2017年7月6日更新

平岩紙って知ってる?個性派脇役俳優の活躍が止まらない!

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大人計画フェスティバル

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平岩紙のプロフィール

平岩 紙は1979年11月3日生まれ、大阪府吹田市出身。 2000年に劇団で芸能事務所でもある「大人計画」に入ると、同年のミュージカル『キレイ 神様と待ち合わせした女』で女優デビューを果たしました。 戦隊ものファンの間でいち早く話題になったと言われる『仮面ライダーアギト』や、抜群の存在感を示した『木更津キャッツアイ』、幅広い世代に知られることになった『ゲゲゲの女房』などが出世作と言われています。 女優以外への活動も積極的で、2006年には紙オケと名付けた(吹奏楽団)を結成したり、2008年から2010年まで放送されたTBSのバラエティ番組『タイノッチ』ではTOKIOの国分太一、V6井ノ原快彦、千原ジュニアと共にレギュラー出演。 2011年の深夜アニメ『元気!!江古田ちゃん』では、声優初挑戦ながら主人公の役柄を任されるなど、活躍の場を広げています。

芸名の「紙」の由来は肌が白いから!? 

平岩紙の本名は平岩加奈(ひらいわかな)。 大人計画の主宰・松尾スズキに、肌が紙のように真っ白だったことから、そのまま「紙」と名付けられたんだとか。 色白なだけでなく肌も綺麗で「近くで見ても傷一つない」と噂されるほどなのだそうです。

個性派俳優の巣窟、「大人計画」所属 

個性的な俳優が集まる劇団「大人計画」に所属する平岩紙。 主催の松尾スズキをはじめ、宮藤官九郎、阿部サダヲ、荒川良々、星野源など舞台だけでなくテレビドラマや映画でも活躍する俳優が多く所属する言わずと知れた実力派集団です。 劇団の特徴として、所属する俳優が一様にシャイで無口なタイプだと言われ、平岩紙自身も「後ろへ下がろうとする集団」と自虐的に表現しています。 2000年に行われた新人オーディションに参加した平岩紙は、2分半の自己PRタイムで何か特技を披露するものだと思い込み、特技であるホルンを持参したところ、他の参加者が「ニューヨークでダンスをしていた」といったような経歴を話す姿を見て「失敗した!」と思ったのだそうです。 結局、松尾スズキに「楽器があるならやってよ」と言われ、少しでも緊張をほぐそうと持ってきていたヒョウの被り物をして「風の谷のナウシカ」を演奏すると、宮藤官九郎が手を叩いて爆笑、その結果合格したというエピソードがあります。

『相棒』に異なる役で2回出演している!

平岩紙の出演作品は宮藤官九郎モノだけではありません!水谷豊主演の長寿刑事ドラマシリーズ『相棒』に2度、別の役柄で出演していました。 1度目は2008年1月1日に放送された相棒Season6の第10話「2008元日スペシャル 寝台特急カシオペア殺人事件 !上野~札幌1200kmを走る豪華密室!犯人はこの中にいる!!」。 松永京子が演じたモデル・ライナの友人、折原国子という役柄で、事件の容疑者9人の内の1人として出演しています。綺麗な女友達を妬む、屈折した性格の女性を見事に演じながらも、クレジットには平岩紙の名前はまだ載りませんでした。 2度目の出演は2015年11月18日相棒14の第5話「2045」の回。 エリート官僚殺人事件を巡って、右京(水谷豊)と亘(反町隆史)のコンビと解決を競う人工知能“ジェームズ”の生みの親、長江菜美子という科学者の役でした。 こちらは前回の出演と違い、メインのコンビに次ぐ出演時間の長さで、ストーリー的にも事件解決のための人工知能の開発者でありながら実はその殺人事件の犯人だったというインパクトのある役柄で、しっかりと「ゲスト:平岩紙」とクレジットされているのでした。

ファブリーズのCMのお母さん役が印象的 

今、平岩紙といえば「ファブリーズのお母さん役」をイメージする人も多いはず。あるいは、「名前は知らないけどファブリーズのお母さんの人なら分かる!」といった人も。 2012年3月から開始したP&Gファブリーズ「熱血家族」シリーズのCM。平岩紙としては『ゲゲゲの女房』出演で注目を集めた直後に起用されたことになります。 開始直後は夫役の松岡修造や、息子役『仮面ライダー鎧武』の高杉真宙の出演などが注目されていましたが、暑苦しい男たちの生活臭をファブリーズを持ったお母さんが一蹴するという構図が、平岩紙のイメージにぴったり当てはまったことで、その存在感に徐々に世間の注目が集まることになっていきました。

学生時代のマイブームが個性的!

子供の頃から、好きなことだけを夢中でやるタイプで「ごっこ遊び」が好きだったという平岩紙。 高校生の時のマイブームは「テレフォンショッキングごっこ」だったそうで、架空の映画のポスターを描いて、タモリさんの役、ゲストの役、ポスターを貼る役を1人で演じて楽しんでいたそうです。 そんな娘の空想癖を見抜いていたのか、平岩紙の両親も、「プロの女優を目指すなら、大阪の実家を出て、東京の演劇学校へ行くように」と進路に迷う娘の背中を押したのだそうです。 大人計画のオーディションに合格し、プロの女優として活動するようになってからも最初の10年は緊張していて、「とにかく愉快なことをしていたい」という欲求や空想癖は封印していたといいます。 30代になった今、劇団の舞台ので全身タイツ姿や、ハゲヅラを被った先輩たちを見て「いい年して、こういう格好ができるのっていいなぁ」と本来の自分が出せるようになった今を楽しんでいるようです。

松本人志との出会いが大きな転機となった

平岩紙は2010年にNHKで放送された『松本人志のコントMHK』内の「わたしは幽霊を見た!」でコントに初挑戦しています。 ダウンタウン・松本人志が企画、構成の全てを手がけたこのコント番組で松本人志との夫婦役に抜擢された平岩紙。
私はまさにダウンタウン直撃世代なので、松本さんのコントに出演させてもらえるなんて、嬉しいを通り越して怖かったです(笑)。
引用:oricon.co.jp
物語は松本人志と平岩紙が扮する普通の夫婦が、部屋のベランダから、まずは向かいのアパートにいる幽霊を目撃する。次は自動車の後部座席に侵入しこれから驚かそうとする幽霊を目撃、最後には目の前に登場する幽霊について、淡々と観察している…というもの。 松本人志のコントは舞台の芝居に通じるものがあると感じたという平岩紙は、松本人志が、コントの撮影に入る直前、まるで自分の茶碗を手に取るような感じでカツラを付け、トイレにでも行くような雰囲気で本番に向かう姿を間近で見て、
本当に理想的な役作りだと思います。松本さんは感覚的にそれを理解されているんだと思います。
引用:oricon.co.jp
と感銘を受けたのだそうです!