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アカデミー賞受賞監督ダニー・ボイル
テンポが良く、スリリングで熱な展開と知的な駆け引き、疑心暗鬼や野望など、人の心の動きを繊細に捉えた作品を数多く輩出しているダニー・ボイル。 『トレインスポッティング』や『スラムドッグ $ミリオネア』といった斬新な映像のフィクションを生み出す一方、『127時間』や『スティーブ・ジョブス』など実話を基にした映画も多く、独自の視点で切り込むスタイルは常に活発な議論を呼び起こしています。 作品だけでなくご本人の性格もなかなか突き抜けているようで、海外の掲示板に「降臨」し、活発な意見交換を行ったこともあるとか! ここでは、そんなダニー・ボイル監督作品の中からおすすめの10本をチョイス。ランキング形式でご紹介していきます。
10位:タイトルが全てを語る迷作
1996年公開の『普通じゃない』は設定に登場人物に展開に、まさにタイトル通りの問題作です。ありえないほど真っ白な「天国」のオフィスでは大天使ガブリエルが日々のお仕事の文句タラタラ。 セリーンは企業家の箱入り娘で世間知らず。ただし、指図を嫌うかなり気の強い女性で趣味は射撃と可愛げ要素は一切ありません。ロバートはセリーンの父親が運営する会社の清掃員です。おそうじロボットの導入でお払い箱にされたことに逆上した彼は最上階に突入して警備員たちをバッタバッタと倒した後、セリーンを人質にとって逃走するのですが……。 いわゆるドタバタコメディですが、どこか暖かさを感じさせてくれるのがダニー・ボイルらしさでしょう。
9位:楽園をめぐる人間模様
2000年公開の『ザ・ビーチ』。『普通じゃない』に比べると勢いは落ち着いているものの、毒気たっぷりのストーリーが展開され、グイグイと引き込まれます。 楽園で繰り広げられるエグい人間ドラマ。和気藹々と自由を満喫し、そして助けあっている理想的なコミュ二ティーに潜む閉鎖性やエゴ、欺瞞……。 しかし、暗い面を描くばかりではありません。彼らの再出発と希望を感じさせるラストが自然に描かれ、深刻なテーマでありながらストンと収まりの良い作品になっています。『タイタニック』で一世を風靡したレオナルド・ディカプリオが、100本以上のオファーを蹴ってまで出演した作品が本作『ザ・ビーチ』です。
8位:お子様も安心してご覧いただけます。ただし毒気は健在。
2004年公開の『ミリオンズ』。「子どもたちが安心して見られるような映画を」というコンセプトで制作したクリスマス映画です。いくら味わい深いと言っても『トレインスポッティング』や『ザ・ビーチ』をお子さんには見せられないですからね。 とはいえこの映画、しょっぱなに空からお金が降ってきます。 話の舞台はEUへの加盟が決定したイギリス。実際のイギリスとは異なり、「ポンド」が廃止されるという設定ということがミソです。そして空から降ってきたのはまさしく「ポンド」。そのまま持っていたのではじきに紙くずになってしまいます。さあどうする! お金という欲望の象徴を軸に描かれるのは、心温まるストーリー。ダミアン少年のビュアさがとても魅力的な作品です。
7位:ダニー・ボイルが普通のゾンビパニックなんか撮るわけがない。
2002年公開の『28日後…』。「怒り」を抑制する薬を開発するために使われていたのは、感染した動物を強制的に凶暴化させるウイルスを投与されたチンパンジー。この実験室に動物愛護団体の工作員が入り込み、研究者の静止も聞かずに実験用のチンパンジーを開放。 そして街中の人がウイルスに感染し凶暴化……とここまではまあ、ふつうのゾンビパニック映画ですが、その後の展開と見せ方がひと味違います。 カメラワークのカッコよさはもちろん。ストーリーの展開がかなり丁寧です。また、この映画の感染者は生きたまま凶暴化しているだけで、厳密にはゾンビではありません。それゆえ、当たり前のように走ります。そして速い!これがまた怖いんです。 感染が広がってしまったそもそもの原因が、「エゴ」のぶつかり合い。ここに両親の哀しい願いや生き残った人間たちのエゴが複雑に絡み合います。そして、後半の展開では完全に人間vs人間の戦いというのも興味深いですね。
6位:マフィアもドン引きのサイコスリラー
2013年公開の『トランス』。「トランス」というのは催眠状態のことで、ストーリーにも大きく関わってきます。初期の作品から引き続き、人の心の闇を描いていますが、コミカルさは息を潜め、非常にビターな仕上がりとなっています。 ゴヤの名画『魔女たちの飛翔』のオークション会場が襲われ、緊急マニュアル通りに絵画を避難させるサイモン。実は彼自身も強盗の一味で絵画をフランクに引き渡す予定でしたが……。 目覚めたサイモンはフランク一味に拷問を受けますが、なにがなにやらさっぱり思い出せません。業を煮やしたフランクは催眠療法士のエリザベスに尋問を依頼。この会話はサイモンの服に仕込まれたマイクで筒抜けなのですが、これによりフランクは衝撃の事実を知ります。 皮肉なのは「ギャング」という、社会的には最も道理から外れているはずのフランクが最もまともな感覚を有している点でしょう。女性の恐ろしさを味わう作品としてはデヴィット・フィッチャー監督の『ゴーン・ガール』もおすすめです。
