2017年9月26日更新

マット・デイモンのあなたが知らない22のこと!

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マット・デイモンとは

マットデイモン
マット・デイモンは『グッド・ウィル・ハンティング』や『オーシャンズ11』などで大活躍した、アメリカの超人気俳優ですが、ハリウッドの俳優たちの中でも、最も”普通の人”と言われています。今まで目立ったスキャンダルもなく、バーテンダーだった女性と結婚し、一般人の父親のように、娘を歩いて学校まで送ります。 しかし、この最も普通な俳優マット・デイモンの人生は波乱万丈に富んでいて、意外に知られていない裏の顔などが存在します。今回はあまり知られていない22の事実を紹介したいと思います。

1.ベン・アフレックとは遠い親戚

よく知られているように、マット・デイモンと
は親友です。 でもそれだけではなく、彼らは十代差の親戚でもあります。

2.妻はクラブであったアルゼンチン人の美人で子供は揃って美人姉妹!

マット・デイモンは2005年に結婚しています。お相手はアルゼンチン人のルシアナ・ボザン・バロッソという女性です。映画『ふたりにクギづけ』の撮影中にマイアミで偶然出会ったことがきっかけで結婚したようです。 ルシアナ・ボサン・バロッソには連れ子のアレクシアがおり、子宝にも恵まれ、2006年には実子の第1子イザベラが生まれます。続いて2008年にジア、2010年にはステラが生まれており、美人姉妹と言われています。

3.2016年からの休業の理由って?

休業を明かしたのは2016年公開の映画『ジェイソン・ボーン』のプロモーションで情報番組に出演したときのこと。映画の撮影が立て続いていたマット・デイモンは、家族の時間を確保するために一年間仕事を休むことにしたそうです。 良いパパの姿が容易に想像できますね。

4.『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の前は貧乏だった

マット・デイモンとベン・アフレックは、映画『
』でブレイクする前はとても貧乏で、二人で共同預金口座を使っていました。 ちなみに、この『グッド・ウィル・ハンティング』の脚本は国語の授業の宿題としてマッド・デイモンが書いたもので、自信が育ったボストンを舞台に書かれています。

5.ハーバードスクエアでブレイクダンス!?

マット・デイモンは十代のころ、ボストンのハーバードスクエアにてブレイクダンスをしてお小遣いを稼いでいました。

6.マット・デイモンはハーバード大学に進学していた?

最終的にマット・デイモンは役者になる夢を後回しにし、ハーバード大学に進学します。 英文学を専攻しますが、映画『ジェロニモ』に出演するため、12単位を残し大学を去りました。

7.『戦火の勇気』に出演、大幅な減量

数年後、マット・デイモンは映画『戦火の勇気』にてデンゼル・ワシントンに反するヘロイン中毒のベテラン脱走兵役を演じます。その際に、約18キロの減量をし、あやうく死んでしまうところでした。 また、この減量はその後数年間に渡りマット・デイモンの健康をに影響を与えることとなります。

8.トム・ハンクスはマット・デイモンが嫌いだった!?

もともと、トム・ハンクスはマット・デイモンが映画『
』にてジェームス・ライアン役を演じるのを反対していました。デイモンが痩せすぎていたためです。 後々トム・ハンクスはその考えを改めたようです。

9.ミニー・ドライヴァーとの交際・破局

マット・デイモンは、映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』で共演したミニー・ドライヴァーと1年ほど交際していました。 しかしながらトーク番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』にて交際相手の存在を否定したことから、破局となりました。テレビのトーク番組という公共の場での発言が原因という、気まずい別れ方だったようです。

10.続いてウィノナ・ライダーとの交際・破局

ウィノナ・ダイナー
マット・デイモンはドライヴァーとの破局後すぐ、映画『シザーハンズ』などで有名なウィノナ・ライダーとの交際を開始します。二人は一時期婚約もしていた仲でしたが、ライダーが映画『テッド』のジョン役で有名な
を選び、破局となりました。

11.マット・デイモンがポルノ映画への出演に意欲!?

マット・デイモンは以前こんな発言をしています。 ”キャラクターに特化したポルノ映画に出演したい。キャラクターの心の葛藤や成長に特化した内容で、ポルノシーンはキャラクターの成長や心の描写を助けるような映画だ。”

12.催眠術により禁煙!

マット・デイモンは喫煙家でしたが、催眠術師の手助けにより禁煙に成功したそうです。

13.役のために、バーテンダーになる

マット・デイモンは、映画『レインメーカー』出演にあたり、南部地方のアクセントを習得するために、テネシー州でバーテンダーとして働いていました。 また、自然なアクセントを学ぶためにお店の客を、”方言の先生”として雇っていました。

14.人道主義者としての一面も

マット・デイモンは面白く、才能あふれる俳優として以外に、人道主義者としての一面も持っています。 アフリカの貧困地域に飲料水を提供しているNGO組織 ”H2O Africa” や、世界中で人間の基本的人権の侵害に対する反対運動を行っている ”Not On Our Watch” に出資しています。

15.初のノンフィクション作品に出演

HBO制作映画『恋するリベラーチェ』では初めてノンフィクション作品に出演し、マイケル・ダグラス演じるリベラーチェの恋人役を演じました。

16.ニューヨークへ行っていたかも!?

マット・デイモンは16歳のとき、役者になるためにボストンを離れ、ニューヨークへ行く計画を立てました。 しかしながら両親は反対、経済的援助を行わなかったためにボストンに残ることとなりました。

17.パパラッチ知らず!?

マット・デイモン曰く、結婚相手が一般人だったからパパラッチに追われることもないのだとか。また、ゴシップのネタになるような浮気などもしないため、パパラッチが追っても面白くない。だからこそ追われることがない、というのも納得できますね。

18.マットデイモンの役作りへのストイックな姿勢とは?

マットデイモン
マット・デイモンは役作りへのストイックな姿勢が有名で『ルディ/涙のウイニング・ラン』では、南部のアクセントを学ぶためにバーに無償でアルバイトするなどしたことが知られています。さらに1999年に公開された『リプリー』では、役作りに没頭し、13kg痩せたこともあります。

19.天才的IQの持ち主?

『グッド・ウィル・ハンティング』では天才を演じたマット・デイモンですが、実際のマットもIQ160の天才だということが分かっています。 その証拠に、先ほども述べましたがハーバード大学に進学しており、俳優以外の分野でも成功を収められたことは間違いないでしょう。

20.親戚は世界記録保持者?

マット・デイモンは株式仲介人の父親とレスリー大学で教授を務めていた母親がいます。ここまでは知られていますが、親戚に世界記録保持者がいるのはご存じないのではないでしょうか? 実は、叔父はイギリスとフランス間のイギリス海峡を70歳というとしにして泳ぎきることに成功し、最高齢での達成という世界記録を持っています。

21.マット・デイモンが撮影で体験した最も辛かったこととは?

映画のシーンで最も辛いのは水の中で溺死しそうになるシーンだといいます。ボーンシリーズの2作目で演じた、車と一緒に川に入り、最愛の妻が溺死してしまうシーンは本当にやりたくなかったといいます。 さらにそのシーンを撮影した日はうまく寝ることができず、4回も息ができなくなって起きたそうです。

22.ジブリ作品の声優をしている!?

スタジオジブリ作品『崖の上のポニョ』の主人公宗介の父耕一の英語版声優をマット・デイモンはつとめています。ちなみに、日本版の声優は長嶋一茂です。