2024年4月10日更新

【ネタバレ解説】映画『オッペンハイマー』聴取の目的や核の連鎖反応の意味は?あらすじ時系列・史実の予習復習はこれで完璧

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『オッペンハイマー』日本版ポスター
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クリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』が3月29日に公開。「原爆の父」と呼ばれるオッペンハイマーの人生を描いた本作は、アカデミー賞7冠を達成。唯一の戦争被爆国である日本での公開が、全米公開から約9カ月遅れたことも話題になりました。 本作は、ノーラン監督特有の複数の時間が交錯する物語展開や扱うテーマの複雑さによって、1度見ただけでは作品を完全に理解することが難しくなっています。 この記事では、実際に本作を鑑賞した筆者が疑問に思った点や、伏線を深堀りつつ作品のメッセージ性を考察していきます。『オッペンハイマー』の復習に、活用ください!

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映画『オッペンハイマー』のあらすじ・作品概要【ネタバレなし】

タイトル 『オッペンハイマー』
公開日 全米:2023年7月21日 日本:2024年3月29日
監督 クリストファー・ノーラン
キャスト キリアン・マーフィー , エミリー・ブラント , マット・デイモン , ロバート・ダウニー・Jr. , フローレンス・ピュー , ラミ・マレック
上映時間 3時間
原作 『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』

クリストファー・ノーラン監督最新作として注目を集めている『オッペンハイマー』。2023年11月時点での世界興行収入は9億49800万ドル(約1423億円)を超え、興行的にも世界中で大成功を収めています。第96回アカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞など計7冠に輝き、高い評価を受けました。 そんな本作は、*「原爆の父」と呼ばれた理論物理学者、ロバート・オッペンハイマーの人生を通して、原爆開発がもたらした影響をえがいていきます。 >結末までのあらすじを今すぐ確認

映画『オッペンハイマー』はなぜ日本公開が遅れたのか

アメリカでは2023年7月に公開されたものの、日本ではなかなか公開日が決まらず、映画ファンはやきもきしていた本作。 日本公開が遅れた理由は明確ではありませんが、原爆にまつわる映画でありながらその被害について明確に描いていないことや、本国で同時期に公開された映画『バービー』とのダブルヒットを原爆投下になぞらえた画像に対して映画『バービー』が好意的に反応したことなどが物議をかもしたことが一因とも考えられます。 そんな『オッペンハイマー』は2024年3月29日に満を持して日本公開。海外評価が高いことはもちろん、原爆に関連する作品としても日本では大きな注目を集めています。原爆にまつわる映画なのに日本の描写が少ない理由を考察

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【解説】映画『オッペンハイマー』あらすじ理解のカギ

『オッペンハイマー』年表
© ciatr

①カラーとモノクロの違いとは?

映画『オッペンハイマー』の4つの時間軸
  1. 【1922年~1945年】原爆開発まで優秀な科学者だったオッペンハイマーが、マンハッタン計画を主導し原爆を開発。
  2. 【1947年】水爆開発に関する会議原爆を開発したはずのオッペンハイマーが水爆開発の推進に反対。当時の原子力委員会長官・ストローズと対立。
  3. 【1954年】オッペンハイマーの査問委員会不倫やソ連のスパイ疑惑などの過去をもとに、オッペンハイマーの国家機密へのアクセス権を更新すべきか会議した査問委員会。
  4. 【1959年】ストローズの公聴会彼と対立したストローズへの商務長官就任にあたっての公聴会。オッペンハイマーとの関係について追及される。

『オッペンハイマー』はカラーのシーンと白黒のシーンが交互に展開していきます。基本的にカラーのシーンはオッペンハイマーの視点から見た「FISSION(核分裂)」のストーリー白黒はストローズの視点から見た「FUSION(核融合)」のストーリーに分かれていることを頭に置いておけば、混乱しづらくなるでしょう。 オッペンハイマーの視点で描かれるのは、上の表で①と③。ストローズの視点で描かれているのは、②と④です。

②2つの聴取の目的とは?