5位:「ジョブズ観」が揺らぎまくる一本
2015年公開。Apple社のCEO・スティーブ・ジョブズの伝記を映画化した本作は、大きな話題を呼びました。 はっきりいって、この映画は誰でも楽しめるという性質のものではありません。ジョブズが柔和なおじちゃんというイメージを持っているならなおさらです。 その表現手法も独特。ジョブズの誕生や学生時代、あるいは晩年などは一切描かれず、1984年、1988年、1998年の3つの時代における「Macintosh」、「NeXT Cube」、「iMac」それぞれのプレゼン、しかもプレゼンそのものではなく、それに至る準備段階を詳細に描くという、斬新かつスリリングな展開です。 脚本を手掛けたのは、『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキン。そのためか、言葉の密度が非常に高い映画で、印象深いセリフも数多くあります。重要なのはその言葉が持つリズム感であり、それを口にするタイミングであり、誰に対してどのようなことを伝え、なにを心のなかに飲み込むか、といった「選択」や「決断」です。 セリフ一つ一つが価値を持つというよりは駆け引きの鮮やかさを肌で感じる映画と言えるでしょう。
4位:絵的にはほぼ放送事故ですが……
2010年公開の『127時間』。登山家アーロン・ラルストンの実体験を綴った同名の著書を映画化したものです。遭難という絶体絶命の危機を描いた作品でありながら、アーロン氏の人柄を交えてコミカルな展開が続きます。 冒頭を除くと登場人物はほとんどアーロン氏一人。会話らしい会話もなく、岩に手を挟まれている状況ですから派手なアクションもありません。普通なら放送事故レベルですが、アーロン氏の心情の描き方が非常にリアルでズルズルと引きこまれていきます。 かなり生々しいシーンも有り、公開時には失神する人や気分が悪くなる人が少なからず居たようですが、悪趣味な感じは一切なく、悲壮感もほとんどありません。
3位:スリリングな展開とウィットに富んだセリフに満ちたデビュー作!
1995年公開の『シャロウ・グレイブ』は、我らがダニー・ボイルのデビュー作です。のちの作品同様、やはり人間の心に迫り、青臭く、荒削りなストーリーも魅力的な一作です。 ゆるい共同生活が一転して地獄絵図に変わる展開は、恐ろしくもどこか爽快感があり、殺人や疑心暗鬼が絡む作品でありながらテンポの良さで重たさを感じさせません。最後の最後でのどんでん返しなど、低予算で制作された映画でありながらも噛みごたえがあります。 のちに『トレインスポッティング』で名をはせたユアン・マクレガーが主演しています。
2位:あなたは正解にたどり着けますか?アカデミー賞受賞の感動作!
2008年公開『スラムドッグ$ミリオネア』。インドのスラム育ちの貧しい少年がクイズ番組に出演し、次々に正解していくというストーリー。クイズ版「ロッキー」とでも言うべき映画です。 人気クイズ番組「クイズ $ミリオネア」で正解を連発するジャマールですが、スラム出身で無学な少年の活躍に疑念を持たれ、警察から尋問を受けることに……。 その後の展開はクイズの問題と、それに正解できた経緯をセットにし、一つ一つ読み解いていくという、一風変わった手法が取られています。冒頭のクイズ「彼はなぜ大金を手にすることができたのか?」はジャマールに対して出題されたものではなく、観客に対する問い掛けです。 本作はその斬新なストーリーテリングと人生賛歌とも取れる展開に世界が感動。第81回アカデミー賞で作品賞を含む8部門を受賞しました。
1位:自由ってなんだ?と考えさせられる作品
1996年公開の『トレインスポッティング』は、ダニー・ボイルの名を世界に知らしめた問題作。ドラッグ狂いの青年たちの生き様と死を描いた作品です。 ドラッグに溺れる青年たちの疾走感なる描写は非常に刺激的でスタイリッシュ。その一方で、自由を謳歌した結果、彼らが自滅していく様もリアルに描き出しています。更生を決意するレントンに立ちはだかる困難と危機とは……。 倫理的な視点に照らし合わせれば、最後の決断には共感していいものかどうか……。おそらく答えはないのでしょう。 しかし、“彼は確実に前に進んだ”、それだけは確かなことかもしれません。 2017年には、実に20年ぶりとなる続編も公開され、こちらも高い評価を獲得しました。
スタイリッシュなフィルムメイカーから英国を代表する国民的な監督へ!
英国らしいブラックユーモア、スタイリッシュで激しいカッティングを特徴とする映像、そして、人間の心に迫り、時には涙を誘うドラマ。ダニー・ボイルは様々な物語を扱いながらも、こうしたスタイルはデビュー以来20年以上経っても一貫しており、人々の心を掴み続けています。 監督としてデビューした当初は、そのスタイルから賛否両論を巻き起こし、また2000年代に入ると長い低迷期も経験していたダニー・ボイル。しかし、『スラムドッグ $ミリオネア』がアカデミー賞を受賞し、2012年にはロンドンオリンピック開会式の芸術監督に任命、2018年には「007」シリーズの監督の声がかかるなど、今やイギリスの国民的な監督となりました。 これからもイギリスが誇る巨匠・ダニー・ボイルの映画を見続けていきたいですね。