社会現象を巻き起こした映画史に残る作品13選

2017年5月1日更新 10835view

「もしもこれが現実だったら…。」と映画から想像を羽ばたかせてしまうのは良くあることですが、想像の枠に収まらず現実にまで影響を及ぼすことも珍しくありません。今回はスクリーンからリアルな世界へと飛び出すほどの影響を与えた映画13選を紹介します。

あなたも影響を受けているかも?社会現象となった映画

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映画は現実とは別のものでしょうか?それとも何かしら現実と絡み合っているのでしょうか?

日常生活の中ではエンターテイメントとしての要素が強いですが、長い目で見てみるとただの娯楽材料に過ぎないとは少し言い難いものがあります。

時には政治に影響を与えたり、流行を生み出したり、思想や価値観を変えたり、科学を進歩させたり、はたまた遠くの未来を予想したり(そしてそれが現実化したり)。そんな映画が存在します。

今回はそんな社会現象を巻き起こした映画作品13作品を選び、紹介していきたいと思います。

1. 1950年代の社会の壁を壊させた『理由なき反抗』(1955)

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fmofmojimo この時代の、この世代の、かっこいいとはなにかっていうのが少しわかった気がする。若者社会はいつの時代もあまり変わらないように思う。それぞれの正義があって。 けど、やっぱりかっこいい。 ジェームズ・ディーン。
Dora 名作と言われる今作は、ジェームズ・ディーンのことを全く知らない状態で観た。彼は4年しか芸歴がないなんて。その中の彼の代表作の一つがこれだった。家庭に不満を持って警察沙汰になった高校生の少年少女達の自分達の世界の中での社会へのアンチテーゼ。反抗期とも言える彼の親への反抗は、理に適っているようでまだ幼い。無為な反抗期から「親を受け入れる」までの内面的変化を劇的に描いている。そうは言ってもジェームズ・ディーンは完璧なイイ男に見える。ヒロインの女性もめちゃめちゃ綺麗だしキャストを楽しむにも十二分に足りる。古いがしかし廃れないスタンダードな名作だと思う。

ジェームス・ディーン演じる青年ジム・スターク。反抗的な若者で、家族や学校、同級生など、自分にあれこれと勝手な期待をする全ての人を基本的に避けるようにしていました。

『理由なき反抗』は広くアメリカの理想主義の喪失の例としてだけとらえられるだけでなく、世代間で生じる生来的な葛藤・衝突の例でもあると考えられています。

1950年代のうんざりするような見え透いた「幸せ」に初めて疑問を投げかけたの映画の一つで、その根底に沈んでいる絶望に真っ直ぐに切りかかりました。

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ジムは不良少年でたばこを吸い、泥酔するまで酒を飲み、喧嘩をしながらも女の子の気を引こうとしたりとこれ以上ないというほど、理想の十代アメリカ人から遠ざかっていました。

ですが、こうした反抗的な行いはどの世代の若者にも共通に存在するものです。周囲の期待による圧迫感と、そこからの自由を求める気持ちに入り込んだこの映画は若者たちの間で反響を呼びました。

この映画だけが1960年代のカウンター・カルチャー運動の駆け出しとなったとも言われるの十代若者の反抗を招いた訳ではありませんし、何の文句もつけようがありません。むしろジェームス・ディーンは、この社会変動においてこの上ないシネマアイコンでありました。

2. 近代世界の見方を変えた『2001年宇宙の旅』(1968)

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出典: u-s-blog.com
o325 キューブリック作品二作目鑑賞、“時計じかけのオレンジ”がドンと来たので借りてみました。キューブリックが監督・脚本を担当し1968年に公開。

とても50年近く前の映画とは思えない作品でした。当時はCG技術も未発達の中で映像が秀逸で魅せられました。音楽の使い方も緊張感を高める効果すごいなと観ながら考えていたんですが、...こんな程度の感想しか思えない・書けない自分が恥ずかしい 確実に言えるのは今作が多くのSF映画・宇宙映画に多大な影響を与えた事は確かだということです。

watadon_46 1968年 監督:スタンリー・キューブリック

これぞまさに映画。全く無知な物事を空想してそれを画にする。宇宙空間とはこんなものなのだろうか?将来こんな技術が発達しているのだろうか?という空想を素晴らしい完成度で画にしてしまった作品。

