2018年8月27日更新

これであなたもドラえもん博士!原作に知る10のひみつ

国民的人気を誇る『ドラえもん』。本作には、アニメだけではわからないことがたくさんあります。原作や制作の裏側と絡めてそのひみつを迫ってみましょう!今回はアニメと原作に隠された『ドラえもん』の10のひみつをご紹介します。

誰も知らないドラえもんのひみつの世界へご案内

本作には長寿作品らしいひみつがたくさんあります。今回はアニメを見るだけではわからない、原作漫画や制作の裏側から覗き見れるマニアックなひみつを10個まとめてみました。 今や幻となった日本テレビ版アニメや、テレビアニメの制作秘話、あのキャラクターの驚きのひみつなどなど。この記事を読めば、今日からあなたも立派なドラえもん博士になれることうけあいです!

小学館の看板漫画『ドラえもん』の歴史

『ドラえもん』は、1969年に連載が開始された藤子・F・不二雄(藤本弘)による漫画作品。ダメな小学生・のび太を立派な大人にするために未来からやってきた猫型ロボット・ドラえもんが主人公で、未来のアイテム・ひみつ道具が活躍します。 当初は小学館の学習雑誌(「よいこ」「幼稚園」「小学一年生」~「小学四年生」)で掲載され、1973年には掲載誌が「小学五年生」「小学六年生」にも拡大されました。 1974年には初の単行本となる「てんとう虫コミックス」版が刊行開始され、これが大ヒット。たちまち子どもたちの人気者となりました。 その人気ぶりは凄まじく、小学館の学習雑誌の顔として、多いときには月に8本の新作が発表される事もあったほどです。1997年に藤本が逝去した後も過去の作品が学習雑誌や「月刊コロコロコミック」に再録され、2018年1月現在も小学館を代表する看板漫画として幅広い支持を集めています。

テレビ朝日版アニメは30年以上に渡って愛される長寿作品に

『ドラえもん』が初めてアニメ化されたのは1973年でした。日本テレビ系列にて半年間にわたり、全26回が放送されました。 テレビ朝日系列でアニメ第2作が放送開始されたのは1979年。当初は関東ローカル番組として月曜から土曜の帯番組として放送され、日曜朝には全国ネットでも放送(帯番組で流したものを30分で3本放送、関東では再放送、他地域では初放送)が行われました。 1981年には日曜枠を撤廃し、放送枠を金曜夜の30分に変更。2005年にはスタッフ・キャストを刷新するリニューアルが行われ、40年近くに渡り放送される長寿アニメとなりました。 1980年春には「映画ドラえもん」の第1作「のび太の恐竜」が公開。毎年春に新作映画が公開される人気シリーズとなります。映画公開前には「月刊コロコロコミック」にて原作となる長編漫画が短期集中連載され、「大長編ドラえもん」シリーズとして単行本化されています。

1.幻のキャラ「ガチャ子」が登場した日本テレビ版『ドラえもん』

1969年12月に連載が開始された『ドラえもん』ですが、開始当初は藤本による試行錯誤が続けられました。その象徴的なキャラクターが「ガチャ子」です。 ガチャ子はドラえもんの手助けのために未来からやってきたアヒル型ロボットですが、1970年に登場してから半年足らず、わずか5話で姿を消し、単行本には一切登場しません。藤本は作品の焦点がぼやけるため、ガチャ子はいなかったことにしたと語っています。 1973年に放送された日本テレビ版『ドラえもん』では、ガチャ子がレギュラーキャラとして活躍しています。日本テレビ版は視聴率獲得に苦戦したため、放送途中でドラえもんの声優が富田耕生から野沢雅子に変更されるなど、原作初期同様の試行錯誤が続きました。 製作会社の解散が決まったため、日本テレビ版は半年で放送を終了してしまいます。現在では権利関係の問題もあり、幻の作品となってしまいました。

2.「ドラえもん」は3回終わっていた?

1996年に藤本が亡くなったため、未完に終わった『ドラえもん』ですが、実は最終回が3つも執筆されています。そのうち2つは小学館の学習雑誌特有の事情により執筆されました。 小学館の学習雑誌は、学年に応じて読む雑誌が変化します。例えば「小学四年生」1971年3月号を読んだ子どもが次に読むのは「小学五年生」1971年4月号です。 ドラえもんは連載開始当初「小学五年生」「小学六年生」には掲載されていませんでした。そこで、1971年と1972年の「小学四年生」3月号には、学習雑誌の読者とドラえもんがお別れするための「最終回」が執筆されたのです。 1973年以降は掲載雑誌が「小学六年生」まで拡大され、「小学六年生」の読者は中学進学に伴って小学館の学習雑誌自体から"卒業"するため、このような配慮は必要なくなりました。1972年版の最終回は、1973年の日本テレビ版の最終回の原作にも選ばれています。

「さようならドラえもん」は本当の最終回だった?

