【ネタバレ】映画『風立ちぬ』ラストまであらすじ&結核や飛行機の怖い話を解説!堀辰雄って誰?タイトルの意味を考察
スタジオジブリ制作の長編アニメーションとして宮崎駿が監督を務め、2013年に全国公開された『風立ちぬ』。 主人公に共感しづらいという批判がある一方で、多くの賛同も得た本作。それまでのジブリ作品と違い、宮崎監督が大人の観客に向けてこの作品に込めたメッセージとはなんだったのでしょうか。 この記事では、映画『風立ちぬ』について徹底解説していきます。 結核や飛行機に関する怖い話や、タイトルやラストシーンに込められた意味など『風立ちぬ』ファンなら見逃せないポイントを解説&考察します。 ※ここからは詳しいネタバレが含まれます。ぜひ本編を鑑賞したうえで読み進めてください。
【概要】宮崎駿監督映画『風立ちぬ』のあらすじは?

| タイトル | 『風立ちぬ』 |
|---|---|
| 公開年 | 2013年 |
| 監督 | 宮崎駿 |
| 主要キャスト | 庵野秀明 , 瀧本美織 , 西島秀俊 |
2013年に公開されたジブリ映画『風立ちぬ』は、『崖の上のポニョ』(2008年)以来、5年ぶりに宮崎駿が監督を務めた長編アニメーション映画です。 主人公は、実在した零戦の設計者・堀越二郎と作家の堀辰雄の2人をモデルにした堀越二郎で、関東大震災を含む大正から世界恐慌、そして第二次世界大戦を含む昭和の激動の時代を舞台としています。 二郎が飛行機設計に情熱を傾けると同時に、運命的な出会いを果たした妻・菜穂子との愛を描いています。
『風立ちぬ』あらすじ
幼いころから空にあこがれて育った青年・堀越二郎は、震災の混乱のなかで菜穂子という女性と運命的な出会いを果たします。その後、二郎は飛行機設計技師として就職し、その才能を買われて技術視察でドイツなど西欧諸国をまわり、見聞を深めていきます。 そしてある夏、彼は菜穂子と再会し、2人は結婚。菜穂子は病弱で長く療養所で暮らしていましたが、二郎は愛する人の存在に支えられ、新たな飛行機づくりに没頭していきます。
【ネタバレ】映画『風立ちぬ』結末まで解説
【起】夢の始まりと、運命の出会い

飛行機に憧れを抱く少年・堀越二郎は、夢に現れる航空設計家のカプローニ伯爵に励まされ、将来は自分も設計家になることを志します。 青年になり、東京帝国大学で航空工学を学んでいた二郎は、関東大震災に遭遇し、乗車中の汽車で里見菜穂子という少女と、その女中である絹を助けました。 震災と世界恐慌により、世の中は長く暗い不景気の時代に突入します。
【承】設計士としての挫折と、避暑地での再会

二郎は大学卒業後、飛行機開発会社「三菱」に就職します。ドイツへの企業留学を経て、入社5年目にして、二郎は海軍の戦闘機開発プロジェクトのチーフに抜擢。しかし完成した飛行機は、空中分解を起こしてしまいます。 はじめて挫折を味わった二郎は、休養のため軽井沢の避暑地へ。そこで偶然にも、菜穂子と再会するのでした。 元気を取り戻した二郎は、菜穂子と急速に仲を深め、2人は軽井沢で婚約することに。しかし菜穂子の体は結核に侵されていました。病状の回復を待って結婚する約束を交わしますが、病状は悪化の一途をたどります。
【転】「生きねば」という決意と、切ない結婚生活

菜穂子は二郎とともに生き続けることを優先し、人里離れた療養所へ。二郎は飛行機開発のため看病することもできず、菜穂子も二郎が恋しく、互いに離れ離れに生きることはできないと感じ、結婚する決意をします。 二郎は菜穂子の看護をしながら、人生のすべてを賭けた新型機の設計に打ち込みはじめます。
【結】美しい飛行機と、菜穂子の言葉「あなた、生きて」

