2018年7月9日更新

【追悼】撮影監督・ロビー・ミューラーの軌跡〜『都会のアリス』から『ダンサー・イン・ザ・ダーク』まで

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撮影監督・ロビー・ミューラー逝去

ロビー・ミューラー
© Orion Pictures

2018年7月4日に78歳で亡くなったロビー・ミューラーは、世界的に活躍した名カメラマンです。 1940年にオランダ領キュラソー島で生まれたミューラーはオランダ映画アカデミーで学び、オランダやドイツで活躍をスタート。初期の頃から一緒にコンビを組んでいたヴィム・ヴェンダース監督の映画で名を知られるようになりました。 その後は、アメリカでも活躍。ジム・ジャームッシュやラース・フォン・トリアーといった作家性の強い監督たちの現場で、様々な画面を生み出しました。 今回は、そんな偉大なるロビー・ミューラーの携わった代表的な映画11本と各作品の映像的な特徴を解説し、彼の偉業を讃えたいと思います。

1. ヴィム・ヴェンダースの卒業制作にして長編デビュー作

ロビー・ミューラーが盟友・ヴィム・ヴェンダースと初めて組んだ映画が、この『都市の夏』です。 ヴェンダースがミュンヘン・テレビ映画大学の卒業制作として制作したこの映画は、刑務所から出所した主人公がミュンヘンやベルリンの街をさまよい歩く姿を実録タッチで描いた一作です。 16ミリフィルムの粗い画面で映し出された固定撮影中心の画面は陰鬱ですが、時折現れる凝った構図などには目を見張るものがあります。

2. ラストカットの空撮が凄い!少女と中年男の珍道中を綴ったヴェンダースの傑作

アメリカで旅をしていたドイツ人ジャーナリストのフィリップは、空港で9歳の少女・アリスと彼女の母・リザに出会います。リザからアリスをアムステルダムまで送るように頼まれたフィリップでしたが、待ち合わせ場所にリザは現れません。かくしてフィリップとアリスの奇妙な旅が始まります。 ヴェンダース監督初期の代表作として知られる本作は、まさにロードムービーと呼ぶにふさわしい、ひたすらに旅を続ける映画です。ヌーヴェルヴァーグのような影響を受けた映像感覚や、ジョン・フォードの死によって終わる物語など、ヴェンダースのの強い映画愛も感じさせる作りとなっています。 終始主人公に寄り添うようなカメラも魅力ですが、列車の窓から徐々に遠ざかってゆくラストの突然現れる空撮カットには驚きです。

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3. 『太陽がいっぱい』の主人公がドイツへ行き、完全犯罪を目論むサスペンス

パトリシア・ハイスミスによる『太陽がいっぱい』の主人公・トム・リプリーが登場する小説シリーズの三作目を、ヴェンダースが映画化したサスペンス。リプリーを演じるのは、デニス・ホッパーです。 ドイツに渡った詐欺師のリプリーは、白血病に苦しむ額縁職人のヨナタンに殺人をさせようと企てます。しかし、徐々に彼との友情にはまってゆき......。 ニコラス・レイやサミュエル・フラー、ダニエル・シュミットといった映画監督が役者として登場していることでも知られる本作。 ヴェンダースと幾度もコンビを組んだミューラーですが、本作は構図が印象的なカットが多いのが特徴。特に、終盤のカットでの浜辺で炎上する救急車と真っ赤なフォルクスワーゲンの対比は見事です。

4. 豊かな色彩感覚が炸裂!ヴェンダースとミューラー両者の最高傑作

砂漠で一人さまよっていた男・トラヴィス。行き倒れてしまったトラヴィスを弟のウォルトが引き取ります。ウォルトの元には、トラヴィスの息子・ハンターが。徐々にハンターとの絆を取り戻していったトラヴィスは、今度はハンターとともにヒューストンにいるという妻のジェーンに会いに行きますが......。 カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したことでも知られる本作は、名実ともにヴィム・ヴェンダースの名を世界に轟かせた、まさに珠玉の名作。 同時に、本作はミューラーの代表作でもあります。冒頭のテキサスの砂漠の空の青とトラヴィスのかぶる真っ赤な帽子の対比や、緑色の街灯の下でトラヴィスが明け方の空を見つめるカットなど、自然でありながら豊かな色彩感覚を感じさせる情景の数々は、ミューラーなくして実現し得なかったでしょう。

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5. 車にパンクスに宇宙人!まさにカルト映画

スーパーをクビになったパンクな少年・オットーは、車に乗ったバッドという男に出会います。バッドはローン未払い者の車を差し押さえる「レポマン」という仕事をしており、オットーもレポマンになろうとします。これだけでもなかなか異色な作品に感じられますが、そこに宇宙人を巡る陰謀が絡み、とんでもない内容になっています。 インディーズ映画の鬼才・アレックス・コックス監督のデビュー作となった本作では、当時アイドル的な存在だったエミリオ・エステベスと同年公開された『パリ、テキサス』のハリー・ディーン・スタントンという異色な組み合わせやイギー・ポップの曲も話題に。 内容的には全く逆ですが、人工的な照明の表現やアメリカの砂漠地帯の撮り方など、ところどころで『パリ、テキサス』に近い雰囲気が感じられるのは、ロビー・ミューラーの撮影のせいかもしれません。

6. 長年の相棒を殺されたシークレットサービスの復讐劇

シークレットサービスのリチャード・チャンスは、長年の相棒を通貨偽造団のボス・エリック・マスターズに殺されてしまいます。チャンスは、エリックの行方を捜査しますが...... 『エクソシスト』や『フレンチ・コネクション』で知られるウィリアム・フリードキン監督が手掛けた本作も、ロビー・ミューラーが撮影しています。 『フレンチ・コネクション』を髣髴とさせるドキュメンタリーのようなリアリティがありながらも、本作のストリップ小屋の場面に見られるように強烈な色彩が目を惹く画面も時折現れます。

