2021年12月24日更新

映画『紅の豚』の舞台となった場所を紹介!作中に登場する美しい海のモデルはどこ?

紅の豚

1992年公開の映画『紅の豚』は、宮崎駿監督がメガホンを取って自身の構想ノート『飛行艇時代』を映画化した作品です。 舞台は第一次世界大戦後のイタリア。空賊狩りの賞金稼ぎを生業とする、豚に変身した主人公ポルコ・ロッソの夢とロマンを描いています。 監督の同年代に向けて作った作品ということで、ジブリ作品のなかでは珍しく、複雑な物語に加え少し大人の恋愛が描かれました。 また本作は、ジブリならではの美しい風景も魅力的!画面に広がる綺麗な青い海、雰囲気のある街並みなど、この映画の舞台となった場所を紹介します。

飛行艇が舞っていたあの綺麗な海はアドリア海!

映画『紅の豚』といえば、青く澄んだ空と海のあいだを舞う飛行艇が非常に印象的です。ポルコ・ロッソの愛機である赤いサボイアS.21試作戦闘飛行艇との色のコントラストも美しいですよね。 登場する綺麗な海はアドリア海と呼ばれ、イタリア半島とバルカン半島の間ある地中海海域の1つです。リゾートとしてはヴェネチア側が有名ですが、海の綺麗さならクロアチア側がおすすめとのこと。 またEUの水質調査の結果、ギリシャ・マルタ・キプロスなどと並んで、ヨーロッパでもっとも美しい水だと言われています。『紅の豚』はそんな美しいアドリア海と、その周辺の島々を主な舞台として描かれました。

自由と自治を守り通した城塞都市ドゥブロヴニク旧市街

登場する街並みのモデルとなったのは、東ヨーロッパに位置するクロアチアの最南部、アドリア海沿岸の城塞都市ドゥブロヴニクの旧市街です。 約2kmにわたって高さ25m・厚さ6mの白い城壁が囲み、空と海の青にオレンジ屋根の家々が映える様は、まさにジブリワールド!かつて地中海貿易で栄えた都市であり、次々と宗主国が変わるなかでも巧みな外交術、堅牢な城塞によって都市国家としての自由と自治を守り続けました。 イギリスの劇作家ジョージ・バナード・ショーは1929年にドゥブロブニクを訪れ、「この世の天国が見たければ、ドゥブロブニクに行かれよ」という言葉を残したそうです。

世界遺産にも登録されたヨーロッパの真珠

ドゥブロブニク旧市街は、ヨーロッパでもっとも美しい地中海都市の1つ。別名「ヨーロッパの真珠」あるいは「アドリア海の真珠」と謳われ、1979年には世界文化遺産に登録されました。 1991年にはユーゴスラビア崩壊による内紛が勃発し、クロアチアの独立宣言後、2000発もの砲弾を浴びた街は壊滅状態に陥りました。 一時ユネスコは旧市街を危機遺産リストに記載しますが、中世の面影を残す町並みは1995年以降に市民の手で再建され、真珠は再び輝きを取り戻したのです。

ポルコ・ロッソのアジトのモデルはザキントス島?

アジトのモデルとされる島はいくつか存在しますが、ギリシャ西部・イオニア海に浮かぶ島、ザキントス島が最有力視されているようです。 島の名はギリシア神話「ダルダノスの子」の名が由来で、英語ではザンテ島と呼ばれます。かつてヴェネチア共和国の支配下で繁栄し、ヴェネチア人から「東方の花」と称されたのだとか。イタリア諸侯やオスマン帝国をはじめとする国の領土となった後、1864年にギリシャに統一され現在に至りました。 そのほかの候補は、オーストラリアのグレート・オーシャン・ロードや日本の南島など多数。イオニア海の北はアドリア海と接するため、もっとも近いザキントス島の可能性が高いと言われているのです。

断崖絶壁に囲まれた美しい入江ナヴァイオビーチ

ポルコは普段、アジトの無人島でワインを飲みながらラジオの音楽を聞き、フランス煙草を燻らせる気ままな日々を送っていました。その隠れ家があった場所こそ、ザキントス島北西・イレーション村にある入江のナヴァイオビーチではないかと考えられているそう。 ポルコが秘密基地にしていただけあって、非常に特殊な形をしている一方、息を飲むほど美しい景色が広がっています。 ナヴァイオビーチは高さ100m以上の石灰岩崖に囲まれ、白い砂浜とターコイズブルーの海が広がっているという、隠れ家と呼ぶにぴったりの場所なのです! 陸地が続いていないため、訪れるための交通手段は船舶のみとなっており、観光客向けの定期的なツアーも行われているとのこと。まだ日本ではあまり知られていないですが、その美しさから毎年何千もの人々が訪れる観光地で、ギリシア有数のビーチとして有名になっています。

神秘的なビーチに眠る難破船パナギオティス号

さすがにポルコの赤い愛機はないものの、ナヴァイオビーチには難破船が打ち上げられており、今もそのままの姿で眠っています。 この難破船の正体は、密輸船の嫌疑がかけられていたというパナギオティス号。1983年、タバコをトルコから密輸中にギリシャ海軍に追われ、ビーチに乗り上げたそうです。職業や立場などは違うものの、空賊連合や空軍たちに狙われていたポルコの境遇を連想させられますね。 そうした経緯から、「シップレックビーチ(難破船海岸)」や「密輸者の入江」という別名もある模様。白い砂浜と青い海の中で眠る難破船が、なんともミステリアスな雰囲気を演出しています。

ポルコの飛行艇が飛び立って行ったナヴィリオ運河

エンジン整備のためミラノへ向かっていたポルコは、遭遇したカーチスに撃墜され、破壊された愛機をミラノの飛行艇製造会社「ピッコロ社」へ持ち込むことに。 愛機の復活後、自身を狙う秘密警察の監視を振り切り、運河の橋の下ギリギリの所で飛び立つシーンが印象に残っている人も多いのではないでしょうか。 実はそのシーンの運河のモデルとなった場所が、イタリア北部最大の都市・ミラノにあると言われており、ナヴィリオ運河ではないかと噂されています。 ナヴィリオ運河沿いには骨董品店などのお店、レストランやバールが並んでいるのだとか。夜にはライトアップされた綺麗な風景も見られるため、観光スポットのとして有名だそうです。