【ネタバレ】『平成狸合戦ぽんぽこ』死出の旅や最後のセリフの意味を考察!都市伝説や裏話も解説
【あらすじ】『平成狸合戦ぽんぽこ』は奮闘する狸たちに心動かされるジブリ映画

昭和40年代、多摩丘陵では狸たちが楽しく暮らしていました。その一方で、多摩丘陵には人間たちによる開発計画が迫っていたのです。開発による破壊を食い止めようと、狸たちは集会を開きました。その結果、狸たちの伝統である「化学(ばけがく)」を用いて人間たちと戦うことになったのです。 奮起した狸たちは古狸から化学を教わり、お化けや地蔵など様々なものに化けては人間の心を動かしたり驚かせたりしていました。なかなか全体としての開発を食い止められずにいる中、「大作戦」を決行するのですが……。
【ネタバレ】『平成狸合戦ぽんぽこ』結末まであらすじ解説
【起】安住の地を追われる狸たち

昭和40年代。多摩丘陵の里山には多くのタヌキが暮らしていましたが、多摩ニュータウン計画により森林が伐採され、彼らの住処は失われていきます。行き場を失ったタヌキたちの縄張り争いの激化するなか、おろく婆さんの仲裁で、タヌキ同士の戦いに終止符が打たれました。 多摩ニュータウン建設は、多摩丘陵の山容を完全に変貌させるものでした。この緊急事態に多摩丘陵全域のタヌキたちが集合し、化学の復興と人間研究によって開発を阻止しようと計画します。 おろく婆さんと鶴亀和尚の指導のもと、タヌキたちは変化の訓練と人里に降りての人間観察に日々を費やしていきます。
【承】決死の抵抗と「化学」の修行

依然として森林を伐採し造成地が増えつづけるなか、タヌキたちは化学の習得に励む一方で、開発現場で雨のなかトラックを横転させるなどの抵抗をします。しかし彼らの作戦は、大雨が原因の事故としてニュースで取り上げられ、開発が止まることはありませんでした。 ところがあるテレビのコメンテーターが、この事故は祟りやバチが当たったのではないか発言。これを受けて、タヌキたちは新たな作戦を決行することに。伐採予定の山道でお地蔵さんに化けて業者の目をくらませたり、キツネに化けて伐採を見送らせることに成功。 しかし鷹ヶ森の長・権太は、人間を脅かすだけでは生ぬるい、人間を殺せと言い出します。多摩ニュータウンの怪奇現象は話題になりますが、開発は止まりません。 化学のさらなる進歩のため、玉三郎が佐渡へ、文太が四国へ長老を迎えに行きます。
【転】命をかけた妖怪大作戦

権太が強硬手段を訴えるなか、玉三郎が三長老を連れて帰ってきました。彼らを中心に決起集会が行われ、タヌキたちは人間から尊敬と畏怖を取り戻すため、百鬼夜行を行うことを決めます。 猛特訓のすえ、新設された多摩ニュータウンを舞台に、タヌキたちは一世一代の変化による妖怪大行進をやり遂げます。この事件はたちまち化け物かなにかの仕業だとニュースに取り上げられ、タヌキたちは大喜び。しかし翌日には、ワンダーランドというテーマパークの宣伝だったということになってしまいます。 実はワンダーランドと取引をしているキツネの竜太郎は、妖怪騒動がタヌキの仕業だと見抜いていました。そして彼らに、変化できる者は人間に化けて生きていくほうがいいと提案してきます。
【結】人間に化けて生きるか、死ぬか

強硬派の権太たちは武器を手にし、警察や作業員を裏成山にとどまらせます。しかし機動隊が投入され、彼らは命を散らしていきました。 999歳の禿狸は大金玉で宝船を作り、変化できない並タヌキたちを乗せて多摩川へ漕ぎ出し、行きて帰らぬ死出の旅に向かいます。 その後、多摩丘陵の開発は地形を活かしたもとの山林を残すかたちで進みました。しかしタヌキたちが生きていくには狭すぎます。一部のタヌキたちは山越えをして町田に移り住みましたが、交通事故で命を落とすことも。 結局、変化できるタヌキたちは人間として生きていくことに。ポン吉たち変化できないタヌキは人家のそばでなんとか食いつなぎます。 ある夜、正吉は会社帰りにポン吉たちがゴルフ場で宴会をしているのを見つけ、再会を喜ぶのでした。
【ラスト考察】宝船のシーンや最後のセリフの意味とは
宝船にのって死出の旅に出る結末の意味は?