『オッペンハイマー』ジェイソン・クラーク
© Universal Pictures/Photofest/Zeta Image

1954年のオッペンハイマーの聴聞会は、彼がソ連のスパイかどうかを調査するという名目で行われました。 終戦後の1950年代から米ソの冷戦で緊張が高まるなか、ソ連が核兵器の開発に成功。ソ連の核開発に情報を提供した科学者がいたのでは、と疑われます。そんななか、ウィリアム・ボーデンからの告発をきっかけに、オッペンハイマーは聴聞会で厳しい追求を受けることになリます。

『オッペンハイマー』ロバート・ダウニー・Jr.
© Universal Pictures/Photofest/Zeta Image

一方、1959年のストローズの公聴会は商務長官への昇進にあたって、彼がその役職にふさわしいかを協議するものでした。 そこでオッペンハイマーとの関係を追求されたストローズは、自身とオッペンハイマーが「赤狩り」にあったことは関係ないとしていましたが、デヴィッド・ヒル博士の暴露によって、ストローズが個人的な恨みからオッペンハイマーを陥れたと疑われます。 聴聞会と公聴会はどちらも法的に立証される証拠は必要なく、疑いをかけることで印象を悪くするのが目的と言えるでしょう。

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③オッペンハイマーとストローズの関係性

知っておきたい時代背景
  1. 米ソの冷戦構造第二次世界大戦の終結後、実戦へは発展しないものの、アメリカなどの資本主義諸国とソ連などの社会主義諸国はあらゆる面で対立していました。
  2. 赤狩り冷戦時代の1950年代アメリカでは、反共産主義にもとづいて、多くの政治家や学者、映画人が共産主義に偏っているとして告発されました。
  3. 原爆開発の背景第二次世界大戦中ドイツの科学者が核分裂に成功したとの情報をうけ、アメリカでは「マンハッタン計画」として核兵器開発が急ピッチで進められました。
  4. 水爆開発の経緯冷戦下でソ連が核兵器の開発に成功。アメリカはそれに対抗するために、さらに強力な水爆の開発を進めます。

1947年、ストローズはオッペンハイマーをアメリカ原子力委員会(AEC)の顧問に迎えます。そこで初めて顔を合わせたとき、オッペンハイマーは悪気なくストローズを「卑しい靴売り」と言ってしまい、彼に悪い印象を与えてしまいました。 その後、1949年にソ連の核兵器開発成功を受けてAECで水爆開発について話し合っていたとき、開発を押し進めようとするストローズにオッペンハイマーは強く反対します。 オッペンハイマーは、核兵器が開発されたことにより、各国が競って更に強力な兵器を作らないよう、核兵器開発の国際管理が必要だと訴えます。一方、ストローズはソ連の核兵器に対抗して、アメリカは更に強力な水爆を開発し、戦争の抑止力とすべきだと主張しました。 そして1954年、ストローズの差し金でオッペンハイマーはスパイ容疑をかけられ、聴聞会が開かれます。その結果、彼は公職を追放されることに。 1959年、商務長官任命のための公聴会で、ストローズはオッペンハイマーとの関係をしつこく質問されます。彼は白を切りつづけましたが、デヴィッド・ヒル博士がストローズがオッペンハイマー失脚を画策したと暴露し、商務長官指名は拒否されました。

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映画『オッペンハイマー』登場人物たちの立場

本作を難解にしている要素の一つに、登場人物の多さと関係性の複雑さがあります。多くの登場人物が、複数の時系列にわたって登場する中で、時代によってその立場が変わっているからです。 上の表では、そんな難解な登場人物について、名前と顔、立場を一覧で紹介しています。さらに詳しい立場や、オッペンハイマーとの関係性などは別記事にて紹介しているので、確認してみてくださいね。 ちなみに、最低限「科学者たちは基本的に協力的、軍や政府関係者は敵対する人物が多い」と捉えていれば問題ありません。

【ネタバレ時系列】映画『オッペンハイマー』結末までのあらすじ

映画『オッペンハイマー』は大きく4つの時間軸を行き来しながら展開していきます。 基本的には、原爆開発以降の水爆推進に関する会議と2つの聴取のシーンはモノクロ、原爆開発までがカラーで語られるため、時間軸の移り変わりは明白かもしれません。しかし、映画前半では同時並行で4つの物語が大きく交わらずに進むため、時系列を把握するのが難しくなっています。 そこで、この見出しでは映画『オッペンハイマー』のあらすじを時系列に分けてわかりやすく解説していきます。

