2018年12月20日更新

ドラマ『コウノドリ』から学ぶ妊娠・出産の現実 命の連鎖に何を思う?

『コウノドリ』

鈴ノ木ユウ作の人気コミックスを綾野剛主演でテレビドラマ化し、反響を巻き起こしたドラマ『コウノドリ』。そんな本作が描いた妊娠・出産の現実について、本記事を通して考えていきたい。

ドラマ『コウノドリ』から学ぶ妊娠・出産の現実

聖ペルソナ総合医療センター産婦人科の産婦人科医である鴻鳥サクラを主人公に、彼のもとを訪れる患者やその家族、周囲の人々を通じて日本の出産の現場の実情を描き出した作品『コウノドリ』。 原作コミックスは累計売上600万部を突破し、さらに綾野剛主演で2度に渡って連続ドラマ化もされている。 今回はそんなドラマ『コウノドリ』に登場したさまざまな妊娠・出産の内容を振り返リながら、本作が描いた妊娠・出産の現実について考えていきたい。

自然出産と帝王切開のあやまった認識

ドラマシリーズ2期の第4話でテーマとなったのは、自然分娩と帝王切開について。 以前の出産は帝王切開だったため、我が子を本当は愛せていないのではないかと不安を抱く妊婦の蓮。そのため次の出産は何としても普通分娩がいいと主張するが、彼女の希望に対し四宮は子宮破裂の危険性があるため普通分娩は困難であると反対意見を述べる。 出産は痛みを伴わなければ本来の姿ではない、といった風潮が日本にはまだ根強く存在している。また、そんな根拠なき意見に苦しめられ、自然分娩にこだわり、それができなかった場合は自身を責め続け、精神を病んでしまう母親が増加しているという実態がある。

また、ドラマシリーズ2期の第3話では、「痛みを感じずに産んだら子供を愛せない」という意見に対し、「痛みがなきゃ愛情が生まれないなら、俺たち男はどうやって父親になればいいんだよ」という父親目線の意見も出た。出産方法や出産という行為そのものに対して執着する人々への疑問を投げかけている。 さらに本作では、どんな方法で生まれてきたとしても、無事に生まれたこと自体が素晴らしいことであり、出産にそれ以上もそれ以下もないことを提起する。 ドラマシリーズ2期の第4話の放送直後に視聴者からは、「軽はずみに発言された帝王切開への批判や、自然分娩至上主義的な空気に苦しめられてきたが、この回を見て心が救われた」という肯定的な声も多く見受けられた。

新しい時代の出産法、無痛分娩

否定的なイメージが先行する

さらに第3話で取り上げられたのは、麻酔を使って行う出産法である無痛分娩について。先ほど述べた帝王切開よりもさらに強い批判を受ける傾向にあり、その実施率は全分娩の約5%にとどまるともされている。 無痛分娩の反対意見として多く見受けられたのは、普通分娩と帝王切開の違いと同じように、痛みを伴わないために我が子への愛情も薄くなってしまうという考えからくるものであった。 また、痛みを避けて出産することは甘えであり、我が子よりも自分の身体を優先しているため母親としての覚悟が足りていないという、第三者の心ない言葉も少なくない。 しかしながら本作で鴻鳥は、無痛分娩を行うのは心臓への負担を軽くするためだからであり、むやみな反対意見やデタラメな情報で母子の身体を危険にさらすことはできない、と妊婦を説得した。結果、彼女は母子の安全のために無痛分娩を決意し、無事に出産を終える。

次世代のニーズに合った出産法

本作で登場したのは、心臓に疾患を抱える妊婦の無痛分娩のみであった。しかし、無痛分娩のメリットは心臓への負担が少ないこと以外にも、出産を計画的に行うことができるため予期せぬ陣痛に備える必要がない、という点も挙げられる。 時代の進みとともに女性の社会進出が広がり、出産の直前まで働き続けるケースが増えている。そのため、シングルマザーなどを理由に母親ひとりに対しての出産時の負担が大きくなる状況も増えて、無痛分娩はこれからの時代のニーズに合った出産方法であるとも考えられる。 新しい時代とともに誕生した出産方法をどう安全に発展させていくか、正しい知識を広め理解を深めていくにはどうすれば良いかが、今後の出産現場での大きな課題のひとつともいえるだろう。