それ以来、2人は片時もそばを離れずに結婚生活を送りますが、菜穂子は日ごとに弱っていきます。ついに完成した飛行機の試験飛行の朝、二郎を見送った菜穂子は1人で療養所へ戻っていきました。 二郎は再びカプローニ伯爵に夢で出会い、自分が作った飛行機を褒められますが、一機も戻ることはなかったと語ります。それでも、夢で再会した菜穂子には「生きて」と告げられるのでした。
【物語の深掘りと考察】「生きねば」に込められたメッセージ
草原のラストシーンの意味
そもそもこの作品には難解に思える部分が多いようですが、特にラストシーンには大きな疑問が生じたかもしれません。突然二郎が草原のような場所で佇んでおり、カプローニと再会します。 夢か現実かはさておき、カプローニの「地獄ではない」というセリフから、この草原は天国と地獄の間にある「煉獄」のような場所と考えられます。煉獄は天国にも地獄にも行けなかった人間が、苦しい罰によって罪を清められるところです。 ここで二郎は菜穂子にも再会しますが、彼女は二郎に「生きて」と声をかけます。実は絵コンテの段階ではこのセリフは「きて」だったとか。天国に行ったと思われる菜穂子が二郎を天国に誘っているようなシーンになるはずだったようです。 しかし最終的には、罪を背負ったまま「生きて」償うことを示唆するシーンに。零戦で多くの若者の命を奪った罪の意識を背負いつつ、それでも二郎が「生きねば」と思うことが、宮崎駿の矛盾への答えだったのではないでしょうか。
タイトル『風立ちぬ』の意味

堀辰雄の『風立ちぬ』作中には「風立ちぬ、いざ生きめやも」という詩が登場します。これは、ポール・ヴァレリーの『海辺の墓地』に登場する一節 “Le vent se lève, il faut tenter de vivre.”を堀自身が翻訳したものです。 「風立ちぬ」の「ぬ」は、「風が立たない」という否定形ではなく、「風が立った」という過去完了の助動詞としての「ぬ」。そして「いざ生きめやも」の文全体のニュアンスには、「生きようじゃないか」という前向きな意味が込められています。 「風立ちぬ、いざ生きめやも」という訳には、原詩の直訳である「生きることを試みなければならない」という決意めいた意味と、それが悲壮な決意であるという予感が、同時に内包されているのです。
キスも命懸けだった?菜穂子が患った「結核」の恐ろしさ

堀辰雄の小説『風立ちぬ』が二郎と菜穂子の物語の下敷きになっているのに加え、菜穂子の名は堀辰雄の小説『菜穂子』に因んでいます。この小説の主人子・菜穂子も結核を患い、療養所で過ごしている人物。 堀辰雄の作品にたびたび結核患者が登場するのは自身が結核であったことも大きく影響していますが、明治・大正時代には結核は国民病であり、手の打ちようのない「死の病」でした。同時代のほかの文学作品にも、結核という病は多く登場しています。 結核は空気感染する病気のため、作中での二郎と菜穂子のスキンシップも命がけだったといえるでしょう。 堀辰雄は軽井沢で油絵を描く少女・矢野綾子と出会い、のちに婚約しますが、ともに療養所に入ったものの綾子だけが亡くなりました。その出会いと死別を書いたのが小説『美しい村』と『風立ちぬ』であり、映画の菜穂子のキャラクターの基になっているといえます。
「魔の山」だった軽井沢

軽井沢に滞在中、二郎と菜穂子の交際の立会人となったドイツ人カストルプの名は、トーマス・マンの小説『魔の山』の主人公ハンス・カストルプから取られています。 『魔の山』は二郎とカストルプとの会話の中でも登場しており、小説の舞台も結核療養所と共通点があるのです。 映画の中で二郎がカストルプと出会ったのは華やかな社交場でしたが、この頃の世の中は前述したように震災と大恐慌による不景気で荒れた状態。まるでそこだけが時の止まった場所であるかのようでした。 小説『魔の山』は、山の結核療養所にいとこのお見舞いに訪れた青年カストルプが、自身も結核を病んで山を下りれなくなる物語。しかしそこにはヨーロッパ各地から集まった多様な人々と時世を議論する場でもありました。 劇中の軽井沢もまさに「魔の山」だったといえます。
戦争賛美か、反対か?矛盾の中で「美」を追う人々

