2017年7月6日更新

『火垂るの墓』の名言まとめ

『火垂るの墓』

蝉の鳴き声が聞こえ始めると観たくなってくる名作ジブリ映画『火垂るの墓』。原作者の野坂氏の原体験を元にした、切なく心苦しい物語です。 戦争と貧困に翻弄され、蛍のように消えていく無垢で幼い兄妹の姿から、きっと色々なことを感じられるはず。今回は、作中からいくつか名言をご紹介します。

「昭和20年9月21日夜。ぼくは死んだ」

主人公の清太のモノローグ(心の中の言葉)による、映画の一番初めのセリフです。物語の結末をあえて先に示し、ここから兄弟の哀しくも美しい物語を振り返っていく回想の造りになっています。この台詞が、直接ラストに繋がるループの構造になっているのです。結末が分かっているのにも関わらず引き込まれるというのは、とても凄いことですよね。是非とも、2回観てみてください。

「滋養なんて、どこにあるんですか!」

追いつめられて、清太が栄養失調の節子を病院に連れて行った時に医者に手当を頼んだ時、『滋養をつけることですな』と突き放されてしまう。その時に思わずこぼれてしまった清太の怒りと悲しみを表した台詞です。まともに食事をすることすら出来ていない彼らに、どうやって滋養を付けることが出来ましょう。当時の非常に厳しい状況と、どこか冷たい世間を垣間見ることが出来ます。

「てんぷらにな、おつくりにな、ところてん」「アイスクリーム。それから、またドロップなめたい」

今日、私たちもスーパーの店内を歩きながら、何の気なしにこんなことを言うかもしれません。文字だけ見れば、そんな日常の会話のようにすら見えてしまう。

しかし、このセリフが哀しくせつなく私たちに響くのは、戦時中のひもじい生活を間接的に示しているからなのでしょう。アイスクリーム、ところてん、そしてドロップ。決して高望みをしているわけではないのに、それを節子に与えてあげることが出来ない清太の気持ちを考えると、どうしても胸が締め付けられますね。

「兄ちゃん、お腹へった、喉乾いた」

これも、背景を無視すればなんてこともない兄妹の普通の会話です。「おなか減った(でも、食べ物はない)」「喉乾いた(けれど、飲み物が無い)」。家も無く、2人ぼっちで生きていくしかない厳しい状況で語られるこのセリフには、言いようもないほどの絶望が内包されているのです。こんな、空腹やと頼る者のいない立場が戦時には当たり前だったなんて、信じたくもありません。

「うちなおなか おかしいねん。もう、ずっとビチビチやねん」

節子が清太に対して、お腹の不調を訴えた時に使ったセリフです。「びちびち」とは、下痢気味を表す大阪弁だそう。「お腹が痛い」ことを、大人ほど適切に表現する語彙も、経験も無いような幼い子供が戦争に巻き込まれてしまっている。それと共に、いくらお腹が痛くても、医者にかかる余裕もない。そんな絶望と不吉な予感を臭わせる台詞と言えるのではないでしょうか。

「ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな。ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん……。」

海辺でカニを見つけ、それを追いかけながら節子が言ったセリフ。節子の子供らしさと純粋さがよく表れていると思います。節子は4歳、清太は14歳。普通なら、親に頼りっぱなしでもおかしくないような年頃の二人が置かれる厳しい状況の中、この可愛らしい言葉は、悲しくも浮いて聞こえてしまうのです。

「大きなお風呂や。」

海に肩まで浸かった節子が無邪気に言った台詞です。海で、等身大の子供のように笑顔ではしゃぐ幸せそうな兄妹の行く末を思うと、どうにも胸が苦しくなってしまいます。

「どないしたん。寝てはるわ。」

海の砂浜に寝かされている死体を見た節子が、こう言いました。「死」すら未だよく理解していない節子の幼さと、死体が普通に街中に転がっている戦争の異常性を端的に表しています。

「お母ちゃんのおべべあかん。お母ちゃんのおべべあかん!」

疎開先の叔母が、清太と節子の母の服を米に換えに行こうとした時の、節子の台詞です。きっと節子は、母がすぐに戻ってくると信じていたのでしょう。しかし、叔母さんが悪いのではなく、そうせざるを得ないような厳しい状況なのです。

「そんなんゆうたかって、学校燃えてしもうたもん」

叔母さんに学校はどうしたのかと聞かれた際に、清太が言った台詞です。普段行きたくなくなることもある学校だって、無くなってしまうとどうにも寂しいものです。

「泳いだらお腹減るやん」

海で泳ぎを教えてやるという清太に節子が言った台詞です。節子なりに、食べ物が無い厳しい現実を認識していることが分かります。4歳と14歳にして、今日食べる物のアテすら無い生活をする彼らの状況を表した、とても印象的な一言ですね。

「お父ちゃんが死んだ……」

日本が敗戦し、父の所属する連合艦隊も壊滅したと聞かされた清太が放った台詞です。母を亡くし、父の帰りを待ち望んでいた清太にとって、最後の希望が失われる事はどんなにショックな事だったか、言うまでもありません。

「どこ痛いの?いかんね、お医者さん呼んで注射してもらわな。」

悔しい思いをして泣いている清太に、節子が言った台詞です。節子自身が病気で苦しんでいる中、ひとの心配を出来るほどに心が清らかな子であることが分かります。どんなに自分が大変な時でも、決して兄への思いやりを忘れない。そんな節子の姿は美しくも、とても切なくうつります。

「これオハジキやろ、ドロップちゃうやんか。」

物語の終盤に、ドロップをおはじきだと思ってなめている節子に対して清太が言った台詞です。一つずつ無くなっていくドロップは、2人の希望や命の灯を表していたのかも。

節子はドロップが大好きでした。二人にとって、最大の贅沢だった、そんなドロップの缶に最後に詰められるのは……。

「何でホタル直ぐ死んでしまうん。」

ホタルのお墓を作りながら言った、節子の台詞です。ホタルの光を空襲に見立てると、戦争の終わりを表すようでもあるし、闇の中にひっそりと輝き、蛍のように儚く散る2つの命の行く末を暗示しているようでもあります。作者である野坂昭如氏は、どうして『蛍の墓』ではなく『火垂るの墓』というタイトルを付けたのでしょうか。

『火垂るの墓』の名言が、私たちに教えてくれること

いくつか名言を紹介させて頂きましたが、直接的に戦争の悲惨さを表すような台詞はほとんど無かった印象を受けました。節子や清太の一見無邪気な発言が、辛く悲惨な現実との対比でなぜか歪んで聞こえてしまう。

「4歳と14歳で、生きようと思った」

兄妹は、私たちにとても大切なことを教えてくれている気がします。