切迫流産と切迫早産

ドラマシリーズ2期の第5話で描かれたのは、切迫早産の可能性のあるふたりの妊婦の出産。 切迫早産の疑いのある妊婦の西山瑞希が緊急入院となり、鴻鳥のもとを訪れる。そして同じく切迫早産で入院していた七村ひかると出会う。 ふたりは同じ状況下で出産に向かう者として、すぐに意気投合。お互いの気持ちを共有しながら出産日を待っていたふたりだったが、ひかるは無事に出産を終えたのに対し瑞希の容態は急変し、切迫流産となりお腹の子は死亡してしまう。 切迫早産とは、早産になりかけている状態のこと。そうなった場合は妊婦はすぐに入院し絶対安静を厳守することが基本であり、出産までは精神的にも身体的にも過酷な入院生活となるケースが多い。

妊婦が向き合う過酷な痛み

中には子宮収縮抑制剤を出産までの数週間もしくは数か月の期間、点滴をし続けなければならない場合もある。点滴針を何度も刺し直すうちに腕が腫れあがるため、壮絶な痛みとの闘いでもあるのだ。 また、子宮収縮抑制剤には吐き気や激しい動悸などの副作用もあり、この不調と隣り合わせの状態で出産に向かう場合もあるのだという。 この回では、切迫早産の可能性ありという状態だったふたりの妊婦の、それぞれの出産の結末が対比で描かれた。切迫早産は緊急性が高く、医師でも予想が付かない事態が起きる可能性があり、非常に緊迫した状況であることを示唆している。

無脳症の胎児に迫られる運命

ドラマシリーズ2期の第8話でテーマとなったのは、脳を持たない状態の胎児が生まれてくるという無脳症について。 神経管閉鎖障害や神経学的奇形症のひとつとされており、脳の発育に遅れが生じる、または大脳が退化し脳の成長が止まった状態のこと。脳が小さな塊のように萎縮しているケースもあるという。 胎児が無脳症だとわかるのは、早くても妊娠8週目に差しかかった頃であり、他の障害と比べて生存率が極端に低いのが特徴とされている。 この病気は現在の医療では治療が不可能であり、出産のリスクは大変高いものであるため、作中に登場する妊婦の実咲は悩み抜いた結果、堕胎することを選ぶ。 出産において完全な安心はなく、いつでもいかなる選択肢が存在し、どれを導き出すかを夫婦は求められる。新たな命が無事に誕生するということは奇跡的なことであり、その裏には多くの覚悟と重い決断が共存しているのである。

新型出生前診断と人工中絶のつながりについて

ドラマシリーズ2期の第10話の題材となったのは、新型出生前診断と、その結果を受けての人工中絶。妊婦の高山透子とその夫の光弘は、何気なく受けた新型出生前診断で生まれてくる我が子に21トリソミー、いわゆるダウン症の陽性反応が出ていることを知る。 結果を伝えるだけで相談に応じてくれないクリニックの対応に不安を感じた透子と光弘は、主人公の鴻鳥が在籍する聖ペルソナ総合医療センターの周産期センターを訪れる。そんなふたりに鴻鳥は、検査の結果をどう受け止めるかを考えてほしいと告げる。

人工中絶を助長するか、生まれる前の準備となるか

ペルソナの医師の間でも、新型出生前診断に対して否定的な意見と肯定的な意見が混在していた。 産科医の四宮は、手軽に検査だけ受けさせてその結果には親身にならないクリニックが多いことへの憤りを露わにし、また思わしくない診断結果が出た際に簡単に中絶を選択する親を増やしかねないとの意見も展開する。 それに対し産科医の倉崎は、生まれる前の我が子のことを知ろうとするのは決して悪いことではなく、親になる前の覚悟や心の準備をするための重要な行為であると意見する。 そして新型出生前診断についてさまざまな意見が飛び交う中、どちらにせよ夫婦がしっかりと話し合うことが最も大切なことであると、ソーシャルワーカーの向井は述べる。