2つの最終回は連載を継続する前提で書かれたものでしたが、3つ目の最終回は本当に最後の作品として執筆されました。その作品は、ファンからの人気も高い名作「さようならドラえもん」です。 藤本は『ドラえもん』の最終回として同作を執筆しました。しかし、藤本はどうしてもドラえもんの事が忘れられず、連載継続を決めます。 「さようならドラえもん」は没にはせず、続編となる「帰ってきたドラえもん」を執筆、翌月号に掲載することで前後編という形にまとめました。「さようならドラえもん」が雑誌に掲載された時には連載継続が決まっていたため、欄外に翌月以降も連載が続くと予告されました。 この2本の短編はセットでアニメ化・映画化もされていますが、最終回を連想させるためか、海外では殆ど放送されていません。そのため、一部では幻の最終回と言われることもあるようです。

3.単行本未収録作品が多数アニメ化された理由

1979年に放送が開始されたテレビ朝日版『ドラえもん』。当初は月曜から土曜まで、毎日10分間の帯番組として始まりました。 毎月20本以上の短編が放送された結果、てんとう虫コミックスに収録された原作はすぐに底をついてしまいます。そこでスタッフはその時点でコミックス化されていない原作をアニメ化したのです。 中には後年刊行された各種単行本に収録された作品もありますが、全ての短編を収録した「藤子・F・不二雄大全集」が刊行されるまで原作が単行本に収録されていない状態だった作品も10本以上存在しました。 皆さんの印象に残る"アニメの"話の中にも、実はなかなか見られないだけで原作が存在していた話があるかもしれません。

『ポコニャン』が『ドラえもん』の原作に使われたのはなぜ?

単行本未収録の作品も数が少なくなった頃、アニメスタッフは藤本の作品の1つ『ポコニャン』に着目しました。 『ポコニャン』は藤本が1975年から1978年にかけて執筆したポコニャンと太郎が主人公の漫画作品で、ポコニャンが駆使するドラえもんのひみつ道具とよく似た「不思議な道具」が活躍する作品です。1993年にはNHK教育にてアニメ化もされています。 アニメスタッフはポコニャンをドラえもんに、太郎をのび太に置き換え、不思議な道具をドラえもんのひみつ道具にすることで、ドラえもんの原作に転用しました。 この転用は帯番組から金曜午後7時の30分番組へと編成が変更され、週に1本新作を制作し、残りの時間は過去作の再放送というフォーマットが確立される1981年10月まで続きます。

4.ドラえもんは21世紀から来ていた?設定今昔物語

ドラえもんは22世紀から来た猫型ロボットとして有名ですが、連載当初は21世紀から来たことになっていました。 1970年の短編「未来から来たドラえもん」では、ドラえもんは111年後の世界からやってきたとされています。同話は1970年のお正月が舞台なのですが、その111年後は2081年です。 他にも21世紀という単語が端々に登場したり、「未来の通販カタログ」の年号が2087年になっていたりしました。22世紀からやってきたと定められたのは1974年頃で、以降はその設定が徹底され、単行本などでも22世紀に統一されています。 テレビアニメではドラえもんの誕生秘話が何度か制作され、その度に脚色のため細かな描写が変わっていました。1995年にはアニメの設定を明確化・統一するために『2112年 ドラえもん誕生』が制作され、2005年にアニメがリニューアルされた後も同作の設定がおおよそ引き継がれています。

5.「ヘリトンボ」が「タケコプター」に変わった理由

頭につければ空が飛べるひみつ道具「タケコプター」。テレビ朝日版の主題歌にも登場するこの道具ですが、登場当初は「ヘリトンボ」とも呼ばれていました。 タケコプター、およびヘリトンボの登場回数はひみつ道具の中でも群を抜いて多かったのですが、名前はなかなか統一されない期間が続きます。その間、タケコプターの登場回数が徐々に増えていく一方、単行本ではタケコプターがヘリトンボに修正されるなどの混乱が発生しました。 この混乱が収まったのは、1979年のテレビ朝日版アニメ開始頃。当時脚本を担当した水出弘一によると、アニメ制作に先立ち名称の統一が提案され、ヘリトンボよりタケコプターのほうが聞き取りやすかったからタケコプターに統一されたとのことです。 その後は単行本でもタケコプターに直されましたが、例外的に「藤子・F・不二雄 大全集」では、雑誌掲載時にヘリトンボだった部分は直さずそのまま収録されています。

6.のび太の年齢は可変式?漫画とアニメの設定の違いとは

『ドラえもん』のレギュラーキャラクターであるのび太や彼のクラスメイトのジャイアン、しずかやスネ夫の年齢をご存知でしょうか?実は原作とアニメでのび太たちの年齢は違います。 まずは原作について見ていきましょう。のび太の年齢はズバリ「掲載誌によって異なる」です。 これは小学館の学習雑誌特有の事情に起因します。「小学一年生」の頃はまだまだ読めない漢字も多い子が、「小学六年生」ともなると漢字はもちろん複雑なストーリーも読み解けるように成長していくため、藤本は掲載誌ごとの読者の差を意識し、年齢を書き分けたのです。 特に「小学六年生」に掲載された作品には、もうすぐ中学生になるという趣旨のセリフが散見されました。単行本にまとめる際は、読者の年齢が幅広いことを考慮し、おおよそ小学四年生になるよう藤本自ら作品の修正を行い、前述のもうすぐ中学生という意味合いのセリフも別のものに差し替えられています。

