2026年2月3日更新

映画『魔女の宅急便』結末までネタバレ解説!ラストシーンや生理説から監督が伝えたかったことを考察

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魔女の宅急便
© Buena Vista Home Entertainment WRITER_EDITOR: sc

1989年に公開され、国民的人気作品となった『魔女の宅急便』。スタジオジブリ、および宮崎駿監督の代表作の1つである本作では、いったいなにが描かれているのでしょう。 この記事では、『魔女の宅急便』のネタバレあらすじから、それぞれのキャラクターやエピソードの解説、そして宮崎駿作品としての立ち位置を考察します。 さらに、気になるラストシーンの意味や宮崎駿が作品に込めた思いも解説していきます。

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映画『魔女と宅急便』概要&簡単なあらすじを解説

魔女の宅急便
公開日 1989年7月29日
上映時間 102分
監督 宮崎駿
主要声優 高山みなみ , 佐久間レイ , 山口勝平 , 戸田恵子
原作 角野栄子「魔女の宅急便」シリーズ

魔女のしきたりにより、故郷の町を出て修行することになった13歳のキキ。彼女はある街のパン屋で居候をしつつ、ホウキで飛べる才能を使って配達の仕事をすることで、少しずつ街になじんでいきます。しかしあるときキキは飛べなくなってしまい、途方に暮れます。 巨匠・宮崎駿が手がけた映画『魔女の宅急便』。1989年に劇場公開されて以降、2024年3月時点で17回にわたって地上波テレビ放送されるなど、今なお幅広い世代に愛される不朽の名作です。 本作は角野栄子の同名児童文学を原作としており、魔法使いの少女・キキの巣立ちから、母として家庭を築くまでが描かれていています。

映画『魔女と宅急便』ラストまでネタバレ解説

【起】都会へ出ていくキキとジジ

魔女の宅急便

魔女の血を引く少女・キキは、古くからのしきたりにより、13歳の満月の夜に故郷の町を出て、よその街で1年間の修業をすることになります。 黒猫のジジとともに旅立った彼女は、ある海辺の街でパン屋の女将・おソノさんから提案され、店に居候することに。やがてキキは空を飛ぶ魔法を使って、配達の仕事を請け負うようになります。 初仕事でトラブルに見舞われたキキは、配達物を拾ってくれた画家の女性・ウルスラと出会います。

【承】「ニシンのパイ」事件

魔女の宅急便

あるときキキは、トンボという少年からパーティに誘われます。しかしその日は2件仕事が入っていました。 急いで1件目の仕事を片付けたキキは2件目の依頼先に向かいますが、依頼者の老婦人はオーブンの調子が悪く、届け物のパイを焼くことができないと言います。キャンセル料を払うと言う彼女に、キキはパイを焼くのを手伝うと申し出ました。 ようやくパイが焼き上がり、キキが配達に出ると突然の大雨。ずぶ濡れになりながら届け先にたどり着いたキキでしたが、パイを受け取った老婦人の孫は「私、このパイ嫌いなのよね」と言い放ちます。 すっかり疲れ切ってしまったキキは、パン屋の前で待っていたトンボに目もくれず、濡れたままベッドに潜り込むのでした。

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【転】魔法が消えてジジと会話ができなくなる

魔女の宅急便

雨に濡れたせいで風邪をひいてしまったキキ。おソノさんの看病ですっかり良くなると、彼女から「コポリ」という人物への届け物を依頼されます。実は「コポリ」はトンボの本名で、おソノさんの計らいでキキは彼にパーティに間に合わなかったことを謝罪することができました。 しばらくすると、キキはジジの言葉がわからなくなっていることに気がつきます。まさかと思いホウキにまたがると、飛ぶこともできなくなっていました。 落ち込むキキのもとに、ウルスラが訪ねてきます。キキから魔法を使えなくなったことを打ち明けられたウルスラは、気晴らしに自分の家に来ないかと誘いました。そこで2人はさまざまなことを語り合い、キキはウルスラの言葉に励まされます。 翌日、ウルスラの家から戻ったキキは、パイの配達を依頼してきた老婦人がまた届け物をお願いしたいというので、彼女のもとへ向かうことに。すると「キキという人に届けてほしい」とお礼のケーキを差し出されます。