ふたつの選択のゆくえは

この回の中では、新型出生前診断を受けたふたつの家族の選択が描かれている。 一組目は先ほど記した高山透子と光弘の夫婦。なかなか子宝に恵まれず、不妊治療を受けた末に授かった命ということもあり産みたい気持ちは強いものの、果たして自分は生まれてくる我が子を育て上げることはできるのかという葛藤を抱えていた。 透子と光弘は、我が子が生まれた後も心臓病のリスクが高いことや他の子どもと知的発達に違いが出てしまうこと、複数回の手術を必要とする可能性をがあることを知り、迷いを見せる。しかしダウン症である子ども自身は幸福を感じて生きていけるケースが多いという事実を知り、出産に対して希望の表情を浮かべるのだった。

それぞれの決断と正しさ

もう一組の夫婦、辻明代と夫の信英は、夫婦で弁当屋を経営しており常に仕事が忙しいことに加え、まだ幼い長女がいた。そしてダウン症の子どもを育てられる環境は十分に用意することはできないという理由から、人工中絶を希望する。 また、もしある程度まで育児を成功することができたとしても、自分たち夫婦亡き後、長女に妹のことで負担をかけるようなことはできないと苦悩していた。 医療が進歩し、生まれる前の段階で多くの情報を得ることが可能になった現代。人工中絶も手軽になってしまい、命を軽んじる人が増えているのではないかという意見は少なからず存在する。 しかし、子どもを産み育てるのは当の家族であり、彼らにしか正しさを決めることはできない。どの家庭にも事情があり、他人には判断できない領域のことであると筆者は考える。 そしてまた、ドラマ内で鴻鳥は、「産んだ人も産まなかった人もその選択は間違っていなかったと思えるように、我々産科医は家族と向き合っていきたい」と語るのであった。

原作者・鈴ノ木ユウの妊娠・出産に対する思い

本作の原作漫画『コウノドリ』の作者である鈴ノ木ユウは、読者が「読んでよかった」と感じられる作品を描くことを意識し続けてきたと語る。また、妊娠・出産という、読者によって賛否が分かれる非常にデリケートな題材だからこそ、読者を後悔させたくないという強い信念のもと制作してきたという。 自身も一児の父である鈴ノ木は、妻の出産に立ち会うまで出産に興味がなかった語る。しかし、息子の誕生を経て自分の中に生まれた新しく衝撃的な感覚を目の当たりにしたそう。 そしてその3年後に産婦人科をテーマとした作品を書かないかという誘いが舞い込んだが、当時はミュージシャン活動も並行していた。 しかし連載開始までは半年間の空白の期間があり、その時期もいつも通りバイトに専念しようと考えていた。そんなときに妻から「次で決めなきゃだめだ、死ぬ気でやってほしい」という声を受け、極限の状態になるまで漫画に専念することを決意。そんなギリギリの精神状態と強い覚悟のもとに『コウノドリ』は誕生したのである。 妊娠・出産の裏にあるのは、決してハッピーな感情だけではない。悲しくつらい思いを抱えている人も少なくはないだろう。 しかしそんな人たちにこそ寄り添う漫画でありたいと原作者は考えている。出産で経験した不幸を『コウノドリ』のおかげで受け入れることができた、そのように読者が思ってくれる作品を目指していると、彼はメディアのインタビューにて語っている。 『コウノドリ』は、ありふれたすべての出来事が奇跡であり、そしてまた現実であることを示す作品なのである。

普遍的な奇跡を描いたドラマ『コウノドリ』

私たちは日々の生活やストレスに揉まれ、ありふれた現実をないがしろにしてしまいがちであるが、命が生まれたということ、それ自体が奇跡なのである。そこに至るまでには両親をはじめとする多くの人々の努力と覚悟、決断があり、それは毎日今もどこかで行われているのである。 ドラマ『コウノドリ』は原作漫画をベースに、妊娠・出産の現実を悲しみやつらさもそのままに描き出した作品として大きな反響を呼んだ。出産を経験した女性やその家族からは共感を誘い、それ以外の人々にとっては妊娠・出産への理解や知識を深めるきっかけともなったに違いない。 本作が向き合い続ける奇跡と、そこに纏わるさまざまな事柄はただひたすら現実である。だからこそ尊いのであり、私たちが真摯なまなざしを注いでいくことが重要であると示唆しているのだ。