2025年3月12日更新

【ネタバレ考察】映画『あんのこと』はどこまで実話?モデルの事件・ラストシーンの意味を解説

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映画『あんのこと』の作品概要・あらすじ

公開日 2024年6月7日
上映時間 113分
監督 入江悠
キャスト 河合優実  , 佐藤二朗 , 稲垣吾郎

「SR サイタマノラッパー」シリーズや『AI崩壊』(2020年)などの入江悠が監督・脚本を手掛け、ある少女の人生をつづった『あんのこと』。 本作は2020年のある新聞記事をもとにしており、その壮絶な内容が話題になりました。また、今もっとも注目を集める若手女優・河合優実の演技も絶賛されています。 社会の片隅で搾取されて生きてきた少女が、生きる希望と気力を取り戻し、しかしやがてそれも奪われてしまう物語。重苦しくつらいテーマですが、目を逸らしてはいけない現実を伝えています。

映画『あんのこと』のあらすじ【ネタバレなし】

売春と麻薬使用を常習犯である21歳の杏(河合優実)は、ホステスの母親(河井青葉)と脚の悪い祖母(広岡由里子)と3人で暮らしていました。しかしあるとき彼女は、体を売った相手がオーバードーズで運ばれたことで、警察に逮捕されてしまいます。そこで杏は、人情味あふれる刑事の多々羅(佐藤二朗)に出会いました。 多々羅の勧めで薬物中毒の互助会に参加するようになった杏は、夜間中学に通い、介護施設で働きはじめます。 なにもかもが良い方向に変わったかと思われましたが、新型コロナウイルスの流行によって杏の生活は一変してしまいます。

映画『あんのこと』のネタバレあらすじを起承転結で紹介

【起】刑事・多々羅との出会い

売春と違法薬物使用常習犯の杏。あるとき彼女は、体を売った相手がオーバードーズで運ばれたことから、警察に捕まってしまいました。 彼女の取り調べを担当した刑事の多々羅は、「本当にクスリをやめたいなら協力する」と、赤羽で開かれる互助会を紹介します。多々羅はそこで相談役を務めながら、ヨガを教えていました。互助会には記者の桐野(稲垣吾郎)も顔を出していました。 杏は多々羅に言われたとおり手帳を買い、クスリを使わなかった日に「○」をつけていきます。その頃にはDV被害者専用の住宅でひとり暮らしを始め、将来のために介護施設で働くようになりました。同時に夜間中学にも通いはじめます。

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【承】多々羅の罪

順調に見えていた杏の生活でしたが、給与明細が実家の住所に送られてしまったことで、母が介護施設に乗り込んできました。施設長がなんとかその場を収め、杏は今までどおり一生懸命働いくよう言われます。 杏は仕事と勉強に励む楽しい生活を送ります。手帳には「○」だけではなく、その日あったうれしいことなどを書き込んでいました。 そんななか桐野は、最近互助会に来なくなっていた女性から、多々羅から性行為を強要されたと訴えられます。彼女はそのときの音声も録音しており、言い逃れのできない状態でした。 事実を確認しようと桐野が多々羅を問い詰めると、彼は「ノーコメント」とだけ答えます。

【転】多々羅の逮捕と、隣人の子・隼人

ほかの複数の女性の証言もあり、桐野は多々羅の件を雑誌記事にします。彼は最初からそれを狙って多々羅に近づいたのでした。逮捕され、辞職した多々羅は、杏に会えなくなってしまいます。 桐野が杏に彼女自身は被害を受けていないかと訪ねると、彼女は怒ってその場を立ち去りました。そのころ新型コロナウイルスが流行しはじめ、介護施設では非正規雇用職員は休職、夜間中学も休校になってしまいます。 あるとき隣人の紗良(早見あかり)が突然杏を訪ね、「男とトラブったから預かって!」と息子の隼人を押し付けていきます。子どもの世話などしたことがなく、戸惑う杏。彼女は試行錯誤しながらも、隼人との生活に心が癒やされるようになっていきました。

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【結末】あんは最後どうなった?自由もお金も搾取され続けた女性の運命は……