長い間が特徴的だが、現代の宇宙を舞台としたどの作品よりも巧妙でリアルさを感じさせた。

1968年製作なのに、現代人が普通に観てもどうやって撮っているのかわからせない巧妙さ、あの有名なモンタージュ、全てにおいて感動せざるを得なかった。

サイエンスフィクションの分野を永久的に変化させてしまった、その責任は当然、『2001年宇宙の旅』にあります。映画は希望溢れる若い科学者たちにひらめきを与え、最高に面白く人生を変えるような刺激体験さえも引き起こしてくれます。

キューブリックの典型的表現で実に解読しがたい部分は我々の現代社会の見方・捉え方の形成するのを助けてくれているのですが、もっとも見逃されてしまっている映画の影響の一つでもあります。

映画上の極ミニマリストスタイルは生活環境から美術館ロビー、芸術作品、広告とまであらゆるものの外観デザイに刺激を与えました。

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2011年に遡り、サムスンは自社製品ギャラクシータブレットのアイパッド盗作を争う司法の場で、アイパッドは映画『2001年宇宙の旅』内で既に発明されていることを指摘し、ギャラクシータブレットはアイパッドからでなく映画から影響を受けたものだと反論しました。

さほど衝撃なことでもありませんが、裁判においてこの批判は全く道理が通ってません。

とは言え、アップル社製品における映画の影響が指摘されたのはこれが初めてではありません。実際、Siriも正しい質問をすればその原型であるこの映画の登場キャラクターHALにつながることが知られています。

3. 巨大人食い鮫の悪夢『ジョーズ』(1975)

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出典: i.ytimg.com
yaemugura ジョーズは想像以上にでかいし、結構こわい。
skr_icj #eiga #movie 小学生の頃、眠れなくなって以来の鑑賞。トラウマシーンを所々覚えているくらいで、内容は全く覚えていなかった。序盤からどんどん襲われていくのに、楽観的な住民、そして姿を見せないサメが怖くて怖くて。これを観た後に海に行くのが怖くなるってことは、映画を観ているだけで、自分がそこにいるかのような、実体験をしているかのような気分になっているということ。カットやアングル、音楽の相乗効果でずっとドキドキ。あんな食いっぷりの良いサメなんているはずないのにね...スピルバーグ凄すぎる...

20世紀より前の時代まで、サメは人間を攻撃しないと考えられていました。

しかし、意地の悪い宣伝活動により大勢の観客を動員した映画『ジョーズ』をきっかけに、サメは残虐な殺人マシンとして見られるようになりました。

お分かりかとは思いますが、挑発されていないサメによる攻撃は実例としては滅多になく、統計的に見ても数えるにも及ばないほどです。

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それでも機械的な威力の白い大食い鮫や船長、セクシーな裸体姿の女性を見た後では、そうしたサメの事実はアメリカ人大衆にとってはもはや重要ではなくなってしまいました。

悪霊化し人間狩りをするサメを映画で描かれた結果、アメリカ合衆国東海岸に生息するサメはその数が半数になるまで殺されてしまいました。

今となっては髭を生やした男性ホルモンみなぎる人々に狩られるだけでなく、毎年一週間にかけてケージのなかでカメラをもった間抜けな人間たちから突つかれるサメたちへの慰めにはほぼなりませんが、映画はハリウッドにも改革をもたらし、夏の大ヒットと売り上げを生みました。

4. セックスへの姿勢に影響した『ディープ・スロート』(1975)

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Keimiyazato 忘れた頃に登録されていました、旦那に銃で脅されポルノ女優になったリンダ ラブレース 幸せを掴んだ後年も事故で他界、この作品のバカ陽気さからは想像の難しい人生だった彼女を考えるとやりきれないな~

肩書でもあるオーラルセックスの動きで有名なリンダ・ラヴレース出演の破廉恥なポルノ映画。『ディープ・スロート』は構想と登場人物を苦悩を費やされた最初のポルノ作品の一つでした。

