2021年7月22日更新

乙事主(おっことぬし)のルーツに迫る!『もののけ姫』偉大な猪神はなぜタタリ神となったのか

『もののけ姫』(1997年)乙事主

スタジオジブリの代表作『もののけ姫』に登場する巨大な猪神、乙事主。ストーリー上重要な役割を担うこの偉大な猪神について、基本情報からモデルとなった言い伝え、名言まで紹介していきます。

目次

『もののけ姫』乙事主(おっことぬし)を徹底解説!モデルは名言も紹介

1997年に公開され、大ヒットを記録したスタジオジブリ映画『もののけ姫』。自然と人間の対立を描いた美しいアニメーションである本作には、魅力的なキャラクターが数多く登場します。 今回はそんな多くのキャラクターのなかから、衝撃の展開をもたらす猪神・乙事主に迫っていきましょう。その基本情報やモデルになった神話、名言などを紹介します! ※本記事には『もののけ姫』のネタバレが含まれます。未鑑賞の場合は注意してください。

乙事主(おっことぬし)の基本情報

種族 イノシシ
立場 鎮西(九州)の王
年齢 500歳
声優 森繁久彌

乙事主は4本の牙を持つ巨大な猪神です。もののけの住む「シシ神の森」を破壊しようとするエボシ御前たち人間を憎み、彼らを止めるためにやって来ました。 誇り高く義理堅い性格で、タタリ神となってしまった仲間のナゴの守から死の呪いを受けたアシタカや、サンに対しても、彼らの言葉に耳を傾け尊重する心の広さがあります。アシタカには、戦が始まる前に逃げるよう忠告するなどしました。

目が見えない

『もののけ姫』(1997年)

サンの「乙事主さまの目になりに行きます」というセリフから、乙事主は老齢のため目が見えなくなっていることがわかります。目やにが出ていたり、黒目が白く濁っていたりするところを見ると、白内障を患っているようです。 しかし鋭い嗅覚と洞察力で、ジコ坊の偵察を見抜くなど、そのハンデを感じさせません。また長距離を移動したり、重傷を負いながらも巨大な岩を楽々と粉砕したりと、高い身体能力を保っています。

怒りに支配されタタリ神に

『もののけ姫』(1997年)

乙事主はサンとシシ神のもとへ向かう途中、仲間の猪神たちの毛皮をかぶった人間たちに取り囲まれたことで、タタリ神になってしまいました。 自身も瀕死の重傷を負ったうえ、無残に殺された仲間たちを残酷な方法で思い出させられたことで、乙事主は人間への怒りと憎しみからタタリ神になってしまったと考えられます。 またモロの君によれば、乙事主がタタリ神になったのは「死を恐れた」ためだとか。モロも同じく石火のつぶてを身に受けましたが、タタリ神にはなりませんでした。それは彼女が死に向き合い、受け入れていたからでしょう。 人間に対する憎しみや人間に殺される恐怖から、乙事主はタタリ神になってしまったのです。 しかしサンが暴走する乙事主に触れたとき死の呪いを受けなかったことから、彼は完全にタタリ神になったわけではなかったことがわかります。そして完全にタタリ神となる前に、シシ神に命を吸収されたのでした。

【ルーツ】乙事主っていったい何者?

乙事主の最初の登場シーンでは、猟師が彼を見て「鎮西の乙事主だ」と言います。 「鎮西」とは太宰府のことで、このセリフから乙事主が九州から海を渡ってやってきたのだとわかります。鎮西の猪神の王である乙事主は、人間たちの横暴を食い止めるため、大勢の仲間を伴って中国地方にあると思われる「シシ神の森」に来たのです。

名前の由来

乙事主の名前の「乙事」は、宮崎駿監督の別荘がある「長野県諏訪郡富士見町乙事」が由来である可能性が高いと言われています。 乙事の語源は「遠近(おちこち)」、つまり遠くと近くを意味する「あちこち」という言葉がなまったもので、乙事には「あちこちから人が集まってきた場所」という意味があるそうです。 乙事主の、あちこちから人が集まってきてしまうようなカリスマ性を表した名前だと言えます。

【裏設定】知られざるモロとの関係とは

もののけ姫

モロがタタリ神になりかけている乙事主を見て、「言葉まで失くしたか」と言うシーンを収録した際、宮崎駿監督は、モロの声優を務める美輪明宏に乙事主とモロがむかしは“良い仲”だったという裏設定を明かしたそうです。 劇中で300歳のモロと500歳の乙事主は、若い頃から交流があり、1度は恋仲になりました。しかし人間を憎む気持ちは同じであるものの、彼らへの対抗の仕方をめぐって意見が対立し、100年前に別れたのだとか。 宮崎監督はこの設定を伝えることで、モロの女らしさを表現してもらいたかったと語っています。