あるとき、杏が隼人と散歩していると母親と鉢合わせてしまいます。母は祖母がコロナかもしれないので助けてほしいと言い、杏は仕方なく実家に寄ることに。しかし祖母は元気そうで、嘘をついていた母は隼人を取り上げて杏を殴り、金を作ってこいと迫ります。 言われた通り売春で金を作った杏が家に戻ると、隼人がいません。母を問い詰めると「うるさいので児相に連れて行ってもらった」とのこと。杏は呆然とします。 その後、自分の部屋に戻った杏はクスリを打ちます。手帳を開くと、これまで「○」がつづいていたのに気がつきました。パニックになった杏は手帳を燃やしますが、そのうちの1ページを破り、それを持ってベランダから飛び降りました。 杏の遺体のそばに落ちていた手帳のページには、隼人の苦手なものがメモしてありました。 桐野は多々羅に「もし僕が記事を書かなければ、多々羅さんは逮捕されず、互助会もつづいていて、杏さんは生きていたんでしょうか?」と問いかけますが、多々羅は「そんなことはわからない」と答えました。

映画『あんのこと』は実話?モデルとなった事件を語る新聞記事とは

あんのこと

映画『あんのこと』のモデル:2020年の朝日新聞の記事

本作は、2020年6月に朝日新聞に掲載された記事がもとになっています。あんのモデルとなったハナの境遇や最後は実話をもとにしていますが、あんが隼人を育てるシーンは全てフィクションです。 記事には、その春から始まる中学生活を心待ちにしていた25歳の女性・ハナ(仮名)が5月4日の未明、繁華街の路上で倒れているのが見つかったことと、彼女の来歴が紹介されています。 幼いころから母親に暴力を振るわれ、11歳〜12歳のときには売春を強要された彼女。14歳のときにホテルで暴力団関係者から覚醒剤を勧められて使いはじめ、抜け出せなくなったこと、そして4年前に逮捕された、と本作の杏は、彼女とまったく同じ背景を持つ人物として描かれました。 多々羅のモデルとあった元刑事に助けられながら、更生の道を歩んでいた彼女ですが、新型コロナウイルスの流行の影響で、互助会はなくなり、夜間中学も休校に。社会とのつながりを失った彼女は自ら命をたってしまったのです。

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刑事はその後どうなった?

多々羅のモデルとなった刑事は、ハナの更生のために尽力していました。しかしその後、彼は特別公務員暴行陵虐容疑で逮捕・起訴され、有罪判決が確定しました。 特別公務員暴行陵虐罪とは、公務員がその職権を濫用して人に義務のないことを行わせ、権利の行使を妨害する行為のことです。たとえば警察官が被告人や被疑者に対して、暴行を行うなどのケースが多いようです。 映画での多々羅は、互助会の女性たちの薬物使用という過去を盾に、彼女たちに性的虐待を行っていたのでした。

記者・桐野もモデルがいた

多々羅が性的暴行で逮捕されるきっかけとなった記事を書いた桐野。映画では週刊誌の記者ですが、桐野は実際の事件における朝日新聞社の記者・稲垣千駿をモデルとしています。

映画『あんのこと』ラストシーンの意味

本作は、隼人を連れた紗良が警察と話している場面で終幕を迎えます。紗良は杏が隼人が苦手なものをメモしていたりと、とても良くしてくれていたことを知り、お墓参りに行きたいと言います。しかし警察によれば、彼女の遺骨は母親が引き取り、墓も建てられていないのではないか、とのこと。 隼人は杏の生きる希望の1つであり、映画終盤で彼女は全て隼人のために行動していました。杏は職場や学校に行けなくなってしまった時間すべてを隼人のために使っていたのでしょう。 遺骨は母親の手にわたってしまいましたが、杏がこの世に存在し、束の間でも誰かのために生きたことは、隼人と紗良の心に刻まれたのです。

