2019年11月20日更新

『ホームアローン』の子役マコーレー・カルキンの現在を紹介 改名でまさかまさかの名前に??

マコーレー・カルキン
© Peter Borsari/PIP-Landmark Media/zetaimage

1990年「ホームアローン」のキュートな演技で世界中を虜にした、マコーレー・カルキン。ローティーン以降、家族トラブルなどから失速し、一時はショービズから距離をおいていました。しかし現在は充実し、安定した生活を送っているようです。

目次

『ホーム・アローン』の子役マコーレー・カルキン波乱万丈の人生を振り返る!

マコーレー・カルキン『ホーム・アローン』
© LFI/Photoshot/zetaimage

マコーレー・カルキンは、1980年8月26日、7人兄弟(5男2女)の次男としてニューヨークで生まれました。弟のキーラン・カルキンも俳優として活躍しています。 彼がショービズ界への第一歩を踏み出したのは4歳のとき。初舞台はオフブロードウェイのショーでした。その後、5歳のときにテレビ映画『The Midnight Hour(原題)』で、ハロウィーンの仮装をした子供役でテレビデビュー。 そして1988年、『ジブラルタル号の出帆(たびだち)』で映画デビューを果たします。翌1989年には、ドリュー・バリモア主演の映画『いくつもの朝を迎えて』に出演。批評家から大絶賛される演技を披露しました。当時、脇役の子役がこんなにも評価されることは大変珍しいことでした。 その後出演した映画『おじさんに気をつけろ』(1989年)でさらに注目を浴び、マコーレー・カルキンは子役の世界で、頭一つ出た存在になります。

1990年:『ホーム・アローン』で大ブレイク!

1990年、彼に大きな転機が訪れます。 当時、映画『ホーム・アローン』制作するにあたり、主人公ケヴィン役の選考は難航していました。そこで自身の監督作『おじさんに気をつけろ!』で彼と仕事をした脚本家のジョン・ヒューズが、ケヴィン役にマコーレー・カルキンをキャスティングしてはどうかと監督のクリス・コロンバスに提案します。 監督は最初その提案に懐疑的だったものの、カルキンの台本読みをきいて「他のどんな子役も、この子ほど主人公のケヴィンに近い子はいないだろう!」と確信し、彼の採用を決めたそうです。 遊び心が溢れていて子供にも大人にもうけるハラハラドキドキの展開と、カルキンの子どもらしいかわいらしさがうまくリンクし、この映画はファミリー層を中心に大ヒット。製作費の20倍を超える興行収入を生み出しました。

1991年:『マイ・ガール』でも天才子役ぶりを発揮

1991年に公開された『マイ・ガール』で、マコーレー・カルキンは、主人公の少女ベータの幼なじみトーマスを演じました。 幼い少女と少年の友情と淡い恋を描いた本作でも、彼の演技は絶賛され、主演のアンナ・クラムスキーとともにMTVムービー・アワードでベスト・キス賞を受賞しました。

1992年:『ホーム・アローン2』でドル箱子役に!

大ヒットとなった『ホーム・アローン』の続編『ホーム・アローン2』。カルキン演じるケヴィンは、ひとりぼっちで留守番するのは避けられたものの、家族とは違う飛行機に乗ってしまい、たったひとりでニューヨークに降り立ちます。そこに前作に登場した泥棒コンビ・ハリーとマーヴが現れ、ケヴィンは彼らのおもちゃ屋強盗計画を知ることに……。 本作は、世界で興行収入約3億6000万ドルを記録。前作と同じく大ヒットとなり、彼の人気と実力を証明します。ちなみに前作で10万ドル(約1000万円)だったという出演料は、本作では450万ドル(約4億5000万円)にまで跳ね上がりました。

1994年:『リッチー・リッチ』のギャラはなんと約8億円!