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7. ジャームッシュと初めてのコンビ作。三人の脱獄囚の珍道中

ひょんなことから投獄されてしまったニューオリンズのDJ・ザック。彼は刑務所の同じ房でイケ好かないチンピラのジャックと英語が下手なイタリア人・ロベルトと出会います。やがて、三人は脱獄。しかし、道に迷ってしまい......。 監督は、ヴィム・ヴェンダースとも縁のあるジム・ジャームッシュ。ジャームッシュとミューラーが初めてコンビを組んだ本作は、固定撮影中心でモノクロームのシンプルな画面が展開されますが、描かれている物語自体は実に滑稽。 そのオフビートな作風が高く評価され、ジャームッシュが名前を知られていくきっかけとなりました。

8. ポーランドで子供たちを救った実在の人物を描いた、アンジェイ・ワイダ監督の名作

ポーランドに実在し、ユダヤ人の孤児達を救ったユダヤ人の医師・ヤヌシュ・コルチャックの半生を描いた感動作。 ポーランドが誇る名匠・アンジェイ・ワイダ監督による本作では、のちにスピルバーグが『シンドラーのリスト』でも扱ったホロコーストの悲劇を描いています。 『シンドラーのリスト』のオスカー・シンドラーがユダヤ人を雇用主の観点で保護するのに対し、本作では自らもユダヤ人であるコルチャックが子供を守ろうとする、というまた違った視点でホロコーストを扱っています。 本作でミューラーが生み出した画面からは、いつものような豊かな色彩は完全に消えています。しかし、持ち前のリアリズムと冷徹でありながらも時に温かな視線は、観客に力強いメッセージを投げかけるのに貢献しています。

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9. ジョニー・デップ主演!ウィリアム・ブレイクへのオマージュに満ちた異色の西部劇

1870年のアメリカ西部。職を求めて鉄工所にやってきた会計士のブレイクは職をもらえず、追い出されます。しかし、ひょんなことで鉄工所の所長・ディッキンソンの息子を殺してしまい、逃亡。ディッキンソンの差し金でブレイクは三人の殺し屋に追われることに。 一方、自らも深傷を負ったブレイクをネイティブアメリカンの男・ノーバディが助けたことから、追手たちから逃れる二人の奇妙な旅が始まります。 血生臭いストーリー展開とは裏腹に全編通して19世紀イギリスの詩人・ウィリアム・ブレイクへのオマージュに溢れている異色の西部劇。 主人公・ブレイクをジョニー・デップが演じていることでも知られていますが、脇を見るとガブリエル・バーンやイギー・ポップ、ジョン・ハート、さらにはロバート・ミッチャムと、異色なキャスティングも目を惹きます。 ミューラーにとってジャームッシュとの三度目の仕事となった本作の画面は、いつにも増して陰影が強く、明らかに19世紀であるはずなのにどこか時代がわからなくなるような幻想性を感じさせます。

10. 夫のために身体を売る妻。トリアーが信仰心と夫婦の愛をテーマにした力強い問題作

スコットランドの保守的な村。信仰心の強いベスは、石油採掘業作業員のヤンと結婚。しかし、作業場で事故に巻き込まれたヤンは半身不随になってしまいます。悲しみに暮れるベスにヤンは自分以外の男と寝ることを勧め、その時の体験を自分に話して欲しいと頼みます。 男たちを相手に身体を売るベス。ベスが身体を売る度にヤンは少しずつ回復していくのですが......。 デンマークの鬼才・ラース・フォン・トリアー監督が神への祈りと献身的な愛を「夫のために売春する妻」という形で描いたドラマ。そのテーマ故に賛否両論を呼びましたが、カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞しています。 安定した画面を撮ることの多いミューラーですが、本作でトリアーはほとんどのカットを手持ちで撮影することを要求。結果、手持ち撮影がもたらす生々しさと曇りがちなスコットランドの寒村風景の空気感を見事に両立させた映像が生み出されました。

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11. ビョーク主演!息子への愛ゆえに葛藤する母の姿を描いた異色ミュージカル

アメリカのとある街。チェコからの移民女性・セルマは、視力を失いつつありましたが、周囲にそれを隠して工場で働いていました。しかし、仕事のミスが続き、工場をクビに。さらに警官のビルに手術費用に充てるための金を盗まれてしまい、争っているうちに誤ってビルを射殺してしまい......。 カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、ビョークが主演を務めたことでも知られるこの悲劇的なヒット作で撮影したのも、ミューラーでした。『奇跡の海』に続いて二度目のコンビとなったトリアー監督とミューラーは、本作で全編をビデオカメラで撮影することに。トリアー自身もカメラを回しました。 ミュージカルでありながらもドキュメンタリーのような撮影手法で展開された本作の映像は、その特殊な空気感が幻想性を醸し出し、高い評価を得ました。

作品ごとに違うアプローチを見せたロビー・ミューラー

ミューラーが撮影を手掛けた映画は様々です。時にはネオンカラーのような鮮やかな色彩が目を惹き、時には寒々とした空気感が捉えられ、また別の映画では陰影の強いモノクロームの画面が印象を残します。 実際にミューラーが撮影した映画をいくつか見てみると判りますが、彼は作品や監督ごとに全く違うアプローチで映画のルックスを生み出しました。その引き出しの多さには目を見張るものがあります。 この機会に、ぜひ彼が手掛けた映像を観て、その驚くべき創造力と技術の高さを味わってみてはいかがでしょうか。