2021年8月10日更新

『風立ちぬ』里見菜穂子(さとみなおこ)を徹底考察!どうして山に帰ったのか

『風立ちぬ』

この記事ではジブリ映画『風立ちぬ』のヒロイン・里見菜穂子について徹底的に考察します。菜穂子は結核にもかかわらず、主人公・堀越二郎との結婚に踏み切るなど芯の強い女性です。今回はそんな彼女が山に帰った理由を考察し、堀辰雄の小説との比較を行います。

ジブリ史上最高に可愛いヒロイン?里見菜穂子(さとみなおこ)とは【ネタバレ注意】

『風立ちぬ』
© Touchstone Pictures

ジブリ映画『風立ちぬ』のヒロイン・里見菜穂子(さとみなおこ)は架空の人物ですが、モデルは昭和初期に活躍した作家・堀辰雄の婚約者・矢野綾子です。 菜穂子の生年月日や年齢は劇中で明かされませんが、矢野綾子は1911年9月12日に生まれ、1935年12月に結核のため24歳で亡くなっています。 今回は、菜穂子の「来て」というセリフの意味や、彼女が山の療養所に帰った理由を考察し、堀辰雄の小説の登場人物と比較します。 ※この記事は『風立ちぬ』のネタバレを含みますので、読み進める際は注意してください。またciatr以外の外部サイトでこの記事を開くと、画像や表などが表示されないことがあります。

「来て」という言葉は結婚初夜だけではなかった?「生きて」に隠された意味とは

『風立ちぬ』が大人向けと言われる理由は「来て」にある?

『風立ちぬ』

ジブリ映画『風立ちぬ』の主人公である航空技術者・堀越二郎の婚約者・里見菜穂子は結核と見られる病気のため山の療養所に入っていました。 しかし菜穂子はある日雪のなか療養所を抜け出して二郎のところへやってきます。二郎たちは会社の上司である黒川夫妻の仲人で夫婦固めの杯を交わし、そのまま黒川邸の離れで新婚生活を始めました。 結婚初夜、二郎は病気の菜穂子のことを心配して肌を合わせないでいると、菜穂子は彼に「来て」とささやいて、自分の床に誘います。 女性が男性を誘うという大胆な意味のある「来て」というセリフですが、実はこのセリフは劇中でもう1回使われる予定でした。

夢の中に現れた菜穂子の発した「生きて」の本当の意味とは?

映画のラストで二郎の夢のなかに現れた菜穂子は、彼に「生きて」と言います。 この場面は最初「来て」というセリフで作られる予定だったそうです。宮崎駿はインタビューで、『風立ちぬ』のキャッチフレーズである「生きねば」に沿うため、「来て」を「生きて」に変更したと語っています。 いずれにしてもこの場面の菜穂子のセリフの意味は、死んだ私のところに来て、という意味ではありえません。 自分との別れや日本の敗戦を受け入れて二郎に新たな一歩を踏み出してほしい、というメッセージであると解釈できます。 菜穂子の死については一切言及しないこの映画。ラストも「どんな事があっても生きていかなければならない」という肯定的な演出と言えるでしょう。

結核だったヒロイン・菜穂子はどうして山に帰った?死因は何だったのか

風立ちぬ

黙って山に帰っていった理由は?

二郎がその開発に全力を注ぎ込んでいた三菱九試単座戦闘機が完成して、いよいよ試験飛行が行われる日の朝。菜穂子は二郎を励まして見送ったあと、療養書のある山に戻ると置き手紙をして黒川邸を去っていきます。 たまたま二郎たちを訪れに来る途中で菜穂子とすれ違った二郎の妹・加代はすぐに菜穂子の後を追おうとしますが、黒川夫人は彼女を引き止めます。 菜穂子は「女性として綺麗な部分だけ、愛する人に見てもらいたかった」のだから、黙って山に帰らせてやりなさい、と言うのです。二郎が仕事に打ち込めるようにという、妻としての勇気ある決断とも言えるでしょう。 病気が本格的に悪化する前に、二郎と短くとも幸福な結婚生活を送れるよう影で応援していた黒川夫人らしいセリフです。