しかし宮崎駿が抱えている矛盾は、彼だけのものではありません。 戦争に反対しつつも、戦争映画やアクション映画の戦闘シーンに見入ってしまう、そんな経験は誰しも持っているもの。宮崎駿のように戦闘機の造型に美を見出し、趣味としている人も同じような矛盾を抱えているでしょう。本作は、そんな葛藤に真っ向から向き合ったものなのです。 宮崎駿は『風立ちぬ』公式サイトの「企画書」で本作の製作意図について、戦争を糾弾するものでも、零戦の優秀さを示すものでもないと述べています。 そこで、堀越二郎は「本当は民間機を作りたかった」と彼の人生を正当化するつもりもなく、ただ「自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたい」とも語りました。
【制作の裏側】監督・宮崎駿が最後に描きたかったもの
なぜ宮崎駿は「実在の人物」を描いたのか?実話を絡めた理由

アニメーションは子ども向けに作られるべきであるという姿勢を、それまで1度も崩したことがなかった宮崎駿監督。 しかしプロデューサーの鈴木敏夫は、宮崎駿が描いた漫画『風立ちぬ』の映画化を提案しました。この漫画は大人向けの模型雑誌に掲載されていたもので、戦闘機好きの宮崎駿が趣味で描いていたもの。 そう、実は宮崎駿は昔から戦争反対を主張しながらも、戦闘機が好きという矛盾を抱えていたのです。鈴木プロデューサーはそんな彼の「矛盾に対する自分の答えを、宮崎駿はそろそろ出すべき」であると、『風立ちぬ』の映画化を促したといいます。 『紅の豚』(1992年)などこれまでの作品では、主人公を豚に変えたり、架空の世界を舞台にすることで矛盾を避けていました。しかし本作では直球のテーマを逃げずに描くため、「兵器(零戦)を作った実在の男」を主人公に据えたのです。
なぜ「音」を声で表現したのか?怖い理由を解説

『風立ちぬ』の効果音に人の声が使われていることをご存知でしょうか?飛行機のプロペラ音や車のエンジン音、蒸気機関車の蒸気まで、実にさまざまな効果音が人の声で表現されています。また多くの視聴者が「怖い」と感じる中盤の震災シーンも、人の声による不気味な地鳴りが響き渡る演出になっています。 スタジオジブリの長編映画でこのようなサウンドエフェクトを活用するのははじめてのこと。宮崎駿監督は「確かにゼロ戦の爆音はいくつか残っているだろう。だからといって、それを使うことにどんな意味があるんだろう」と疑問を感じたとか。 そして最終的に「本物の音かどうかではなく、らしく聞こえることが大事」という結論に至ったそうです。
主題歌「ひこうき雲」の奇跡:荒井由実との再会と起用の舞台裏
もともと宮崎監督は松任谷由実のファンで、『魔女の宅急便』でも主題歌と挿入歌に松任谷由実の曲を起用しています。 『風立ちぬ』で松任谷由実のデビューアルバムのタイトル曲「ひこうき雲」を起用することになった発端は、『魔女の宅急便』ブルーレイディスク化の記念イベントでのこと。 鈴木プロデューサーと松任谷由実がイベントに同席。『風立ちぬ』の作品世界が「ひこうき雲」にぴったりで、宮崎監督も気に入っている旨を伝えて、その場で公開オファーしました。 松任谷由実は「このために40年やってきたのかな」と嬉しさをにじませ、宮崎監督も完成報告会見で「胸にしみるものがあって生まれた歌だと思った」としみじみ語っています。 そもそも「ひこうき雲」は『風立ちぬ』のために書かれたのでは?と思えるほど、作品の世界に合っています。特に「空に憧れて 空をかけてゆく」という一節は夢を追う二郎を、「あの子の命はひこうき雲」はまるで菜穂子の儚い命を歌っているようです。
異例のキャスティング:なぜ主人公の声に庵野秀明を抜擢したのか?
本作の主人公堀越二郎役には、「エヴァンゲリオン」シリーズなどで知られる映画監督でアニメーターの庵野秀明が抜擢されました。ジブリ作品では、本職の声優以外の人をキャスティングすることは珍しくありませんが、この大抜擢には大きな驚きの声があがりました。 この異例の起用について、宮崎駿監督は「いろいろなものを背負って歩いている、ギリギリのところに生きているなっていう感じ」という印象を二郎と庵野に重ねて見たためと語っています。
【設定・モデル】二郎を取り巻く実在のモデルと歴史
堀越二郎の人生は設計者・堀越二郎と作家・堀辰雄の融合

