2019年11月8日更新

高学歴の俳優女優40人を大学別に紹介!【東西の名門からピックアップ】

長谷川博己(プレス)
©2018「半世界」FILM PARTNERS

東の東京大学と西の京都大学、東西の最高峰を筆頭に名門と呼ばれる大学を卒業した高学歴の俳優女優40人を、大学別にピックアップしました。インテリ芸能人として知られるあの人から意外なあの人まで、中退した人物も含めて紹介していきます。

目次

高学歴の俳優女優40人を一挙紹介【意外なあの人も】

クイズ番組などの影響か、高学歴のお笑い芸人や高学歴タレントだけでなく、俳優や女優の学歴にも注目が集まる機会が増えてきました。 実際のところ、芸能界はそれほど学歴を必要としない世界とされ、意外なあの人が高学歴だった!というケースは少なくありません。様々な理由から中退した人もいますが、そもそも名門大は入学すること自体が困難なので、充分に高学歴と言えるでしょう。 この記事では、東京大学擁する関東と京都大学擁する関西、東西の名門大学から高学歴の俳優女優40人を大学別にピックアップして紹介します! *入学や卒業、在学に関する情報は2019年11月現在のものを記載しています。

香川照之【東京大学】

文学部社会心理学科

香川照之
©︎KEIZO MORI/UPI/Newscom/Zeta Image

歌舞伎役者、俳優の香川照之は、幼小中高一貫の暁星学園の出身。日本の最難関大学「東京大学」社会心理学科に現役合格し、1988年、大学卒業と同時に芸能界入りしました。ちなみに、東進の予備校講師・林修は東大の同期なんだとか! “東大卒”の“二世俳優”ですが、本人は肩書きにはあまりこだわりがないようです。

菊川怜【東京大学】

工学部建築学科

菊川怜は1996年に東京大学工学部建築学科に現役合格し、同時に私立の名門「慶應義塾大学」と「早稲田大学」にも合格。卒論テーマは、「遺伝的アルゴリズムを適用したコンクリートの要求性能型の調合設計に関する研究」でした。 大学2年生で芸能界入りし、高学歴タレントとして教養・情報番組でも活躍中です。

山西惇【京都大学】

工学部石油化学科

山西惇は1981年に関西の最高峰「京都大学」工学部石油化学科に入学、在学時は量子力学などを学ぶ傍ら、劇団「そとばこまち」で演劇活動を開始。1986年に京大を卒業し、演技派俳優として舞台や映像の世界で活躍しています。 「Qさま‼」などのクイズ番組に出演しており、高学歴のイメージが強いかもしれません。

鈴木亮平【東京外国語大学】

外国語学部欧米第一課程英語専攻

羊と鋼の森、鈴木亮平
(C)2018「羊と鋼の森」製作委員会

鈴木亮平は2002年に東京外国語大学外国語学部へ入学、演劇サークルでの活動を通して、役者を一生の仕事にしようと決意したとのこと。アメリカ留学の経験があり、英検一級を取得しているほか、何と世界遺産検定1級にも合格しています。 世界遺産への注目が高まったことで、テレビで知識を披露する機会が増えました。

渡辺哲【東京工業大学】

工学部化学工学科

渡辺哲は実家が土管業を営んでいたことから、東京工業大学化学工学科へ入学するも、当時の1970年代は大学紛争の頃でした。勉強よりも部活の柔道や、特に下宿先の知人に誘われた演劇にのめり込み、大学は中退してしまったそうです。

吉永小百合【早稲田大学】

第二文学部西洋史学専修

吉永小百合は1957年、小学6年生の時から第一線で活動する名女優です。1965年に早稲田大学第二文学部西洋史学専修に入学し、日活の清純派女優として活躍しながら、4年後に次席で卒業。それと同時に、文学士の称号を受けています。

広末涼子【早稲田大学】

教育学部国語国文学科

広末涼子は1999年、早稲田大学教育学部国語国文学科に自己推薦入試で入学し、歌手から女優へ完全に転身しました。入学後すぐに3ヶ月間登校しなかったため、物議を醸すことに……。後に女優業に専念したい、と学業との両立を諦め、2003年10月に退学しました。

堺雅人【早稲田大学】

第一文学部中国文学専修

堺雅人は通商産業省の官僚を志すも、1992年に第一志望の国立大学の受験に失敗、早稲田大学第一文学部に入学しました。同年に劇団「東京オレンジ」の旗揚げに参加し、“早稲田のプリンス”と称される、劇団の看板役者となります。 その後、演劇に魅了された堺は役者の道を選び、2003年頃に大学を中退しました。

藤木直人【早稲田大学】

理工学部情報学科卒業(現・基幹理工学部)

