2021年7月24日更新

『もののけ姫』タタリ神(祟り神)は何を表しているのか?発生条件を整理してメッセージを考察

『もののけ姫』

『もののけ姫』でアシタカに死に至る呪いをかけ、人間たちに祟りをもたらしたタタリ神。恐ろしい力と外見を持っていますが、いったい何を表している存在なのでしょうか。今回は劇中での発生条件や経緯をもとに、タタリ神に込められたメッセージを考察してみました。

『もののけ姫』のタタリ神(祟り神)に込められたメッセージを考察

名匠・宮崎駿監督が構想16年、制作に3年をかけたジブリ映画『もののけ姫』。本作に登場するタタリ神が、子どもの頃トラウマになった人もいるかもしれません。 触れた草木は腐って枯れ落ち、死の呪いを撒き散らす祟りの神「タタリ神」。身体は粘土質の触手がびっしりと覆い、土蜘蛛のような形をした化物です。宮崎監督はタタリ神にどんなメッセージを込めたのか、発生条件を整理して考察していきます!

タタリ神になったキャラクターたち

ナゴの守

『もののけ姫』

冒頭でアシタカの村を襲うタタリ神の正体は、シシ神の森の猪神「ナゴの守」です。 森に暮らす同胞を束ねる王であるナゴの守は、エボシ御前が率いるタタラ場の周囲に陣を取っていて、森を切り開こうとする人間たちと争い合ってきました。しかし石火矢衆の投入で劣勢となり仲間を失った末、生き残った自身も重傷を負い逃亡することに。 走り回るうちに負の感情を増大させ、辺りの呪いを集めながらタタリ神へ転じました。最期はアシタカの村へたどり着き、仲間のため“神殺し”を決意した彼の手で討たれます。本来の姿を取り戻すものの、鎮魂を願う村人に呪詛を吐きながら消滅したのでした。

乙事主

『もののけ姫』

乙事主はシシ神の森を破壊する人間を憎み、鎮西(九州)からやって来た猪神の王です。 モロの君の台詞によれば、乙事主がタタリ神になったのは“死を恐れた”ため。ナゴの守と同じく石火矢衆との戦いで同胞を喪ったうえ、自身も重傷を負いました。猪神の毛皮を被った人間に攻撃されたことが決定打となり、負の感情に心を支配されます。 猪神の風格と思慮深さは見る影もなくなり、血反吐を吐きながら錯乱する乙事主。サンが必死で呼びかけ、正気に戻そうとしたものの叶いませんでした。最期は完全にタタリ神へ転じる寸前、生と死を司るシシ神の力で命を吸収されます。

アシタカ(腕だけ)

『もののけ姫』

アシタカはタタリ神とは違いますが、一時的にその力を身に宿していたと言えます。 ナゴの守から村を守る戦いで、彼の右腕にタタリ神の呪いを示す痣がつきました。村の長老のヒイ様曰く、呪いは時間の経過で骨の髄まで達し、死に至る毒を持つそう。 怒りや憎悪、戦闘意思などに反応して、命と引き換えに潜在能力を引き出す力もあり、アシタカにも超人的な変化が起きています。弓を射る際は痣周辺の筋肉が肥大化し、一矢のみで敵の腕や首を吹き飛ばしたり、素手で大太刀の刀身を曲げたりしました。 最後は奪われたシシ神の首を取り戻す代わりに、タタリ神から受けた呪いが解かれます。しかし“過ちを繰り返さない”戒めとして、一部の痣は残されているとか!

タタリ神になる条件は?

①傷ついたとき

『もののけ姫』

タタリ神が発生した状況をみると、総じて身体に瀕死レベルの重傷を負った時であり、それによって死への恐怖を体感した時でした。 そして身体だけでなく同胞が傷付けられたことによる心のダメージも影響しているようです。心が傷つくことによって負の感情が引き出されます。アシタカの呪いも、戦闘時の殺意などに反応しているため、タタリ神化に負の感情が関係することは間違いありません。

②怒りや憎しみに心を支配されたとき

猪神たちは心身ともに傷付いた結果、負の感情が増大してタタリ神へと転じてしまいました。怒りや憎しみに心を支配され、我を忘れてしまったとき生き物はタタリ神になります。 しかしヒイ様によれば、「少なくともナゴの守クラスの動物神がタタリ神化することなど普通は有り得ない」そう。動物神たちは本来、自らの心を制御することに長けていたはずなのです。 そんな動物神でさえ抑えきれないほどの尋常でない怒りの原因を、エボシ御前たち人間がも作り出したということでしょう。それだけ深く自然界を傷付け、搾取し、彼らを虐げていたという人間の残酷さも読み取れます。

込められているメッセージを考察

①怒りや憎しみは身を滅ぼす

モロの君もエボシ御前を憎んでいますが、森や神が衰退する現実を受け入れており、見境なく人間を襲う猪神を「浅はか」と断じました。 タタリ神化でパワーは増大しますが、一方で自我を失って身を滅ぼす結果となるため、負の感情に身を任せる=自殺行為とのメッセージが読み取れます。乙事主の「たとえ我が一族がことごとく滅ぶとも、人間に思い知らせてやる」という台詞も、彼の運命を予言するようです。 またアシタカが呪いを受けたことや、タタリ神が生物を無差別に殺傷する様から、負の感情が周囲にも伝染して危害を及ぼすことは明らかです。まさに“憎しみと怒りの連鎖”であり、そこから生まれるものは何もないと、タタリ神の最期は示しているのかもしてません

②公害

『もののけ姫』

宮崎監督はラジオ番組『ジブリ汗まみれ』にて、「昭和30年代の非常に鬱屈とした不満が、その後の凶暴な公害をもたらした」という旨を語りました。 折しも高度経済成長期の初期。古き良き時代だと懐かしむ人もいますが、近代化(西洋化)の裏で海や川が汚され、森林も急速に失われた時期です。日本は環境破壊による「公害」問題に直面し、各地で「水俣病」、「四日市ぜんそく」といった病も流行しました。 自然は、搾取を続ける有害な人間たちに対し、公害という形で牙を剥いたのです。 本作の舞台は室町時代ですが、タタリ神はタタラ場による近代化の代償=公害、死に至る呪いは公害病と重なって見えてきます。自然が広く信仰の対象だった古のように、畏怖の念を思い出すべきだと、観客に訴えているのではないでしょうか。

タタリ神(祟り神)には『もののけ姫』の重大テーマが詰まっていた

宮崎作品に登場する怪物は、『風の谷のナウシカ』の巨神兵も『千と千尋の神隠し』のカオナシも、人間の負の側面を象徴するものでした。 『もののけ姫』のタタリ神も、それらに連なるような存在として描かれています。豊かになるために森を切り開く人間への祟りであり、自然の怒りと憎しみを表す存在。そんなタタリ神たちの最期から、環境問題や人間の生き方を見つめ直すべきなのかもしれません。