物語後半、化学を使えない狸たちは、太三朗禿狸の金玉で作った宝船に乗って「死出の旅」に出ます。 彼らが「集団で海(冥界)へ向かった」という行為は、追い詰められた者たちの集団自決のメタファーとなっています。これは人間には見えない「かつての神聖な場所」へ戻っていったという「彼らなりの勝利(尊厳死)」としての側面があります。 一方で、あの大行列が「社会から脱落した者たちのリスト」のようにも見え、適応できずに社会(=自然界・居場所)から去らざるを得ない人々の姿を投影しているようでもあります。
ラストの正吉のセリフに込められたメッセージ

本作は、正吉の次のようなセリフでしめくくられています。 「あの。テレビやなんかで言うでしょう?開発が進んでキツネやタヌキが姿を消したって。あれやめてもらえません?そりゃ確かにキツネやタヌキは化けて姿を消せるのもいるけど、ウサギやイタチはどうなんですか?自分で姿を消せます?」 このセリフによってこれまで「狸の物語」として距離をおいて観ていた観客は、当事者・加害者として作品に引きずり込まれます。「かわいそうに」と同情する人たちに対して、「お前たちのせいで、こうなったんだぞ」と突きつけてきます。
【テーマ考察】『平成狸合戦ぽんぽこ』が伝えたいこととは
多摩丘陵が狸たちの抵抗むなしく開発され、多摩ニュータウンへと姿を変えていくさまを描いた本作。そのテーマは自然破壊だけなのでしょうか。
戦争、政治を描いているって本当?

実は、本作には隠れたメッセージがあるという噂があります。そのうちの1つが、戦争を描いた物語であるというもの。 狸たちは必死で人間たちに抵抗しますが、その様子が実は、第二次世界大戦中の日本とアメリカを描いていると言われているのです。狸たちの住む森がじわじわと開発され、成す術がなくなっていったように、アメリカは日本の周辺を包囲網で固めたり経済的に圧力をかけたりして、戦争が続けられない状況を作りました。 アメリカは日本を様々な面から追い込み、戦争を終わらせるよう追い詰めていったのです。本作の狸と人間との戦いをそれに重ねると、抵抗虚しく犠牲を出してしまった狸たちの様子が戦争中の日本と重なるようです。 もう1つが、政治を風刺した物語であるというもの。政治家のことを「狸親父」と皮肉ることがあります。本人たちは必死でもどこか滑稽な争いをしている狸たちが、醜い争いを続ける政治家を表していると言われているのです。 本作に登場する三長老は、公開当時政治を動かしていた三人の政治家をモデルにしているという都市伝説もあります。太三朗禿狸が大平正芳元総理を、六代目金長が三木武夫元総理を、隠神刑部が田中角栄総理(当時)を表しているのではないかと。言われてみるとなんだか顔が似ているような気もしますが……。 2つの説とも、ファンの間でささやかれる都市伝説のため、公式の見解・設定とは関係ありませんが、2つともどこか説得力のある話ですね。
『平成狸合戦ぽんぽこ』のテーマを考察【ネタバレ注意】

では、それら2つの隠れたテーマも合わせて考えると、本作の核心的なテーマはなんだったのでしょうか?私は「人間の傲慢さ」だったのではないかと考えます。 狸たちが住処である森を追われてしまったのは人間のエゴのためです。より住みよい場所を作るために、山野を切り開くというのは人間の都合のことですから。本作の題材となった実際の多摩丘陵の開発によると、自然との共生を目指した開発を図ったようですが、狸たちから住処の大部分を奪ったことに変わりはありません。 そして、作品の途中で狸たちは様々な作戦を立てては人間たちを化かします。しかし、人間たちはその多くのことについては深く考えもしません。妖怪大作戦にいたっては、何かのアトラクションだと思い込んで面白がっていました。
ここに見えるのは、狸たちの抵抗の滑稽さだけではありません。人間は自分たちにとって都合のよくないものの存在を、考えもしないのです。狸たちは必死に訴え、作品終盤には体当たりで抵抗しましたが、人間は彼らの苦しみを考えることすらしませんでした。 確かに人間は、発展を目指して自然を犠牲にすることがあります。必要なことだとはいえ、自然を全てコントロールするのはあまりに身勝手で傲慢ではないでしょうか。 作品終盤、人間に化けてなんとか溶け込んで暮らしている正吉の姿が見られます。そんな彼も、狸の仲間たちと出会った途端元の姿に戻り、楽しそうに遊んでいました。本作が人間としての生活も知る正吉の語りであることを考えると、彼は最も人間の傲慢さを知っている立場かもしれませんね。
【キャラ考察】おろく婆ちゃんや竜太郎に込められたメッセージ
おろく婆ちゃんの叱責に込められた本当の意味は?

