ユースケ・サンタマリア、もともと歌手としてデビューしていた俳優の意外と知らない事実8選

2017年7月6日更新

『踊る大捜査線』シリーズの真下正義を演じ、俳優として確固たる地位を築いたユースケ・サンタマリア。バラエティ番組では、適当すぎる自由なキャラで視聴者に愛され、俳優だけでなくタレントや司会者としてもマルチな活躍をしています。意外なデビューのきっかけから現在までのあなたの知らない事実についてご紹介します。

1:もともとは「BINGO BONGO」というバンドでデビューしていた

ユースケ・サンタマリア

ユースケ・サンタマリアは、タレントや俳優のイメージが強いですが、もともとは「BINGO BONGO」というバンドでデビューしました。

地元の大分県では、「XYZマーダーズ」というバンドを結成。コンテストなどで人気があったようですが、卒業と同時に解散して、「NUTTIES」というロックバンドを新たに結成しています。レコード会社からCD1枚、自主制作アルバムを2枚リリースしました。

また、ソロ活動も行っており、FM88では「88ロックファクトリー」の司会などで活躍していました。その後、九州で活躍していた時の仲間「Z-BACK」のボーカル・時正を頼って上京。ラテンロックバンド「BINGO BONGO」のボーカル兼司会として加入し、パフォーマンスや司会は当時から評判だったそうです。

2:ウルフルズのトータス松本とテレビの司会をしていた

ユースケ・サンタマリア『夕陽のドラゴン』

出典: sp.natalie.mu

1995年4月から、スペースタワーTVで放送された生放送2時間番組『夕陽のドラゴン』。ユースケ・サンタマリアは、ウルフルズのトータス松本と司会を務めました。

放送開始当時、どちらもまだ無名なのを良いことに「失うものは何もない」と、町中でアポなしロケ中継を敢行。あまりに体当りな番組だっため、明石家さんまが吉本の若手コンビと勘違いして、「この荒いトークするやつら誰や」と吉本興業関係者に尋ねたという逸話もあります。

番組の収録を兼ねてウルフルズのライブツアーに同行したり、アルバム『バンザイ』の収録曲「ダメなものはダメ」の語りに参加するなど、お互いに良い関係を築いていました。当時、ウルフルズのメンバーからは、「ウルフルズ第5のメンバー」と冗談交じりに呼ばれていたそうで、仲の良さが伺えますね。

3:『踊る大捜査線』出演のきっかけはコント番組

『踊る大捜査線』

俳優・ユースケ・サンタマリアの名を一躍有名にし、確固たる地位を築いた『踊る大捜査線シリーズ』。その出演のきっかけは、テレビ朝日で放送されていたコント番組『VIDEO JAM』だったそうです。

同番組には、ユースケ・サンタマリアの個人コーナーがあり、女好きといい加減さをフィーチャーし、ハイテンションな一人喋りをするものだったのだとか。当時、『踊る大捜査線』のプロデューサー・亀山千広はキャスティングに悩んでいたそうで、偶然そのコントを見て「一度会ってみたい」と申し出たと言います。

その結果、真下正義役として出演が決まり、主役級にも劣らない存在感を見せつけました。

4:1998年に司会を務める深夜番組『ぷっ』すま」スタート

『ぷっ』すま

1998年から2016年現在まで、10年以上も続く深夜バラエティ番組『ぷっ』すま。ユースケ・サンタマリアは、放送開始時からSMAPの草彅剛とMCを務めています。

番組内では、エロ親父っぷりと理不尽さを発揮。有吉弘行からも、お得意のあだ名で「無茶振りクソ野郎」と呼ばれるほどの自由さを披露しています。

その反面、長年培われてきた司会者スキルで、暴走しがちな出演者を抑えたりゲストのフォローに回ることもあるようです。そうして、天然ボケな草彅剛と役割のバランスを取りつつ番組を進行する冷静さも持ち合わせています。

『ぷっ』すまの驚くべきところは、テレビ番組としてのセオリーを完全無視した自由さと、MC2人が企画会議にも加わらないという適当さ。しかし、そこから生まれる「ナギスケコンビ」の絶妙なボケとツッコミが視聴者にウケ、放送500回を超える長寿番組になりました。