菜穂子(なおこ)は自殺してしまった?どんな最期だったのか

映画ではこの後菜穂子がいつ、どのようにして亡くなったのか描かれることは一切ありません。このため菜穂子は自殺したのではないか、と推測するファンもいます。 自殺説の根拠のひとつは、病院に戻るにはバスに乗って駅に向かう方が楽なのに、菜穂子は道を歩いていた、ということです。彼女は自殺するために、どこか別の場所に向かったと推測される、というのです。 自殺説のもうひとつの根拠は、松任谷由実が歌う主題歌『ひこうき雲』の「高いあの窓で、あの子は死ぬ前も空を見ていたの」という歌詞。この部分は、「あの子は高い窓から飛び降りた」と取れなくもありません。 しかし、映画のなかで黒川邸を出た後、菜穂子と同じ服装の女性が汽車に乗っている場面があります。菜穂子は病院に戻って、病気で亡くなったと考えるほうが自然ではないでしょうか。

原作小説のヒロインは菜穂子ではなかった!堀辰雄の小説がモチーフ

堀辰雄の『風立ちぬ』のヒロインは節子だった

風立ちぬ

ジブリ映画『風立ちぬ』は堀辰雄の小説『風立ちぬ』から物語の一部を借用しています。しかし小説の主人公の名前は節子であり、ジブリ映画のヒロインの名前とは異なっています。 ジブリ映画のヒロインの名前は堀辰雄の別の小説『菜穂子』から来たものです。ジブリ映画『風立ちぬ』はこの小説からも物語の重要な要素を取り入れています。 ここからは、ジブリ映画のヒロイン菜穂子と堀辰雄の小説の人物像を比較してみましょう。 堀辰雄の小説『風立ちぬ』は、前述のように1935年に結核で亡くなった彼の婚約者・矢野綾子をモデルにしています。映画で菜穂子が高原で絵を描いている場面や、東京の彼女の自宅を二郎が訪れるシーンなどは、この小説にもとづいています。 年齢も映画のクライマックスである1934~1935年当時23~24歳であった矢野綾子は、映画の菜穂子とほぼ同じです。

なぜ菜穂子をヒロインの名前にした?

一方、堀辰雄の小説の菜穂子はジブリ映画の菜穂子と異なり、25歳のときに10歳も年上の男性と結婚した女性です。 結婚から3年、姑との生活に馴染めない彼女が結婚を後悔し始めた矢先、菜穂子は喀血して八ヶ岳山麓の病院に入院します。 雪が激しく降る日、菜穂子は病院を抜け出して東京に戻りホテルで夫と待ち合わせます。姑と母子差し向かいの生活が楽な夫は、彼女をホテルに置いて家に帰っていきました。 ひとり残された菜穂子は、自分に新しい人生の道が示されたように感じます。 この小説のエピソードは、映画で雪の療養所を出て二郎に会いに行く菜穂子に重なります。まったく境遇の違う2人ですが、どちらも夢中になって行動するなかで主体性を見いだした、と言えるでしょう。 限りある人生を主体的に生き抜こうとする女性として、菜穂子という名前のほうがジブリ映画『風立ちぬ』のヒロインにふさわしいかもしれません。

『風立ちぬ』ヒロイン里見菜穂子は病気と戦った芯の強い女性だった!

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この記事では『風立ちぬ』のヒロイン・里見菜穂子の「来て」というセリフの意味や彼女の行動の理由を考察し、堀辰雄の小説との比較を行いました。 里見菜穂子は、限られた人生のなかで自分の求めるものをつかもうと主体的に行動する芯の強い女性として描かれています。 実在の人物である堀越二郎の史実にもとづきつつ、彼と1歳違いの作家・堀辰雄の小説世界を大胆に取り入れた構成力は特筆すべきでしょう。