日本映画初の脚本賞を受賞した他、ゴールデングローブ賞や全米批評家協会賞などアメリカでの賞レースを席巻。世界中で50以上の賞を受賞しており、ついに米アカデミー賞で主要部門である作品賞・監督賞など4部門にノミネート国際長編映画賞を受賞しました。 この記事では、あらすじキャストといった基本情報に加えて、本作の魅力と全容を、制作秘話や気になるシーンの考察など交えて紹介。

記事作成にあたり、本作の劇場用パンフレットと濱口竜介監督のオンライン会見を参照しています。

『ドライブ・マイ・カー』のスタッフ・キャストは?

監督は濱口竜介、脚本は濱口竜介と大江崇允。出演している主なキャストは、西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、岡田将生です。その他にも作品を彩る海外キャストが出演しています。

『ドライブ・マイ・カー』の原作は?

原作は、村上春樹著の短編集『女のいない男たち』に収録されている3つの物語。同名タイトルの『ドライブ・マイ・カー』だけでなく、『シェエラザード』と『木野』も作品やキャラクターを創り上げる要素として盛り込まれています。

2022年アカデミー賞「国際長編映画賞」を受賞!2009年の『おくりびと』以来

2022年3月27日(アメリカ現地時間)に開催された第94回アカデミー賞で『ドライブ・マイ・カー』が国際長編映画賞を受賞しました。邦画の受賞は2009年に開催された第81回アカデミー賞での『おくりびと』(滝田洋二郎監督)以来13年ぶりとなります。 受賞に際して監督である濱口はアカデミーへの感謝と共に、出演者への感謝の意を述べました。

『ドライブ・マイ・カー』あらすじ

『ドライブ・マイ・カー』
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

舞台俳優であり演出家の家福悠介(西島秀俊)は、最愛の妻・音(霧島れいか)と満ち足りた日々を送っていました。しかし、音はある秘密を残したまま、突然この世を去ってしまいます。 音を失ってから2年後、広島国際演劇祭に演出家としてオファーされた家福は、愛車「サーブ」で広島へ。そこで演劇祭のスタッフから、「規則で滞在期間は自分で運転はしないように、専属ドライバーを付けた」と告げられます。 紹介されたのは、左頬に傷のある寡黙な若い女性・渡利みさき(三浦透子)。確かな運転技術を持っており、テストドライブですぐに家福の信頼を得て、次第にお互いの過去を語り合う間柄になっていきます。 一方で、演劇祭のオーディションにかつて音に紹介された俳優・高槻(岡田将生)が現れます。彼と音の関係性を疑っていた家福は妻の秘密と向き合わざるを得なくなり……。

観る前にも観た後でも。知っておきたい6つのこと

1.制作のきっかけ

寝ても覚めても
©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

本作の制作のきっかけとなったのは、『寝ても覚めても』の次作を検討している際、プロデューサーの山本晃久から村上春樹のある短編を提案されたこと。その短編は『ドライブ・マイ・カー』とは別の作品でしたが、どう扱って良いか分からず、濱口監督は以前読んでいた『ドライブ・マイ・カー』のことを思い出したといいます。 『ドライブ・マイ・カー』には濱口監督にとって興味深い、“「声」について非常に真実と思える”ことが書いてあり、高槻というキャラクターが発する「演技ではない言葉」が一番心に残っていたとか。このことを思い出し、『ドライブ・マイ・カー』であれば映画化したいと申し出たそうです。 何度か読み返していくうちに、自分なら出来るという“妙な確信を得て”、2019年の2月にプロットを書いて村上春樹に送ったとのこと。それで、制作の許可が下りたようです。 きっかけとなった高槻の「言葉」のシーンは、劇中でも非常に印象深いシーンとなっています。こちらについては、記事後半で詳しく解説していきます。

