2018年8月28日更新

誰もが認める怪作、邦画のキング・オブ・カルトはこれだ!『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』

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カルト映画の代表作とは?と質問すれば、洋画ではいくつかの作品のタイトルがあがるでしょう。しかし邦画では?間違いなく本作だとと答える方が多数を占めるでしょう。かつては映画館でしか見ることができず、上映の毎に多くのファン、リピーターを獲得した作品です。……そんな『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』の魅力を、改めて紹介いたします。

そもそも『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』とは、どんな映画?

東映から石井輝男監督の“異常性愛路線”とよばれた、一連の作品の中の1本として公開された映画が『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969年)です。江戸川乱歩の小説『パノラマ島奇談』『孤島の鬼』をベースに、『屋根裏の散歩者』『人間椅子』などの要素を加えて映画化。見せ物小屋のイメージで描かれた江戸川乱歩の世界……そのキッチュな魅力が見る者を圧倒するのです。

激しいバッシングの中で製作された映画

1960年代、テレビの普及が進むと共に斜陽化してゆく映画業界。しかしその中で独立系の映画会社が作るポルノ映画(当初は「エロ映画」「ピンク映画」とよばれた)は成功を収めていました。この状況に、当時東映の実力者であった岡田茂(後の社長、名誉会長)はポルノ映画への参入を決意します。 当時『網走番外地』(1965年〜)シリーズで人気を得ていた石井監督は、この方針を受け『徳川女系図』(1968年)を製作。このヒットをうけ“異常性愛路線”とよばれるエログロ、加虐趣味を売りにした一連の作品を監督する事になります。

この様な状況に当然ながら批判の声もあがりはじめます。当時著名な映画評論家の佐藤忠男は一連の作品を酷評、糾弾しました。そんな中製作された石井監督作品『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年)で、撮影中あまりの扱いに主演女優が逃げ出す、という事件が発生します。

これを受け東映の助監督グループが同年4月14日、この様な映画の製作を批判する声明文を発表するや、マスコミが報じ糾弾運動に発展という一大スキャンダルになりました。しかし石井監督はこの状況に表立って反発せず、撮影所がもめているなら地方にロケに出て映画を撮ろう……と逆風の中で製作したのが『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』なのです。

映画を彩った、強烈な個性を持つ人たち

この様な状況で製作された『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』は石井組……「異常性愛路線」組とでも言うべき人々が中心となって生みだされました。映画の中で妖しく輝いている人々を紹介します。

すべての元凶。映画魂の人、石井輝男

『網走番外地』という大人気シリーズを手掛けながら、一方で本作のようなカルト作品を産みだした石井監督。新東宝で監督デビューを果たした後に東映に活躍の場を移した人物です。 昔、特集上映会で石井監督のトークを拝聴した事がありますが、監督デビュー直後の作品『鋼鉄の巨人(スーパー・ジャイアンツ)』(1957年、宇津井健のコスチュームが何かと話題の、シリーズ化されたヒーロー映画)について尋ねられると、照れた笑顔で言葉を濁していた監督を思い出します。

しかし『鋼鉄の巨人』シリーズにただよう江戸川乱歩の「少年探偵団」的なムード、またデビュー間もない三ツ矢歌子にセーラー服・軍服・宇宙服を着せたコスプレ趣味など、子供向けの作品ながら後の「異常性愛路線」の原点が見てとれないでしょうか?

低学歴ゆえに冷遇された助監督時代を経験し、世間のモラルも映画の形式にもかまわず、スタッフがためらう描写を実行してしまう実行力。俗悪映画との批判に「映画が観客に何か教える態度は不遜」と応じ、そんな姿勢を「観念バカ」と反論……浅草の見せ物的文化を愛し偏屈で職人気質、しかし情の厚さにひかれる人も多かったという、江戸っ子気質の映画監督です。

石井輝男ワールドの観察者、吉田輝雄

本作の主役を演じるのが吉田輝雄。新東宝にスター俳優候補として入社して以来、石井映画の常連として活躍した俳優です。アクションもこなしコミカルな役も演じられる方ですが、「異常性愛路線」の映画では、一連の出来事を傍観するポジションの主人公を演じます。怪しく繰り広げられる世界を、観客代表として体験させる監督の意図があるのでしょう。 彼は新東宝時代に主役を務めた石井監督作品の『セクシー地帯(ライン)』(1961年)で、怪しげな夜の世界をさまよう事となる主人公を演じています。ジャズの流れるスタイリッシュな本作の劇中で、「僕は猟奇的なモノが好きなんだ」と語るシーンは後の出演作を思うとニヤリとさせられます。

石井監督に心酔し監督と心中してもいいと思っていた、と後に語っている吉田輝雄。あなたも彼の視点で、『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』で繰り広げられる世界を体験してみて下さい。

「舞踏」の創始者、土方巽という異才

『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』は強烈な印象を残すシーンにあふれています。しかし一番強烈な印象に残る登場人物を演じたのは、土方巽だと誰もが認めるでしょう。 土方巽は「舞踏」と呼ばれる前衛舞踏の創始者で、従来の舞踊の形式を否定し白塗りにした肉体の原始的な動きで様々な表現を試み、当時三島由紀夫や澁澤龍彦といった多くの文化人を魅了しています。

土方巽と彼の劇団員が何故か東映の撮影所に出入りし、多くの石井映画に出演しているのは奇妙に思えますが、すべての人間が持つ「怖いもの、奇妙なもの見たさ」を否定しない姿勢が、両者を結びつけたのかもしれません。彼の「舞踏」を取り上げた映画に篠田正浩監督の『卑弥呼』(1974年)がありますので、興味を持った方はぜひご鑑賞を。