藤木直人は1992年、一浪して早稲田大学理工学部情報工学科に入学し、数理情報科学を専攻。1995年に俳優デビューしてから、学業との両立に悩んだとのこと。1年留年し1997年に卒業、卒業論文テーマは「ヴォルテラ方程式の超差分化」でした。 イケメン理系男子で、ルービックキューブと数独が得意だそうです。

内野聖陽【早稲田大学】

政治経済学部政治科

戦国時代から続くお寺の生まれで、僧侶の資格も持つ内野聖陽。世田谷学園高校を卒業後、一浪して早稲田大学政治経済学部政治学科へ入学しました。英語サークルで英語劇を経験し、在学中の1992年に「文学座」研究所へ入所することに。 大学卒業後に座員となり、映画やドラマでもレギュラーを獲得していきました。

菅原文太【早稲田大学】

第二法学部法学科

故・菅原文太は、宮城県屈指の名門校の宮城県仙台第一高等学校を経て、早稲田大学第二法学部法学科に進学しました。在学中の1954年、「劇団四季」に第1期生として入団。四季の初期の作品に多数出演し、翌年に早稲田大学を中退しています。

山村紅葉【早稲田大学】

政治経済学部経済学科

山村紅葉は早稲田大学政治経済学部経済学科在学中、母・山村美紗原作のドラマで女優デビューし、1984年に国税庁国税専門官試験に合格。1985年に大学を卒業、国税庁に採用され国家公務員となるも、結婚を機に退職しています。 早稲田卒の高学歴女優というだけではなく、元国家公務員とは驚きですね。

北大路欣也【早稲田大学】

第二文学部演劇学科

『七つの会議』北大路欣也
(C)2019映画「七つの会議」製作委員会

北大路欣也は兄が理工学部へ通っていたため、自身も1961年に早稲田大学の第二文学部演劇科に入学し、在学中に初舞台を踏みました。市川右太衛門の次男の肩書きから、時代劇の次期スターとして期待されるのを嫌い、進学後は現代劇に転向。 大学卒業後、舞台はもちろん、映画やドラマ界で確固たる地位を築きました。

室井滋【早稲田大学】

社会学部

室井滋
(C)「ミセス インガを知っていますか」製作委員会

ナレーター、エッセイストとしても活躍する室井滋。早稲田大学社会科学部在学中から自主映画界の新鋭監督作品に多数出演し、“自主映画の女王”と呼ばれました。1981年、大森一樹監督作『風の歌を聴け』で本格的なデビューを果たしています。 それ以降は女優業で多忙となり、大学は7年通った末に中退したそうです。

大和田伸也【早稲田大学】

第一文学部

大和田伸也は“大和田ファミリー”の一員で、声優、ナレーターとしても有名です。早稲田大学第一文学部在学中に、学生劇団「自由舞台」へ入団。1968年に劇団四季に入団し、四季では1968年の『ハムレット』で初舞台を踏んだそうです。 大学中退後の1972年、朝ドラ『藍より青く』に出演して人気を集めました。

葵わかな【慶應大学】

総合政策学部

葵わかなは女優業の合間で猛勉強し、2017年にAO入試で慶應義塾大学へ入学しました。関心を持っていた慈善事業を広い視点から学びたいと、自由度の高い総合政策学部を選択。勉強は元から好きで、特に世界史が得意だったんだとか! 朝ドラ『わろてんか』(2017)の撮影中は休学しましたが、現在も在学中です。

櫻井翔【慶應大学】

経済学部経済学科

「嵐」の櫻井翔と言えば、高学歴ジャニーズの先駆け的存在!幼稚舎から大学まで慶應義塾に通い、2000年に内部進学組でも成績優秀者しか進めない、経済学部へ進学しました。多忙な中、芸能活動と学業を両立し、4年で卒業しています。 在学時から報道にも興味を持ち、ソロとしてキャスターや司会業でも活躍中です。

二階堂ふみ【慶應大学】

総合政策学部

翔んで埼玉/二階堂ふみ
(C)魔夜峰央『このマンガがすごい!comics 翔んで埼玉』/宝島社

二階堂ふみは一浪の末、2014年にAO入試で慶應義塾大学に入学し、現在も在学中です。 すでに名の知れた女優が難関大を選ぶのは珍しい、と当時はとても話題になりました。出身校の都立八潮高校の偏差値は42とされており、偏差値65の慶應総合政策学部に合格した裏には、凄まじい努力があったのでしょう。

古川雄輝【慶應大学】

理工学部システムデザイン工学科

古川雄輝は慶應義塾ニューヨーク学院を経て、2011年に慶應義塾大学理工学部を卒業しました。 2009年に「ミスター慶応」に選出され、翌年に芸能界デビュー。幼少期のほとんどを海外で過ごした帰国子女で、英語はネイティブ並とのこと。早くから海外の作品に多数出演しており、特に中国で高い人気を誇っています。