【モデル】古事記に登場する2人の猪神

日本神話が記された古事記には、人間の王や英雄の前に立ちはだかる大猪がたびたび登場します。 猪は害を加えてくる人間に対して、王や英雄をも上回る大きな力で罰を下していました。

伊吹山の神の化身

1つ目の神話は、伊吹山の神の化身である白い大猪の話です。 あるとき英雄ヤマトタケルは、現在の滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山に行きます。彼はその山の神を倒し、自分が土地を治めようとしていました。 山を登ろうとした彼は、ふもとで牛ほどもある大きな白い猪に遭遇。そして「この猪は山の神の使いに違いない。帰るときに殺してやる」と言いました。 しかしそのまま山を登っていったヤマトタケルは、激しい雹に打たれて気を失ってしまい、その後なんとか山を下りることができました。 実は彼が遭遇した大猪は使いではなく、山の神自身が猪に化身したものだったのです。使いと言われて怒った神は、雹を降らせてヤマトタケルを追い返したのでした。

葛木山の神 一言主(ひとことぬし)

もう1つ、乙事主のモデルとなったと思われる神話があります。 雄略天皇が現在の奈良県と大阪府にまたがる葛城山に登ったとき、彼の目の前に大きな猪が姿を現しました。天皇がその猪に向かって矢を射ると、猪は怒って突進してきます。天皇は木に登って難を逃れました。 別の日、天皇が役人たちとともに再び葛城山に登ると、自分たちにそっくりな集団に遭遇します。天皇が「この国の王は私しかいないのに、そのようにふるまうのは何者だ」と尋ねると、相手は同じ問いを返してきました。 天皇が矢をつがえ「名を名乗れ」と言うと、相手は「葛木山の神、一言主である」と答えます。畏れを抱いた天皇が献上品を渡すと、一言主はその敬意に応え、一行を山のふもとまで送っていったということです。

【名ゼリフ】熱く切ない 乙事主の心の叫び

「ありがとうよ、お若いの……。悲しいことだが一族からタタリ神が出てしまった」

『もののけ姫』

アシタカから仲間であるナゴの守の最期を聞かされたとき、乙事主が語ったセリフです。 乙事主は人間を憎んでいるにも関わらず、アシタカの話に耳を傾け、身内の最期を教えてくれたことにお礼を言ったのです。 また元々は気高い猪神だったナゴの守が、正気を失い呪いを撒き散らすタタリ神となってしまったことについて、悲しみと悔しさのにじむ様子で語りました。 度量が広く仲間思いな乙事主の人格が滲み出るシーンでした。

「たとえ、我が一族ことごとく滅ぶとも人間に思い知らせてやる」

『もののけ姫』

ナゴの守の最期を聞きアシタカに感謝した乙事主でしたが、エボシ御前たち人間への憎しみが消えたわけではありません。衰退しつつある猪神の一族は、いつか人間の食料として狩られるようになると彼は危惧していました。 「一度にケリをつけようなどと、人間の思うつぼだ」と言うモロに対して返したこのセリフから、乙事主の覚悟が伝わってきます。

「もどってきた!黄泉の国から戦士たちが帰ってきた!」

『もののけ姫』

瀕死の重傷を負い、サンとともにシシ神のもとに向かっていた乙事主。彼は人間に殺された大勢の仲間たちが帰ってきたことを察知します。 しかしそれは、猪神の毛皮をかぶった人間の一団でした。仲間たちの無残な亡骸に取り囲まれ、そのことに気づいた乙事主は、怒りと憎しみでタタリ神になってしまいます。 一瞬希望を見出した乙事主の声が、とても切ないシーンです。

【声優】森繁久彌

乙事主の声を担当したのは、元NHKアナウンサーで俳優、歌手の森繁久彌です。『もののけ姫』では乙事主のほかに、アシタカの村の老人役も演じています。 彼は俳優に転身後、舞台やラジオ番組で喜劇俳優として注目されるようになり、映画「社長シリーズ」や「駅前シリーズ」で人気を博しました。1955年には『夫婦善哉』でブルーリボン賞主演男優賞を受賞。 そのほかの受賞も多く、1975年に紫綬褒章、1984年に文化功労者などのほか、1991年には大衆演劇分野で初となる文化勲章も受章しています。 2009年、96歳で惜しまれつつもこの世を去りました。

『もののけ姫』乙事主は誇り高き猪神!切ない最期でも愛される王

もののけ姫

誇り高い猪神でありながら、最期はタタリ神となってしまった乙事主。人間との戦いのなかで多くの仲間を失い、傷ついた彼の姿はとても痛ましく悲しいものです。 彼の正体やモデルとなった神話などを知って、あらためて『もののけ姫』を観てみると新しい発見があるかもしれませんね。