映画『オッペンハイマー』の4つの時間軸
  1. 【1922年~1945年】原爆開発まで優秀な科学者だったオッペンハイマーが、マンハッタン計画を主導し原爆を開発。
  2. 【1947年】水爆開発に関する会議原爆を開発したはずのオッペンハイマーが水爆開発の推進に反対。当時の原子力委員会長官・ストローズと対立。
  3. 【1954年】オッペンハイマーの査問委員会不倫やソ連のスパイ疑惑などの過去をもとに、オッペンハイマーの国家機密へのアクセス権を更新すべきか会議した査問委員会。
  4. 【1959年】ストローズの公聴会彼と対立したストローズへの商務長官就任にあたっての公聴会。オッペンハイマーとの関係について追及される。

優秀な科学者から「原爆の父」へ

1954年。国家反逆罪の疑いで聴聞会に呼ばれたJ・ロバート・オッペンハイマーは、自身の過去を振り返ります。 時は飛んで1959年。アメリカ商務長官の任命に関わる公聴会で、ルイス・ストローズは当時のアメリカ原子力委員会(AEC)長官として、オッペンハイマーとどう関わっていたのか問われます。ストローズはオッペンハイマーが公職を追放されたのは4年前なのに、今さらなにを聞くのかと不快感をあらわにします。

国の命運をかけた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」のリーダーに

『オッペンハイマー』
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1922年。ハーバード大学で化学を専攻していたオッペンハイマー。その後ヨーロッパに渡り、理論物理学者のニールス・ボーアやハイゼンベルクから影響を受けた彼は、量子力学の第一人者となっていきます。 しかし1939年にナチスドイツがポーランド侵攻に進行したことで、第二次世界大戦が勃発。ドイツの科学者が核分裂に成功したと聞き、オッペンハイマーは核爆弾の開発を急ぐ必要を感じます。 1942年、オッペンハイマーは陸軍大佐のレズリー・グローヴスから原爆開発の極秘プロジェクト「マンハッタン計画」のリーダーに任命されます。彼は砂漠のロスアラモスに研究のための町をつくり、アメリカ中から優秀な科学者を集めます。核の軍事利用を懸念する声もありましたが、オッペンハイマーは「ナチスが先に開発するよりマシだ」と説得していきました。

原爆開発から広島・長崎への投下へ

『オッペンハイマー』キリアン・マーフィ
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1943年。開発メンバーの1人であるテラーが核の連鎖反応の理論を発見します。これは1回の核爆発で大気中の原子に連鎖反応が起きて、大爆発になってしまうというもの。オッペンハイマーはアインシュタインにも査読を依頼しますが、断られてしまいます。しかし彼は、もしテラーの理論が正しければ、人類滅亡を防ぐため、研究を中止してドイツにも情報を共有するよう言いました。 オッペンハイマーは連鎖反応の起きる確率は「ニアゼロ(ほどんど0に近い)」と判断します。 彼らは大きなプルトニウム爆弾「ファットマン」と、小さなウラニウム爆弾「リトルボーイ」を開発することに。テラーはより強力な水爆の開発を提案しますが、現実的ではないと却下されました。 開発が進むなか、1945年にドイツが降伏。ロスアラモスの科学者たちの間で原爆開発への疑問の声が抑えられなくなります。オッペンハイマーは自分たちはあくまで開発者で、実験で政府に核の恐ろしさを見せつけて使用を思いとどまらせることが狙いだと説得。 こうして「トリニティ実験」が7月に行われます。オッペンハイマーは原爆投下の決定会議で核兵器の恐ろしさを訴えますが、「戦争を終結させる」という大義名分で広島・長崎への投下が決定。 「トリニティ実験」は成功し、原爆は米軍に移管されました。戦地に送られる2つの原子爆弾を見送りながら、核戦争の始まりを危惧するオッペンハイマー。その後、広島と長崎に原爆が投下されたことをラジオで聞いた彼は、戦争の英雄となった一方で幻覚を見るようになります。

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オッペンハイマーとストローズの対立

『オッペンハイマー』
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1948年。アイソトープのノルウェーへの輸出の是非を巡ってオッペンハイマーとストローズは対立していました。輸出に反対するストローズに、オッペンハイマーは小馬鹿にしたようなな反論を展開し、ストローズに恥をかかせます。 1949年、今度は水爆開発を巡ってオッペンハイマーとストローズは対立しました。ソ連が原爆実験に成功したことを受けて、ストローズはさらに強力な水爆の開発が必要だと主張。さらにロスアラモスのなかにソ連のスパイがいたのではと疑います。 オッペンハイマーは「原爆の父」でありながら水爆の開発には反対。水爆の技術は現時点では実践的ではないことと、これを開発すればソ連と開発競争になると言います。そこでルーズベルト前大統領の構想通り、核兵器開発技術を世界で共同管理すべきだと主張しました。 >2人の主張の違いを解説