【結】トンボを救出するキキ

魔女の宅急便

老婦人の家でテレビを見ていると、飛行船の出航式の様子が中継されていました。しかしそこで飛行船が強風にあおられてパンスを崩し、ロープにつかまっていたトンボが宙吊りになってしまいます。それを見たキキは無我夢中で飛び出し、彼を助けに向かいます。 現場に着いたキキは、そばにいた掃除夫からデッキブラシを借ります。必死に集中力を高めるキキ。すると彼女は勢いよく空中に舞い上がりました。 慣れないデッキブラシは、なかなか言うことを聞きません。フラフラしながらも、キキは必死にトンボに手を伸ばします。しかしあと少しで手が届きそうになったとき、トンボはロープから手をすべらせて落下してしまいます。キキは間一髪で彼の手をつかみ、救出に成功! こうして魔法を取り戻したキキは、街の人たちの大歓声に迎えられます。 その後すっかり街になじんだキキは、デッキブラシで配達の仕事に励むのでした。

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【キャラ】高山みなみが演じた「二人」の対話

ウルスラは「挫折を乗り越えた数年後のキキ」

魔女の宅急便

飛べなくなってしまったキキが心を開き、悩みを相談したりするのが、先述の画家志望の少女・ウルスラです。自由な生活をする彼女は、キキとは姉妹のような関係を築いていきます。 ウルスラもまた、画家という一芸に秀でた女性なのですが、それでもスランプに陥ってしまうことがあります。そんなとき、彼女は無心に絵を描いたり、逆に絵のことは考えないようにしたりと、様々な対処法を試すと語っています。彼女自身様々なことを模索中ですが、それでもキキよりは半歩先を行くような存在です。 ウルスラは「絵を描くのも、空を飛ぶのも同じ」だと語っています。クリエイティブな仕事をしているウルスラは、「空を飛ぶ」というほかの誰にもできない特技を活かして生きようとしているキキには、もっとも参考になる人物だといえるでしょう。 いつかキキも誰かにとってのウルスラのような存在になれるのかもしれませんね。

声優・高山みなみが演じ分けた「内面的な繋がり」

魔女の宅急便

キキとウルスラの声は、『名探偵コナン』の江戸川コナン役などで知られる高山みなみが、一人二役で演じています。 このキャスティングは、ウルスラがキキの悩みに共感し、理解を示す「少し年上の姉のような存在」を表現するために意図されたもので、2人が似た道を歩むキャラクターであることを物語っています。 自分の「才能」を活かして生きようとしているキキには、ウルスラをロールモデルとして学ぶところが多くあることが示されています。

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【テーマ】「ニシンのパイ」事件から見る仕事のリアル

魔女の宅急便

キキの成長を描くうえで特に焦点が当てられているのが、宅配便の仕事です。 本作を代表する台詞として、キキが雨のなか必死に届けたニシンのパイを受け取った少女が、「私、このパイ嫌いなのよね」と吐き捨てるシーンがあります。ニシンのパイを作った老婦人がキキに優しかった事もあり、観客としてはとても胸が痛む場面ですよね。 しかし、これは宮崎監督の仕事観を示す極めて重要な場面なのです。監督は自著『出発点 1979〜1996』の中で、「宅配便を受け取った時に、いちいち感謝しない」という旨の発言をしており、「仕事とはいちいち感謝されるようなものではなく、むしろ感謝される事の方が珍しくありがたいものである」と語っています。 これは1996年に刊行された同書に書かれていたことですが、特に「配達」という職業においては、ネット通販が普及した今、なおさら共感できることでしょう。 「それでも人は生きるために働かないといけない、それが働くということである」というのが、この短いシークエンスに監督が込めた思いなのではないでしょうか。

【魔法の正体】なぜキキは飛べなくなったか考察

身体の変化の象徴である生理が飛べなくなった理由

魔女の宅急便

キキが飛べなくなった理由に「初潮が来たから」と考察する人は多くいます。実際、宮崎駿監督自身も製作時のインタビューで、飛べなくなった背景には「思春期の心身の変化(生理)」という側面があると示唆しています。 子どものころはなにも考えずに動かせていた体が、大人に近づくにつれて「重く、異質なもの」に変化していく戸惑いを描いているのではないでしょうか。 女性にとって生理は大人の体になった証拠であるのと同時に、わずらわしく痛みを伴うものです。大人として生きていくことも、そういった困難を受け入れていくことなのかもしれません。

