涙なくして見れない!映画『焼肉ドラゴン』の切ない物語とは?【ネタバレ】
こんな家族愛が見たかった!感動作『焼肉ドラゴン』を徹底ネタバレ解説
2008年の春。日本・東京の新国立劇場と韓国・ソウルの芸術の殿堂の二つの劇場で、ある演劇が上演されました。 その演劇の名前は、『焼肉ドラゴン』。在日コリアン三世の鄭義信(チョン・ウィシン)が作・演出を手掛けた本作は、上演されるやいなや、日本と韓国両方で絶賛。2011年と2016年に再演・再々演されるほどのヒットを記録しました。 そして2018年。鄭義信は、自ら『焼肉ドラゴン』を映画化。豪華なキャストで銀幕に映し出された映画版も、大きな感動を呼んでいます。 今回はそんな映画『焼肉ドラゴン』をキャラクターの関係性から映画版と舞台版の結末の違い、名場面の紹介まで、ネタバレを交えて徹底解説。涙なしでは見れないほど切ない、しかし力強い物語をぜひご覧ください。
まずは、『焼肉ドラゴン』の登場人物の関係性を紹介
龍吉(ヨンギル)/キム・サンホ
戦争で左腕を失くした龍吉は、一家の大黒柱として「焼肉ドラゴン」を経営しています。もちろん、店の名前は「龍吉」に由来したもの。 一見粗暴な見た目とは裏腹に、優しく穏やかな性格をしていますが、在日朝鮮人は差別と戦わなければならない、という信念を持っています。
英順(ヨンスン)/イ・ジョンウン
四・三事件で済州島を追われ、日本で龍吉と結ばれた英順は、絵に描いたような「肝っ玉母さん」。 その大柄な体型と腕力、ガミガミと怒鳴る様から皆から恐れられてもいますが、一方で学校に行かなくなってしまった時生を庇おうとする優しさも持ち合わせています。
静花/真木よう子
一家の長女で龍吉の連れ子・静花は、焼肉ドラゴンのマドンナ的な存在です。 子供の頃、とある出来事によって右脚が不自由になり、それによってなかなか恋人ができないことを嘆いています。しかし、そんな静花に哲男は密かに想いを寄せており......。
梨花/井上真央
次女の梨花は龍吉の連れ子ですが、性格はどちらかというと英順に似て感情の起伏が激しく、喧嘩っ早い性格です。 夫であるはずの哲男との仲はあまりうまくいっているとは言い難く、いつもトラブルを起こしています。そんな梨花の前に現れたのは......。
美花/桜庭ななみ
三女の美花は唯一の英順の連れ子です。ひょうきんで自由奔放な性格で、ナイトクラブで歌手として活動しています。十八番は、青江三奈の『伊勢佐木町ブルース』。 実はナイトクラブの支配人・長谷川と不倫関係にあり、長谷川の妻でもある歌手の美根子(根岸季衣)から激しく嫉妬されています。
哲男/大泉洋
大酒飲みでやかましい粗暴な男・哲男は梨花の夫ですが、粗暴な振る舞い故、夫婦仲は芳しくはありません。 彼自身は在日朝鮮人ですが、大学を出ているために他の在日朝鮮人(キムチ)とは格が違う「瓶詰めキムチ」だと自称するなど、尊大な面もあります。 実は幼馴染である静花に想いを寄せています。
時生/大江晋平
本作の語り手。龍吉と英順の間にできた長男であり、一家の末っ子の時生は、私立中学校に通っています。 在日朝鮮人であることが原因で苛烈なイジメを受け、学校に通えなくなった時生は、誰とも口を聞かずに一日中屋根で過ごすように。そんな彼を守るために転校を提案する英順と、あくまで戦うべきだと説く龍吉の間で対立が生まれます。
長谷川/大谷亮平
美花が歌手として働くナイトクラブの社員・長谷川は美根子という妻がいますが、美花と不倫関係に。 しかし、徐々に本気で美花を愛し始め......。
呉日白(オ・イルベク)/イム・ヒチョル
ハングルしか話せないオ・イルベク(写真左)は、焼肉ドラゴンの常連です。 ある日、リヤカーで運んでいたうどんの汁を土手でこぼしてしまい、泣きながら店にフラフラと入ってきたところ、たまたまその場にいた梨花と出会い、以降関係を持つように。
尹大樹(ユン・テス)/ハン・ドンギュ
日白同様、日本語があまり話せない大樹は、ある日、静花に一目惚れしてしまいます。 しかし、静花に惚れている哲男はそれが面白くなく......。
