節子が眩しくて哀しい……『火垂るの墓』のヒロインについての7のこと

2017年7月6日更新

1988年4月16日に公開された高畑勲監督のスタジオジブリ作品『火垂るの墓』。1組の兄妹目線で戦時中の悲惨さを描いた人気作に登場する健気な妹、節子についてご紹介します。

『火垂るの墓』のヒロイン、節子

80年代に公開されたスタジオジブリ作品『火垂るの墓』。長編アニメーション作品のなかでも、最も痛ましく戦争を描いた映画としての認知度が非常に高いです。今作において、特に注目を浴びるのが戦争の悲惨さをより一層濃く描くうえで重要なキャラクターである節子。 彼女の子供らしい純粋な発想や表情、健気な様子、そして彼女の行く末に我々は確実に涙してしまうでしょう。本日は、そんな彼女にまつわる7のことをご紹介します。

1.節子ってどんな女の子?

節子は、海軍大尉の父親と心臓が悪くても優しい母親と14歳の兄の清太と暮らしていましたが、父親は戦争により招集され不在中です。 空襲で母親と別々に避難してからは、節子は清太と一緒にいます。 彼女の性格は生き物に興味を持ち、兄に若干のわがままを言いながらも、甘えん坊な一面持つ、母の死を叔母から聞かされても気丈にふるまう芯の強い女の子です。

2.節子と兄の生活

空襲により家を焼かれた2人は、まず避難所である学校へ行きます。そこで目に痛みを覚える節子の目を洗浄し、母親が怪我したことを知り合いから伝えられます。節子を知り合いに預け、清太は大怪我した母親と対面しますが病院に搬送される前に亡くなってしまいます。 そして非常食のカンパンを受け取り、もしもの時に来るよう言われていた叔母の家に行きます。 始めは叔母一家と仲良さそうに暮らしていましたが、学校が焼けてしまったことを理由に清太が節子と遊んでいることに叔母が腹をたて居心地が悪くなっていきます。 ついに、節子の要望もあり叔母の家を出て行った2人は、人が来ない理由から防空壕で暮らすことになります。 『火垂るの墓』には、戦争の悲惨さだけではなく魅力的なシーンも多く存在します。そんな中からいくつかご紹介していきます。

蛍が飛び交うシーン

戦争や兄弟の奮闘劇が多く存在する中で、ひときわ映像美に心惹かれるシーンです。 叔母の家を去り、防空壕に住んだ2人が灯りの為に大量の蛍を捕まえて放しています。 このシーンの時だけは、戦時中であることを忘れてしまう。そんな魅力的な演出なのです。

節子の火葬シーン

物語の終盤、節子が亡くなった時に清太が火葬しているシーンです。現代社会においては、身内が亡くなると葬儀屋に頼むのが一般的です。 しかし、この作品は戦時中から戦後にかけて描かれているため、葬儀を自分で行うしかありません。 両親は既に他界。唯一の心の拠り所であった妹も亡くなってしまい、火葬しなくてはならなかった清太の気持ちを考えると、涙なしでは見られません。

3.節子にとって宝物だったドロップ

『火垂るの墓』を語るうえで重要なアイテム「ドロップ」。ドロップは劇中で度々登場し、重要な役割を担っています。 最初の登場は物語の冒頭。いきなり清太が駅で亡くなり、発見した駅員が草むらに無造作に投げ捨て中から節子の遺骨が転がる印象的なシーンを演出しています。 このドロップは、清太が自宅の勝手口に梅干しなどの非常食と一緒に保存してあったのを、戦災後に持ってきていました。 その後は避難生活を送っていた時の水分補給として舐めたり、中身を食べつくした後も水を入れて砂糖水として飲んだりと戦時中で荒んだ2人の心を癒していました。 最期の登場は節子が亡くなるシーン。栄養不足により衰弱し目も虚ろになった節子が、ドロップとおはじきを間違って舐めてしまった悲しいシーンを演出し、彼女が亡くなった後の遺骨の入れ物となって物語は終了しています。

4.節子の死因

節子の死因は、貧困で食事をとれなくなったことによる栄養失調であるとされていますが、異論があるようです。 体中に汗疹ができ下痢気味の状態に陥った症状も、最終的な要因は栄養失調になるようですが、それだと体が大きく栄養が多く必要な兄の清太が先に亡くならないといけなくなるようです。 では、なぜ節子が先に亡くなってしまったのでしょうか?それは作中に登場する不自然なシーンに原因があるようです。 物語の冒頭、空襲により2人で避難中に休憩しているシーンがあります。いつの間にか下駄が片方無くなったことを訴えた節子とのほのぼのしたやりとりの最中に、戦闘機からの爆撃の影響で雨が降ってきます。 その時ふと見上げた彼女の左目に雨粒が入っています。場所を移動し学校に避難するよう連絡が入った時にも目の痛みを訴えています。 この雨粒は、近くにあった工場の化学物質が爆撃により降り注いだとされ、彼女の体に悪影響を及ぼしたとされています。

5.節子の年齢

節子の年齢は、実は劇中では明かされていません。しかし、作品のキャッチコピーで明かされています。 「4歳と14歳で生きようと思った」 この印象的なコピーで彼女の年齢は4歳であることが分かり、亡くなったのも同じであることが分かります。

6.節子が残した印象的なセリフ

戦時中を明るく平凡に過ごしていた節子。これから紹介するセリフには、とても戦時中とは思えない印象を与えてくれます。

「ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな。ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん……。」

叔母の家に居候することになった2人。久しぶりのお風呂で、節子の背中に汗疹が出来ていることを見つけます。 汗疹を治そうと海へ出かけ、楽しく遊んでいる所に蟹が現れついつい後を追っかけて行く。そんな長閑な光景です。 戦争を描いた作中で、数少ない癒しのシーンと言えるのではないでしょうか?

「何でホタル、すぐ死んでしまうん?」

叔母の家を飛び出し、2人で防空壕に暮らし始めたときに蛍を捕まえて綺麗な光を発していました。 次の日には死んでしまう。そんな一瞬の命の儚さを質問されたら、どう答えたらよいのでしょう? 蛍の死と同時に、母の死も知っていたことを兄に打ち明ける節子。この何気ない質問は、なぜ生き物は死を迎えるのか考えさせられるそんなセリフです。

7.節子を演じた声優

節子の声は白石綾乃が担当していました。1982年5月生まれ。スタジオジブリ作品は、本職の声優よりも俳優や女優を多く起用しており、白石も劇団に所属する子役でした。 節子を収録した当時は5歳11か月だったらしく、監督の要望により、節子と同じくらいの年齢で関西弁を話せる子役の声をいくつか聞いていた時にピンときて起用されたそうです。 収録はマネージャーから聞いたセリフを繰り返して喋った声を先に録音し、後から絵をあてるプレスコ方式が採用されました。