育児の悩みのリアルに描写!『タリーと私の秘密の時間』を男目線で解説してみた
2018年サマー・シーズンの映画は、「子育て映画」決戦だった?
2018年夏の映画を振り返ると実は子育て、それもまだ手のかかる乳児を含む子供たちをもつ家族を描いた映画の対決だったのでは?細田守監督のアニメ映画『未来のミライ』、ディズニー/ピクサーの大人気作続編『インクレディブル・ファミリー』。この2作品はどちらかと言えばイクメン、子育てに奮闘するお父さんに焦点を当てていますね。 そんな中、今回紹介する映画『タリーと私の秘密の時間』は、専業主婦として育児に家事にただ一人で向き合うお母さんの姿を描いた映画です。そして育児の苦労を面白おかしくほのぼの描いた先の2本と異なり、その過酷な現実に対しても実に真正面から向きあった映画なのです。
TOHOシネマズ シャンテを中心に、比較的少ない公開館数で上映が始まった『タリーと私の秘密の時間』。しかし女性層の口コミが効いてきたのか、じわじわ上映館を増やし地方ではこれから公開される劇場も増えているとのこと。そんな話題作を見た私が、イクメン失格な男子代表として紹介しましょう。
『タリーと私の秘密の時間』とは、どんな映画?
ここから映画の本編の内容にふれていきます。
本作の主人公はタイトルにあるタリーではなく“私”こと、専業主婦で第3子の出産を間近に控えたマーロ(シャーリーズ・セロン)です。長女はようやく手のかからない年頃になってきましたが、長男は情緒が不安定で学校で問題行動を起こす事が悩みの種。夫のドリュー(ロン・リヴィングストン)は妻子に優しいが、育児も家事もマーロに任せっぱなし、という人物。 ある日マーロの兄、クレイグ(マーク・デュプラス)の自宅でのパーティに一家で招かれたマーロ(ちなみに夫ドリューの、経済的に成功しているクレイグに引け目を感じている姿は、男視点で見ると実にリアルで身につまされます)。 この席でクレイグは妹であるマーロに、出産祝いとして夜間専門で世話をしてくれるベビーシッター手配しよう、と提案してくれます。しかし彼女は赤の他人に子供をまかせる事に抵抗を感じたのか、それを断わってしまいます。
マーロは無事女の子を出産しますが、家事は増え乳児の世話で夜も眠れず、更に長男の問題行動で学校から呼び出されて、ついに限界を迎えてしまいます。この映画はタイトルでもあるタリーの登場までに多くの時間を割いて、育児と家事のストレスにさらされるマーロの姿を、映像と音響の効果を駆使しこれでもかと表現しています。人によってはリアル過ぎると敬遠してしまうかも。 ちなみに本作は、マーロを演じたシャーリーズ・セロンの肉体改造……この映画のために体重を18キロも増やしたとか……が話題となり宣伝にも使われていますが、これは全てを抱え込んで頑張り過ぎ、ボロボロになった主婦の姿を、全身で表現するために彼女が選んだ手段であったのです。
ようやく救世主、タリーが登場するが……
こうして夜間専門のベビーシッターを頼むことにしたマーロ。ここでようやくタリー(マッケンジー・デイヴィス)が登場。見た目は今時のイケてる女の子、そりゃぁ『ブレードランナー 2049』(2017年)で夜の女レプリカントを演じた人ですから。しかも他人の家でも遠慮せず自由奔放(というか無作法?)な姿にマーロが不安を感じるのも無理はありません。 ところが彼女は全てを把握しているかのごとく完璧に赤ん坊の世話をし、おかげでマーロは久しぶりに熟睡することが出来ました。しかもタリーはマーロの良き相談相手にもなり、またおろそかにしてきた家事まで行ってくれる、全てにおいて頼りになる人物だったのです。
夜に現れ、朝になると去ってゆくタリー。また赤ん坊の世話に必要とあれば夫婦の寝室にまで現れてくれます。ここまではお仕事の範囲ですが、ついには夫婦の夜の生活改善の為に、コスプレで参加し協力してくれる(!)タリー……いやコレは何が何でもマズいでしょうが。 実はこの映画、ここに至るまでに何度も画面に“人魚”が登場しています。昼間のプライベートな生活を一切語らぬタリーには、何かファンタジー的な要素があるのでは、と鑑賞する者は既に気付いている事でしょう。では彼女の正体とは?の疑問を投げかけつつ物語は進んでいきます。
家族みんながリフレッシュ!より良い未来が見えてきたが……