映画に合わせて変えられたアニメ版の年齢

続いてはアニメ版です。まず、日本テレビ版の設定は判然としていません。資料が少なく、多くの情報が表に出てこないためです。 テレビ朝日版は、当初は原作単行本を元に小学四年生として開始され、後に五年生に「昇級」しました。と言っても進級式があったわけではなく、設定を変更しただけです。 その理由を、ドラえもんの脚本担当だった水出弘一は映画に合わせたものだと解説しています。過去や異世界を股にかける大冒険をするにはのび太たちの年齢が低すぎると感じられたのです。 原作よりも一つ上という意識が制作陣に与えた影響も存在します。水出は、設定変更以降ののび太はちょっぴり成長しているとも明かしました。 この変更は、スタッフが一新された2005年4月以降も引き継がれています。2009年のオープニングアニメーションには、のび太たちが五年一組の生徒であると思しき描写も取り入れられました。

7.あなたはスネ夫の弟「スネツグ」を知っていますか?

お金持ちで、のび太たちに様々なものを自慢する姿が有名な骨川スネ夫。実は彼には弟が存在していました。 1970年に何度か登場こそしたものの、やがて藤本にも忘れられてしまったスネ夫の弟でしたが、1980年代に藤子不二雄漫画全集「藤子不二雄ランド」の刊行が開始された事で一躍注目を浴びました。 全集ということでそれまで刊行されていた単行本とは別のスタッフによる編集作業が行われた際に、スネ夫の弟が「再発見」されたのです。藤本はこれを受け、スネ夫の弟にスネツグと名前をつけ、現在登場していない理由として海外の親戚に養子に出されたという新設定を付け足し、短編「スネ夫は理想のお兄さん」を執筆しました。 「藤子不二雄ランド」のお陰で、スネツグは復活を遂げたのです。同話のアニメ化作品「イメージライトキャップ」にてスネツグを演じた龍田直樹は、後に代役としてスネ夫の声も勤め、兄と弟の両方を演じることになりました。

8.ドラえもんは犯罪者?恐竜ハンターと恐竜ハンティングの違い

1980年に公開された、記念すべき『ドラえもん』の映画第1作「のび太の恐竜」。本作の敵役は恐竜狩りを行う恐竜ハンターです。 劇中では恐竜を捕らえて未来に持ち帰ることは航時法違反と語られていますが、『ドラえもん』の初期の短編には恐竜を捕らえて未来に持ち帰る話が登場し、映画製作決定前の1979年4月にアニメ化もされています。サブタイトルはずばり「恐竜ハンター」。 当然、映画の公開後には読者・視聴者から指摘が入り、藤本も矛盾している事を認めました。この問題を解決したのが2015年に放送された短編「恐竜ハンター」のリメイク版アニメです。 本話では、捕獲後に管理者が恐竜を預かり、元の時代、元の場所に戻すという形で合法となった遊び「恐竜ハンティング」が登場します。のび太達はルールを守った恐竜ハンティングを行っていたという最低限の設定を付け足すことで、映画と極力矛盾を起こさないようにしたのです。

9.「映画ドラえもん」と「大長編 ドラえもん」の不思議な関係

毎年春に公開される「映画ドラえもん」。本作の原作は「大長編ドラえもん」として単行本化されています。 原作とはされているものの、「映画ドラえもん」と「大長編ドラえもん」の制作は同時進行でした。藤本が書いた脚本を元にアニメスタッフが映画を制作し、藤本が漫画を描いていたのです。 1992年公開の映画「のび太と雲の王国」では、藤本の体調不良により原作は完結前に休止となり、映画スタッフは独自に終盤の脚色を行う必要にかられました。映画スタッフが当初の脚本より劇的な展開を描くと、体調回復後に藤本が執筆した「原作」ラストの展開に、映画の展開が逆輸入されました。 原作を元にして映像化する通常の作品ではまずありえない、本シリーズならではの不思議な関係が垣間見えます。

10.ドラえもんがポケットから道具を出す意外すぎる理由

ドラえもんの代名詞の一つに、ひみつ道具を取り出す「四次元ポケット」があります。さて、なぜポケットという形が選ばれたのでしょうか? 藤本はその理由を、物語が作りやすいからだと語りました。四次元ポケットは時短のために生まれたのです。 その時短ぶりが存分に発揮された短編が「念録マイク」。ドラえもんは百曲以上に渡るジャイアン・リサイタルから逃れる術を「ページが少ないから」と一瞬で思いつき、四次元ポケットから念録マイクを取りだすというメタフィクション的展開がシュールな一作です。 アニメでは他の短編と同等の放送時間があったため、スネ夫やしずかと共に作戦会議を開いて念録マイクの使用を思いつくというストーリーに変更されています。媒体の違いがよく分かる事例です。 『ドラえもん』のアニメと原作に隠された10のひみつをお届けしました。単行本を片手にアニメを見ると、新たな発見があるかもしれません。