オッペンハイマーの査問委員会とストローズの公聴会

ストローズの罠にかかるオッペンハイマー

『オッペンハイマー』
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弟のフランクや妻のキティ、かつての恋人ジーンなど、戦前からオッペンハイマーの周囲には、共産党員が多くいました。そんななか、ロスアラモスでの研究は規模がどんどん大きくなり、関わる人も増え、情報統制がうまくいっていませんでした。 実際に共産党員だったために退去を命じられたメンバーもおり、戦後オッペンハイマーもソ連のスパイではないかと疑われ、1954年に査問委員会が開かれることになります。 査問委員会は公開されない密室で行われ、裁判ではないため法的に認められる証拠も必要ありません。この査問委員会の目的は、オッペンハイマーの共産党関与を証明することではなく、その疑いをかけることで、彼を政治から遠ざけることだったのです。 黒幕の存在が疑われる中、妻のキティはこれがストローズの差し金で、彼はかつて1948年のアイソトープ輸出に関する公聴会でオッペンハイマーに小馬鹿にしたような反論をされ、恥をかかされたことを根に持っているのだと主張します。 委員会の結果、オッペンハイマーは国家機密へのアクセス権の更新を拒否されてしまいました。

自分が仕掛けたのと同じ罠にはまるストローズ

『オッペンハイマー』ラミ・マレック
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1959年。商務長官就任にあたり、開催された公聴会でストローズは、共産党との関与が疑われるオッペンハイマーをAECの議長に任命したのは、単に彼が当時世界でもっとも重要な物理学者だったからだと説明します。 オッペンハイマーの疑惑が深刻になったのは、マッカーシー上院議員による「赤狩り」に便乗して、ボーデンが1954年にFBIに密告したからでした。実はボーデンに極秘情報を渡したのはストローズだったのです。 そんななか、公聴会にマンハッタン計画にも参加したデヴィッド・ヒルが現れ、ストローズは商務長官にふさわしくないと言います。ヒルはストローズは1948年のアイソトープ輸出に関する公聴会でバカにされたことを恨み、オッペンハイマーにスパイ容疑をかけたと多くの科学者が考えていると証言。また、オッペンハイマーの聴聞会を担当した検察官ロブを指名したのもストローズだと暴露しました。 聴聞会と同じく、公聴会も裁判ではないので証拠は必要ありません。ストローズは自分がオッペンハイマーを嵌めたのと同じ罠にはまったのです。

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【結末】「核の連鎖反応」の結果

『オッペンハイマー』(2023年)トム・コンティ、キリアン・マーフィ
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1959年。公聴会で商務長官就任の夢がくだけ、またしてもオッペンハイマーにしてやられたと激怒するストローズ。1947年に、アインシュタインがオッペンハイマーとの会話直後に自分を無視したように、言葉巧みに科学者たちを味方につけたのだと話します。 1947年、オッペンハイマーがストローズと初めて会った日、オッペンハイマーはアインシュタインと言葉を交わしました。そこでアインシュタインは、まずは原爆の成功を祝います。しかしつづけて、この決着がつくのはまだまだ先だと言いました。そこでオッペンハイマーは称賛も含まれるが、その称賛は彼のためではなく、周囲の人間たちのためだ、と。 立ち去ろうとするアインシュタインをオッペンハイマーは呼び止めます。「核の連鎖反応は、成功したと思います」。この言葉は、オッペンハイマーが原爆を作り上げたことが、核の拡散につながったことを意味しています。その場を立ち去ったアインシュタインは、ストローズが話しかけても気がつかないほどに驚愕していました。 降り始めた雨の波紋が広がる池を見つめるオッペンハイマー。彼には数多くの核ミサイルが発射される光景が見えています。 >結末の2つの意味を解説

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【ラストシーン】『オッペンハイマー』結末の意味をネタバレ解説

「核の連鎖反応は、成功した」とはどういう意味?