さてタリーのおかげで、生活に余裕が生まれてきたマーロ。長男は転校した新たな学校の環境になじめそうだし、手がかからぬゆえに距離のあった長女とも改めて親しく接することができました。夫や周囲との関係も改善し、全てが良い方向に進んできました。 そんなある夜、いつもの如くやってきたタリーは、マーロに共に夜の街に繰り出す事を提案します。赤ん坊は?夫のドリューがいるから大丈夫!でもいつもの如く熟睡している夫に、何も言わずに2人で家を出るのはマズいのでは? ともあれ夜の酒場で意気投合する二人。しかしその席でタリーはもうベビーシッターとして来る事が出来ない、と宣言します。そんなタリーを問い詰めるマーロ。それは戻ってこない若き日の自分に対する、日々の生活に追われる現在の自分からの叫びとなっていきます。
この後様々な出来事がありますが、二人はマーロの運転する車で帰路に向かう事に。しかしハメを外した後での夜道の運転、当然ながら無茶がたたって車は事故を起こし、川へ転落してしまいます。水没した車中のマーロの前に“人魚”が現れ、彼女を救い出します。 そしてマーロの担ぎ込まれた病院に駆け付けた夫ドリューは、医師からある事実を知らされます。前フリもあったので勘のイイ方はすでに気付いているかもしれませんが、タリーそして“人魚”の正体がようやく明かされるのです。
タリーを生んだ、ジェイソン・ライトマンとディアブロ・コディ
『JUNO/ジュノ』(2008年)、そして本作と同じくシャーリーズ・セロンを主演に迎えた『ヤング≒アダルト』(2012年)で大人になりきれない、ちょっとイタい女性をリアルで可笑しく、そして少し哀しく描いたジェイソン・ライトマン。 『タリーと私の秘密の時間』の監督でもある彼は、現実を受け入れられない“女性三部作”……大人になりすぎた少女(『JUNO/ジュノ』)、大人になれない女性(『ヤング≒アダルト』)、そして本作で若き日々と決別せねばならない母親の姿を……彼らしい描写の映画として完成させました。
先に紹介した“女性三部作”の脚本を書いているのは全てディアブロ・コディ。様々な仕事を経験した後ストリッパーとして働きながら執筆活動を行い、初めて映画化された脚本『JUNO/ジュノ』でいきなりアカデミー脚本賞を受賞し話題となった、異色の経歴の持ち主です。 『タリーと私の秘密の時間』の脚本はそんな彼女の実体験、3人目の子供を出産し限界を感じ、夜間のベビーシッターを雇った経験を基に書かれています。それだけに出産後に家事と育児に追われる姿はリアルそのもの。監督もこれを正しく責任ある描写にするために、若い母親にアンケートを行うリサーチを実施した上で撮影に臨みました。
結局、シャーリーズ・セロンは救われるには?
タリーの正体が判明すると、彼女がいたバラ色の日々も実は……完璧な育児も家事も、実のところマーロ一人が行っていただけ、という事になってしまう訳ですが。しかしマーロが抱えていたものをタリーという存在に委ねて生まれた精神的な余裕が、子供達との関係を大きく改善させた事は幸いでした。 しかしマーロをそこまで追い込んでいただけでなく、タリーの正体にも気付くこともなかった夫ドリューの責任は実に重大。決して家族に対して悪い男では無いのですが、仕事を言い訳に家事・育児は母親に任せっきりな、古典的な父親像として描かれています。
そんな父親像は古い?『未来のミライ』や『インクレディブル・ファミリー』のパパの様に、家事や子育てに協力するのが今風の夫婦だよ、と思う方がいるかもしれません。しかし 『タリーと私の秘密の時間 』は、出産直後の苦労をきれい事抜きに描いているだけに、「仕事もあるし関わらずに済むなら、奥さんに任せよう。」となってしまう事も理解できるのは男の身勝手でしょうか? 優しい夫であるドリューは、同時に帰宅すればゲームに没頭し、家庭でマーロが抱えていたものから自分を遮断していました。タリーの一件で彼は変わるでしょうが、ジェイソン・ライトマンの“女性三部作”は、どんな形であれ現実に向き合わねばならない女性に対し、現実と向き合わずに済ませようとする、大人になれない男たちを描いた映画でもあったのだ、と男の身には実感させられました……。 この映画は母親グループで見て、夫のグチを語り合う映画でしょうか?それとも夫婦で見て、自分たちの生活を見直す映画になるのでしょうか?何はともあれ、真面目さや責任感から一人で全てを抱え込むのは良くないよ、とタリーは語りかけているのです。