映画は当然のごとく、好奇心そそられた欲求不満の中産階級タイプで今までの人生でおそらく一度も自分自身を触ったことのないような、それまでとは真逆のタイプ聴衆を発掘しました。

実際に映画は、既に見込んでいた「変態」たちだけでなくより社会の主流派層やさらに多様な視聴者も取り込み、莫大な商業的成功を収めました。それゆえに「ポルノ・シック」という言葉が生まれたほどでした。

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トゥルーマン・カポーテのような映画を擁護していた人々のおかげもあり、ポルノを見ることはすぐさま「かっこいい」ことになりました。またフェミニストたちの中には女性の性の表現を示すために映画を採用している人もいました。

カウンター・カルチャーが盛り上がる最中、この1972年に作られた映画の影響はセックスをオフィスや世の中の色んな職場で繰り広げられる会話の一つに変えるまでに及びました。

セックスに対するタブー度を下げ、さらにもう少し控えめな中立的な考えの人々でさえも変態や変人と思われることなく性について話し合えるようになりました。

『ディープ・スロート』はセックスとポルノに対する一般の認識を、控えめながらも重要なものに変化させたのでした。

5. 反核・反原発運動の駆けだしを後押しした『チャイナ・シンドローム』(1979)

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nusagi 何となく気になり鑑賞2回目。

原発技師として、会社や仲間と安全との板挟みになるジャック・レモンの演技が凄い。

いかに原発が安全かを記者に説きながらも揺れる表情や、多くの人の命を危険にさらすかもしれない問題を会社の利益の為にあっさりと無視しようとする責任者への驚きと絶望の表情が何とも言えない。

最後は、映画ということを忘れてドキュメンタリーを観ているような気分になってくる。

破壊的な核のメルトダウンをあつかった映画『チャイナ・シンドローム』が公開されたのは、ちょうど反核の声が最も高まっていたころでした。長年の間、アメリカ合衆国とロシアは、核戦争の脅威でもって全世界に迫り来る異常な二大国でした。

映画が公開されてほんの数日後、現実の世界で本当にメルトダウンがペンシルバニア州のスリーマイル島原子力発電所で起こりました。

映画とこの事故を受け、原子力に対するアメリカ世論は厳しいものへと移りました。映画スターのジェーン・フォンダも反原発運動家となり、二人の非常に強力な男性――政治活動家のトム・ハイデン、超大富豪のテッド・ターナー――と手を組んで活動するようになりました。

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出典: cdn3.thr.com

原子力エネルギーは実際のところ、他のエネルギー源とてもきれいで安価なものであり、スリーマイル島で起きたことの全てを通して見ても被害者はゼロに終わっています。

しかし、大衆の憤りの動向はそのまま残り続け、80年代・90年代のアメリカでは石炭などの二酸化炭素を排出する化石燃料を燃やすことに逆戻りしている様子も見うけられました。

『チャイナ・シンドローム』とジェーン・フォンダの反原発活動を以て、書籍『ヤバい経済学:悪ガキ教授が世の裏側を探検する』の著者たちはジェーン・フォンダは世界で最も強力な地球温暖化の悪党の一人と考えられるべきだと論じています。

ですが、私たちはジェーン・フォンダがこの時期に良心をもって取り組んだ地球温暖化の活動以上に、同時期に彼女のお尻が垂れ、腕がたるんでしまったことに異議を唱えたいと思います。

6. 愚か者にロシアン・ルーレットをもたらした『ディア・ハンター』(1979)

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kotito07 戦争に参加するとはどうゆうことなのかを問う作品。暗いテーマを扱っているのに、あまりそうゆう印象を受けないのは(心を揺さぶられはするが)、日常をゆったりと丁寧に描いているからだろう。(それとも一人で観るのにビビって2日に分けて観たからかな?)ロシアンルーレットのシーンが取りざたされる事が多い映画だが、見所は戦争に行く前と後。悲惨な体験をした後、変わってしまった若者達が悲しく、虚しい。他国の民主制を助けるという名目でアメリカが本当にやりたい事とアメリカ国民がやらされている事が明るみに出ないのはベトナム戦争に限った事ではない。今も終わらない戦争が何のためなのか、彼らがボロボロになって得たものは何なのかを考えさせられる。
hitomisnotebook 脇を固めている演者さん達が素晴らしく引き込まれる ワンショットにかけるつもりでロシアンルーレットなのかもしれないけど壊れていく様に使うのは行き過ぎだと思う 長尺の映画だけど退屈させずすごく良く出来た映画