マコーレー・カルキンが、総資産700億ドルを誇る世界一の大富豪・リッチ家の御曹司リッチーを演じた『リッチー・リッチ』は、彼が俳優業を一時休止する前に最後に出演した作品です。 並外れた金持ちで何不自由なく暮らしていたリッチーは、ある日執事の取り計らいで念願の同年代の友達ができました。リッチーは、両親との旅行をキャンセルして彼らと遊んでいましたが、一方で両親の自家用機には爆弾が仕掛けられ、行方不明になってしまいました。リッチーは社長代行として会社乗っ取りを企む会社重役と対決することになります。 この作品での彼の出演料は、なんと800万ドル。当時のレートで約8億円でした。しかし、本作の興行収入は制作費を下回っています。

1995年〜1997年: 両親の金銭トラブルに巻き込まれる&俳優業休止

マコーレー・カルキン
© Peter Borsari/PIP-Landmark Media/zetaimage

(写真左は母パトリシア・ブレントアップ) 子役からスムーズにローティーン俳優に成長したかと思いきや、超高額なギャラを手にした『リッチー・リッチ』あたりから、マコーレー・カルキンは失速しはじめます。 彼の膨大なギャラの扱いを巡って、マネージャーだった父と彼の母が争いを始めてしまったのです。 カルキンは「僕の成功前からそうだったんだが、父は威圧的で、僕をなんでもコントロールしたがった」とのちにインタビューで語っています。 お金をめぐりコントロール不能になった両親。ちょうど思春期と重なる時期にこのようなトラブルがおこり、心を痛めた彼は、問題が決着するまでどの作品にも出演しないことを決断。 結局争いは1997年まで続きました。裁判所が「マコーレーの稼いだお金は家族ではなく彼の会計士が管理するように」と命じ、父親がカルキンの財産を放棄することで決着がつきました。

1998年: 17歳で結婚、そして離婚

レイチェル・マイナー、マコーレー・カルキン
© Look Press/Avalon.red/zetaimage

裁判の決着がついた際、インタビューで「12歳までに稼げるだけのお金を稼いだから、もう僕は働く必要がないね」と言っていたマコーレー・カルキン。普通の学生になりたいという願いを叶えるため高校に入学しました。 その後、同い年で女優のレイチェル・マイナーと17歳の若さで結婚。しかし家族として安定したいレイチェルと、俳優業に未練のある彼との間にすれ違いが生じ、わずか2年後の2000年に離婚しました。

2003年〜2004年: 俳優業復帰も薬物所持で逮捕される

カルキンは2003年に『パーティ★モンスター』で主演を務め、俳優業に復帰します。しかし、2004年にオクラホマで友達とドライブ中にスピード違反で警察に止められた際、マリファナなどの所持で逮捕。刑務所に拘留された後、保釈金4000ドル(約44万円)を支払い保釈されたと報道されました。 本人はCNNのインタビューで「確かに、未成年で酒も飲んだし、マリファナもやったよ。でも、依存するほどやってるわけじゃない。10代でやってる奴なんて山ほどいるのに、自分がたまにやると、中毒!中毒!って大騒ぎされる」と麻薬依存症であることを否定してました。

2005年: マイケル・ジャクソンの裁判で証言

マコーレー・カルキン、マイケル・ジャクソン
© Supplied by Landmark Media/zetaimage

2005年には、マイケル・ジャクソンの性的虐待疑惑裁判に巻き込まれ、証言台に立ったこともあったマコーレー・カルキン。彼は1991年にマイケル・ジャクソンの『ブラック・オア・ホワイト』のミュージックビデオに出演して以降ジャクソンと交流があり、家族とともに彼の邸宅であるネヴァーランドをたびたび訪れていました。 マイケルの寝室で一緒に寝たこともあったが、性的なことはなにもなかったという彼の証言もあり、マイケルは無事無罪を勝ち取ります。