2.なぜロケ地が広島に?最初は韓国・釜山の予定だった

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

本作のメインとなる舞台は広島。もちろんロケも広島で行われましたが、実は最初のプロットではその大部分を韓国・釜山で撮影する予定でした。元々釜山は車の走行シーンを自由に撮影できる点で選んでいましたが、コロナ禍で韓国での撮影ができなくなり、その点も含めて国際演劇祭が実際に開催されているようなリアリティのある街を国内で探すことに。 広島は国際平和文化都市として名高く、文化事業も盛ん。原爆の被害から復興していった街の精神性も、家福の喪失→再生のプロセスを表現するのに重なるところがありました。何より、瀬戸内海の光線が透き通っていて素晴らしく、海外のような独特性も感じたといいます。 脚本や設定を変えるのは大変でしたが、結果的に広島という場所が作品を力付け、導いてくれたという感覚を撮りながら感じたそうです。 ここからは撮影で使用されたロケ地を紹介。広島在住のciatrライターが実際に各所を訪れ、撮影してきました。

【ロケ地①】広島国際会議場

広島国際会議場
©︎ciatr

家福が演出を手がける演劇祭の会場として登場したのが、広島平和記念公園の中にある広島国際会議場。家福の赤いサーブが広島入りし、平和公園の中へ向かっていくシーンも印象に残ります。隣接しているのは広島平和記念資料館です。

【ロケ地②】広島市 環境局中工場

環境局中工場
©︎ciatr

家福に「広島らしい場所」と言われてみさきが連れてきたのが、環境局中工場。ごみ処理施設とは思えないモダンな建造物で、世界的建築家・谷口吉生の設計によるものです。建物中央の「エコリアム」という貫通通路が、平和公園を臨み真っ直ぐ瀬戸内海側へと繋いでいます。

環境局中工場
©︎ciatr

ここは家福とみさきが2人で煙草を吸っていた場所。撮影日はちょうど海が光でキラキラ輝いており、濱口監督が言っていた光線をまさに感じました。この場所で2人の距離が少し近づいたので、その場所に来られたことも感慨深かったです。

【ロケ地③】呉市 御手洗

御手洗
©︎ciatr

家福が広島滞在中に宿泊することになる呉市・御手洗は、大崎下島の歴史ある港町。重要伝統的建造物保存地区に選定されており、レトロな街並みと瀬戸内海の風光明媚な景色が有名です。家福はここから国際会議場まで、みさきが運転するサーブで通いました。

【番外編】北海道 赤平市

みさきの実家があった場所として登場したのが、北海道・赤平市。家福とみさきの旅の終点として、ラストを飾る雪深い土地です。北海道のほぼ中央に位置し、みさき曰く「車がないと生活できない土地」。明治時代には炭鉱の町として栄えました。

3.原作から用いられたのは3つの物語

原作となった短編『ドライブ・マイ・カー』は、短編集『女のいない男たち』に収録された1編。映画化にあたっては物語を膨らませなければならず、それが見当違いなものにならないよう、共通するものを感じた他の短編2本も盛り込むことにしたそうです。 その2本が、同じ短編集に収録されている『シェエラザード』『木野』。前者は音の人物像をより立体的にするために取り入れ、後者は家福が向かうその先を示していると感じたとのこと。 映画では『シェエラザード』の要素は主に、音が語る「やつめうなぎ」と「空き巣」の話として盛り込まれています。シェエラザードとは『千夜一夜物語』に登場する、寝物語を語る王妃の名前です。 また『木野』の物語からは、会社の同僚と浮気した妻と別れた男・木野の苦悩が、家福の人物像に加味されています。

4.『ワーニャ伯父さん』『ゴドーを待ちながら』はなぜ引用された?

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

家福が演出家兼俳優であるため、彼が演技や演出をするシーンが度々登場します。その中で取り入れられた舞台劇は、『ゴドーを待ちながら』『ワーニャ伯父さん』。前者は共同脚本の大江崇允が一番好きな演劇だと聞いて取り入れたそうで、映画では家福が舞台で演じている場面がありました。 『ワーニャ伯父さん』は原作にあり、改めて読んでみてテキストの強度に圧倒されたといいます。『ワーニャ伯父さん』はロシアの作家チェーホフの戯曲で、主人公ワーニャと姪ソーニャが苦悩に耐えながらも生きようとする姿を通して、人生や幸せとは何かを問いかける物語。 濱口監督は読むうちに、次第に家福とワーニャがシンクロし始めたと語っています。確かに劇中でも、家福はワーニャ役を「もう演じられない」と語っており、自身とワーニャが同化しているような感覚が描かれていました。

5.家福が大事にしていた愛車「サーブ900」とは?