映画『焼肉ドラゴン』出だしのあらすじ【ネタバレなし】
1969(昭和44)年の春の日
物語は1969年の春、時生の語りで幕をあけます。時生は3人の姉と父・龍吉、母・英順とともに、とある小さな街で暮らしていました。一家は「焼肉ドラゴン」という小さな焼肉屋を営んでいます。 次女・梨花は哲男という男と入籍していますが、哲男が区役所の職員と喧嘩になって婚姻届を破り捨ててしまい、それが元で大喧嘩に。 長女の静花は美人ですが右脚が悪く、それが原因でなかなか相手ができないと嘆いています。しかし、幼馴染である哲男は秘かに静花に想いを寄せているようです。一方、ナイトクラブで歌手として働く三女の美花は、クラブの社員・長谷川と怪しい関係になっています。
時生の苦悩と立ち退きの要求
ところで、語り手であるはずの時生は誰ともまともに会話をせず、屋根の上に登っては行き交う飛行機に向かって吠えてばかりいます。彼は、学校で「キムチ」と呼ばれてイジメられたために不登校になり、心を閉ざしてしまっているのです。 ようやく誠意を見せて哲男が梨花に謝り、二人は仲直りしますが、哲男はいつまで経っても働かず、昼間から呑んだくれています。うんざりしている梨花のもとへ突如、日本語の話せない日白が現れ、二人は関係を持ってしまいます。
それに対し、哲男は静花への想いを断ち切れません。彼女が脚を悪くしたのは、子供の頃に哲男に誘われて夜中の空港に忍び込んだ静花が、彼らを見つけた番犬に脚を噛まれたことが原因だったのでした。そんな静花に大樹という男が一目惚れし、静花は大樹と付き合うように。それが哲男には面白くありません。 そんな中、区役所からは度々職員がやってきて、彼らに立ち退きを迫ります。焼肉ドラゴンが建てられた土地は本来は国有地であり、彼らは不法占拠しているというのです。龍吉はそれでも「醤油屋の佐藤さんからもらった」と主張するのでした。
【ここからネタバレ】時生の下した決断、静花の選んだ答え
美花は長谷川に対して本気で熱を上げ、梨花は日白をますます関係を深めて哲男との離婚を望むようになりますが、英順はどちらも許そうとはしません。 逆に時生の不登校に対して英順は「この子は優しい子だから」といって転校を考えますが、龍吉は時生に闘うべきだと説いて学校に戻るよう説得し続けます。 静花と大樹はついに婚約し、宴会が行われます。しかし、そこへ哲男が現れ、静花に対し一緒に北朝鮮に移住しようと迫ります。結局、静花は哲男を選び、婚約は破談に。 時生は通っていた中学が私立であるために留年が決まりますが、それでも龍吉は転校を認めず、学校に通うよう促し続けます。追い詰められた時生は、ついに橋から投身自殺を図ります。 英順が川に駆けつけた時、時生はすでに事切れていました。
1970(昭和45)年、万博の年
人々が皆、万博に沸く中、英順だけは時生を失った悲しみに暮れたままでした。 そんな中、美花が妊娠。美根子と離婚した長谷川が結婚の許可をもらうために店を訪れます。龍吉は認めようとしますが、英順は猛反発。しかし、そこで龍吉は今までの境遇を語り、長谷川に頭を下げて娘の結婚を頼みこむのでした。 再び現れた区の職員たちは、龍吉たちを盗っ人呼ばわりします。これには、普段は穏やかな龍吉も激昂。あくまでもこの土地は自分が買ったものだと主張し、「俺の腕を返せ!」と叫ぶのでした。
ここで小休止。『焼肉ドラゴン』名場面集
1.梨花と日白のキスシーン
リヤカーでうどんの汁をこぼし、落ち込んでしまった日白が泣きながら焼肉ドラゴンに来ると、そこにいたのは哲男との関係に悩む梨花だけでした。 日本語ができない日白にハンカチを差し出し、泣いているわけを聞く梨花。日白はジェスチャーを交えて一生懸命説明します。 それを見ているうちに一緒に悲しくなってしまった梨花は、唐突に日白にキスしてしまいます。このキスシーンが想像以上に濃厚で長く、びっくりする観客も多いはず。 そんな時に帰宅したのが、英順。見てはいけないものを見てしまった英順が、黙って後退りする様は爆笑必至です。
2.長回しで撮られた哲男と大樹の対決!