映画はマイケル・チミノによる傑作的な戦争映画。映画が描くのは、労働階級の友達グループの姿で、ついにベトナム戦争に参戦し、たとえ全員が揃って帰還していようとも、全く変わって戻って来た様を描いています。

映画で一番忘れられない有名なシーンは最後の場面、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)が戦争のトラウマで心が歪んでしまった友達のニック(クリストファー・ウォルケン)を連れ戻すためにベトナムに戻ったシーンです。

ニックはクラブでお金をかけてロシアンルーレットを遊んでいましたが、それはついにニックが自らを射殺しマイケルの目の前で死を迎える結果になってしまいました。

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マスコミが批判していたように、映画を真似して友人同士でこの危険なゲームをし出す人たち報告が悲しくも大量に届けられ、1980年には死者が発生するにも至りました。

こうした動向を受けてなにかと映画を非難するのはおかしなことではあります。

しかしながら映画のいくらかは明らかに人々の気を動転させました。そうした事実にもかかわらず人々は映画からおぞましい影響を受けており、良く似た現象が1980年代のフィリピン、フィンランド、レバノンでも報告されています。

7. プロダクロプレイスメントの時代の幕開け、お菓子市場を動かした『E.T.』(1982)

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Erika0921 生まれて初めて映画で泣いたのがこの作品。
Keimiyazato 小学校6年生の春休み..中学に入る手前に観て強烈な感動をうけました 今の年で観たらなんて 変な感想は要らない 森の中をさ迷って最初に自転車が飛び上がったシーンで身体中震えて泣いた気持ちは忘れないようにします

地球温暖化やロブ・シュナイダーの映画のように、プロダクトプレイスメントは実に「不都合な真実」です。1980年代からに我々はそれを受け入れ、共存する方法を学んできました。

この現象が初めて見られたのは1982年。とあるエイリアンがザ・ハーシー・カンパニーのピーナッツバターチョコレートの新商品(その名はもちろん、リーズ)を自分のお気に入りの地球人食としたときでした。

映画の封切りに続き、チョコレート菓子リーズの売り上げは65パーセント増まで跳ね上がりました。

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しかし初めに監督スティーブン・スピルバーグが映画で用いようと思っていたものは、これとはまた別のメーカーの甘くてコーティングのされた、手のひらサイズの食べやすいお菓子でした。

E.T.が自社の商品と関連付けたいと思うような生き物でなかったからか、またはこのメーカーが『E.T.』の怪物的なヒットが運命づけられているものに全く気付かなかったのか、あるいはプロダクトプレイスメンとの影響力を理解していなかったのか...

理由は何であれ、製菓会社マースはその既に人気だった商品M&M'sを映画内で特色化させるチャンスを逃したのでした。

これ以降、マースは『E.T.』でお菓子の呼び売りをするチャンスをを逃した製菓会社として知られています。とはいえ、今でも相変わらず世界で最も大きな製菓会社ですが。

8. 父ブッシュにある法律サインを指せた『JFK』(1992)

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Tanaka_Hirofumi わたしはジョンもロバートも好感をもって受け容れている人間なのだが、そうでない人もいるのは仕方ないと思う

しかし、選挙(まあその選挙自体への疑義はここではおく)で選ばれた大統領が殺害され、その真相も曖昧なままに国のありようが変えられてしまったというのは、まさに民主主義・法による統治への挑戦だ

