2018年10月26日更新

『もののけ姫』隠された設定をストーリーとともに読み解く!

1997年の公開以来愛されてきた『もののけ姫』。人気の反面で、ストーリーの解釈も大変難しい作品です。今回はそのストーリーを振り返りつつ、込められたテーマやシーンに隠された意味についてご紹介します。(本記事はネタバレ情報を含みます。)

スタジオジブリの代表作にして超大作『もののけ姫』

1997年の公開以来、多くのファンに愛されてきた『もののけ姫』。テレビでも何度も放送されていますが、その度に大きな反響が起こっています。 しかし、そのストーリーの壮大さによって、見たけれど結局どんな物語だったのかよくわからない、どんなテーマの作品なのかよくわからない、という方も少なくないのではないでしょうか? 裏設定やテーマを読み解く前に、まずはあらすじを振り返ってみましょう。

「人間と自然」のテーマを中心に描く

舞台は中世の日本。エミシ一族の長の家系にアシタカという青年がいましたが、ある理由によって村を追われてしまいます。 そして旅立った先でたどり着いたのはたたら場。アシタカはそこで、たたら場の人間たちと自然との対立を知りました。その後、森の神々のもとで暮らす「もののけ姫」ことサンと出会い、人間と自然とが共に生きるすべはないのか、と悩むのでした。 そんなアシタカの悩みをよそに、たたら場では人間たちが、森に住む神・シシ神の首を取ろうとしていました。そしてついに、人間たちと森の神々の戦いが始まってしまうのです。 今回はこのあらすじをもとに、それぞれの場面に隠された意味や裏設定を、ストーリーを追いながらご紹介します。

物語の始まり、村を救い村を追われたアシタカ

エミシ一族の長となることになっていた青年・アシタカ。ですが村を襲ったタタリ神との戦いの末、その右腕に呪いを受けてしまいます。アシタカは呪いのため、相棒であるヤックルとともに村をあとにしました。

アシタカの受けた「死の呪い」とは?

アシタカがタタリ神から呪いを受けたことは、彼の右腕にあるアザからもわかります。ですがその呪いはどのようなものだったのでしょうか? 実は、彼が受けたのは「爆発的な力を与える代わりにその命を少しずつ奪う」という恐ろしい呪いだったのです。 アシタカは村を出る前に髪を切っています。日本では、古くの習慣で死者の髪を切るというものがありました。つまり死の呪いを受けたアシタカは、それまでの高貴な身分ではいられないと、村を追われてしまったのでした。その時婚約者であった少女・カヤから小刀を贈られますが、それは別れの際の儀式だったのです。

事件のきっかけ。たたら場へとたどり着く

もののけ姫
©︎Miramax Films/Photofest

村を追われ西へと向かうアシタカは、狼に襲われていた男を助けたことをきっかけにたたら場へたどり着き、エボシと知り合いました。 たたら場の人々に長として慕われるエボシですが、実は過去に海外へと人身売買され、「倭寇(海賊)の頭目の妻にされるも、次第に組織を支配するようになった後、頭目を自らの手で殺害し明(当時の中国)の兵器と共に日本へ帰ってきた」という裏設定があるのです。 確かに彼女は高位の遊女のような姿で描かれていますから、元は「売られた女」だったということにも繋がりますし、明から日本へ帰ってきたとあれば、石火矢のような武器があったのも納得ですね。

たたら場の住人たち

エボシの治めるたたら場には様々な人がいます。 特に目立つのが包帯を巻いた人々です。彼らはハンセン病患者だとされています。ハンセン病は、本作の舞台となった中世の日本においても差別の対象でした。エボシはそんな患者たちを匿い、たたら場に住まわせていたのでした。 また働いているたくさんの女性たちは、元はエボシと同じく売られていた女性だとされています。奴隷として売られていた彼女たちをエボシは引き取り、働かせているのでしょう。 そしてたたら場の住人たちは鉄を作ることを生業としていますが、中世日本においては製鉄業に従事していた人々も身分が低いとされ、差別の対象だったのです。 そういった「弱者」たちへの優しさも、エボシがたたら場の住人たちから慕われていた理由の一つではないでしょうか。

森の神々、そしてサンとの交流

その後、「もののけ姫」ことサンが、エボシの命を狙ってたたら場を襲います。アシタカはサンを助けて重傷を負い、彼女と山へと逃れました。 サンは初めアシタカを殺そうとしましたが、「そなたは美しい」という彼の言葉に動揺して、彼をシシ神の元へと連れて行き助けるのでした。ここから、サンは徐々にアシタカに心を開いていきます。