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キキが飛べていたのは「親の魔法」のおかげだった

魔女の宅急便

ウルスラはキキとの対話のなかで、「人の絵のまねをしていた」と語っています。キキも同じように「魔女の家系だから」という理由で飛べていたのものの、魔法の力を自分のものにはできていなかったのではないでしょうか。 生理が来たことで大人の女性として生きていくことになったキキは、親からの「借り物の魔法」が終わり、「自分の血肉を通わせた魔法」にアップデートするための準備期間を迎えたのです。 キキのホウキは母からもらったものでした。体の変化とともにキキがそのホウキで飛ぶことができなくなったのも、「母の魔法」と「自分の魔法」は違うものだったからなのではないでしょうか。

追い打ちをかけた「ニシンのパイ」事件

魔女の宅急便

キキの精神的な不安定さに追い打ちをかけたのは、同世代の少女から突きつけられた「私、これ嫌いなのよね」という言葉でした。孫を思う優しい老婦人と苦労して作ったパイを否定されたキキは、大きなショックを受けたことでしょう。 これにより、キキの意識は「外の世界(空)」から「自分の内面のドロドロした感情」に向かい、自身を失ってしまったのではないでしょうか。

魔法を取り戻した理由を考察

魔女の宅急便

キキはそれまで、「飛ぶこと」自体に目的や意義を持たず、親の魔法を借りて飛んでいました。しかし彼女は「トンボを助ける」という目的を持ったことで魔法の力を取り戻し、飛ぶことができたのではないでしょうか。 配達の仕事を始めたのも「飛べるから飛ぶ」という理由からで、キキはなにか目的を持って飛んでいたわけではありませんでした。しかしトンボの一件以降、キキは空を飛べることに自信を持ち、人のために荷物を運ぶことに大きな意味を見出したのかもしれません。

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【ラストシーン】デッキブラシと手紙のセリフの真意

なぜホウキではなくデッキブラシだったのか

『魔女の宅急便』(1989年)

キキが母親から譲り受けたホウキは、魔女の血筋をいう「伝統」を象徴するものでした。しかしトンボを救出するために彼女が街の人から借りたデッキブラシは、「日常の道具」です。 このことは、「自分を助けてくれる特別な力(魔法)」に頼らず、「今ここにあるもので、なんとか生きていく」という1人の人間としての覚悟を象徴しています。

「落ち込むこともあるけれど」生きていくキキ

『魔女の宅急便』(1989年)

エンディングの幕間には、キキの両親のもとに彼女からの手紙が届くシーンが描かれています。そこでキキは「落ち込むこともあるけれど、私、この街が好きです」と書いています。 この「悩みは消えないけれど、それでもこの街で生きていく」という決意が、宮崎駿監督が描きたかった「自立」の終着点なのです。

【ジブリ】『魔女の宅急便』に出てくる他作品

キキの実家は遊び心で溢れている

『魔女の宅急便』(1989年)

実は『魔女の宅急便』には、「隠れジブリ」といえる要素があります。 映画冒頭、キキが魔女の黒いワンピースを着た姿をお父さんに見せたとき、キキのベッドの枕元にはトトロに似たぬいぐるみが置かれています。また本棚には、トトロとメイちゃんらしき絵が描かれた置物があります。 見逃している方も多いと思うので、鑑賞の際にはぜひ探してみてください!

実は監督も作品に登場していた

魔女の宅急便

映画終盤、キキがトンボの救出に成功したシーンでは、歓喜する群衆のなかに、なんと宮崎駿監督も登場しています! 注目すべきは、キキにデッキブラシを貸したおじさんが街頭テレビを指差し「あのデッキブラシはワシが貸したんだぞ!」と誇らしげに言うシーン。このときの画面右上にメガネをかけた男性が描かれています。当時の黒髪の宮崎駿監督にそっくりです。

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【監督】「お姫様」から「隣の少女」へ!宮崎駿が作品に込めた思い

「お姫様」しか描けない宮崎駿のコンプレックス

風の谷のナウシカ

宮崎駿は前述の『出発点 1979〜1996』の中で、「(自分が描く女性キャラクターは)お姫様のようだ」と揶揄されることがあったと明かしています。実際、それまでの代表的な監督作を紐解くと、『ルパン三世 カリオストロの城』や『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』など、お姫様がヒロインの作品が続いていました。 前述の言葉がいつごろかけられたものかは不明ですが、『魔女の宅急便』の直前の監督作である『となりのトトロ』もヒロインが普通の少女である事を思うと、監督にとっては「お姫様しか描けない」というのは相当強いコンプレックスだったのではないでしょうか。 『魔女の宅急便』のヒロイン・キキも、魔女という点を除けばあくまで普通の女の子。監督は本作を通じて、一人の女性が都会へとやって来て、社会人として成長する姿を描こうとしたのです。 そこには「お姫様以外の女性だって魅力的に描いてやるぞ!」という、宮崎監督の作り手としての矜持と、「お姫様以外の女性も大変だな!」という観客への暖かい目線があるように思います。