堀越二郎
主人公・堀越二郎のキャラクターには、様々なモチーフが取り入れられています。実在の堀越二郎をもとにしつつ、性格や人物像にオリジナルの要素が盛り込まれており、戦闘機の風防を製造する会社経営に携わった宮崎監督の父親の人生も投影されているとのこと。 二郎の声優には庵野秀明が起用されましたが、二郎のように夢想家で「自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物」であるという点が大きかったよう。同様の理由で、宮崎駿自身も投影されていると思われます。 実在の堀越二郎は、零式艦上戦闘機(零戦)の設計者であり、日本の航空技術者として世界的にも有名な存在。東京帝国大学で航空学を学び、三菱内燃機製造(現・三菱重工)に入社して戦闘機の設計に従事しました。
堀辰雄
また『風立ちぬ』の堀越二郎の人生には、堀辰雄の小説『風立ちぬ』からの要素も取り入れられました。映画のタイトルはもちろん、二郎が恋に落ちる菜穂子とのエピソードは、主にこの小説から着想を得ています。 小説『風立ちぬ』のテーマは、掘自身の体験を元にした“生と死”。軽井沢を舞台に、重病に冒された婚約者と限りある「生」を意識して共に生きる物語で、まさに映画の二郎と菜穂子の物語の下敷きになっています。 堀辰雄は1904年生まれで、堀越二郎と同時代に生きた小説家。自身が結核を病み、たびたび軽井沢で療養していたことから、そこで『風立ちぬ』など数々の名作を生み出しています。闘病の末、戦後の1953年に48歳で亡くなりました。
実在したイタリアの航空先駆者カプローニの正体

二郎の夢の中に登場するカプローニとは、いったい誰なのでしょうか。こちらも実在の人物で、ジョヴァンニ・バッチスタ・ジャンニ・カプローニというイタリアの航空技術者がモデルです。 1908年に航空機メーカー「カプローニ社」を創業し、第一次世界大戦中は連合国向けに、第二次世界大戦中は枢軸国向けに爆撃機や輸送機を生産しました。 第二次世界大戦で使用された爆撃機「カプローニ Ca.309」は、別名ジブリ(Ghibli)といい、なんとスタジオジブリの名の由来となっています。 カプローニと二郎は時を超え、「美しい風のような飛行機を作りたい」という同じ夢を持つ同志として、夢の中で先輩のカプローニが二郎を励まします。 この“美しい風のような飛行機を作る”という夢は宮崎監督のものでもあり、二郎と宮崎監督の“夢”をつなぐキーマンとしてカプローニが登場しているのです。
カプローニは二郎にとっての悪魔でもあった

カプローニの声優を務めたのは野村萬斎ですが、演技指導の際に宮崎駿監督から「カプローニは堀越二郎にとってのメフィストフェレスだ」と説明を受けたそう。メフィストフェレスとは、ゲーテの小説『ファウスト』に登場する悪魔の名前です。 『ファウスト』の主人公ファウストは、メフィストフェレスと「この世における望みを叶える代わりに魂をもらう」という契約を交わします。 つまり二郎にとって夢に現れるカプローニは、メフィストフェレスのように彼の「美しい飛行機を作りたいという」この世での望みを叶える代わりに、作った飛行機で多くの犠牲者を出すという「魂を売り渡す」ような結果を導いた人物ということになります。
二郎が作り上げた「美しい飛行機」の怖い正体とは?