人間を憎むサン、その知られざる過去

本作全体を通してわかるように、サンは人間を憎んでいます。彼らがサンの暮らす自然を壊しているからです。彼女は作中でも「私は山犬だ」と叫ぶシーンがありますが、これも彼女が自身を人間だと認めたくないからでしょう。 実は彼女は赤ちゃんの頃に生贄として捧げられたのでした。生贄として山の神へと捧げられたサンでしたが、幸いにしてモロに育てられ、山犬たちを家族のように慕うようになったのです。 そんな悲しい過去を持ったサンにまつわる、ある都市伝説がインターネット上で囁かれています。それは、エボシがサンの母親なのではないかというものです。そもそもサンが生贄にされたのも、自然を壊す人間たちが山の神々の怒りを買ったからでした。人間たちを守るため、エボシが我が子であるサンを生贄にしたのではないか、ということです。 サンがたたら場を襲った際にも、エボシが彼女を殺さなかったことがその証拠とされていますが、もしもそれが本当だとしたらとても切ないですね。

戦いの始まり。人間たちが神々の住む森を襲う

もののけ姫 (ゼータ)
©Miramax Films/Photofest

政府からシシ神を討って良いとの許可を受け、エボシとジコ坊率いる人間たちは、自分たちの邪魔をする森の神々との戦いを始めます。 人間たちと戦った森の神々は、モロの君、乙事主、そしてシシ神。乙事主はイノシシたちを率いて人間たちと戦いますが、その末怒りのあまりタタリ神となりかけます。このタタリ神は、序盤にアシタカの村を襲ったものでもあります。 宮崎監督も、「タタリガミの姿は怒りが高ぶった様子を表している」とインタビューで答えていますから、神々は人間への怒り、憎しみのあまり、その姿を変えてタタリ神となってしまうのではないでしょうか。 戦いをやめてたたら場へ戻れというアシタカの説得も虚しく、ついにエボシたちはシシ神の首を取りました。するとシシ神の体から出てきた不気味な液体によって、戦っていた男たちもろとも、山もたたら場も壊滅してしまうのでした。

戦いの終わり。そして物語も終わりへ

壊滅した山を見て、森が死んだ、と絶望するサンを励まし、アシタカはサンとともにシシ神の首を取り戻し、シシ神へと返します。デイダラボッチとなったシシ神は首を取り戻すと、朝日を浴びると同時に倒れて消えてしまいました。すると風が吹き抜け、それによってアシタカの呪いも解けるのでした。 神々との戦いで傷を負いながらも生き延びたエボシは、たたら場の住人たちにもう一度良い村を作ろうと語りかけます。そして「アシタカは好きだが人間を許すことはできない」と言うサンに、アシタカはそれぞれの世界で共に生きようと語りかけ、アシタカはたたら場で、サンは森で暮らしていくことを決めました。その後二人は恋人同士になると宮崎監督は語っています。

ラストシーンのコダマはトトロになる!?

もののけ姫
© Miramax Films

登場人物たちが新たな一歩を踏み出したところで、シシ神のいなくなった森が再生し始めたところにコダマが一匹いる、というシーンで物語は終わります。 このコダマですが、裏設定ではのちにトトロになると言われているのです。長い年月をかけて再生した森で、コダマにも耳が生え、トトロになると。不思議な話ですが、もののけ姫の舞台は今から約500〜600年前。白い小トトロは109歳という設定があります。そう考えると納得がいくような気もしますね。

ラストシーンの森の再生、その意味は

最後に再生し始める森ですが、実はそこまでの物語で描かれていた森とは様子が違うのです。元の森は原生林。つまり自然のままにできた森です。それに対して、最後で描かれる森は雑木林。人間の手によって管理された森ということです。 本作の大きなテーマの一つは「人間と自然との対立」でした。自然を敬い共生しようとする古来の人間たちと、自然への畏れを忘れて自然を管理する近代の人間たちという人間たちの変化もラストシーンに込められているのではないか、と筆者は考えます。

『もののけ姫』は深いテーマを持った作品

今回は『もののけ姫』のストーリーと、裏設定やそれぞれのシーンの意味について振り返りました。長年愛される大作なだけあって、それぞれのシーンに深いテーマがありましたね。 ストーリー全体を通して根底にあるのは「人間と自然」というテーマ。序盤では対立していた森と人間たちが、最後には少しだけ和解し、姿を変えた自然とともに生きようとしています。自然に関して多くの問題が浮き上がっている現代だからこそ、見る人の胸を打つ作品かもしれませんね。 しかし、この作品から私たちが読み取れるテーマはそれだけでしょうか? 森のことを思って必死に戦うサンや、サンを守るアシタカから、私たちは大切な人のために戦う姿の美しさを感じることができます。また、キャッチコピーの「生きろ。」やそれぞれ悩みながらも生き抜く登場人物の姿を通して、生きるものたちの持つ力強さに気付かされた方も少なくないのではないでしょうか。 中世を舞台にした、ファンタジーのようにも見える本作ですが、現代を生きる私たちの心に響くテーマをたくさん隠し持った作品なのです。自分なりのテーマを見つけに、見返してみてはいかがでしょうか。