当時スタジオジブリでは、もともと杉浦茂の漫画『八百八狸』を原作に映画を制作する企画が進められていました。『八百八狸』は昔話『松山八百八狸物語』をベースに、悪さをする「たぬちゃん」こと刑部狸(ぎょうぶだぬき)を少年武士の稲生平太郎が懲らしめる物語です。しかし高畑勲はこの企画を突っぱね、最終的に人間と戦うタヌキたちの物語である『平成狸合戦ぽんぽこ』を制作します。 作中冒頭では、縄張り争いをするタヌキたちに、おろく婆さんが自分たちの住処を侵略している人間こそ戦うべき相手だと諭します。これは人間との戦いに集中すべきという表向きの理由に加えて、『八百八狸』と逆の構造にすることで、同作への痛烈な批判とも取れるのではないでしょうか。
きつねの竜太郎が突きつけた「生存か、尊厳か」の残酷な二択

正吉たちが出会ったキツネの竜太郎は、「化けられるエリートだけを集めて、化けられない者たちは野垂れ死にさせる」という極端な考えの持ち主でした。しかしキツネはそうして生き残ってきたといいます。 彼にとって生存とは、種全体のしあわせではなく「優秀な個体がいかに効率的に生き残るか」というものでした。 これは、現代の格差社会や能力主義のメタファーと考えられます。
【都市伝説】他のジブリ作品との関連を考察
妖怪大作戦に紛れ込んだジブリキャラ
本作の有名なトリビアの1つが、作中に様々な「隠れキャラ」が登場すること。それは作品中盤の「妖怪大作戦」の部分です。狸たちは人間を怖がらせて開発を食い止めようと、百鬼夜行に化けて夜の街に登場します。


そこに登場するのは『おもひでぽろぽろ』のタエ子、『となりのトトロ』のトトロ、『魔女の宅急便』のキキ、『紅の豚』のポルコ・ロッソなど。他の作品のファンでも楽しめる仕掛けになっているのです。皆さんは見つけることができたでしょうか。
『耳をすませば』と舞台が同じ

本作の舞台となっているのは東京、多摩丘陵。森や川などの自然が豊かな土地で、狸たちが穏やかに暮らすにはもってこいの場所でした。 しかし、そこに迫るのが作中でも何度も登場する「多摩ニュータウン」の開発です。実は、この多摩ニュータウンを舞台としたジブリ作品は本作だけではありません。爽やかな青春ストーリーとして人気を集める『耳をすませば』も、多摩ニュータウンを舞台に繰り広げられる物語なのです。 また、『耳をすませば』の舞台となった街として知られているのが聖蹟桜ヶ丘。本作にも、この街が登場しているます。作品中盤、三長老と玉三郎が線路を疾走し街に出るシーンでは、聖蹟桜ヶ丘駅の構内の様子や「が丘」の部分の標識を見ることができ、街の景色も作品終盤に登場しています。 開発は進んだものの、多摩地区は現在も自然が残る場所。一部の道路には「動物飛び出し注意」の標識が狸の絵とともに立っているようです。この2作品の舞台となったということも広く知られており、なんと「人間に化けた狸がいる」「開発で死んでしまった狸の幽霊が出る」というような都市伝説もあるんだとか。
【裏話】豪華声優やモデルになった伝説を解説!宮崎駿が号泣したのはなぜ?
宮崎駿が号泣?それでも「面白くない」といった理由

本作に登場するタヌキのうち、権太は宮崎駿を、正吉は高畑勲をモデルにしています。 プロデューサーの鈴木敏夫によれば、完成した本作を3人で並んで観ていたとき、宮崎は最初から最後まで泣いていたとか。宮崎駿は本作のタヌキたちの物語に、東映動画で組合運動をしていた自分たちの青春を重ね合わせていたようです。 しかし宮崎駿をモデルとした権太は作中で命を落としてしまい、だからこそ「面白くない」と言い張ったのかもしれません。
実は人間国宝などの豪華声優が出演

