2017年7月6日更新

映画『ゴッドファーザー PART2』に出演していたキャストの現在【アカデミー賞】

ゴッドファーザー パート2

フランシス・コッポラ監督によって1974年に発表された『ゴッドファーザーⅡ』は、1972年の一作目『ゴッドファーザー』に続いて大ヒットとなります。またアカデミー賞でも、9部門がノミネート、うち6部門で受賞という快挙を成し遂げました。

アメリカ社会におけるイタリアンマフィアの抗争やファミリーの絆をスリリングに描いた『ゴッドファーザー PART2』

コルレオーネファミリーのドンを引き継いた若きマイケル(アル・パチーノ)が、イタリアンマフィアの社会で苦悩しながらのし上がって行く様子を、父ヴィトーの時とオーバーラップさせながら如実に描いています。

フランシス・コッポラ監督が起用した個性派俳優たちは、この作品の後どのような活動をしているのでしょうか?

マイケル・コルレオーネ/アル・パチーノ

主役マイケル・コルレオーネを演じたアル・パチーノ。

1973年の『セルピコ』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされて以来、1974年のこの『ゴッドファーザーPART2』、銀行強盗を演じた1975年の『狼たちの午後』、1979年の法廷英語『ジャスティス』と4作においてアカデミー賞にノミネートされますが受賞には至らず、1980年の盲目の軍人を演じた『セイント・オブ・ウーマン』で初めて受賞を果たします。

1990年に『ゴッドファーザー part3』に出演した後は、1990年代から2010年代に渡りコンスタントに映画出演を果たすもあまり大ヒットには恵まれず、2003年の『オーシャンズ13』が近年の際立った出演と言えるでしょう。

2018年公開予定のロバート・デ・ニーロとの共演作『アイリッッシュマン』ほか、幾つかの出演映画の公開が予定されています。

ドン・ヴィトー・コルレオーネ/ロバート・デ・ニーロ

押しも押されぬ大俳優ロバート・デ・ニーロ。

この映画の後の活躍にも枚挙に暇がないのは映画ファンなら誰もが認めるところ。1976年マーチン・スコセッシ監督の社会派映画『タクシードライバー』、1978年のベトナム帰還兵を描いた『ディアハンター』、1980年にオスカーを獲得した『レイジング・ブル』、1990年のサイコスリラーの傑作『ケープ・フィア』、どれをとってもデ・ニーロの個性が光る快作ばかりです。

2000年代に入ってからの目立ったところでは、2006年の『グッド・シェパード』で監督を務め、マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリーと共演もしています。また、2012年『世界にひとつのプレイバック』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。

トム・ヘイゲン/ロバート・デュバル

1931年サンディエゴ生まれのベテラン俳優ロバート・デヴァルは、この『ゴッドファーザー part2』を含め、』通算6回のアカデミー賞のノミネートの経験を持ち、1983年『テンダー・マーシー』でついにアカデミー主演男優賞を獲得しました。

彼の俳優としての名声を一気に高めたのは1979年のフランシス・コッポラ作品『地獄の黙示録』で、この映画で2度目のアカデミー賞のノミネートを獲得しています。私生活では、スペイン語が堪能で、今の妻ルチアナ・ペドラサはアルゼンチン人。しかも実に41歳という年齢差です。

ソニー・コルレオーネ/ジェームス・カーン

気性の荒いソニー役を演じたジェイムズ・カーンは、この映画でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。

注目度も高かったこの演技によって、彼は名声を得ました。

しかし、自身が1991年のインタビューで答えているように、燃え尽き症候群的な症状と白血病の姉の死などの悪い条件が重なり、1980年前半は活動を停止してしてしまいます。

その後、フランシス・コッポラ監督がベトナム戦争を扱った『友よ、風に抱かれて』で1987年に起用をしてから復活を果たし、『ハワイ・ファイブ・オー』等のテレビシリーズにゲスト出演をしたり、コメディー映画の方にも範囲を広げ俳優活動を続けています。

FBI刑事/ハリー・ディーン・スタントン

個性的なルックスを持つスタントンは、この『ゴッドファーザー part2』の後も、各所で引っ張りだこです。

主だったところでは、ヴィム・ヴェンダース監督の1984年作品『パリ・テキサス』、アレックス・コックス監督の『レポ・マン』、さらには複雑な恋愛を描いた1986年の『プリティ・イン・ピンク』、1990年デビット・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』といった良作の中に出演しています。

また、俳優の傍ら「ハリー・スタントン・バンド」というバンドで音楽活動もやっています。 2000年代になってからは、あまり大きな作品に恵まれていませんが、引き続き個性派として重用せれています。

ケイ・アダムス・コルレオーネ/ダイアン・キートン

アイリッシュやドイツ系の血を引くロサンジェルス生まれのダイアン・キートンは、主にニューヨークで演技の勉強をし、ウッディ・アレンの元で実力を付けていきました。

『ゴッドファーザー part2』の後は、1977年の『ミスターグッドバーを探して』の演技、それまでの彼女のイメージを打ち破ることに成功し、ゴールデングローブ賞にノミネートされます。

そして、同年のウッディ・アレンが彼女のために制作した『アーニー・ホール』で、とアカデミー賞と英国アカデミー賞で主演女優賞を勝ち取ります。

ウォーレン・ビーティ制作・監督の1981年『レッズ』でアカデミー賞助演女優賞のノミネーションを受けた後はしばらく映画から離れていましたが、1980代後期より活動を再開し1987年には自身でドキュメンタリー映画を制作しました。

また1990年『ゴッドファーザー part3』に出演、2015年の『クーパー家の晩餐会』に出演する等、また映画の世界にも復帰しています。

トニー・ロサト/ダニー・アイエロ

イタリア系俳優のダニー・アイエロ。『ゴッドファーザーPART2』の後の、彼の主だった作品は1981年にポール・ニューマンと共演した『アパッチ砦・ブロンクス』でしょう。

その後も、イタリア系アメリカ人ならでは役所で良い演技をコンスタントに披露。1984年フランシス・コッポラ監督の大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』、1989年スパイク・リー監督が人種差別を描いた『ドゥ・ザ・ライト・シング』、ブルース・ウィリスが主演した1991年の『ハドソン・ホーク』、ジャン・レノが主演した1994年の『レオン』など、日本でもヒットした映画に数多く出演しています。

2000年代に入ってからは2014年『ゲットパッカーズ』等の映画出演もありますが、日本ではマドンナのヒットシングル『パパ・ドント・プリーチ』PV内での存在感ある演技が、多くの人の印象に強く残っているかもしれません。