普遍的な「働く女性」を描くにあたっての重要な転換点だった

紅の豚、フィオ、ポルコ

「お姫様しか描けない」と言われていた宮崎監督は、「トトロ」での普通の姉妹を経て、本作では「女性の自立」という、より普遍的なテーマを描きました。監督の「働く女性」への目線は本作の次に作られた『紅の豚』へと受け継がれ、そこでも2人の魅力的な「働く女性」のキャラクターが登場します。 そして監督はその後、再びある種のお姫様を描いた『もののけ姫』を経て、少女の労働にフォーカスした『千と千尋の神隠し』を発表します。その後、『ハウルの動く城』や『崖の上のポニョ』といったより多様な作品を手がけていくのです。 本作は監督がお姫様を脱却し、普通の女性を描くにあたって極めて重要な一本だったと言えます。さらに『風立ちぬ』では儚い女性との恋愛を描き、『君たちはどう生きるか』では、愛にあふれる異なる2人の母親を描き出しました。 こうして監督のフィルモグラフィーを振り返ると、さまざまなライフステージにある女性を描いていることがわかりますね。

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なぜ原作1巻のみを取り上げたのか?

本作では「女性の自立」をテーマに物語を構築する上で、監督はキキの少女期だけに焦点を当てています。映画が公開された1989年時点で原作は未完だったことも理由の1つだとは思いますが、少なくともその時点ではキキが町を出て2年目を迎える原作の2巻は刊行されていました。 それでも監督がキキの旅立ちの最初期を描いた原作1巻のみを取り上げたのは、女性が上京し、都会に馴染むまでの最もスリリングな時期を描こうとしたからではないでしょうか? 例えば物語冒頭では、キキの幼さが特に強調されています。お父さんに「高い高いして、小さいころみたいに」という場面などは象徴的ですね。お父さんは「いつの間にこんなに大きくなったんだろう」と感嘆するも、それは肉体的な成長について述べているものであり、キキの内面はまだまだ未熟。旅立ちも衝動的で、行き先もロクに決めていない為、旅立ちの日から嵐に遭います。 そんなキキは、微笑ましくもとても危なかっしく、文字通り右も左もわからないような少女。しかし、住みなれた町を離れるときに、こうした経験をしたと思い当たる方も多いのでは?物語は冒頭から、未熟な少女の成長を描くために機能しているのです。

映画という短い時間の中で成長を描くための工夫

『魔女の宅急便』おソノさん

『魔女の宅急便』では様々な年代の女性が登場します。そして、そのほとんどがキキより年上の女性です。彼女たちは、「女性の自立」を描く上で、非常に効果的な役割を果たしています。 例えば、キキが親しくなる画家志望の少女・ウルスラは、キキより年上である19歳の「青年期」(キキは13歳の「少女期」)。お世話になるパン屋のおソノさんは「中年期」。そして、キキにニシンのパイの配達を依頼し、優しく接してくれる老婦人は「熟年期」です。 原作では、全6巻という巻数を重ねることでキキという一人の女性の成長を描いていました。一方映画版では、こうした様々な世代の女性との交流を通してキキの成長を描いています。 映画という限られた時間の中で、一人の女性が母になるまでの一代記を描くのは難しいですが、こうした形であれば、無理なく様々な女性を描けるうえに、主人公の成長を促すこともできます。 また、先の3人の女性は皆魅力的で「もしかしたらキキは将来こういう女性になるのではないか」という想像も掻き立ててくれます。 監督はキキ自身が大人になるまでを描くことはありませんでしたが、このようにキキの将来を予感させる人物を配置しつつ、あくまで彼女が都会に馴染む最初期に焦点を当てることに徹底しているのです。

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『魔女の宅急便』ラストシーンや魔法の正体をネタバレとともに解説

『魔女の宅急便』について、さまざまなシーンやキャラクターについて解説しました。 国民的人気作品といえる本作は、キキという魔女の少女を通して「女性の自立」という大きなテーマを描いています。 宮崎駿のキャリアにとっても大きな転換点にあたる作品でもあり、知れば知るほど面白い作品です。