毎回人気俳優や意外な人物が声優としてキャスティングされ、話題となるジブリ作品。本作も例外ではなく、豪華な声優陣が集結しているのです。 主人公の正吉は冷静で落ち着いた性格。狸たちの中心的な存在です。そんな彼を演じているのはタレントで俳優の野々村真。普段は明るくひょうきんな野々村ですが、本作ではその真剣な語りを聞くことができます。 他には、正吉の恋人の心優しい狸・おキヨを演じた石田ゆり子や、血気盛んな狸・権太を演じた泉谷しげるなど俳優として活躍する面々も。また、語りを担当したのは落語家の三代目古今亭志ん朝。さらに長老狸の鶴亀和尚を人間国宝でもある五代目柳家小さんが務めるなど、喋りのプロたちが集結しました。
登場キャラクター・声優キャストを一覧で紹介
ストーリーのモデルとなったのは伝説「阿波狸合戦」

実は、本作のストーリーには題材となった伝説がありました。それが「阿波狸合戦」です。江戸時代の終わりに阿波国(現在の徳島県)で起きたといわれる、狸たちによる戦いです。 ある日、狸の金長(きんちょう)が人間たちにいじめられているところを、染物屋の茂右衛門(もえもん)が助けました。その後金長は茂右衛門の家で奉公する少年に取り憑き、茂右衛門のもとに数々の幸福を呼び込みました。そして金長は一人前になるため、四国の総領狸の六右衛門(ろくえもん)に弟子入りします。 めきめきとその能力を伸ばした金長のことを、六右衛門はいつしか恐れるようになります。修行を終え、故郷へと帰る金長を六右衛門からの追手が襲いました。金長は逃げきったもののその仲間が殺され、金長は仇を討つべく故郷の狸たちと共に立ち上がったのでした。こうして起きたのが阿波狸合戦です。 『平成狸合戦ぽんぽこ』には六代目金長という年老いた狸が登場しますが、彼は金長の子孫という設定。本作以外にも1958年公開の映画『阿波狸変化騒動』など、阿波狸合戦を題材とした作品は存在しています。
狸たちの伝統化け学とは?金玉が大活躍?

本作に登場する「化け学」とは狸たちの間で伝統的に語られているもので、人間を驚かせたり見誤らせたりする技術全般のことです。作中では、これを身につけている動物は狐と一部の猫だけで、現代においてはこの技術を失っている並ダヌキも多いとされていました。 狸が得意とするのはお化けや妖怪に変身することや幻覚を与えることで、金長のように人間に取り憑くこともできます。また作中に登場する通り、オスの狸は金玉を広げ様々に変形させると言われています。 しかし高度な技術を必要とする場合や大がかりな幻術は大変体力を消耗します。長時間化けている場合は目の周りに「タヌキ隈」が出て、もとの姿に戻ってしまうとされており、中には力尽きて絶命してしまう狸もいるほどです。
なぜ狸は4つの絵柄で描かれたのか?

本作でタヌキは、私たち人間の目から見た写実的な姿と、タヌキ同士でいるときの二足歩行の姿、そして変化できない並タヌキのさらにデフォルメされた姿、そして原作候補だった『八百八狸』にそっくりな姿の4つのパターンで描かれています。 写実的なタヌキは、民家周辺にしばしば姿を見せる身近な動物としてのタヌキを表現しています。一方、二足歩行の姿は、民話や昔話などでよく知られるキャラクターとしてのタヌキを表現しており、杉浦茂の『八百八狸』にそっくりなタヌキは、「主人公のタヌキたちが精神的に負けた気分のときに、自然とその姿になってしまう」という設定になっています。 シチュエーションによって、タヌキの姿が描き分けられているのがわかります。
『平成狸合戦ぽんぽこ』ネタバレ考察や都市伝説を読むともっと面白い
金長「遊び心をなくせばタヌキももはやタヌキではない…か」#平成狸合戦ぽんぽこ #ぽんぽこ #高畑勲 pic.twitter.com/hDYP979los
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) April 5, 2019
狸たちが様々な手を使って人間たちに立ち向かう『平成狸合戦ぽんぽこ』。失敗を恐れないその姿に、元気づけられた人も多いのではないでしょうか。 しかし本作の魅力は狸たちのかわいらしさだけではなく、考察の余地のあるストーリーや他の作品とのつながり、随所に隠されたテーマでもあるのです。ぜひ、細かい部分に注目して見てみてください。