『オッペンハイマー』ベニー・サフディ
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原爆開発時にオッペンハイマーたちが懸念していた「核の連鎖反応」とは、核爆弾で爆発を起こすことで、大気中の原子が反応し、連鎖反応が起きるというものでした。つまり、1つの核爆弾で世界中の大気が燃え、地球滅亡につながる可能性があるということです。 オッペンハイマーはその可能性は「ニアゼロ(ほどんど0に近い)」と判断し、トリニティ実験、そして広島・長崎への原爆投下に踏み切ります。その判断通り、「核の連鎖反応」は起きませんでした。 しかしその後、オッペンハイマーはアインシュタインに「核の連鎖反応は、成功したと思います」と言っています。これは彼らが原爆を開発したことで、連鎖的にほかの国でも核兵器開発が始まり、開発競争が起こったことを示しています。結果的に核兵器は世界中に広がり、地球滅亡の可能性は高まったのです。 ラストシーンでオッペンハイマーは、無数の核兵器が発射される様子を思い浮かべます。これは、彼が核戦争の勃発を懸念していることを示しています。

映画『オッペンハイマー』結末のもう1つの意味

『オッペンハイマー』キリアン・マーフィ
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映画『オッペンハイマー』のラストシーン、アインシュタインとの会話でアインシュタインは、相対性理論を発表した彼にオッペンハイマーら科学者たちが賞を授与したことに触れました。そして、あの賞はアインシュタインのためではなく、オッペンハイマーたちが前に進むための区切りだったと語りました。 会話の後、オッペンハイマーは、多くの人から「原爆の父」として称賛され、新たな科学者たちから賞を受け取ります。アインシュタインと同様に1つの時代を築いたオッペンハイマーも、歴史の舞台から下ろされたのです。 このラストは、原爆という兵器が世界レベルで拡散されていく「核の連鎖反応」の一方で、オッペンハイマー個人は世界を変えながらも盛者必衰の理に逆らえないという対比になっているのではないでしょうか。

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【考察】映画『オッペンハイマー』があえて長崎・広島を明示しなかった理由

『オッペンハイマー』キリアン・マーフィ
© Universal Pictures/Photofest/Zeta Image

本作は「原爆の父」オッペンハイマーについての映画でありながら、唯一の戦争被爆国である日本の具体的な描写は非常に少ないことも議論の的となっています。その徹底ぶりは、原爆投下の被害が語られるシーンであっても、被害を記録した画像を見る観客の反応のみが映るほど。 このように具体的な被害の描写が描かれない理由にはまず、物語があくまでもオッペンハイマーの生涯を描いたものだからという点があげられるでしょう。彼は実際に広島・長崎の惨状を目にしたわけではないため、具体的な描写はなかったと言えます。 また、具体的な被害を描かないことで、観客が「原爆=大量破壊兵器=悪」という構図で思考停止しないように意図していると考えられます。本作はオッペンハイマーの伝記映画であると同時に、原爆を通して1つの兵器の誕生とそれによる軍拡競争の拡大も描いています。 意図的に日本の描写をしないことで、原爆と紐づけられやすい「被害」という側面を切り離し、兵器開発が平和をもたらすというジレンマと、「世界を変えた」とも言われた原爆で飽き足らずに兵器開発を続ける人類の性に焦点を当てたかったのではないでしょうか。

原爆投下の責任を考える

『オッペンハイマー』キリアン・マーフィ
© Universal Pictures/Photofest/Zeta Image

オッペンハイマーは日本への原爆投下の結果に心を痛め、トルーマン大統領と面会した際に「自分の手が血塗られているように感じる」と言っています。これを聞いた大統領は彼の弱気な姿勢に憤慨。「原爆投下の責任を問われるのは、作った者ではなく使った者だ」と返し、オッペンハイマーを「泣き虫」呼ばわりしました。 アメリカでは、長らく原爆投下が戦争を終結させたと言われてきましたが、マンハッタン計画に参加した科学者たちのなかにも、原爆の使用に反対する者はいました。原爆を投下しなくても、日本の降伏は時間の問題だと考えていた人もいたのです。 科学者が科学の可能性を追求するのは当然のことに思えます。しかしその結果生み出したものが大量破壊兵器だったことに、劇中ではオッペンハイマーをはじめ、多くの科学者が苦悩します。アインシュタインの言葉にもあったように、最悪の事態まで想定することも科学者の使命なのかもしれません。 責任の所在について簡単に答えを出すことはできません。しかし、オッペンハイマーが原爆を作ってしまったという事実に贖罪するかのようなシーンが多く見られることからも、原爆開発という「世界を変えた」ことへの責任を考えるというメッセージがあるのかもしれません。

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【元ネタ】プロメテウスと「我は死神なり」の意味は?