石坂浩二【慶應大学】

法学部法律学科

元祖インテリ系俳優の代表となった石坂浩二。慶應義塾大学法学部法律学科在学中から演劇に夢中になり、1962年にドラマ『あにおとうと』で俳優デビューしました。大学卒業と同時に劇団四季へ入団、四季では演出部に所属していたそうです。 作家に画家、司会者やクイズ番組の回答者など、幅広い分野で活躍しています。

水嶋ヒロ【慶應大学】

環境情報学部

水嶋ヒロは幼少期をスイスで過ごし、桐蔭学園中学校・高等学校を卒業後、AO入試で慶應義塾大学環境情報学部に入学しました。在学中、2005年に本格的に俳優デビュー。帰国子女のため英語が堪能で、海外作品への出演経験もあります。 俳優以外に小説家、実業家の顔も持っており、頭脳明快ぶりが垣間見えますね。

中村雅俊【慶應大学】

経済学部

中村雅俊は外交官になるため東京外国語大学への進学を目指すも、東北大学を勧める母と対立、自身の志望大学には合格しませんでした。一浪して慶應義塾大学経済学部へ進学し、在学時は四大英語劇大会に参加していたそうです。 1973年に文学座附属演劇研究所へ入所、翌年の大学卒業と同時に「文学座」に入団しました。

吉田鋼太郎【上智大学】

文学部ドイツ文学科

高校時代にシェイクスピア喜劇に興味を持ち、役者を志した吉田鋼太郎。“早慶上智”の一角「上智大学」文学部ドイツ文学科在学中、シェイクスピア研究会公演『十二夜』で初舞台を踏みました。しかし、演劇に魅了されすぎた影響か、後に大学を中退しています。

向井理【明治大学】

農学部生命科学科

向井理は2001年、一浪して明治大学農学部生命科学科へ進学し、遺伝子工学を専攻しました。第29回「国際動物遺伝学会議」にて、向井を含む数名のメンバーでベストポスターアワードを受賞するなど、優秀な学生だったことが伺えます。 大学卒業後は、バーテンダーを経て俳優になったという、面白い経歴の持ち主です。

井上真央【明治大学】

文学部文学科演劇学専攻

井上真央
©︎ciatr

井上真央は芸能活動を1年休止し、2005年に明治大学文学部文学科へ入学しました。芸能界に復帰すると同時に、主演ドラマ『花より男子』が大ヒット!入学後も学業と仕事を見事に両立し、2009年に卒業しています。 檀ふみの助言がきっかけで大学進学を決意したそうで、卒論では女優・杉村春子を扱いました。

北川景子【明治大学】

商学部商学科

北川景子 君の膵臓をたべたい
©️2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 ©️住野よる/双葉社

北川景子は高校時代に女優デビューし、卒業後は明治大学商学部商学科に進学しました。 大学では応用経済学を学び、軽音楽サークルにも所属していたそうです。2年生時にハリウッド映画への出演が決定し、2ヶ月間アメリカに語学留学しています。女優としても着実に成長しながら、2009年に同大学を卒業しました。

大杉漣【明治大学】

故・大杉漣は、高校卒業後に明治大学に進学していますが、在籍した学部は不明です。在学中に演劇と出会い、雑誌『新劇』に掲載された太田省吾の記事に感銘を受けたんだとか。1973年、彼が主宰する「転形劇場」の研修生になりました。 所属したのは22歳の時で、劇団員募集広告に応募する際に大学を中退しています。

松重豊【明治大学】

明治大学文学部文学科

松重豊は1982年、明治大学文学部文学科に入学し、演劇学を専攻していました。当初は製作側を目指していましたが、観劇を通して俳優を志すようになり、在学中は劇団「東京サンシャインボーイズ」の作品に数多く出演しています。 1986年、大学卒業と同時に蜷川幸雄主宰の劇団「蜷川スタジオ」に入団しました。

高倉健【明治大学】

商学部商学科

故・高倉健は貿易商を目指し、1949年に明治大学商学部商学科へ進学。誘われるまま相撲部のマネージャーとなるも、1年間で退部しました。1954年に卒業しますが、貿易商への道は開かれず、帰郷して家業の砕石業を手伝ったそうです。 翌年にスカウトされ、東映ニューフェイス第2期生として東映へ入社しました。

西田敏行【明治大学】

農学部

西田敏行は明治大学付属中野高等学校を卒業後、1966年に明治大学農学部へ進学しました。同時に日本演技アカデミーの夜間部にも入りましたが、入学して早々に大学を中退して夜間部から昼間部に移り、翌年に卒業しました。 青年座俳優養成所を経て1970年に劇団青年座の団員となり、初舞台を踏んでいます。