2012年: 激やせで余命半年説&バンド結成

マコーレー・カルキンを知る関係者や友人たちの発言によると、このころ彼が不安定な生活をしていたことは事実のようです。 2012年、アメリカメディアは彼が「死にたい」と口にしながらヘロインや薬物を過剰摂取し、自殺未遂をしたと報じます。その他のメディアでもヘロインと処方箋薬で中毒になっており、1か月に6,000ドル(約48万円)も薬物に使っていることから余命半年であるなどと報じられました。 しかし同年、彼はヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカバーバンド、ピザ・アンダーグラウンドを結成。2013年にはデモ音源が公開されました。ピザ・アンダーグラウンドはヴェルヴェット・アンダーグラウンドやルー・リードの楽曲に、必ず「ピザ」についての歌詞をつけてカバーするというコンセプトのコミック・バンド。 ユニークな歌詞やパフォーマンスで人気を集めたピザ・アンダーグラウンドでしたが、2016年に解散しています。

2014年: 死亡説が報道される

2014年、マコーレー・カルキンが遺体となってニューヨークのアパートで発見され、34歳という若さで死亡した、というデマのニュースが流れました。 しかしその報道がされた際、彼の代理人は「根も葉もない作り話」だと否定しており、本人もツイッターで笑顔の自撮り写真とともに「僕たちは今ツアー中だよ、おバカさんだな」とデマだということを証明しました。

2015年: Webドラマに出演 その役柄は“大人になったケヴィン”?

配車サービスの「Uber」などをパロディ化するウェブドラマシリーズ『DRYVRS(原題)』第一弾に、マコーレー・カルキンが運転手役で出演。携帯の着信音は『ホーム・アローン』のテーマ曲であり、8歳のクリスマスに家族に家に置いてきぼりにされたと話すなど、明らかに『ホーム・アローン』のケヴィンが大人になったような役を演じていました。 また、2018年のクリスマスシーズンには、“28年後のケヴィン・マカリスター”役でGoogleのCMに出演。子供のころのようにはいきませんが、スマートアシスタントとともに快適に留守番している姿を演じ、話題になりました。

2018年: まさかの改名宣言 “マコーレー・マコーレー・カルキン・カルキン”に!?

2018年11月、カルキンは米人気トーク番組『The Tonight Show Staring Jimmy Fallon』でミドルネームの“カーソン”を改名したいと発表。12月には自身のウェブサイトで、新たなミドルネームのファン投票を行いました。 同年12月28日に彼は、新たなミドルネームは5つの候補のなかから“マコーレー・カルキン”に決まったことを発表。2019年内に本名を正式に“マコーレー・マコーレー・カルキン・カルキン”に改名することを宣言しました。 ちなみにそのほかにミドルネームの候補になっていたのは、“シャーク・ウイーク(「(ディスカバリーチャンネルの)サメ特集」)”、“キーラン(弟の名前)”、“ザ・マックリブ・イズ・バック(「(マクドナルドの)マックリブバーガーが復活した」)”、“パブリシティ・スタント(「売名」)”の4つだったとか。

2019年: マコーレー・カルキンの現在は?

マコーレー・カルキンは、2019年6月に公開されたセス・グリーン監督の映画『Changeland(原題)』に出演しました。また、同年11月にはHuluオリジナルシリーズ『Dollface(原題)』にゲスト出演しています。 彼は2017年から、ディズニー・チャンネルのテレビシリーズ「スイート・ライフ」シリーズ(2005年〜2011年)や映画『ソーシャルネットワーク』(2010年)などへの出演で知られる女優のブレンダ・ソングと交際しています。ともに子役出身であるふたりは、キュートなカップルと話題になっています。

波乱万丈の人生を送ってきたマコーレー・カルキンの今後にも注目!

マコーレー・カルキン
© Look Press/Avalon.red/zetaimage

子役として大成功をおさめながら、その後は波乱万丈の人生を歩んできたマコーレー・カルキン。近年はどこか吹っ切れたように、自身の過去もネタにして楽しそうに過ごしているのが印象的です。 2003年の俳優復帰後、実はテレビシリーズへのレギュラー出演や短編映画、インディペンデント映画などへの出演をコンスタントにつづけています。 今後彼が再ブレイクする可能性もあるかもしれませんね!