静花とすっかり懇ろになり、少し日本語も話せるようになった大樹。二人で店にいると哲男が現れ、対決を挑んできました。哲男が大樹にマッコリをすすめ、大樹が哲男に「ご返杯」をするのです。 この場面、実は撮影に際し、面白いエピソードが。当初はカットを割って色々なカメラ位置から撮影するつもりだったそう。ところが鄭監督は、二人が向かい合って対決するカットを撮影中、あえて「カット」をかけずにそのまま何分間もの間撮影を続けたのです。 その結果出来上がった対決場面は、一切カットなしの滑稽で緊張感溢れるものに。撮影の最中、カメラマンである山崎裕がカメラから離れ、監督に本当にカメラを回し続けていいのか確認しに行ったため、よく見ると一瞬、カメラが揺れていると言います。 また、間で見ている静花役の真木よう子も、飲み込めない状況に対し明らかに落ち着かない様子を見せています。
3. 龍吉の独白
美花との結婚をお願いしに来た長谷川。そんな彼に対し、龍吉は日本語で自らの境遇を説明します。 戦後、朝鮮に帰るために日本で働き続けた龍吉ですが、四・三事件(1948年4月3日に済州島で起こった李承晩大統領に反発する島民への虐殺事件。島民の5人に1人が殺されたとの説も)で身内を皆殺しにされ、先妻を朝鮮戦争で失っていたのです。そんな中でやはり故郷を失った英順と出会い、時生が生まれ、なんとか生きてきた、と。そして、長谷川に美花との結婚を許すのでした。 この場面も演劇的な緊張感を保つため、長回しで撮られており、大きな感動を呼びます。
焼肉ドラゴンの最後
1971年。ついに、焼肉ドラゴンは取り壊されることになりました。それに伴い、一家は離散。 静花は周囲の反対を押し切り哲夫とともに北朝鮮へ、一方の梨花は日白とともに韓国へ移住することになりました。美花は長谷川とともにスナックを経営するため、日本に残ります。 一家は取り壊される前の店の前でそれぞれひしと抱き合うのでした。
舞台版と映画版、ラストシーンの違い
ラストシーンの描かれ方は、舞台版と映画版で少し異なります。 舞台版では、屋根の上に死んだ時生の幽霊が現れて感謝の気持ちを叫び、リヤカーを引いて去ってゆく両親を送るところで終幕します。 それに対してこの映画版では、屋根の上に現れた時生の幽霊に向かって家族全員が手を振ります。しかし、肝心の時生の姿は一切画面に映されない、という演出をとっています。そして最後に残った龍吉が英順をリヤカーに乗せて走り去った時、後ろに残された店が勢いよく崩れていき、映画が終わります。 鄭義信はこの印象的な場面を「映画だからできたこと」と語り、完全な一発撮りでこのカットを収めました。セットを壊すタイミングの合図出しも自ら行ったと言います。また、現実では考えられない「タイミングの良さ」「わざとらしさ」も、映画のフィクションらしい良いところだと語っています。
映画『焼肉ドラゴン』で描かれる「家族像」とは?
近年の映画を見てみると、古くからの「家族」のかたちに疑問を投げかけたり、新しい家族像を提示したものが多いことに気付きます。是枝裕和監督の『万引き家族』はその最たる例でしょう。 児童虐待やネグレクト、家庭内暴力や離婚率の増加などの要因により、血縁関係にある「家族」に縛られることに対する疑問が、社会全体で問われているのかもしれません。 そんな中にあって、この『焼肉ドラゴン』では、何があっても安らげる場としての「家族」が描かれています。一見するとそれは、古典的かつ前時代的と言えるものかもしれません。 しかし、それが成立しているのは、家族間での「優しさ」があるからに他なりません。この映画が訴えているのは、「古典的な家族像を守ること」などではなく、「家族を愛すること」なのです。皆さんもこの『焼肉ドラゴン』を観て、家族を愛することとは何か、考えてみてはいかがでしょうか?
作品情報
『焼肉ドラゴン』 6月22日(金)より、全国ロードショー Ⓒ 2018「焼肉ドラゴン」製作委員会