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

この物語の影の主役ともいえるのが、家福の愛車「サーブ900」です。サーブはスウェーデンの航空機メーカー「SAAB」が1937年に設立した自動車部門のブランド。日本でも1980年代に輸入されて人気を博しました。 原作では黄色のサーブ900コンバーチブルでしたが、映画ではより風景に映える赤い車体のサーブ900ターボのサンルーフに変更されています。

6.注目すべき主要キャスト+海外キャスト

家福悠介役/西島秀俊

『ドライブ・マイ・カー』
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

主人公の家福悠介を演じたのは、数々の映画・ドラマで主演を務める西島秀俊。2021年は映画『劇場版 きのう何食べた?』やNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』など話題作に出演し、2クールのミステリードラマ『真犯人フラグ』に主演しています。 濱口監督によれば、西島秀俊は村上春樹の世界観に親和性があり、自分を出しすぎず、決して率直さを失わない人柄が、村上春樹作品の主人公全般のイメージに近いとのこと。確かに本作で見せた苦悩の演技は、静かに染み渡るように伝わってきます。ちなみに西島秀俊自身は高校時代から村上春樹のファンだそう。

渡利みさき役/三浦透子

『ドライブ・マイ・カー』三浦透子
©︎『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

家福の愛車サーブを運転することになるドライバー・渡利みさきは、三浦透子が演じました。歌手としても活動しており、新海誠監督の『天気の子』では主題歌のボーカリストとして参加。2022年はNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』に、3代目主人公ひなたの親友・一恵役で出演しています。 濱口監督とは『偶然と想像』のオーディションで出会い、本作への出演につながりました。世の中を斜めに見たりせず、自分や周囲を良くしていく知性がある人という印象で、本作のみさき像と重なったようです。若いのに達観して落ち着いた雰囲気はまさにそれで、本作のために運転免許を取得したというエピソードには驚くばかり!

家福音役/霧島れいか

『ドライブ・マイ・カー』
©︎『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

家福の妻で脚本家の家福音を演じたのは、霧島れいか。秘密を抱えながら、夫に告白できないままくも膜下出血で突然亡くなってしまう音を、不思議な雰囲気をまとい美しく演じました。2010年には、村上春樹の小説を原作とした『ノルウェイの森』に出演しています。 音の「分からなさ」が作品を引っ張っていくとはいえ、演じる本人には分かるように別の脚本を作成したそう。「悠介と音の過去」について西島と2人で演じた上で、本編の撮影に臨んだといいます。感情を排除した台本読みのカセットテープの声が印象的で、これも物語の重要なポイントです。

高槻耕史役/岡田将生

『ドライブ・マイ・カー』岡田将生
©︎『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

演劇祭に参加する若手俳優・高槻耕史は、岡田将生が演じました。2021年は映画『さんかく窓の外側は夜』や『Arc アーク』、『CUBE』など出演作が次々公開。2022年にかけては舞台『ガラスの動物園』で主演を務めています。 高槻は音の作品に出演したことで知り合った俳優で、家福は音と関係を持っていたと考えています。濱口監督は原作で一番印象に残っていたシーンを、岡田将生なら演じられると思ったそう。「自分の深いところから声を出せるような生き方」をしていないと演じられないという難役を、見事に演じ切り強い印象を残しました。

イ・ユナ役/パク・ユリム

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

写真右がイ・ユナ役のパク・ユリム、写真左がジャニス役のソニア・ユアン

『ワーニャ伯父さん』でソーニャ役を務める韓国人女優イ・ユナを演じたのは、韓国出身の女優パク・ユリム。ドラマを中心に多くの作品に出演している若手女優で、『推理の女王2~恋の捜査線に進展アリ?!~』(2018年)や『ロマンスは別冊付録』(2019年)、Netfilxドラマ『キングダム』(2019年)などに出演しています。 濱口監督が感心したのは、彼女がそもそも勘が良い上に、独学で相当準備をしてきていたこと。多言語演劇のオーディションから舞台本番まで、手話による素晴らしい演技を見せていました。特に、手だけでなく表情や体の動きで感情を劇的に表現できていた点は圧巻です。