「我は死神なり、世界の破壊者なり」は誰の言葉?

『オッペンハイマー』キリアン・マーフィ
© Universal Pictures/Photofest/Zeta Image

劇中でオッペンハイマーが何度か口にする「我は死神なり、世界の破壊者なり」という言葉は、インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』の一節です。ヴィシュヌ神の化身であるクリシュナが、戦いに消極的な王子アルジェなを説得するために恐ろしい姿に変身し、語った言葉です。 クリシュナと自身を重ねたオッペンハイマーは、この言葉を引用し「世界はそれまでと変わってしまった。我は死神なり、世界の破壊者なり」と、その心情を吐露しました。

ゼウスの火を盗んだプロメテウスの引用はどういう意味?

『オッペンハイマー』の原作のタイトルは『American Prometheus(アメリカのプロメテウス)』です。プロメテウスはギリシャ神話に登場する神で、全能の神ゼウスから火を盗んで人類に与えました。しかし天界の火の強大な力を人類はコントロールできず、自ら破滅に向かうだろうと予言しています。 オッペンハイマーの心の師であるニールス・ボーア博士は「人類はまだ原子爆弾を持つ準備ができていない」とし、オッペンハイマーをプロメテウスになぞらえました。 プロメテウスは人類に火を与えたその罰としてカウカソス山に鎖でつながれ、毎日ワシに肝を食われることになります。オッペンハイマーもまた、生涯良心の呵責に苦しむという罰を受けたのではないでしょうか。

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【史実】映画『オッペンハイマー』はどこまで実話?その後どうなったのか

ロバート・オッペンハイマー
© Photofest/Zeta Image

映画『オッペンハイマー』のストーリーは多少の脚色はありますが、ほぼ史実に正確なものとなっています。 オッペンハイマーがマンハッタン計画に参加するまでの過程や、彼の私生活、原爆の開発に成功し「原爆の父」として名声を得たものの、罪悪感に苦しんだ姿も当時の彼の発言を引用しています。トルーマン大統領との面会シーンでの発言は、本作公開以前からよく知られていたものです。 1950年頃から彼はスパイ容疑をかけられ、晩年に至るまでFBIによる尾行や盗聴など、厳しい監視下に置かれていました。そうした状況のため、その後、公には原爆開発を後悔しているといった内容の発言はしていません。 アインシュタインとは実際に交流がありましたが、劇中のような言葉を交わしたかは不明です。 オッペンハイマーの死後、2022年に米エネルギー省のグランホルム長官が、彼を公職から追放した1954年の処分は「偏見に基づく不公正な手続きだった」として、取り消したことを発表しました。オッペンハイマーにスパイ容疑の罪を着せて資格を剥奪したことを公式に謝罪しています。

【モデル】「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーを解説

オッペンハイマー
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ロバート・オッペンハイマーは、ドイツ移民の子として1904年にニューヨークで生まれました。ハーバード大学やケンブリッジ留学を経て、ゲッティンゲン大学で理論物理学の博士号を取得。若くして物理学の教授となります。 1942年に「マンハッタン計画」が開始され、オッペンハイマーは「ロスアラモス国立研究所」初代所長となって原爆製造の研究チームを主導。彼らは世界で初めて原爆開発に成功したチームであり、ニューメキシコでの核実験の後、広島と長崎に原爆が落とされました。 戦後は原子力委員会のアドバイザーとなり、核兵器の国際的な管理や反「水爆」を訴えましたが、冷戦下の赤狩りによって公職から追放され、FBIの監視下に置かれるなど不遇な後世を送りました。 後に原爆開発を主導したことを後悔して「科学者は罪を知った」という言葉を残し、ヒンドゥー教の聖典の一節「我は死神なり、世界の破壊者なり」で知られる神クリシュナを自身に重ね合わせたといいます。

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【原作】オッペンハイマーについて更に知ることが出来る小説

映画『オッペンハイマー』の原作小説

映画『オッペンハイマー』の原作は、カイ・バードとマーティン・シャーウィンによるノンフィクション小説『American Prometheus:The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer』(2005年刊)です。同作は2006年にはピューリッツァー賞を受賞。日本では、『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』のタイトルで、2007年に刊行されました。 日本語版は今回の映画公開に合わせ、映画と同じ『オッペンハイマー』のタイトルに変更し、「上・異才」「中・原爆」「下・贖罪」の3巻が、2024年にハヤカワノンフィクション文庫から刊行されています。

