孤高の漫画家つげ忠男の4つの作品と監督の物語を加えて完成した『なりゆきな魂、』
兄のつげ義春の影響で漫画を書き始めたる孤高の漫画家・つげ忠男。彼は沈黙の時代をはさみながら、断続的に作品を発表しています。
そのなかの『成り行き』『つげ忠男のシュールレアリズム』から4篇の作品を選択し、それにバス事故に運命を翻弄される被害者遺族たちの顛末を描いた瀬々敬久監督のオリジナルストーリーをくわえて、一つの物語としてまとめた映画です。
主演のつげ役には佐野史郎。ほかにも柄本明、足立正生、山田真歩、三浦誠己、柳俊太郎、川瀬陽太など実力派の俳優が集結してつげ忠男の世界を再現しています。
監督の瀬々敬久は20代の頃からつげ忠男のファンだったと言うことで、この作品に対する思いは熱く激しいものがあるのでしょう。だからこそ戦後の日本を、どの作品よりもシュールに描いています。
映画『なりゆきな魂、』のあらすじ
殺人を犯してしまった2人の老人と、争う若者たちを静かに見続ける初老の男、そしてバス事故によって運命を翻弄されてしまう人々の物語を、重ね合わせて完成した『なりゆきな魂、』。
釣りに出かけた老人たち。そこでたまたま男女の争いに巻き込まれてしまう彼らは、衝動的に殺人に手を染めてしまう……その心理をするどく迫る『成り行き』。そして初老の男が、たまたま花見で男女の殺し合いを目撃してしまう『夜桜修羅』。『懐かしのメロディ』は愛と別れのはざまで主人公のサブが大暴れする、戦後の物語。そして、行きどころのない老人の彷徨を描く『音』。
そこにバス事故で運命を翻弄される被害者遺族のてん末を描出するオリジナルストーリーを交錯させ、一つの作品として仕上げています。さてこの結末はどうなるのか?見届けたい気もするけれど、本当はどうでもいいのかも……?
『なりゆきな魂、』のキャスト
つげ忠男/佐野史郎
つげ義春原作の石井輝男監督作『ゲンセンカン主人』で義春をモデルにした役を演じたほか、佐野史郎は同じく石井監督の『無頼平野』でもつげ忠男役を熱演。
忠男役は2度目となる佐野史郎ですが、この作品でも独特な味でシュールなつげワールドの魅力を引き出しています。
老人/柄本明
足立正生と一緒に、殺人をおかす老人役を熱演。
日本アカデミー賞など多くの賞を受賞し、名実ともに日本映画界のトップを走る柄本明。『なりゆきな魂、』でもその異才を放っています。
老人/足立正生
ふとしたことから柄本明と殺人をおかす老人を演じる足立正生。
映画『幽閉者 テロリスト』、『断食芸人』の監督でも知られる足立正生が、『なりゆきな魂、』では老人の役に挑戦しています。
山田真歩
劇団東京乾電池の養成所に研究生として入所しますが、まもなく退所。その後出版社に就職したものの、再び女優として復帰した山田真歩。
映画だけでなくテレビドラマでも活躍し、『好好!キョンシーガール 東京電視台戦記』、『救命病棟24時』第5シリーズなどに出演しています。また最近はイラストや4コマ漫画の執筆活動も行うマルチな才能の持ち主です。
柳俊太郎
第24回MEN'S NON-NOモデルグランプリを受賞し、モデルデビューした柳俊太郎。ファッション・シューティングで浅野忠信と出会ったことをきっかけにして、所属事務所も移籍し俳優にも挑戦しています。
三浦誠己
94年NSC大阪校に入学し、96年にお笑いコンビ「トライアンフ」としてデビューした三浦誠己。97年にコンビを解散。その後、豊田利晃監督の『青い春』へに出演したのをきっかけに俳優に転向。
以後『リンダリンダリンダ』、『フリージア』、『容疑者Xの献身』、『アウトレイジ』など話題作に次々と出演。プライベートでは映画『彼女について知ることのすべて』で共演した笹峯愛と12年に結婚しています。
町田マリー
2000年に大学在学中だった町田マリーは、江本純子と一緒に劇団「毛皮族」を旗揚げし、女優としての第一歩を踏み出したのです。映画のデビューは『下妻物語』。以来『映画監督になる方法』では初主演を務め好評を得ています。また『美代子阿佐ヶ谷気分』ではヨコハマ映画祭の最優秀新人賞を受賞。最近頭角を現してきた実力派女優です。
川瀬陽太
『64-ロクヨン前編/後編』、『マリアの乳房』、『この森を通り抜ければ』など瀬々組にはかかせない俳優の川瀬陽太。最近は『シン・ゴジラ』や『月光』など話題作にも出演し、名バイプレイヤーの位置を確固たるものにしています。
作品を通して「人が生きていく」という意味を問いかけたかった瀬々敬久監督
映画製作のきっかけは、つげ忠男が描いた『成り行き』に瀬々監督が感銘。忠男の老齢に至りながら、今の社会に「モノ申す!」姿勢をなんとか映画化したいと思い、企画が成立したあと、わずか三か月でクランクインという驚異のスピードでつくられた映画です。
またオムニバス形式ではなく、一つの物語として表現にしたのは、つげ忠男の世界観、“戦争で生き残った人々”の生き様と繋ぎ、そして現在社会の変わりようを、万華鏡のように描いていくというシュールリアリズムにこだわったからだそうです。
瀬々敬久監督は、高校生から8ミリ映画を作り、京都大学文学部哲学科在学中に撮影した自主映画『ギャングよ 向こうは晴れているか』で注目され、獅子プロに入社。商業映画監督としてデビュー後は、ピンク映画の監督として佐野和宏、サトウトシキ、佐藤寿保とともに“ピンク四天王”と称され、一時代を築きました。
最近では構想から5年かけて完成した4時間38分の『ヘヴンズストーリー』がベルリン国際映画祭で批評家連盟賞とNETPAC(最優秀アジア映画)賞を受賞。また『アントキノイノチ』でもモントリオール世界映画祭のワールド・コンペティション部門でイノベーションアワードを受賞し今の社会に物申す! このスタンスに同意した監督が、この作品の映画化を希望しました。