5:桑田佳祐と仲がいい

桑田佳祐

出典: okmusic.jp

2000年からフジテレビで放送された音楽バラエティ『桑田佳祐の音楽寅さん~MUSIC TIGER』。ユースケ・サンタマリアは、桑田佳祐と共にレギュラー出演していました。

番組のオープニングサウンドステッカー『MUSIC TIGER』に合いの手で参加した際には、適当に叫んでいるだけでOKが出たのだとか。ユースケ・サンタマリアは、「こんなことで喜んでくれるのは桑田さんかBINGO BONGOのリーダーだけ」と語っています。

さらに、番組内では桑田佳祐を「桑っちょ」と呼び、番組終了後もソロシングル『白い恋人達』のPVに友情出演するなど親交を深めていたようです。誕生日には桑田佳祐からサーフボードをもらったそうですが、サーフィンをやらないため家のベランダに放置されていると明かしています。

6:初主演映画では日本アカデミー賞を受賞

2005年に公開された、大ヒットシリーズ『踊る大捜査線』のスピンオフ映画『交渉人 真下正義』。ユースケ・サンタマリアは、ファンにもお馴染みの真下正義役で映画初主演を果たしました。

シリーズ開始当時は、”東大法学部卒・父親は現職の警察幹部”という、キャリアアップを目指すお坊ちゃまキャラとして登場。頼りない刑事と思われていましたが、趣味のパソコンを活かした知識で、警視庁初の交渉人(ネゴシエーター)に成長します。

ユースケ・サンタマリア『交渉人 真下正義』

「THE MOVIE2」では、交渉人として次々と窓口が変わる犯人を相手に活躍。しかし、生来のお調子者の性格からマスコミに詳細を話してしまい、今作の犯人・弾丸ライナーに目を付けられて……というストーリーです。

今作の興行収入は43億円で、2015年公開の実写映画の中では1位を記録しました。さらに、ユースケ・サンタマリアは第29回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。俳優として演技力の高さが認められ、その実力を証明しました。

7:8年間うつ状態だった

ユースケ・サンタマリア

出典: news.line.me

一時期、ひどい体調不良に悩まされ、週刊誌にも「激痩せ」などと書かれたことがあるユースケ・サンタマリア。その理由は、8年もの間悩まされた「うつ状態」だったと、プロインタビュアーの吉田豪が明かしました。

32歳頃から、食欲不振や気だるさ、吐き気などに襲われていたのだとか。病院の検査でも不調は見つからず、周囲の励ましにも「理解してくれない」と感じて、自宅で寝て過ごす日が増えたそうです。同時に、家庭内では妻との関係も悪化していたと言います。

それでも番組への出演は続け、ハイテンションキャラを維持していましたが、視聴者からは「表情に元気がない」、「いつもと違う」という心配の声も上がっていました。それもそのはず、いつ吐き気に襲われても良いように、バケツを常備して収録に臨んでいたと言うのです。

「うつ状態」の原因は仕事で、楽しいと感じつつも「身の丈にあっていない」、「完全な芸能人にはなれない」という思いから苦悩を重ねていたそうです。視聴者が画面を通して見ている姿とは違い、本当は真面目で繊細な性格を持っていた故のことだったのかもしれませんね。

8:9年ぶりの連ドラは殺人事件の元被告

ユースケ・サンタマリア『火の粉』

2016年4月2日から放送されている、雫井修介のサスペンス小説を映像化したドラマ『火の粉』。ユースケ・サンタマリアは、2007年の『今週、妻が浮気します』以来、9年ぶりの連続ドラマ主演を果たしました。

元裁判官・梶間勲の家の隣に、かつて自身が無罪判決を下した男・竹内真伍(ユースケ・サンタマリア)が引っ越してきたことから物語は始まります。親し気に交流を深めようとする竹内真伍に対し、ただ一人、梶間家の娘(優香)だけはその言動を怪み正体を暴こうとして……というサスペンスドラマです。

ユースケ・サンタマリアは、一家殺人事件の容疑者として死刑を求刑されながら無罪放免になった男を演じます。インタビューでは、「主役の感覚を完全に忘れてしまいました。」と冗談交じりに語りつつ、「久々に燃えています、冷たい炎をたぎらせるイメージで演じます。」と9年ぶりの主演への意欲も見せています。