オッペンハイマーを描いたドキュメンタリー

ロバート・オッペンハイマー
© Photofest/Zeta Image

NHKのドキュメンタリーシリーズ『映像の世紀バタフライエフェクト』では、第53回で「マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」を扱っています。 オッペンハイマーの生い立ちから、天才物理学者としての台頭、そしてマンハッタン計画で原爆を開発し、「戦争を終わらせた英雄」となった一方で、罪悪感に苦しんだ姿を追います。戦後に水爆開発に反対したことや、赤狩りで公職を追われる経緯まで知ることができます。

【感想・評価】映画『オッペンハイマー』は日本でどう受け取られるのか

オッペンハイマー
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オッペンハイマー』の総合評価
4.5 / 2人のレビュー
吹き出し アイコン

30代女性

「原爆を作ることになった男」の話。日本人として被爆の被害には少ししか触れられていないところは気になったけど、人間ドラマとしてのバランスを考えるとそうなるかも。大量破壊兵器を作ってしまった罪悪感が痛いほど伝わってきた。映像はもちろん、音もすごくて没入感あった。

吹き出し アイコン

30代男性

常に「オッペンハイマーが」という主語で物語が進む。登場人物は多いけど、これは「オッペンハイマーの足跡をたどる映画」なのだから、実際にいた周囲の人も描かれているんだと思う。3つの時間軸がバラバラに進み、気づけばきれいにつながっていた。難しいけど、とてもいい映画だった。

【キャスト】映画『オッペンハイマー』の登場人物・俳優

J・ロバート・オッペンハイマー役 キリアン・マーフィー
キャサリン・“キティ”・オッペンハイマー役 エミリー・ブラント
レズリー・グローヴス役 マット・デイモン
ルイス・ストローズ役 ロバート・ダウニー・Jr.
ジーン・タットロック役 フローレンス・ピュー
デヴィッド・ヒル役 ラミ・マレック

J・ロバート・オッペンハイマー役/キリアン・マーフィー

キリアン・マーフィー
©Graylock/ABACAUSA.COM/Newscom/Zeta Image

主人公となるロバート・オッペンハイマー役に、ノーラン監督作の常連であるキリアン・マーフィーが決定しました。 キリアン・マーフィーは1976年5月25日生まれ、アイルランド出身の俳優。ダニー・ボイル監督の『28日後...』(2002年)で主演を務めた他、英BBCドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』の主人公トーマス・シェルビー役で知られています。 ノーラン監督作では「ダークナイト」3部作でヴィランのスケアクロウを演じた他、『インセプション』(2010年)と『ダンケルク』(2017年)に出演にしています。

キャサリン・“キティ”・オッペンハイマー役/エミリー・ブラント

エミリー・ブラント
©Dennis Van Tine/Future Image/WENN.com

"キティ"ことキャサリン・オッペンハイマーは、J・ロバート・オッペンハイマーの妻として知られている、生物学者で植物学者の女性です。幼い頃にドイツから米国に渡り、やがてアメリカ共産党員に。オッペンハイマーと結婚してからは、彼の実験助手なども務めていました。 演じるのは、1983年2月23日生まれ、イギリス出身のエミリー・ブラント。映画『プラダを着た悪魔』(2006年)で注目を集め、近年は、話題作『クワイエット・プレイス』(2018年)の主演などを務めています。クリストファー・ノーラン監督作品への出演は本作が初めてです。

レズリー・グローヴス役/マット・デイモン

マット・デイモン
WENN.com

レズリー・グローヴスは、アメリカ陸軍の軍人で、オッペンハイマーとともに原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」を主導した人物。司令官として日本への原爆投下を推進した彼は、「広島は軍事都市だ」と虚偽の報告書を作って大統領に投下を許可させたことから、原爆投下の主犯とも言われています。 演じるのは、1970年10月8日生まれ、アメリカ出身のマット・デイモン。脚本も手がけた主演映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)で脚光を浴び、「オーシャンズ」シリーズや「ボーン」シリーズなど数々の人気作品に出演してきました。 過去のクリストファー・ノーラン監督作品には、2014年公開の『インターステラー』にマン博士役で出演しています。

