寺脇康文は元祖相棒!司会もできる万能俳優とは?

2017年7月6日更新

俳優や司会として活躍している寺脇康文。初代相棒としても有名ですが、今回はその素顔を少しだけご紹介します。

寺脇康文のプロフィール

相棒シーズン1

1962年に大阪で生まれた寺脇康文は、岐阜県の高校を卒業後、大学受験に失敗してアルバイト生活を送っていました。芸能界に入るきっかけとなったのは、テレビドラマ『バンパイヤ』の水谷豊の演技を観たことだそうです。

アルバイト生活を送る中で、自分に何ができるか考え、そして俳優になるという選択をした寺脇康文は、名古屋の俳優養成所のオーディションを受け、合格します。その後、養成所を卒業すると上京し、1984年には三宅裕司主宰の劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」に入団。

劇団に入団後はコントユニットを組み、ラジオドラマなどでコントを披露していました。また岸谷五郎とも新たなユニットを組み、舞台や映画、テレビドラマなどで活動の場を広げ、その演技力に注目が集まっていきます。

2008年にテレビドラマ『相棒』の演技が評価され、第16回橋田賞俳優部門を受賞。翌年2009年には、『相棒 -劇場版- 絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン』の演技が評価され、第32回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞するなど、実力派の俳優として名が知られています。

寺脇康文といえば相棒

相棒1

そんな寺脇康文を一段と有名にしたのが、ドラマシリーズ『相棒』です。寺脇は水谷豊演じる杉下右京の初代相棒を、プレシーズン第1話からシーズン7の第9話まで、実に9年間に渡って務めていました。ドラマの合間に制作された映画でも大活躍しています。

芸能界に入るきっかけとなった憧れの水谷豊との共演ということで、寺脇はリハーサル前から何度も念入りな打ち合わせをしたりと、いいドラマ作りに励んでいたそうです。ドラマの視聴者からも、「歴代の中で一番好きな相棒は、やっぱり寺脇康文」という声も未だ少なくありません。

水谷豊との微妙な関係の噂

相棒2

しかし、今や寺脇康文には、憧れだったはずの水谷豊と不仲説が囁かれています。それは『相棒』の突然の降板に端を発しているようです。

噂では、『相棒』シリーズの回が重なるにつれ、寺脇康文と水谷豊の意見の相違が目立つようになり、ギクシャクしたままに辞めてしまったのだとか。その一方では、水谷豊とスタッフ側が、寺脇の今後の俳優人生を考慮し、長時間拘束させる『相棒』から卒業していろいろな作品で主演を務めて欲しいという想いから相棒の交代が決まった、という噂も存在します。

「名コンビ」とまでいわれたふたりですから、不仲説なんて聞くと、ファンとしては少し悲しくなってしまいますよね。実際には寺脇康文本人の口から、不仲説は否定されています。

王様のブランチで土曜の朝の顔

『王様のブランチ』は土曜朝の情報番組ですが、寺脇康文は放送開始の1996年から2006年の10年間、メイン司会を務めていました。

俳優業が多忙を極めていましたが、生放送の『王様のブランチ』を休むことは一度もなかったようです。多方面に活躍しつつも、ひとつひとつの仕事に対する情熱が強いのでしょう。

引き続き俳優として活躍中の寺脇康文!

殿、利息でござる

最近では2016年に公開された『殿、利息でござる!』や『超高速!参勤交代』の続編など時代劇映画に出演している寺脇康文。

かと思いきや、深夜ドラマ独特の雰囲気を持ったユーモアミステリードラマ『増山超能力師事務所』や恋愛事情を描いた『恋がヘタでも生きてます』にも出演。

実力派俳優、寺脇康文の今後の活躍にも注目が集まります。