モデルとなった実在の堀越二郎は零戦の設計者であり、映画の中でも二郎が作っている飛行機は「零戦」と考えられます。しかし劇中では、太平洋戦争中に特別攻撃隊(特攻)で使用された様子は、はっきりとは描かれませんでした。 零戦を使った特攻は「航空特攻」で、「体当たり攻撃」とも呼ばれました。その呼び名通り、目標となる戦艦などに飛行機ごと突っ込んでいく攻撃です。もちろん、パイロットも飛行機も戻ってこれない前提での捨て身の作戦。 二郎が心血を注いで作った「美しい飛行機」は「殺戮の道具」として、敵だけではなく、日本の多くの若者に死をもたらすことになってしまいました。 劇中で描かれたのは、ぐしゃぐしゃになった零戦を見つめる二郎と、数多くの飛行機が空高く飛び立っていくシーン。そして二郎が「一機も戻ってこなかった」と話したこと。この一言に、二郎のさまざまなな想いが込められていると感じられます。
和洋折衷のお菓子「シベリア」にもモデルが!

ところで、劇中に出てきた「シベリア」というお菓子、気になりませんでしたか?『風立ちぬ』に登場した変わった和洋折衷のお菓子として、一時注目が集まりました。 シベリアはカステラ生地に、なんと羊羹が挟んである不思議なスイーツ。大正から昭和初期の定番おやつとして親しまれていたそうです。シベリアという名の由来は、シベリアの永久凍土層やシベリア鉄道をイメージしているといった説があります。 実は、劇中のシベリアにはモデルとなったお店のものがあるのです。それは西東京市にある高級洋菓子「サン・ローザ」のシベリアで、製作中のジブリスタッフが100個ほど買っていったとのこと。確かに直角三角形に切ったシベリアは、劇中のものにそっくりです。
【評価】『風立ちぬ』は炎上していた?
『風立ちぬ』感想は?
大人のジブリ映画。二郎と菜穂子の恋がすごくロマンチック。逆境のなかでも戦闘機作りに打ち込む二郎の情熱に心を動かされた。情熱を傾けられることがあるのは、本当に尊いことだと思う。
飛行機を作るという夢を叶え、好きな人と結婚し、それだけ見ると順風満帆な人生だけど、自分が作った飛行機で多くの人が命を落とし、愛する人も病気でこの世を去ってしまう。それでも「生きねば」と進む二郎は強い人だよ。
『風立ちぬ』タバコシーンが炎上していた
『風立ちぬ』には学生同士がもらいタバコをしたり、結核患者の菜穂子の横で二郎がタバコを吸うシーンがあります。 これらの描写に異議を申し立てたのが、日本禁煙学会。公開後の8月、同学会は制作担当者へ「映画『風立ちぬ』でのタバコの扱いについて(要望)」という要望書を送付。たくさんの喫煙シーンに加えて上記のシーンを特に問題視しました。 鑑賞した観客の方でも、表現の自由を尊重するべきという声と、喫煙を助長しかねないといった賛否両論が巻き起こっています。時代の雰囲気を写す表現としては必要な演出と思える一方、喫煙シーンが多すぎるのでは?という意見も多かったようです。 愛煙家で知られる宮崎監督にとっては、おそらくタバコによる演出はなくてはならないものだったのかもしれません。
『風立ちぬ』ネタバレ考察を読むともっと面白い
『風立ちぬ』のネタバレ考察を紹介しました。 至るところに宮崎監督のこだわりが感じられる『風立ちぬ』。公開後の2013年9月、宮崎監督は本作を最後に長編アニメーションの製作から引退することを発表しました。引退はのちに撤回されましたが、それほどの覚悟を持ってこの作品に挑んだということには違いないでしょう。 実際、宮崎監督は自分の作品を観て初めて泣いたとか。それほど思い入れの強い作品だったようです。 『風立ちぬ』のコピー「生きねば。」という言葉が、端的に宮崎監督の想いを表しています。二郎が生きた時代に似た、混迷の現代社会に生きる私たち大人に、「それでも、力を尽くして、生きねば。」と語りかけているのです。






