2019年1月4日更新

『風の谷のナウシカ』の強くて優しい名言まとめ 「巨神兵を戦争に使う気なんかない」が意味すること

風の谷のナウシカ
©Studio Ghibli/Walt Disney Pictures

国民的知名度を誇る宮崎駿監督によるアニメ映画『風の谷のナウシカ』には、人々の心に響き続ける名言が残されています。この記事では本作に登場する数々の名言をまとめています。これを読んだら、もう一度映画を見返したくなるはず!

『風の谷のナウシカ』は名言の宝庫だった

ストーリーに沿って印象的な台詞を追ってみる

『風の谷のナウシカ』(1984年)は、監督である宮崎駿の漫画を原作とした長編アニメ映画です。 腐海に覆われた森で生きる人間と蟲たちの狭間で奮闘する少女・ナウシカの姿を描いた本作は、「人と自然との共存」が大きなテーマとなっています。いちアニメ作品ですが、子どもから大人まで考えさせられる作品です。 今回は、そんな映画の中で生まれた、心に残る名言を紹介していきます。

ナウシカ「ほら、怖くない。」

風の谷のナウシカ
©Studio Ghibli/Walt Disney Pictures

ユパと再開した時の、キツネリス「テト」との出会いのシーンです。 優しく話しかけるナウシカに、警戒心から一度は血が出るほど強く噛み付いてしまうテト。 ところが、ナウシカは慌てたり痛がったりすることなく、「ほら、怖くない。怯えていただけなんだよね。」と再び優しく声をかけます。 こうしてテトは心を開き、その後ナウシカと行動を共にするようになりました。 あらゆる生命を平等に愛した彼女の人間性が滲み出た名言です。

ナウシカ「私、自分が怖い。憎しみにかられて何をするかわからない。もうだれも殺したくないのに。」

風の谷のナウシカ
©Studio Ghibli/Walt Disney Pictures

風の谷がトルメキア軍に攻め入れられ、父ジルを殺されたナウシカは激昂し何人もの敵国の兵士を殺してしまいます。これはその後、腐海の植物を育てている秘密の地下室でユパに語った言葉です。 普段は心優しく、蟲にも慈愛の気持ちを持っているナウシカでしたが、父親を殺された瞬間だけは別人のように残忍な人間になってしまいました。人間はどんなに冷静でいようと心掛けていても、感情のコントロールができなくなることがあります。 この一言に、ナウシカの心の葛藤が表れており、彼女は自分の立場や責任を全うできる完璧さを持ち合わせた人間ではなく、等身大の一人の女性なのだということを痛感します。

城オジ「姫様、笑うておる」

風の谷の城オジたちが収容されているバージ(小型貨物機)が落ちそうになっている時に、汚染された空気の中でナウシカがマスクを外して笑いかけるシーンです。パニック状態が収まって積み荷を捨てることができ、なんとか墜落は免れます。 焦っている時、悲しい時、怒っている時でも、笑顔を見たら安心出来る、そんな城オジたちの心情が、この一言に詰まっているように思えます。

ナウシカ「あなたは何をおびえているの。まるで迷子のキツネリスのように。」

風の谷のナウシカ
©Studio Ghibli/Walt Disney Pictures

王蟲の巣に不時着し、ナウシカたちに銃を向けているクシャナに対してナウシカが放った台詞です。 普通なら銃口を向けられた側がおびえる場面です。 しかしナウシカは違います。周りに攻撃しようと威圧的な行動を取ってしまうのは、何かに怖がっているからだと言うのです。 毅然としつつも、漠然とした何か(腐海など現実の脅威?)に怯え、焦燥感に駆られながら生きているクシャナの内面を突いた、冷静な一言です。

アスベル「ぼくらは巨神兵を戦争に使う気なんかない」

風の谷のナウシカ
©Studio Ghibli/Walt Disney Pictures

ペジテ市の王子アスベルは、地下に眠っていた巨神兵を使って、腐海の進行を止めようとしていて、そんな自分たちのスタンスをナウシカに語った台詞がこちら。 強大な武力を使って、強敵を防ぐ−−いわゆる「抑止力」というものは、現代でも是非が議論される大きな問題です。巨大な力を産み出せば、さらに大きな力を相手が生み出し、それが繰り返されていく。その無常さをナウシカは知っていて、「共に生きる」ことを選択するのです。そして彼女に関わるものも皆、次第にその信念に影響されていきます。 力の対立からは何も生まれないということを宮崎駿は言いたかったのかもしれません。

城オジ「わしらの姫様はこの手を好きだと言うてくれる。働き者の綺麗な手だと言うてくれましたわい」

風の谷のナウシカ
© Studio Ghibli/Walt Disney Pictures

城オジたちが、クシャナに向かって言った台詞です。 彼らは腐海が発する瘴気の毒のせいで、あと半年もすると動かなくなってしまうようなボロボロの手をしています。 この言葉を聞いたクシャナは、自分はナウシカとは王国の姫という立場は同じなのにどうしてこうも生き方を違えてしまったのだろうかと、きっと思ったことでしょう。 クシャナは腐海と共に生きるナウシカたちの姿を見て、捕らえていたはずの城オジたちを解放します。

クシャナ「しょせん血塗られた道だ」

風の谷への王蟲の襲来を受けた際に、クシャナが孤軍奮闘を余儀なくされ呟いた台詞です。クシャナは冷徹で残酷な印象が強いキャラクターですが、一方では部下想いであったり、ナウシカの行動への理解を示すところなど、かなり素直な人間性を持った女性ではあるのだと思います。 そんな彼女がどうして、冷酷な皇女として戦地に赴くことになったのか。この言葉にはとても重い覚悟のようなものを感じます。 気になる人はぜひ原作版を読んでみてください。原作では彼女の過去や、トルメキア王国についても詳しく描かれています。

大ババさま「その者蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし。」

風の谷のナウシカ
©Studio Ghibli/Walt Disney Pictures

突進してくる王蟲の群れに、1人立ちはだかるナウシカに奇跡が起こります。ナウシカが王蟲の体液によって真っ青に染まった衣装に身を包み、王蟲の金色の触手で埋め尽くされた金色の野に降り立ったのです。 そんな奇跡の瞬間を目の当たりにした大ババさまが、声を震わせて発した台詞がこちらです。 この台詞は、古い言い伝えの文言で、ジルの部屋の壁の旗に描かれている伝説の人物の説明です。(物語の冒頭部分でも同じ言葉として登場しています。) ナウシカこそが、“その者”であった事実に感激し、再び溢れ出た言葉。昔からの言い伝えを心に留めている大ババは、ずっと腐海のほとりで生きてきた風の谷の人々の想いや歴史をナウシカにみたのではないでしょうか。 世界が変わるのはたった一つの出来事だったりしますが、それは多くの犠牲や努力の積み重ねの上に存在するのです。

『風の谷のナウシカ』には心に残る名言がたくさん

以上『風の谷のナウシカ』の名言を紹介しました。どれもナウシカに関係する名言ばかりになってしまいましたが、それほど彼女が魅力のあるキャラクターだからということでしょう。 今一度、登場人物たちの台詞に耳を傾けて、映画を楽しんでみてはいかがでしょうか。