【ネタバレ注意】『ドライブ・マイ・カー』で気になる3つのシーンを考察

ここからは『ドライブ・マイ・カー』本編のネタバレを含む、各シーンについて考察していきます。未視聴の場合は、作品を視聴してから読むことをおすすめします。

1.高槻しか知らない、音が語った物語に何か意味はあったのか

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

音が寝物語として家福に語っていた「やつめうなぎ」と「空き巣」の話は、女子高生が空き巣に入った男子生徒の家に何者かが入ってきたところで終わっていました。しかし音は高槻にだけ、その話の続きを語っています。 家に入ってきたのは男子生徒でもその両親でもなく、別の空き巣でした。服を纏っていない女子高生を見た空き巣は彼女に襲いかかり、必死に抵抗した女子高生は空き巣を殺してしまいます。彼女は死体を家に放置したままその家を後にしますが、翌日以降起こったことは家に監視カメラが設置されただけ。男子高校生は何事もなかったかのように過ごしていました。 それに対し彼女は罪の意識に苛まれ、自分で責任を取らなければいけないと感じ、「私が殺した」と防犯カメラに向かって告白します。 この話には音の本音が隠されているようで、監視カメラを付けただけの家はまるで、不倫に気付いたにも関わらず何もなかったかのように日常を過ごしていた夫との関係のよう。自分の罪を告白した女子高生と、高槻に結末を語った音が思わず重ならないでしょうか。

2.ソーニャとワーニャのラストシーン。家福が葛藤の先に辿り着いた答えとは?

多言語演劇の舞台『ワーニャ伯父さん』は、高槻の代わりに家福がワーニャを演じることで幕が上がります。最後のシーンでは、ユナ演じるソーニャがワーニャに、苦悩に満ちた人生でも「生きていきましょう」と手話で強く語りかけていました。 ソーニャのセリフの通り、家福は音を失った悲しみと向き合い、それでも前を向いて生きていくしかないと、ワーニャと同じように「再生」を決意します。 そして、ワーニャが家福とリンクするのと同様に、みさきはソーニャとリンクしています。みさきが北海道で家福に言った「音には謎なんかなくて、そういう人だったのだと受け入れるしかない」という言葉は、彼女が家福にとってのソーニャであることを示しています。

3.ラストシーンでみさきはなぜ韓国に?

本作で一番気になるのは、ラストシーンでみさきがなぜ韓国にいたのかということ。みさきは赤いサーブを運転し、後部座席にはユンスとユナ夫妻が飼っていた犬に似た犬もいました。しかもみさきの左頬の傷は薄くなっており、笑顔すら見せています。 頬の傷については「手術すれば薄くなると言われたが、(罪の意識から)しなかった」と語っており、家福との交流で自分も再生しようという決意を固め、手術したのかもしれません。母が死んだのは自分のせいだと責めていた自分自身を赦し、再生する場として思い切って韓国に渡ったとも考えられます。犬はユナの家の犬で、韓国に戻ったユナたちと一緒にいる可能性も。 赤いサーブを運転している点は、再生を決意した家福が妻との思い出が詰まった愛車を、娘と同い年であるみさきに譲って手放したとも考えられます。ユナの演技を見て感動していた様子を見せていたので、ユナに誘われて韓国に渡るのもアリかもしれませんね。

『ドライブ・マイ・カー』を観た人の感想・評価

総合評価
3.5

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20代女性

多言語で展開される本読みのシーンが印象的だった。劇という形で日本語以外の言語や手話が自然と流れ込んでくるのが不思議な感覚。アカデミー賞にノミネートされたのはそういったところが評価されたのかも。どの言語も馴染みのない海外の人にとってはまた違った映画体験になるのかな。
それにしても西島さんは抑揚のない話し方がすごく合う!西島さんの魅力が世界にバレると思うととても嬉しい。