椎名桔平【青山学院大学】

経営学部

椎名桔平
©ciatr

椎名桔平は高校時代、県代表として国体に出場するほどのサッカーの腕前で、上のレベルを求め青山学院大学経営学部に進学。部は諸事情から退部しますが、知人の紹介で俳優・寺田農の付き人や端役を経験したそうです。 1986年に大学を卒業、映画『時計 Adieu l'Hiver』に出演し、本格デビューしました。

賀来賢人【青山学院大学】

経営学部

賀来賢人は2007年に俳優デビューし、翌年に青山学院大学経営学部へ進学しました。2018年放送の『誰だって波瀾爆笑』の発言によれば、入学時の自己紹介でウケを狙いすぎ、周囲にドン引きされてしまったんだとか……。 デビュー後すぐに多忙になったこともあってか、卒業することなく中退しています。

阿部寛【中央大学】

理工学部電気工学科(現・電気電子情報通信工学科)

阿部寛『祈りの幕が下りる時』
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

阿部寛は一浪後、中央大学理工学部電気工学科に進学しました。在学中の1985年、集英社の「第3回non・noボーイフレンド大賞」でグランプリを獲得。二枚目モデルブームの代表的存在となり、カリスマモデルとして人気を博します。 1987年、大学卒業後に映画『はいからさんが通る』で俳優デビューしました。

長谷川博己【中央大学】

文学部

長谷川博己 散歩する侵略者
©2017『散歩する侵略者』製作委員会

長谷川博己は映画を学ぶため、日本大学芸術学部映画学科監督コースを目指すも受からず、一浪して中央大学文学部へ進学。在学時はヨーロッパを巡り、4年生の時に友人の誘いで舞台に立ったのを機に、演劇の世界に興味を持ったそうです。 大学を卒業後、またも1年浪人し、24歳で文学座付属演技研究所に入りました。

伊藤淳史【法政大学】

経営学部

子役として数々のテレビ番組に出演し、忙しい日々を送っていた伊藤淳史。芸能活動と学業を両立させ、2002年に法政大学経営学部へ進学しました。テスト期間中はロケ先と大学を飛行機で行き来し、とんぼ返りすることもあったようです。 そうした並々ならぬ努力の甲斐もあって、無事4年で大学を卒業しています。

高畑充希【法政大学】

キャリアデザイン学部

舞台女優を志した高畑充希は将来、早稲田大学演劇研究会に入ることを見据え、小学生から猛勉強していたそうです。中学在学中にデビューを果たし上京、2010年に学業との両立などを考えて法政大学へ進学し、2014年に卒業しました。 大学4年時には朝ドラ『ごちそうさん』への出演が決まり、一躍有名になりました。

西島秀俊【横浜国立大学】

工学部生産工学科

西島秀俊はエリート高校として有名な桐朋高等学校を卒業後、横浜国立大学に入学。1992年、大学在学中に俳優デビューを果たし、次つぎとレギュラーを獲得する人気俳優に!俳優の道で生きていくと決意したため、大学は中退したそうです。

生瀬勝久【同志社大学】

文学部社会学科(現・社会学部社会学科)

生瀬勝久
(C)2014 映画「ケルベロスの肖像」製作委員会

生瀬勝久は1980年に同志社大学文学部社会学科に入学し、落語研究会や劇団「第三劇場」に所属して、演劇や落語、コントなどを経験。後に京大系の劇団「そとばこまち」に移籍し、1986年に大学を卒業した後は、企業の内定を辞退して芸能活動に専念しました。

佐々木蔵之介【神戸大学】

農学部

島田開(佐々木蔵之介)『3月のライオン』
(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

佐々木蔵之介は京都の造り酒屋の生まれで、1988年に東京農業大学農学部へ入学、3年次に神戸大学農学部へ編入学しました。家業を継ぐべく、バイオテクノロジーや酒米の研究をしながら、劇団「惑星ピスタチオ」の看板役者として活躍! 卒業後は約2年半、広告代理店に務めた後、本格的に役者の道に飛び込みました。

豊川悦司【関西学院大学】

文学部

豊川悦司は地元・大阪の高校を卒業後、関西学院大学文学部に進学し、1回生時から演劇部に所属し舞台を踏んでいました。その後は、本格的に役者の道へ進むため上京、「演劇集団円」の研究生になったのを機に大学を中退しています。

高学歴の俳優・女優はたくさんいる!他にもまだまだ隠れてる……?

今回は、高学歴の俳優女優40人を大学別に紹介してきました。同じ大学の出身でも、全く違う経緯で入学していたり、異なる学生生活を送ったりしていて、本当に面白いですね。 こうして振り返ってみると、天に二物も三物も与えられた経緯を持つ人も多数いました。高学歴の芸能人はとても多く、さすがに全員は紹介できなかったのですが、まだまだ高学歴俳優・女優が隠れているかもしれません!