政府の中枢にいる人たちがそういうやり方をしようとするんでは、もうアメリカは死んだも同然、真の愛国者ならば立たねばというケビンコスナーのかっこよさといったらもう。

最後の法廷でのスピーチは何度だって見たい

正義か無難か、社会か家庭か、その選択を迫られた時に多くは後をとってしまうものだけど、前をとる少数がいなければ、後をとった大多数の幸福もまた成り立たなくなってしまう

この事件は50年前にアメリカで起きたことであると同時に、われわれいまを生きる日本人にとっても民主主義・法による統治の危機的状況は全然他人事ではないんでおおいに感銘を受けました

igagurichan 長い映画ですが飽きません。 素晴らしい映画です。 ラスト、ケビン・コスナーが法廷演説をしますが…私の中では映画史に残る名場面です。

オリバー・ストーンの『JFK』は実に疑わしい事実関係を組み込みながらも十分に楽しんで見られる映画です。

その当時もオリバー・ストーンが真実を描き表す映画に力を入れていたため、ジョン.F.ケネディ大統領の暗殺事件への関心が、編み物やパラセーリングのような趣味の全くない人が「陰謀」のドラムを再び叩くかのごとくに再び燃え上がりました。

映画の文化的な波及は大変顕著なもので、ついには父ブッシュが後に'the JFK Act'として知られるものにサインするまでに至り、合衆国政府捜査を再開させるまでの効果がありました。

捜査委員会はインタビューを受けた目撃者と再インタビューを受けた目撃者とで構成され、政府は一度分類分けされた全ての関連文書を公開し始めました。これらの文書は2017年までに全て公開されることになっています。この動きにより陰謀説支持者の考えは鎮まりました。

9. ファイトクラブの立ち上げの引き金となった『ファイト・クラブ』(1999)

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umishi_ 最高にイカレれてて最高だった
mcuarnold この映画でエドワード・ノートンが好きになった。 ブラピももちろん良いし、ヘレナ・ボナム・カーターも良い。

中流階級特有の怒り、白人男性の抱える葛藤。それらを爆発させるべくアンダーグラウンドなファイトクラブに参戦していくある青年(エドワード・ノートン)を描いた、ディヴィッド・フィンチャーの20世紀の傑作作品です。

実際、映画は多くの怒れる若い男性の間で明らかな反響を呼び、結果的に映画内でファイトクラブが多くの人々の間で旋風を巻き起こしたのと同様のことが現実でも起こりました。

インターネット上では、正に映画通りのファイトクラブがサンフランシスコで編成されていることがアメリカ情報交流サイトクレイグリスト上に掲載されていました。

これらのファイトクラブには映画のものと全く同じルールが設けられており、自分の戦いの順番待ちをする人以外の観客は存在せず、ファイトクラブに来たならば必ず戦うことになっています。

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出典: spotnote.jp

その他のカリフォルニアのファイトクラブは独自のルールを設けており、映画におけるファイトクラブの主催者タイラー・ダーデンの哲学とは全くかけ離れたものになっています。

観客を受け入れているところや、武器の使用を認めているところ、もっと違法な場合ではそうした酷い仕打ちに同意できないティーンエイジャーを巻き込んでいるところもあります。

一方で、大人のファイターであっても起こりうる怪我についてですが、怪我は機密的なアンダーグラウンドなファイティング組織の全く好かない警察の注意を引く可能性があります。

それゆえ、伝えられるところによるとファイターたちは自分で傷の手当てをするのだそうです。もっともオススメはされませんが。

10. アノニマスを奨励した『Vフォー・ヴェンデッタ』(2005)

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epocheche とにかくVが格好良い。「仮面の下にあるのは肉体ではない。そこにあるのは理念だ。理念は決して死なない」と言ったVの覚悟に惹かれます。 Vをメインに描きつつもイヴィーがVの残忍性を指摘することで、善悪の価値を置かず、ただ国と戦った一人の男を描いているのかな、と私には感じられました。(そうだとしたらすごく良心的!) そしてナタリー・ポートマンの坊主頭にする覚悟が凄い! Vの吹き替えが菅生隆之なのにも気分が高まりました。
nshima_not これは面白い。 ガイフォークスの事件を元にした映画 紹介してもらった映画だけどすごい好きな奴だった