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30代男性

あの西島秀俊の保守的で事なかれ主義的な言動が日本的というかアメリカっぽくないというか"らしさ"を感じた部分もあって評価されたんじゃないかなと思っている。
観たときに邦画の日常系ものでまだこんな表現というか感動がちゃんと得られるんだという驚嘆まじりの嬉しさが込み上げてきて、あの朗読と劇中劇がシンクロして場面転換し物語が進行していく構造は結構求める映画体験のうちの一つとして好きなんだなと感じた。

【濱口竜介会見より】『ドライブ・マイ・カー』はなぜ海外でも評価されたのか

『ドライブ・マイ・カー』は第94回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の4部門にノミネートされました。(2022年3月28日現在、国際長編映画賞を受賞。)それを受け、ベルリン国際映画祭に参加するため渡独中の濱口監督がオンライン記者会見を行い、心境を語っています。以下はそこから、海外で評価される本作の特性と魅力を考察したものです。

「声」から伝わる緊張感

原作で“演技ではなかった”高槻の言葉を岡田将生はどう“演技”したのか

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

濱口監督は、「声」が本作のテーマであることを語っていました。会見でも、海外での評価については「字幕を通じて海外作品を観ているが、言語が分からなくても直接的な何かを感じたのではないか」と分析し、「『声』に何か感情が宿っていることが伝わって、緊張が走ることは万国共通」だと話しています。 ここで語った緊張が走る場面とは、濱口監督が原作で一番印象に残っていたという高槻の「言葉」のシーンがその1つではないでしょうか。映画では高槻を演じた岡田将生が独白のごとく長セリフを語り、まさに緊張が走るシーンとなっていました。 そのセリフとは、家福に向かって「結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います」と涙目で答える高槻の“演技ではない”「言葉」。 この「心からのものとして響いた、曇りのない言葉」を、監督の思惑通りに“演じ切った”岡田将生の存在感が、本作において重要だったことは間違いありません。

村上春樹作品とパンデミック時代の空気感に通じる普遍性

濱口監督は東日本大震災のドキュメンタリーを制作した体験から、「突然の喪失感」と「復興への意志」を学んだそう。それが『ドライブ・マイ・カー』の土台となっており、世界中で起こった新型コロナウイルスによるパンデミックは、本作のテーマである「喪失と再生」に、より共感を抱く空気感を作り出していたと思われます。 村上春樹が特に長編小説の中で描いている、何かを失い、戻っては来ないけれど組み立て直そうとする「意志」の普遍性を、『ドライブ・マイ・カー』でも強く出していきたいと考えていたとのこと。この試みが時代に合致した結果、同時代を生きる多くの人の共感を生み、世界中で評価される作品になったのではないでしょうか。

多言語演劇による多様性

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

近年の賞レースでは、選ぶ側の意識の変化も注目されるところ。アカデミー賞選考委員も、多様性を重視し始めました。手話を含む9つもの多言語による演劇はまさに多様性そのもので、評価を高めている理由の1つとも考えられます。 しかし濱口監督は、多言語演劇が多様性の表れと理解されるのはありがたいと思いつつ、あくまでも多言語演劇は映画の中ではよりシンプルな演技を引き出すための道具立てとして導入したと語っています。それ自体=多様性とは考えておらず、「この現実というものが多様である」とのこと。 多様性を受け入れられるかは、ある種の痛みを引き受ける覚悟が必要で、そういう風に変わっていかなければいけないと考えているそうです。

映画『ドライブ・マイ・カー』高評価の理由は時代性とテーマ、絶巧な脚本術の融合にあり

ドライブ・マイ・カー
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

東日本大震災による「喪失と再生」と、村上春樹作品の根底に流れる同様のテーマを土台として作り上げられた映画『ドライブ・マイ・カー』。そのテーマがコロナ禍の時代に合致し、多くの共感を呼び、国内外で高い評価を得ています。 演じることを生業とした演出家・家福を主人公に短編3本をまとめ上げ、多言語演劇という多様性を取り入れつつ、『ワーニャ伯父さん』とのシンクロをも成し遂げたアクロバティックな脚色術には、驚くべき才能を再確認させられました。 3時間という長さを感じさせない傑作『ドライブ・マイ・カー』。ぜひ劇場で、この贅沢な時間を共有してみてはいかがでしょうか?