悪役をこよなく愛した名バイプレーヤー、小池朝雄

小池朝雄といえば今でも『刑事コロンボ』(1972年〜)のピーター・フォークの声を吹き替えた人物、と思い浮かべる方が多いのでは?庶民的で時に犯人に共感を感じる人情家、という『刑事コロンボ』の姿をこの方に重ねるファンも多いでしょう。 しかし映画に出演する彼の姿は卑劣漢に知能犯、権力を傘に着た悪人……という役柄が多数。悪役や狂気を秘めた人物を演じる事を楽しんだ俳優です。『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』では……ケレン味たっぷりの片眼鏡姿に女装姿、「人間椅子」に潜む変質者であり最後は実に往生際が悪い……役を嬉々として演じる小池朝雄の姿が楽しめます。

没後夫人が石井監督に宛てた手紙によると、小池朝雄自身がベストアクトと自負していたのは、石井監督作品『明治大正昭和 猟奇女犯罪史』(1969年)で演じた実在の犯罪者役だそうです。心から悪役を演じる事を楽しんだ名優ですね。 ところで江戸川乱歩を映像化した作品といえば、天知茂が明智小五郎を演じたTVドラマ『江戸川乱歩の美女シリーズ』(1977年〜)も有名です。このシリーズの作品で「パノラマ島奇談」を原作にした作品に『天国と地獄の美女』(1982年)があります。

井上梅次が監督したこの作品もキッチュな魅力にあふれていますが、実はこのエピソードに小池朝雄は『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』と異なる役柄で出演、ここでも怪演を見せています。興味を持った方はぜひご鑑賞を。

いろいろあります、舞台裏のこぼれ話

バッシングが吹き荒れる中、石井監督が信頼するスタッフ・キャストを引き連れ地方ロケで製作された『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』。舞台となる古い屋敷は石川県の名家・時國家。重要文化財に指定されていた建物で、今も現存し観光する事が可能です。 また多くのシーンが、険しい地形を持つ能登半島の曾々木海岸で撮影されました。この環境が土方巽の創作意欲に火をつけたのか、浪の中危険な岩場に立つ、走る……といった熱演を披露、また劇中の「奇形人間」は彼の劇団員が演じていますが、その描写についてアイデアを石井監督に提案、「パノラマ島」の見せ物小屋的な雰囲気には彼の影響が色濃く出ています。

冒頭病院の監守として登場するのが高英男。日本におけるシャンソン(仏語歌曲)歌手の草分けであり第一人者として名高い人物ですが、映画ファンにとっては石井作品と『吸血鬼ゴケミドロ』(1968年)、ちなみに本作の主演も吉田輝雄……での怪演で記憶されている人物です。 またポスターに登場するシャム双生児の男の方を演じているのは近藤正臣。セリフも無くメイクで顔も判らない状態ですけど、ファンには良く知られたトリビアです。

完成後の不評、不入り。埋もれゆく映画……

完成した『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』は性描写・流血シーンは少なめですが、内容の過激さから成人映画指定され、試写を見た東映社内……特に営業畑の方の評判は散々なもの。結局同じく評判の良くなかった成人指定のアニメ映画『(秘)劇画 浮世絵千一夜』(1969年)と二本立てで公開され、興行は振るわず10日間で打ち切られてしまいました。

この結果に石井監督の「異常性愛路線」の映画製作は終了する事となりました。関係者は当時を振り返り後に人気が出るとは想像できなかった、と語っています。多くの映画評論家からも黙殺、成人指定につきテレビ放送されず、タイトルと内容が敬遠されビデオ化される事もなく、通常であればこのまま忘れ去られる映画になるはずでした。

名画座での上映、口コミで広がる人気

しかし『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』の評判は徐々に高まります。公開直後から本作を高く評価した人物に映画評論家の佐藤重臣……国内外のアングラ(アンダーグラウンド)映画、ポルノ映画を紹介に尽力した人物で、本作の魅力を一早く世に発信し続けました。また本作が名画座にかかると、過激なタイトルにひかれて見た観客が、その面白さを口コミで周囲に伝え広げていきます。 また80年代のビデオバブル期に珍奇な映画を楽しむ「カルト映画」というジャンルが紹介されると、本作こそ日本のカルト映画、との評価が定着していきます。この時期に東京の名画座「大井武蔵野館」がくり返し本作を上映した事でその人気は沸騰、全国各地の名画座でも上映の機会が増え各メディアにも紹介され、本作のみならず石井監督ご本人の再評価にもつながる事になりました。

カルト映画として評価の定着、そしてDVDリリース

この人気に『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』は、80年代に一度ビデオ化の動きが現れたものの中止。しかしこの際作られたサンプル版が元になったらしい海賊版が世に出回り、かえってこの作品の怪しげな評判を高める結果となりました。

本作は海外でも日本を代表するカルト映画と高く評価され、2007年にアメリカでDVDが発売されるやオンライン販売サイトで売上ランキング1位を記録。通販で購入した日本のファンが多数いたことは言うまでもありません。 国内でも2017年6月に本作のサントラCDが発売、そして同年10月に石井監督の13回忌追悼企画としてついにDVDが発売されました。ちなみにDVD化に際し映倫の再審査を受けたところ、成人指定からPG-12指定に改定されました。公開時の悪評、バッシングは何だったのでしょうか?

より気軽に楽しめるようになった『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』。奇妙なもの、怖いものが見たいという隠れた欲望を刺激してやまない本作は、まさに邦画のキング・オブ・カルトです。この映画を日常から隔離された環境で楽しむために、映画館で上映された際はぜひご覧になってはいかがでしょうか?