映画は暗黒郷化した未来のロンドン、マスクをかぶった革命家Vは超保守的ファシスト政権に対し暴力に及ぶ仕返しを試みていました。

現実世界ではインターネットハッキンググループのアノニマスがVのマスクをつかっています。

もともとは原作であるアラン・ムーアのグラフィックノベルで集合的性質の象徴として表されており、キャッチフレーズ「我々はアノニマス(匿名の者)だ。我々は集団だ。我々は忘れない。我々を期待するがよい」が続いていました。

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何千人ものロンドン市民が英国議会に集まり、ビック・ベンと英国議会が爆発するのを見届ける映画のクライマックスシーンにアノニマスが触発されていることは疑いありません。

アノニマスメンバーはマスクをかぶって抗議活動に定期的に参加し、最も有名であろうものはサイエントロジー教会に対してですが、あらゆることに対する強い怒りをかき集めた声明を発表しています。

彼らが爆弾でなくハッキングに集中を巡らせているというのは幸いなことですが、アノニマスメンバーに対する映画の影響は計り知れません。

11,12. 脳の新たな可能性を呼び起こす『エターナル・サンシャイン』(2005) と『インセプション』(2010)

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出典: sourcefed.com
Dora どうしてこれほどの物語を一本の映画にまとめることが出来るんだろう。観た後不思議な気持ちが渦巻いた。夢を題材にしたことで夢の中で死ぬと目が覚めるなど、「あぁわかるわかる!」っていう設定から「わかるわかr……あぁなんとかわかった……」ってとこまで超時限的に話が広がる。ノーラン賢すぎて恐い。そして広がる妄想の映像化への挑戦を妥協しない。インターステラーもそうだけどそこまで映像化しちゃう!?っていうレベルのものを平気で作る。脚本の密度もとんでもなくて、すごい見応えがあるから何度でも観たいって思えるのがこの類のノーラン映画の魅力だな。こんな空想物語他にない。渡辺謙が出てるの嬉しかった。
kashimori0846 何回観ても面白い。むしろ何回も観た分だけ面白いし深い。人の潜在意識の中にトラベルするなんてよくそんな題材思いつきますよね天才です。

『インセプション』は「もし人の潜在意識から秘密を盗むことができたらどうなるか」というおかしなアイディアを、『エターナル・サンシャイン』も「もし私たちが残しておきたい思い出を選べたらどうなるか」という同じく滑稽なアイディアを掲げています。

しかし2000年以降の脳科学の爆発的な進歩により、かつてでは一見馬鹿げてみえたこれらのアイディアはかつて考えられていた以上にリアリティに近づいてきています。

脳科学となればリアリティのみがファンタジーの世界から切り離される訳ではありません。その実験のうちには実際に映画からアイディアを得たものも存在します。

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Naoto_Ozaki 新鮮な脚本と演出が印象的な映画でした。ばらばらの時系列が彼女の髪の色から判断できる、というのは面白かったと思います。でも、見てるときはずっといやいやジャンルが違うぞと思いながらも、インセプションが頭をよぎっていました… 記憶を消しても恋心は消えないというテーマの話ですが、どちらかというと主人公サイドより博士サイドのキャラクターのほうが好みでした。
paul 消されていく記憶の中で鮮明に彩られた景色が美しく描かれている。消したい記憶って本当は何よりも残したい記憶なのかもしれない。単なる恋愛映画ではない。

神経科学の博士学生スティーヴ・ラミレスはマウスの脳に記憶を移植するという今までに有り得なかった実験に成功しました。

そのインタビューにおいて彼は次のように述べています。

「私たちがこうしたアイディアに手を伸はじめた、その主な理由は、私たちの皆が映画『インセプション』や『トータル・リコール』、『エターナル・サンシャイン』あるいは『メメント』といった映画の背景にあるアイディアが大好きだからです。」

いいですね、スティーヴ!ただこの技術の追及はこのあたりで留めておきましょう。

失恋したレオナルド・ディカプリオが我々の素晴らしい『スター・ウォーズ』前編のアイディアを盗みに来ることを心配しながら眠りにつかなくてもいいように。