2017年7月6日更新

『キングダム』最強の武将は王翦だった!?【ネタバレ注意】

週刊ヤングジャンプに連載中の、原泰久の漫画「キングダム」は中国の春秋戦国時代を舞台にした物語で、アニメ化もされた人気作です。作中には様々な武将が登場しますが、今回はその中でも「最強の武将」との呼び名も高い王翦を取り上げようと思います。

秦国一の危険人物王翦

 王翦は蒙驁軍の副将で、王騎将軍を輩出した名門、王一族の現頭首で王賁の父です。常に鎧に身を包み、顔の上半分を隠すように仮面を付け、味方の武将や部下へすら冷たい視線を投げかけます。

数々の功績を挙げている実力者でありながら、昭王の時代からずっと冷遇されているのは、王座を狙っているという黒い噂があるため。実際自分の領地を国と呼び、敵将である姜燕を執拗に勧誘したことも。

そんなこともあって秦国一の危険人物と呼ばれています。

対魏攻略戦での活躍

 対魏攻略戦において王翦は、第二軍を動かすこともなく、第一軍だけで最も多くの城を陥落させるなど、異常な強さを誇りました。

相手の攻勢をのらりくらりとかわすような戦法や野戦築城の才を見せたため、廉頗から「六将筆頭・白起に匹敵するやもしれぬ」と軍才を認められるほど。

しかし、軍全体の戦略やその中における自らの役割をわきまえず、あくまでも自分本位で動き、副将でありながら総大将・蒙驁の戦略に反した行動を取ったりしたこともあって、信用をなくし、見切りをつけられました。

対合従軍戦での活躍

 対合従軍戦では燕軍に当たり、山岳族から見ても感心するほどの山砦で善戦しました。しかし、オルド率いる燕軍に山砦の心臓部を襲撃され、撤退を余儀なくされたかと思われましたが…。

オルドが非凡な山読みの才能を活かして進軍している間、王翦は先回りをして待ち伏せを敢行。燕軍を背後から全滅に追い込んだのでした。

そのまま山中に姿をくらましていましたが、実は函谷関の裏手に現れた楚軍の動きをあらかじめ読んでおり、一掃して陥落の危機を救いました。

【史実】羌瘣とともに趙を滅亡させる

 キングダムでは美少女キャラとして登場する羌瘣ですが…。

秦代には羌瘣という将軍が実在し、実際に秦の始皇帝となる嬴政に仕えていました。もちろん男性です。

羌瘣は紀元前229年に代を征伐し、続く前228年には前年までの戦いで弱体化していた趙に王翦軍の副官として攻め入り、東陽の地で幽繆王を捕らえて趙を滅亡させたという史実が残っています。

【史実】燕・代連合軍を破る

 王翦は羌瘣とともに趙を滅亡させたところ、趙の公子嘉が逃亡して独立、代王となりました。また、さらに兵を率いて燕を攻めようと、中山に陣を張って燕を威嚇。

紀元前227年、秦王嬴政は王翦と辛勝に命じて燕を攻めさせると、燕は代軍と連合して易水の西で秦軍と戦いましたが、敗れ、滅んだのでした。

【史実】蒙武とともに楚を破る

 燕・代連合軍を破った後、王翦は多くの援軍を授かり、燕の太子丹の軍を破って燕の首都薊を平定します。また、李信は遼東に逃げ出した太子丹の首を取りました。しかし、燕王喜は逃亡して遼東の王に。この年、王翦は病気を理由に将軍の座を辞します。

翌々年の紀元前224年、秦王の要請で王翦は将軍に復職して楚を攻め、河南の陳から南の平輿までの地を占領して、楚王負芻を捕らえました。

前223年、蒙武と組んで楚を攻めると楚王となった昌平君は戦死し、楚の大将軍項燕は自害。前222年には、秦は大軍を送り込んだおかげもあって、王翦と蒙武はついに楚の江南を平定し、東越の王を失脚させ、ここに会稽郡を置いたのでした。