【制作・配給秘話】ワーナーとの20年の関係の終焉 ユニバーサルと契約決定

ワーナー『TENET』配信による亀裂

テネット、tenet
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ノーラン監督の最新作は、長年彼の作品を配給してきたワーナー・ブラザースではなく、新たにユニバーサル・ピクチャーズが配給することに。 2020年のコロナ禍のうちに劇場公開された『TENET テネット』が興行的に振るわなかったため、ワーナーが「HBO Max」での配信を決定したことで、劇場公開にこだわるノーラン監督との関係に亀裂が入ったともいわれています。 2002年の『インソムニア』から、「ダークナイト」3部作、『プレステージ』(2006年)、『インターステラー』(2014年)、『ダンケルク』、そして『TENET テネット』までの9作品すべてを配給してきたワーナー。その蜜月関係が、コロナ禍で引き裂かれるとは予想だにしない出来事でした。

ユニバーサルとの契約に至る経緯

ノーラン監督は自身が手がけた最新作の脚本を、各スタジオや配信サービスに開示して出資者の選定を行っていたそう。 ノーラン監督側は契約の条件として、「ファイナルカット権の保持」や「90~120日間の独占劇場公開」、チケット売上の収入から20%の報酬を受け取る「ファースト・ドル・グロス契約」などを要求。ユニバーサルはこれらの要求に応える姿勢を示したようです。 特に今回の契約の裏側では、ユニバーサル会長のドナ・ラングレーが一役買ったとされています。両者が合意に至るまでには、数カ月にわたる交際期間やミーティングなどが設けられ、関係の構築を積極的に進めてノーラン監督の要望や意向をできる限りくみ取っていったようです。

【監督】クリストファー・ノーランについて改めて知る

21世紀最高の映画作家の1人

クリストファー・ノーラン
©︎Lia Toby/WENN.com

クリストファー・ノーランは1998年の監督作『フォロウィング』で長編映画デビューを飾り、2000年には2作目『メメント』で注目を集めました。 2005年の『バットマン ビギンズ』からスタートした「ダークナイト」3部作で高い評価を得て、以降『インセプション』、『インターステラー』、『ダンケルク』と作家主義を重視しながら商業主義的な大作の成功も両立させ続けていますインターネットやCGが嫌いなことで有名で、映画館での上映にこだわりを持つ生粋のアナログ派。その最たるものでは、映画の撮影にはデジタルが主流な中、いまだフィルムを使用する徹底ぶり。IMAXを長編映画で使用した初めての監督でもあります。 逆行する時間を表現した『メメント』や『TENET テネット』、記憶が重要なテーマとなった『インセプション』や『インターステラー』など、時間や記憶を操る作風が特徴。弟のジョナサン・ノーランとは『プレステージ』や『インターステラー』で脚本を共作しています。

CG不使用・フィルム撮影というこだわり

徹底的にCG不使用

『インセプション』 (z)
©️Photofest/Warner Bros. Pictures/zetaimage

極力CGを使うことを避け、可能な限り「本物」の撮影を決行するノーラン監督。中でもビルの爆破解体を利用したり、18輪トレーラーを縦回転させた『ダークナイトや、戦闘機にIMAXカメラを付けたまま水没させた『ダンケルク』ジャンボジェット機を爆破させた『TENET テネット』など豪快な逸話も多数あります。 さらに、『インセプション』では無重力状態のホテルを360度回転する巨大なセットを作って表現したり、『インターステラー』ではカナダにトウモロコシ農場を実際に作ったりとそのこだわりはもはや伝説!

大手フィルム会社・コダックを救う

ノーラン監督のフィルム撮影のこだわりが、フィルムメーカーのコダック社を経営難から救ったというエピソードもあります。現在ではデジタル撮影が主流の映画界で、ノーラン監督は数少ないフィルム派の1人。 2014年にはJ・J・エイブラムスクエンティン・タランティーノらフィルムを愛する映画監督とともに映画スタジオに働きかけて、コダック社から一定量のフィルムを購入する契約を締結。コダック社のフィルム製造を継続させた話は有名です。

映画『オッペンハイマー』のネタバレ解説で時系列を復習しよう

ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』は3月29日に公開。『TENET テネット』制作チームが再集結した壮大な映像は、もちろん見どころの1つ。 唯一の戦争被爆国日本でオッペンハイマーの物語はどう受け取られるのでしょうか。ぜひ劇場でたしかめてみてください。