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あんの母親はなぜあんを「ママ」と呼んでいたのか

杏の母親である春海は、杏のことを「ママ」と呼びます。一般的に考えるとかなり奇妙な状況ですが、彼女は娘を「ママ」と呼ぶことで、自分が依存する先にしていたのでしょう。“「ママ」なんだから、私(春海)の世話をするべき”と杏をコントロールしていたのです。 物語で語られるとおり、杏はかなり幼いころから母親から「ママ」と呼ばれていたようで、11歳〜12歳で売春を強要されたときには「私もやってるんだからママもやって」と言われたと語っています。 杏の母は誰かに依存しないと生きていけない人間でした。彼女は本来なら自分が守るべき娘である杏に依存し、彼女を縛り付けていました。

【感想】『あんのこと』はただの不幸な話ではない

あんのこと

『あんのこと』は、社会のどこかで生きている、名前も知らない誰かのことを描いた作品です。私たちは杏の人生を「不運」と片付けてはいけないのだと思います。 杏にとって多々羅は悲惨な生活から救い出してくれたヒーローでしたが、彼も欠点のある、しかも許しがたい罪を犯した1人の人間でした。しかしだからといって杏にとって彼の存在の大きさが変わることはありません。そのことが、なんとも言えない気持ちにさせられます。 映画終盤、「○」の並んだ手帳を見てパニックになる杏の姿が印象的です。これまで自分が積み上げてきたものを、自分の手で壊してしまった。多々羅はそれを「自責の念」と言いましたが、杏は深い絶望を感じたのではないでしょうか。1度は希望を抱いたからこそ、その絶望は自ら命を絶ってしまうほどに重大なものだったのです。 せっかく手に入れかけた幸せ、社会とのつながりをコロナによって失ってしまった杏。人は社会とつながらなければ生きていけないということを深く考えさせられます。

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映画『あんのこと』キャスト・登場人物解説

香川杏役/河合優実

河合優実

本作の主人公・香川杏を演じたのは、河合優実です。2024年のドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)で阿部サダヲ演じる主人公の娘・純子を演じ、注目を集めました。 そのほか、映画『ナミビアの砂漠』(2024年)やドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(2023年・NHK)などへの出演で知られています。

多々羅保役/佐藤二朗

佐藤二朗

杏の更生の手助けをする刑事の多々羅を演じたのは、「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役で大ブレイクした佐藤二朗です。 コメディ作品で抜群の存在感を発揮する彼ですが、映画『さがす』(2021年)や、自身が監督を務めた『memo』(2008年)『はるヲうるひと』(2016年)などでは、シリアスな演技も披露しています。

桐野達樹役/稲垣吾郎

多々羅や彼が主催する薬物依存者の互助会を取材する記者の桐野達樹。桐野を演じたのは元SMAPのメンバーである稲垣吾郎です。 2016年のSMAP解散以降も俳優として活躍をつづけており、2020年にはNHK連続テレビ小説『スカーレット』に、出演。近年では映画『窓辺にて』(2022年)や『正欲』(2023年)などに出演しています。

香川春海役/河合青葉

杏の母・香川春海を演じたのは、元ファッションモデルの河井青葉です。 15歳のときにスカウトされ『non-no』(集英社)などでモデルを務めた後、20代で女優に転身。2016年には第37回ヨコハマ国際映画祭で『お盆の弟』と『さよなら歌舞伎町』での演技で助演女優賞を受賞しました。 代表作には、『愛しのアイリーン』(2018年)、『偶然と想像』(2021年)などがあります。

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三隈紗良役/早見あかり

早見あかり

杏の隣人であり、息子の隼人を彼女に預けてどこかに行ってしまう三隈紗良を演じたのは、元ももいろクローバーのメンバーである早見あかりです。 2011年にグループ脱退後、女優として活動をはじめ、2014年にはNHK連続テレビ小説『マッサン』に出演。映画『百瀬、こっちを向いて。』(2014年)や『ミンナのウタ』(2023年)などに出演しています。

衝撃の実話……映画『あんのこと』のネタバレ解説をしました!

『あんのこと』のネタバレ解説を紹介しました。 実話をもとに、社会から切り離されてしまった1人の少女の人生を描いた『あんのこと』は、衝撃的で悲しい物語です。しかし世の中にはこうした事情を抱えた人もいるのだということから、目を逸らしてはいけないのではないでしょうか。